第275話 貴族の優雅な戯れ
「無詠唱? 風魔法だと!?」
ズルタンが驚き、頭の装備品を抑え、後ずさりしながら言う。
多分こいつ風魔法に相当弱いんだろうな。
装備を整えてようやく戦闘態勢に入った【鬼哭】のメンバーが
「頭ぁ! あいつやべぇ奴です! ズラかりましょう!」
ズルタンに進言すると、ズルタンが顔を真っ赤にし
「マル! 何度も言わせんな! これはヅラじゃねぇ!」
進言したメンバーの腹を殴る。
「たわば!」
そう言えばこいつらが安全地帯に来る時、全員ズラかると言った後にそれぞれ呻き声をあげていたが、こういう事だったのか。
「でも頭! どうするんですかい!? 絶対に頭は風魔法使いに勝てないじゃないですか!? B級冒険者に落ちた時もずっと両手で抑えて一方的にやられていたじゃないですか!? ズラかる以外の選択肢はありませんぜ?」
こいつらバカか? 敵に聞こえるように弱点を教えてどうするんだ? まぁ悲しい事にある程度は予想がついてしまったのだが。
「ぐはっ!」
またズラかるという言葉に違うハゲが殴られる。学習能力もないようだ。
「おい! 今日はこの辺で勘弁してやるからゲドーをこっちに渡せ! そうすれば俺たちは仕事だけしてすぐに帰ってやるから!」
もう完全にこっちが有利な状況で何を言っているんだこいつは?
「そんな条件飲めるわけないだろう? ちなみにどんな仕事だったんだ!?」
「伯爵家の神聖魔法使いを攫うだけで白金貨3枚もらえる破格の仕事だ! そうだお前にも手伝わせてやる! 白金貨1枚でどうだ?」
なっ!? こいつらリーナを攫うつもりだったのか? 万死に値する!
それにこの状況で白金貨1枚しか渡さないというのはバカだろう?
「それは奇遇だな! しっかりと自己紹介をするのを忘れていたが俺はアルメリアの領主、ブライアント伯爵家次男のマルス・ブライアントだ!」
俺の言葉にズルタンは自分が何を言ってしまったのか気づいたらしい。
「頭ぁ! だから言ったじゃないですか!? 早くズラかりましょう!」
「ぼへっ!」
何度このコントを見ればいいのだろうか?
「マルス! あいつらを殺すのではなくて捕えよう! どこから情報が流れているのか確かめる必要がある!」
確かにアイクの言う通りだ。
「よし! みんな殺すのは無しだ! 魔法戦で徹底的に痛めつけるぞ!」
「ブラッドの仇を取ってやる!」
コディが叫ぶと、ドSなお嬢様が素敵な笑みを浮かべて
「みんな! ヅラ狩るわよ!」
この言葉にズルタンは青い顔をして頭を抑える。
俺とサーシャ、バロンの3人が風魔法で【鬼哭】全員を部屋の隅に吹っ飛ばすと、お嬢様、アイク、コディ、ミネルバが火魔法でズルタンの頭装備を狙う。
【鬼哭】もレジストしようと必死だが、俺とサーシャの風魔法をレジスト出来るわけが無い。
ちなみに床に転がっているゲドーはエリーが鎖を持ってしっかりと可愛がっている。
ミーシャはその様子を見て安心したのか、表情がいつものミーシャに戻ったように思える。
ちょっとエリーが鎖に興味を持ちだしているのが怖いが、エリーは俺が嫌がる事はしないから大丈夫だと思う……
俺たちの激しい魔法攻撃に何もできないズルタン以外のメンバーはついにHPが一桁となり、戦意を喪失したのか次々と地面に倒れ始めた。
ちなみにズルタンはというと鎧の性能のせいか分からないが、まだまだHPには余裕があり、必死になって両手を頭の上に乗せて火魔法から逃げ回っている。
何度かこっちに幻影の手斧を投げようとしてきたが、俺が風魔法を使う素振りを見せるとすぐに手を頭の上に乗せる。
アイクはもう既に火魔法を使うのをやめて、事の顛末を見届けている。もちろん警戒は怠っていないが、こうやっていたぶる事は好きじゃないのかもしれない。
ミネルバもズルタンには興味を失ってバロンと一緒にゲドーをおもちゃにして遊んでおり、コディはブラッドが心配なのか、クラリスの近くに行きたいのか分からないが、ブラッドの下で「頑張れ!」とか叫んでいる。
だから今ズルタンを攻撃しているのはお嬢様だけだ。
どうやらお嬢様はこの遊びがとても気に入った様子でファイアを飛ばしまくっている。
たまにはこういう息抜きをするのもいいだろう。やられるズルタンからすればとんでもないのに目をつけられたと思うが自業自得だ。
10分くらいお嬢様の戯れが続き、ようやくお嬢様が飽きたのか、先ほどまでのファイアではなく、ファイアボールを発現させてズルタンに放った。
ズルタンは同じようにしゃがんで避けたのだが、ここからが違った。
