第365話 離合集散
2032年4月2日7時
「どうか皆さんお達者で!」
「ミックさん! 3人をお願いします!」
「……気を付けて……」
「リュート! ミックさんの言う事しっかり聞きなさい!」
「マチルダさん! またいっぱいおしゃべりしようね!」
「ファイトです!」
リーガンの街の西門から出発する3人を見送る。
ミックはいつものように火傷跡の残る左腕を突き上げて、振り向かず、そして歩みを止めずに街の外へ向かう。
一方【流刃】の3名は何度もこっちを振り返り、顔をくしゃくしゃにして振り返るたびになんども大手を振ってくる。
4名の姿が見えなくなるとミーシャが
「まだ信じられないよ。あのリーガン公爵が金貨500枚を帳消しにするなんて……去年のリスター祭で銀貨何枚かの為にトイレを我慢しろと言っていたあのリーガン公爵がだよ!?」
「そうね。でもあれがリーガン公爵の最善手だったようにも思えるわ。ミックさんにしっかりと教育されれば戻ってくる頃には3人はどこに出しても恥ずかしくないくらい立派になっているはずだし」
カレンの言葉にクラリスが続ける。
「私たちがマチルダさんの喉を治し、そのお金をリーガン公爵が立て替えているという事を3人とも知っているから、ミックさんの教育を受けた3人であれば必ず恩を返しに来るでしょうね」
「3人であればミックさんの教育がなくても恩は返していたと思うけど、よりリーガン公爵の下を離れることが出来なくなったのかもしれないな。3人が立派なAランクパーティになればリーガン公爵もずっと雇用を継続したいはずだから、それなりの値段で雇ってくれるとは思うけど……ミックさんの弟子を安く雇うとなったらミックさんの顔に泥を塗りそうな気もするし」
俺が補足するとアリスが疑問を呈する。
「結局今回の件で誰が一番得したのでしょう?」
今現在で考えると一番得したのは間違いなく【流刃】の3名だろう。
マチルダの喉がほぼ無料で治り、ミックにA級冒険者としてしっかりとした教育を受けられる。戻ってきてしっかりと成長できていたらリーガン公爵にそのまま雇ってもらえるだろうし。
だが将来的な事を考えるとやはりリーガン公爵なのか? A級冒険者1人と準A級冒険者2人を雇えるというのは大きいよな。
結局損したのはバルバス伯爵だけではないだろうか? リーガン公爵との間にどんな話があったのか分からないが。
今考えたことを述べるとみんなが納得するように頷く。
「さぁ、いくら遅刻を許可されているとはいえ早く学校に行きましょう!」
4人を見送ると俺たちも学校へ向かう。
2032年4月2日16時
「マルス、これなんかどうかしら?」
「ああ、いい色だと思う。肌触りもいいし」
俺の言葉に満足したのかクラリスがピンク色のハンカチをカゴに入れる。
もう分かると思うが、この前約束した買い物をしているのだ。このお店は小物の高級品しか取り扱ってないらしくハンカチ10枚で銀貨5枚もする。
「ねぇねぇマルス! これ見て!」
声がした方を振り向くと、制服の上から花の刺繍が入った淡い青色の下着をあてがうミーシャの姿があった。
「どう? 似合う?」
めっちゃ似合っているのだがミーシャはニヤニヤしながら俺の言葉を待っている。間違いなく揶揄われるパターンなので何も言わずにいると
「ミーシャ! マルスを揶揄わないの! マルスもいつまで見ているのよ!?」
「はーい。でもクラリスの分もあるんだよ?」
ミーシャがそう言うとさっきあてがっていた下着のピンクバージョンをクラリスにあてがう。
ミーシャグッジョブ! しかしあてがわれたクラリスは顔を真っ赤にしながらミーシャに
「ちょ……何するのよ!? 早くそれを戻してきなさい!」
