第364話 声と決断
2032年4月1日10時
「マルス、僕の方はもう大丈夫ですよ」
「ありがとうクロム。ではクラリス、アリス、一緒に来てくれ。リュートさんとヒルダさんは申し訳ないですが同室は遠慮してもらってもいいですか?」
「一緒にいてはダメなのか?」
「アタイにも見届けさせて欲しい!」
2人はマチルダの事を案じて訴えかけてくるが、同室を認める訳には行かない。
「クロムは特殊な魔法も使うので申し訳ないですが分かってください。それにもしもマルスやクロムがマチルダさんに変な事をしたらアリスに百獄刑をやってもらいますから安心してください」
クラリスが顔を傾けて可愛く2人に言う。その天使のような顔とは裏腹に言っている事は悪魔だ。
クロムは百獄刑を知らないため眉1つ動かしていないが、俺とリュートはうっすらと脂汗が滲んでいる。知らぬが仏とはまさにこの事だ。
「あ、ああ……俺はマルスがそんなことをしないとは思っているが……分かった。ここは信じる。マチルダを頼む」
リュートが俺たちに頭を下げ送り出してくれるとヒルダもリュートに倣う。
もう何をしようとしているか分かるよな。今からマチルダの声を取り戻すために闘技場の医務室で神聖魔法を使って治療をしようとしているのだ。
なぜクロムがいるかというとスリープを唱えてもらう為だ。本当はもっと早い時期にやりたかったのだが、マチルダよりもクロムの魔力の方が1低かったため、出来ずにいたのだ。
1くらいであれば多少はスリープの効果はあるかもしれないが、神聖魔法がバレずに済むのであればバレないほうがいいからな。
そして昨日クロムの魔力がマチルダと同じ35になったので早速今日やる事にしたのだ。
【名前】クロム・バルクス
【称号】-
【身分】人族・バルクス王国第2王子
【状態】良好
【年齢】12歳
【レベル】30
【HP】75/75
【MP】115/115
【筋力】48(+1)
【敏捷】43
【魔力】35(+1)
【器用】40
【耐久】47(+1)
【運】10
【特殊能力】剣術(Lv6/C)
【特殊能力】火魔法(Lv4/C)
【特殊能力】風魔法(Lv5/C)
【特殊能力】睡眠魔法(Lv1/G)
【装備】王者の剣
【装備】王者の鎧
俺とクラリス、アリスにクロム、そしてマチルダの5人で医務室に入り、早速マチルダにベッドに横になってもらう。
「マチルダさん。何があっても目は開けないで下さいね。では目を閉じてください」
言われるがままマチルダは目を閉じるとクロムが早速スリープを唱えマチルダを眠らせる。
「よし、じゃあ手はずどおりやるぞ」
眠ったマチルダの顔の上に布をかぶせクラリスとアリスに目をやると2人共頷き3人でマチルダの喉に手をあてる。
「「ハイヒール」」
「キュア」
俺とクラリスでハイヒールを、アリスがキュアをマチルダの喉に唱える。
当然クラリスのハイヒール、アリスのキュアで状態異常が回復してしまうので、すぐクロムがスリープで眠らせる。
これを何度か繰り返してからマチルダに問いかける。
「マチルダさん。声出ますか?」
「……ぁ……ぅ……」
マチルダの顔の上に被せてあった布が少し震え、とても小さい声だが少し声が発せられる。
「マチルダさん。もう少しの辛抱です。クロム、頼む」
再びマチルダを眠らせて先ほどと同じように神聖魔法を唱えるのをクロムのMPがなくなるまで続ける。
「マチルダさん? どうですか? 先ほどよりも声が出ますか?」
マチルダをベッドから起こし、座らせてから聞くと
「……あ……あ……」
先ほどよりも大きな声ではっきりとした声が出た。
マチルダも声が出ることにびっくりしたのか思わず手を喉に当てさらに「あー」「うー」「おー」とか試すと、体を震わせて大粒の涙がマチルダの頬を伝う。
震える肩に手を置き「今までよく耐えましたね」と言いたかったが、それは俺の役目ではないよな。
クラリスとアリス、クロムに目配せをして静かに部屋を出ると、リュートとヒルダがマチルダを心配して医務室の前を落ち着かない様子でウロウロしていたので声をかける。