お嬢様はずっとファイアバードの練習をしていた為、火魔法をある程度コントロールできるようになっており、それは自分から離れた場所でも可能だった。
避けたと思ったズルタンが立ち上がると、ズルタンの頭上にはファイアボールが停滞しており、気づいた時にはもう手遅れで頭装備に火が燃え広がっていた。
その様子を見て退屈をしていたお嬢様が上品に笑うと、ゆでダコのように顔を真っ赤にしたズルタンがブチギレた。
「貴様! 絶対に殺す! 魂の装備を!」
完全にズルタンは正気を失っていた。
これは相当ヤバい奴を怒らせたのかもしれない。
俺が雷鳴剣と水精霊の剣を抜き構えると、お嬢様が俺の隣まで歩いて来て、止めの一言をズルタンに放つ。
「あら? そこに細い細い目標が3本もあるわね? 今度はもっと楽しめるかしら?」
すると真っ赤になっていたズルタンの顔が急に青くなり
「っ!!!??? これは国宝だぞ!? この資源が無くなると生きていけなくなる者がいるんだ! それだけはやめてあげてくれ!」
ズルタンは振り上げた拳をすぐに下ろすと全ての武器を地面に投げ捨て投降した。
人によって物の価値は違うという事を改めて思い知らされた。
ズルタンにとって髪は何よりも尊い存在だったのだ。
俺とアイクでズルタンを抑え込み、ミネルバとバロンで厳重に縛り上げ地面に転がす。
他の【鬼哭】のメンバーも念のため鎖で縛り、すぐにブラッドの下に行くとコディだけが泣きじゃくっていた。
「起きろよ! 起きろ……ブラッド……」
コディが泣きながら揺らすブラッドの顔は安らかな顔……いや至福の顔をしていた。
「ブラ……いい奴だった」
ゲドーと【鬼哭】を捕まえてようやく少しいつもの調子が出てきたミーシャがぼそりと言うと
「そうですね! 少しブラは調子に乗っているようだから一思いにやりますか!」
アリスが聖銀のレイピアを抜こうとすると
「まぁでもブラッドのおかげでゲドーを生きて捕獲できたみたいだからもう少しこのままでも……」
クラリスがそう言うとクラリスの膝の上に頭を乗せているブラッドの顔を優しく撫でた。
その光景に嫉妬をしたが、ブラッドはとても頑張ったし、何よりもクラリスがそれを許しているのだから、何も言わなかった。
「そうだ! お前ら獣人だからと言ってブラッドに厳しすぎる! 死んだ時くらいはブラッドの望みをかなえてやってもいいじゃないか!」
コディが感情を高ぶらせて言うと
「あら、ブラは死んだのね? じゃあ早速火葬してあげないとね。まずは死んでいるはずなのに元気そうなこの汚らわしい物から焼こうかしら」
お嬢様の興味がズルタンからブラッドに移り、火をブラッドのそれに近づけると
「アチィ!!! やめてくれ! 悪かった! 調子に乗り過ぎた!」
ブラッドが飛び起きると、コディが今にも心臓が飛び出そうな顔で驚く。
「お、おまえ……生きていたのか?」
コディの言葉に眼鏡っ子先輩が
「コディは鑑定できないから仕方ないけれども、ブラのHPはもう満タンよ。それに顔ばかり見ているから騙されるのよ、遠くからブラに近づくと一目で元気なことくらい分かるわ」
全員の視線がブラッドの下半身に集まる。
コディは安心したのか、また泣き始めたのだが
「ブラッド……羨ましすぎるぞ……生きているうちにクラリスの膝枕なんて……どんな感じだった?」
突拍子もない事を聞き始めた。それにブラッドが
「ああ、本当に天にも昇る気持ちだった。今まで味わったことのないきめの細かい肌触りに、頭の中が真っ白になり姐さんの事以外考えられなくなるあの匂い……」
ここまで言うとクラリスがブラッドの頭を叩いて言葉を遮る。
どうやらクラリスは自分の事を言われて恥ずかしいようだ。
「まぁでもクラリスがすぐに回復してくれなかったら本当にブラッドは死んでいたかもしれないな。クラリスに礼を言えよ」
「ああ、姐さん本当にありがとう! この恩は絶対に忘れない!」
俺の言葉に素直に従い、ブラッドがクラリスに頭を下げたところで気になっていたことをブラッドに聞く。
「ブラッド、さっきはなんでズルタンのフランキスカを避けなかったんだ? まだ十分避ける時間があったと思うが?」
「いや……初めてマルスに頼みごとをされた気がしてな……マルスが俺を頼るなんて事ないからな。嬉しくて絶対に期待に応えてやろうと思ったら避けることが出来なかったんだ。それに近くにいたコディが何とかしてくれるとも思ってな」
俺の言葉にブラッドが照れ臭そうに鼻の下をかきながら答えると、少しだが目頭が熱くなるのを感じた。
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