すぐにミーシャを振り払う。もっと見ていたかったけど相棒が張り切り始めてきたからちょうど良かったのかもしれない。
「えー? 私は買うけどクラリスはいらないの? マルスもとても気に入っていたみたいだけど?」
「か、買いません!」
その後もハンカチをクラリスと選び、時折ミーシャに揶揄われながら商品を選び終わりお会計をしようと金貨袋を取り出すとクラリスが俺を制す。
「マルス。今日は私が払うから。この前のお礼なんだから私に払わせて。だから先に外で待ってて」
「いや、さすがに悪いからいいよ。それにみんなの物も買っているようだから……」
「先輩! 私と一緒に外で待っていましょう!」
俺が金貨袋を開けて払おうとするとアリスが俺の手を引っ張る。
「そうね。クラリス。私たちは先に出ているわね。ごゆっくり」
カレンも俺の手を引っ張り、半ば強引に店の外に連れ出されてしまった。
「そういえば最近バロンとミネルバは何をしているんだ? 放課後すぐにどこかに行ってしまうようだけど?」
クラリスのお会計が少し遅かったので気になる事を聞いてみると
「最近はあの1年生代表のレイラって子と一緒に別の場所で訓練しているみたいだよ。私も気になってミネルバに聞いてみたんだ。そこにクロムっちも参加しているんだって。レイラはSクラスじゃないからリーガンの街に出られないでしょ? だからバロンたちもリーガンの街には出ないみたい」
「ブラッドとコディは?」
「あの2人はまだ新入生の獣人たちを指導しているよ。朝練やって指導して、授業が終わって指導しての繰り返しだけど楽しいってよ?」
最近ずっと【流刃】の3名の事ばかりだったから他のメンバーの事を把握していなかったが、ミーシャがしっかりと気にかけてくれていたようだ。
「ありがとう、ミーシャ。助かるよ」
何故お礼を言われたのか分かっていないミーシャの顔に? マークが浮かんでいたが
「お待たせ。ちょっと時間がかかっちゃって」
ようやくクラリスが戻ってきたのでその足でご飯を食べてから寮に戻った。
2032年4月18日16時
ミック達と別れて10日以上経ち、今日の夕方サーシャたちがアイクと一緒に戻ってくるという事なので【黎明】のみんなで4人をリーガンの西門で出迎える事にした。
「お義兄さんに会ったら何て呼べばいいのかしら?」
「今まで通りでいいと思うんだけど……俺もアイク兄と呼ぶつもりだし」
クラリスの質問に答えるとカレンが付け加えてくれる。
「そうね。私が言うのも変だけど今までどおりがいいのではないかしら? みんなも私の兄をフレスバルド侯爵とは呼ばないでしょう?」
「それもそうね。カレン、ありがと」
クラリスが優しく微笑むと
「女の私でもその笑顔を向けられるとドキッとするわ。いつも一緒に過ごしているにも関わらずよ?」
カレンが思わず本音を漏らす。
「ねぇ! 来たよ!」
「来ました!」
俺たちの会話をよそにミーシャとアリスが西門から入ってくる本の紋章が刻印された馬車を指さして叫ぶ。
「ミーシャ!」
俺たちに気付いたサーシャがすぐに馬車から降りてきてこっちに駆け寄ると、ミーシャもサーシャに向かって走り出し互いに抱き合う。
「ミーシャ、あなた大きくなったわね? もう私と変わらないくらいじゃない?」
「そんなことないよ? お母さんはDとかEでしょ? まだAだよ? 私のおっぱ……」
「マルス!」
危ない……まさかここでミーシャが暴走するとは思わなかったが、さすが俺の自慢の兄だ。ミーシャの声をかき消してくれた。
「アイク兄!」
アイクも馬車から降りてくると走ってきて俺にハイタッチを求める。
たった1か月ちょっとしか離れていないが、アイクは前にも増して貫禄がついた気がする。
「お義兄さん、お久しぶりです。お義姉さんの体調はどうですか?」