「リュートさん、ヒルダさん。マチルダさんの所へ行ってあげてください」
2人は俺に何か言いかけたが、「部屋でマチルダさんが待っていますよ」と言うと我先にと2人が医務室に入る。3人の泣き声が医務室の外に響くのに時間はかからなかった。
「今日は教室に行かない? 闘技場のどこにいても3人を邪魔しちゃいそうだから」
声を詰まらせながらクラリスが言うと、クラリスの目からは涙がこぼれており、俺はその美しい涙を指で拭い、髪を撫でながら頷く。
闘技場で訓練している者達に声をかけ教室に戻り、マチルダの声が戻ったことを伝えるとミーシャが
「良かったね。マチルダさん。これで今日の話し合いもうまく進めば万事OKだね」
努めて明るく言うが、ずっと上を向いている。必死に涙を堪えているのだろう。
「そうね。あの3人の苦労は報われて欲しいわね。もしもリーガン公爵家が【流刃】を雇わなかったらお父様に頼んでフレスバルド公爵家の専属にでも推薦しようかしら」
カレンもハンカチを目にあて、少し声を震わせながら言う。
「そうだな。でも今日のミックさんとの面通しであまりミックさんにプレッシャーをかけないでくれよ? ミックさんがリーガン公爵に会うと決断しただけでも相当な事だと思うからな」
ミーシャと俺が言ったように今日の夕方、リーガンの街で俺たち【黎明】の6名、【流刃】の3名、リーガン公爵にミックの計11名がいつもの食事処で店を貸し切り一堂に会する予定だ。
「そうね。ミックさんの事も考えてあげないとね。取り敢えずちょっと早いけど食堂に行きましょう」
クラリスの提案に乗り、みんなで食堂に向かった。
2032年4月1日15時
「マルス! 一生この恩は忘れん! ありがとう!」
「約束どおりアタイは何でもするよ!?」
15時になり闘技場に向かうと3人で仲良く身を寄せ合って話をしていたリュート、ヒルダ、マチルダが俺の所に走ってきて感謝の意を述べる。
「いえ、僕もお金を貰っているので当然の事です。で? マチルダさんのお加減は如何ですか?」
マチルダの方を見ながら言うとリュートとヒルダが
「ああ、この数年声が出なかったブランクを取り戻すかのように喋りっぱなしだぞ」
「マチルダの声がまさかこんなに早く聞けるなんて思ってもみなかったよ。さぁマチルダ、アンタからもマルスに言う事があるんじゃないかい?」
マチルダはヒルダに促されると、少し恥ずかしそうだったが
「マルス、アリス! 本当にありがとう! ボクも絶対にこの恩は忘れないよ!」
マチルダはまさかのボクっ子だった。
「声が掠れちゃってごめん! あまりにも嬉しく喋るのが止まらないんだ」
マチルダが喉を気にしながら謝ってきたので
「アリス、マチルダさんにヒールとキュアを頼む」
アリスが頷きマチルダの側によりヒールとキュアを唱えるとマチルダの声が正常に戻った。
「き、キュア!?」
「これがガメツの言っていた神聖魔法の上級魔法かい!? とんでもない効果だね!」
声の調子が戻ったマチルダはその後もはしゃいでいた。そしてそれに呼応するかのようにうちの暴走エルフも嬉しそうにはしゃぐ。
心地よい2人のBGMを聴いていると
「良かったですね。マチルダの声が戻って」
リーガン公爵がいつの間に闘技場の中に入ってきており、微笑みながら話しかけてくる。
「あ、ありがとうございます! リーガン公爵! 必ずやリーガン公爵の役に立てるように頑張りますので!」
リュートが片膝をつき頭を下げるとヒルダもリュートに倣い、ミーシャと一緒にはしゃいでいたマチルダも片膝をつく。
「いいのですよ。しっかりと金貨500枚分の働きをして頂ければそれで」
うわぁ……本当に500枚分の仕事をさせるつもりなのか。
「では、早速ですが行きましょうか」
リーガン公爵の言葉に従いリーガンの街に出ると、俺たち10名の他にリーガン騎士団が俺たちの後ろにずらりと並ぶ。
