第367話 グランザムへ
2032年4月20日7時
「メサリウス伯爵、これを」
リーガン公爵が机の前にリボンのついた革製の金貨袋を出す。
「こ。これは?」
「メサリウス伯爵就任祝い、結婚祝い、そして今回私の代理としてグランザムに同行していただく依頼料の計3枚の白金貨です。メサリウス伯爵とは別に【暁】のクランマスターでA級冒険者のマルスにもしっかりとした依頼料を払います」
白金貨3枚!? リーガン公爵がこんな大金をポンと出すなんて……しかも別途俺にも依頼料を出すという……明日世界は崩壊するのだろうか?
アイクは少し言葉に迷っていたようだが
「ありがとうございます。仲介役としての任務を全うする所存でございます」
アイクの返事にリーガン公爵が頷くがアイクに質問をする。
「メサリウス伯爵、それにマルス。今回のクエストで一番避けねばいけない事はなんだと思いますか?」
「それは人と魔族の戦争を引き起こす事です」
間髪入れずにアイクが答えるが、この答えを即座にリーガン公爵が否定する。
「それは違います。避けては欲しいですがそれは一番ではありません。メサリウス伯爵が現場で感じ戦争したほうがいいと思うのであれば、たとえコディの前でも魔族相手に容赦なくその槍を突き刺しなさい」
リーガン公爵の言葉にさすがのアイクも動揺を隠せない。
そもそも今回の依頼とはビートル伯爵とヘルメスの街の魔族の代表との話を取り持つというものだよな? しかもコディたち魔族側からの依頼でもある。その魔族と戦争をしない事よりも大事な事ってあるのか?
俺たちが答えられないでいるとリーガン公爵の雰囲気が急に変わり、少し強い口調で語り掛けてくる。
「絶対に避けねばならない事。それはあなたたちの死です。私がクエストを依頼しておいてこんな事を言うのもおかしいかもしれませんが、【暁】の誰の死も許しません。分かりましたか?」
そ、それはフラグでは? そんなことを言えるはずもなくアイクと一緒に声をそろえる。
「「はい。承知致しました」」
「では行ってきなさい。頼みましたよ」
先ほどの強い口調とは一転、穏やかな言葉に頭を下げてから校長室を後にした。
「アイ……メサリウス伯爵。ご無沙汰しております」
校長室を後にし、みんなが待つ正門前にアイクと2人で向かおうとすると、途中でビッチ先輩が俺たちを……アイクを待つように立っていた。
「ビッチ先……ビラリッチ。久しぶりだな」
ビッチ先輩もアイクもお互いの呼び方がまだ定まっていないようで、どこかぎこちないし、ビッチ先輩からは緊張感が伝わってくる。
「奥様がご懐妊されたと聞きました。おめでとうございます」
「ありがとう。ビラリッチもこの学校の教師になったと聞いている。メサリウス騎士団に何人かと思っているので、しっかりと頼む」
なんか2人の会話じゃないみたいだ。上級貴族になるとこんなに堅苦しくなるものか? 一緒に居る俺の肩が凝ってしまう。
「ビラリッチ、1つ俺からいいか?」
ビッチ先輩が頷いたのを見ると
「公の場ではない限り今まで通りでお願いします。ビッチ先輩」
アイクが爽やかな笑顔を見せる。アイクの笑顔を見たビッチ先輩も今まで緊張していた雰囲気が和らぎ笑顔を見せる。
「分かったわアイク。さすがに息が詰まるわね。でも敬称だけはつけさせてちょうだい。私からは一言。アイク様、無事に戻ってきて」
ビッチ先輩が手を差し出すとアイクがそれに答えて握手し、向かい合いながら互いに背中をポンポンと2回ほど叩く。
思慮分別に欠いた行動さえしなければこれくらいの距離感がいいよな。
ビッチ先輩をその場に残し俺たちはみんなが待つ正門へ急ぐ。
「みんな準備はいいか?」
学校の正門前に集まった【暁】のみんなに聞く。
【暁】の遠征メンバーは【黎明】6名とアイク、バロン、ミネルバ、ブラッドにサーシャ、そして依頼人のコディだ。もちろんハチマルも同行している。
今は小康状態でもしょっちゅう戦争しているバルクス王国の第2王子のクロムを同行させるわけにはいかないから、クロムには遠慮してもらった。クロム自身もあまり行きたくなかったようで話をしたら安堵の表情を浮かべていた。
それとかねてから言われていたように、ライナーとブラムは学校で生徒の指導があるので今回は学校で待機だ。2人としてもあまりザルカム王国にいい思い出がないからホッとした事だろう。
そしてブラッドだが、リーガン公爵としてはあまり行かせたくなかったらしいのだが、大親友であるコディのクエストに同行しないわけが無いと言い、リーガン公爵に必死に頼み込んで同行を認められた。
コディだけクラリスと同じ空間にいるのが許せないというのも同行する理由の1つらしいが。