「ああ、クラリスのおかげで順調だよ。毎日エーデはクラリスの匂いを嗅いでいる。お陰様でつわりもなく体調はすこぶるいいようだ。今度クラリスにはしっかりとしたお礼をしないとな」
「では赤ちゃんが生まれたら抱かせてもらってもいいですか?」
「もちろんだ。抱いてやってくれ」
アイクとクラリスが挨拶を交わすとライナー、ブラムも降りてきてみんなで再会を祝う。
「みんな、ちょっとマルスを借りていいかしら? 2人で話したいことがあるのだけれども……ライナー、ブラム、申し訳ないのだけれどもリーガン公爵に報告の方お願いできるかしら? 私も後で報告に行くけど先にマルスと話がしたくて」
ライナーとブラムが頷くとアイクも一緒にリーガン公爵の所へ向かうという。
2人っきりで話がしたいなんて言われるともしかしたら愛の告白なんて思うかもしれないが、サーシャに限ってそれはない。きっとミーシャの耳に入れたくない事なのだと思う。
クラリスもそれを分かっているので素直にサーシャに従う。
「分かりました。私たちも今日は寮に戻ります。明日みんなで一緒にご飯でも食べながらお話を聞かせてください。マルス、サーシャ先生を頼んだわよ」
俺とサーシャを残してみんなが学校へ戻っていく。
「では行きましょうか」
近くのカフェに2人で入り、早速サーシャがゲドーの最後を教えてくれた。
ゲドーからは情報を洗いざらい話してもらう代わりに公開での斬首刑に減刑された。
極刑と思うかもしれないが、斬首刑はマシとの事だ。もっと痛みや恐怖を味合わせてから刑を執行するという残忍な物があるらしく、ゲドーも最終的には痛みの伴わない斬首刑で首を縦に振ったとの事だ。
しかしリーナの誘拐を目論んだという事で絶対に公開処刑だけは免れなかった。
誘拐しようとした目的は神聖魔法使いだからという本来の理由を公表出来るわけがないので、領主の娘だから金銭目的の誘拐と挿げ替えたという。
「やはりゲドーはミリオルド公爵と繋がっていたわ。ミーシャを誘拐したときもミリオルド公爵に差し出すつもりだったようね。ミリオルド公爵の屋敷は一方通行で、屋敷に送られたら2度と外に出ることは無い……つまりそこで殺されているだろうとゲドーは言っていたわ」
サーシャが憂い顔をしながらさらに続ける。
「だけどリーナちゃんを誘拐した場合はミリオルド公爵ではなく違う者に……ごめんなさい、表現が悪いのだけれども売るつもりだったらしいの。どうやらミリオルド公爵からは神聖魔法使いは見つけたら必ず殺せと言われているようなのよ」
未遂で止めることが出来て本当に良かった。もしかしたらこれはエルシスやカストロ公爵のおかげなのか?
だってそうだろう? あの2人がいろいろやらかしてくれなかったら、俺たちはあのままリムルガルドに向かう予定だったので、アルメリアに寄る事はなかったからな。
「ゲドーは誰にリーナを……」
どうしても売るという言葉が言えなくて言葉を選んでいると、サーシャはそれを察してくれて答えてくれる。
「ザルカム王国のディクソン辺境伯という人よ」
「っ!?」
その名前に思わず驚いてしまった。なぜかって? ヨハンがラースの手駒にはヴァンパイアのカミラ魔公爵ともう1人、今サーシャが言った人物、ディクソン辺境伯がいると言っていたからだ!
しかし俺以上に驚くものがいた。それは俺たちがカフェに入った後にこっそり入ってきてずっと俺たちを監視……というかサーシャを熱心に見つめていた者だ。
サーシャがディクソン辺境伯という言葉を発するとその人物は脇目も振らず俺たちの所に駆け寄ってきてサーシャに一言。
「ディクソン辺境伯だと!?」
ダメーズの顔は興奮して紅潮していた。
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