本来騎士団はリーガン公爵の周りを警備するのだが、今回は俺たち【黎明】【流刃】のAランクパーティが同行しているので後ろに並んでいるのだ。
騎士団は俺たちが食事処に入った時に外の警備をするためだけに、連れてきている。
いつもは俺たちを好奇な目でみる住民たちもリーガン公爵を見ると恭しく頭を下げている。
目的地に辿り着くと早速貸し切り状態の店に入る。
中にはすでにミックが座っており、俺たちが店に入ってくるのを見ると立ち上がり少し頭を下げる。
「初めまして、バルクス国王専属の元A級冒険者のミックと申します。この度はリーガン公爵とお会いできて恐悦至極でございます」
「楽にしてください。挨拶を交わすのは初めてですね。私はリーガン公爵家当主セーラ・エリザベスです。この度はご足労ありがとうございます。さぁ座ってください」
リーガン公爵に促されミックが座ると、それぞれ席につき早速リーガン公爵が話始める。
「急に本題で申し訳ないのですが、ミックにはこの3人【流刃】の面倒を見てもらいたいのですが?」
リーガン公爵はこの後も会食があるようなのだが、ミックがもうそろそろリーガンの街から出発するとの事だったので一番予定を調整しやすい今日会う事になったのだ。
「申し訳ございません。マルスに伝えてはいたのですが、やはり私はバルクス国王に忠義を立てた身ですので、他国の公爵家、しかもリスター連合国の大貴族、リーガン公爵家に仕えるという事は出来ません」
ミックはリーガン公爵の目を見ながら素直に断りを入れる。
「そうですか。分かりました。今日はあなたと面通し出来ただけでも良しとしましょう。それでは私はこれで失礼します」
なんとたったこれだけの会話でリーガン公爵が席を立とうとしたので、すかさずミックが
「私は明日にでもこのリーガンを発ち、西へ向かおうかと思います。道中ギルドに寄ったりしますが、バルクス国王の専属冒険者になる前にお世話になった貴族の方々への挨拶回りをしようかと思っております」
ミックの話にリーガン公爵が興味深そうに耳を傾ける。
「私は1人で行くつもりですが、別に誰かの同行を断るという訳ではございません。もしも私の拙い立ち振る舞いを勉強したいと思う者がいた場合、勝手についてきて貰っても構わないと思っております」
今まで下を向いていた【流刃】のメンバーはミックが何を言いたいのか分かったのか思わず顔を上げる。
「ただし一緒に同行する者がどこかの貴族に仕えている者だとしたらやはり断ろうかと思っております」
ん? ミックは何を言いたいんだ?
「私が同行を認めるのは、どこかの貴族家からの金銭的な契約に縛られていないものたち、先ほども言いましたが誰にも仕えていないものたちに限るという事です」
もしかして……これって……ミックの言いたいことに気付いたのは俺とクラリス、カレン、そしてリーガン公爵だけのようで他の者たちは首を傾げている。
「ミック、あなたの言いたいことは、【流刃】の3名の同行を許可し、3名の教育はするけど、それはリーガン公爵家の息がかかってない状態、つまり私への借金がない状態が条件という事ですか?」
リーガン公爵の言葉に【流刃】の3名だけではなく、ミーシャとアリス、それにエリーまで驚いている。
ミックはリーガン公爵の目を見ながら頷くとリーガン公爵はこの条件に逡巡しまさかの決断をする。
「……分かりました。それではリュート、ヒルダ、マチルダ。あなたたち3名の借金はここの食事代でチャラにしましょう。ミックこれで3人が勝手に今からついて行くことに不満はありませんね?」
なんとあのリーガン公爵が金貨500枚よりも【流刃】の成長を取ったのだ。あのリーガン公爵がだぞ!? 信じられない……
リーガン公爵の言葉にミックは頷くと、呆然としている俺たちをしり目にリーガン公爵が席を立ち
「ミック、いいお話が出来て嬉しかったです。旅から戻ってきたら是非2人きりで話しましょう」
一言だけ言い残し食事処を後にした。
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