最後にエリーだがエリーは俺から聞くまでもなく、自分から行くと意気込んでいた。
いつもお世話になっているクラリスに少しでも報いることが出来ればと思っているのかもしれない。
「みんな、俺たちのクエストに応えてくれてありがとう。どうか俺に……俺たちに力を貸してくれ!」
出発する前にコディがみんなに頭を下げると
「私からもお願いします。グランザムは私の生まれ故郷で知り合いも沢山いるの。どうかみんなの力を貸してください」
クラリスも俺の隣でコディに続き深々と頭を下げる。
「当然じゃねぇか! そんな水臭い事は無しだ! なぁ? みんな!?」
ブラッドがコディの背中を力任せに叩くと
「そうだよ! クラリス! クラリスが望むことは私たちの望む事なんだから」
ミーシャもブラッドに続く。その後もみんなクラリスとコディに一言声をかけると
「よし! じゃあ今から馬車に乗り出発するぞ! 今回馬車は2両用意してもらっている。どちらも大馬車で10人乗りだ。1つは【黎明】とサーシャ先生、もう1両は残りの者の予定だがバロンとミネルバが希望するならマルスたちの方へ行ってもらっても構わないぞ?」
アイクが馬車の割り振りをする。
バロンとミネルバはアイクの指示どおりでいいらしく、ブラッドとコディももう俺がハーレム状態の馬車に乗る事に抵抗しなくなった。
あと1つ言ってなかったことがあるのだが、【暁】のサブマスターにクラリスとアイクになってもらった。当然誰からの反対もなく、むしろ全員賛成の満場一致の結果だ。
今のようにアイクが指示を出したほうが良い場合もあるからな。
ハチマルを残し馬車に乗り込み早速リーガンの街の西門へ向かう。当然ハチマルはワゴンの中には乗らず走る。
本当は東門から出てリスター連合国の東端にあるカエサル公爵領を南下して行った方が速いのだが、ザルカム王国の知らない土地を行くのは少し憚られたので、いつもの西リムルガルド経由でザルカム王国へ向かう事にしたのだ。
リスター帝国学校の正門を出てリーガンの街の西門に着くと1人の男が馬車の進路の前に立った。まさか本当に来るとは……
俺とクラリス、そしてサーシャの3人が馬車から降りると
「剣聖、聖女よ。頼む。俺も連れて行ってくれ」
ダメーズが今までにない神妙な面持ちで頭を下げてくる。昨日サーシャから聞いたダメーズの願いとはグランザムに同行する事だった。
どう考えても正気の沙汰じゃない。ダメーズ自身も自分がグランザムで何をしたか、そして何をしようとしたのかは分かっているだろう。
そんなダメーズを許してくれる者などいるだろうか?
「本気ですか? 僕たちの目的地はグランザムですよ? グランザムにはダメーズさんの事を信用していない者……いや、敵視している者は少なからずいると思います。それでもいいのですか?」
「ダメーズ、もしもの場合、非戦闘員のあなたを庇ってあげることが出来ないわよ?」
「構わない」
「もう1つ僕から、ビートル伯爵や騎士団長のブレアさんにも会う機会があると思います。その時ダメーズさんはどうしますか?」
「あの時の俺の気持ちや感じたことを素直に話し、ただただ謝罪するだけだ。許してもらおうとは思っていない」
「その結果ダメーズさんがまた罰を受ける事になっても僕たちは何もしませんがいいですか?」
もちろん俺が今言ったことは嘘だ。ダメーズはサーシャの奴隷だ。ダメーズに何かあったらサーシャは可能な限りなんとかしようとするだろう。
それにビートル伯爵からもう罰は受けている。バーカー家の取り潰しと奴隷落ち……今思えば少し罪が軽いような気もする。公開処刑でもいいような事をダメーズはしでかしているが追加で罰せられるという事はないだろう。
当然だと言わんばかりに俺の質問に頷くとサーシャが俺とクラリスに向かって頼んでくる。
「マルス、クラリス。ダメーズからグランザムの事は以前から聞いているわ。1度だけ贖罪のチャンスを与えてもいいかしら? もしもダメーズが変な行動を取ったら、その時は私がしっかりとダメーズを罰するわ」
ここまで一言も発していないクラリスの方を見ると、クラリスも俺の顔を窺う。俺が頷くと
「分かりました。サーシャ先生を信じてダメーズさんの同行を認めます。ダメーズさん、一緒に旅をするのは初めてですがよろしくお願いします」
クラリスが握手を求めるとダメーズもそれに応じる。
それぞれ馬車に乗り込み、これから受ける試練と苦難の連続を知らずにグランザムへ旅立つのであった。
19章はこれで終わりです。
次章は今まで一番長くなると思います。
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