第264話 自己紹介
2031年12月2日
アルメリアに向かう馬車の中はどんよりしていた。
「なぁ……あれいつまで続いたんだろうな……」
コディがぼそっと言うと
「さすがに10回ちょっとで終わったんじゃないか?」
ライナーがコディの呟きに答える。
「マルス、カストロ公爵のMPってどれくらいあったんだ?」
「申し訳ございません。余計な火種をうみたくなかったので、カストロ公爵を鑑定しておりません……エルシスのMPを少ないと言っておりました。しかしエルシスは141もあったので少なくとも倍はあると考えると、10回ちょっとで終わるとは思えませんが……罰が軽すぎると円卓会議でリーガン公爵に何を言われるか分かったもんじゃないだろうし……」
アイクの質問に答えると、みんな悪夢を思い出しうっすらと脂汗をかく。
「あれを見てしまうと姐さんが一番怖いな……いつも髪の毛の匂いや服の匂いを楽しみにしていたんだがもうやめた方がよさそうだよな……クロの件があったのをすっかり忘れていた」
おい、なんてことをしてやがる……と思ったが、まぁ自然と香る匂いに関しては仕方ないか……俺も気づかないうちにクラリスの匂いにつられて、後を追いかけているという事が何度もあるからな。
「なんでクラリスが怖いんだ? アリスだろ?」
「いや、姐さんはアリス以上の神聖魔法使いだぞ? ってコディは知らなかったのか」
「っっっ!!!???」
お前何勝手にクラリスの秘密バラしているんだ? まぁアルメリアで言うつもりだったから今回はいいのだが……
コディは信じられないという顔をしたが
「どこまでがセーフでどこまでアウトか正確に把握しておかないととんでもない目に遭うのか」
「ああ、そうだな。これからの事を2人で考えるか」
この2人はすっかりクラリスに魅了されてしまったようだ。
その後2人は俺の前でどうやったらクラリスが少しでも話しかけてくれるか、笑顔を見せてくれるかを真剣に話し合っていた。
クラリスの人気があるのは嬉しいが、ありすぎるのも考えものだな。
「マルス、アルメリアに行ったらまたエーデに矢を大量に作ってくれないか? エーデもリムルガルドに行くから強くなってくれないと危険だからな」
「分かりました。予定では僕とアイク兄、クラリス、エリーの4人で4層に潜る予定です。なのでブラム先生に矢を大量に持って行ってもらいましょう。いいですか?」
アイクの提案に俺がのり、ブラムに聞くとブラムは頷いた。
昼に近くの街でご飯を食べて【黎明】の馬車に乗るとこっちはもう昨日の事なんてなかったように明るいが1人だけ緊張している者がいた。
「先輩……どうやって自己紹介すればいいですかね?」
アリスが今にも泣きだしそうな顔で聞いてくる。
「いつもの誠実で誰からも好かれるアリスでいてくれれば大丈夫だよ。クラリスもフォロー頼む」
クラリスは頷いてアリスの手を握り
「緊張するのは最初だけだし、アリスはいい子だから最終的には絶対に認めてもらえるから自信をもって」
そう言われて少しだけアリスの表情は和らいだが、やはりいつも通りという訳にはいかなかった。
この空気を嫌った暴走エルフが
「そういえばさ、エルシスの百獄刑だっけ? あれはマルスには効かないよね?」
何を言っとるんだ? こいつは?
「ミーシャはなんでそう思うんだ?」
「だってマルスはいつもキントレしてるじゃん!? 当然鍛えているんでしょ?」
確かにしょっちゅう相棒は腹筋運動を……ってこら! 何言わすんだ!
「でもあれは見ていて痛快だったわね。マルス最後どうなったか聞いた?」
「いや……知らないけど……」
俺はあまり知りたくないという雰囲気を出したのだが、カレンは嬉しそうに
「ちょん切った後に焼いてから凍らして、また焼いて凍らしてを繰り返して、最後に神聖魔法使いが何度かヒールをエルシスの股間にかけていたけど再生はされなかったわ。その時のエルシスの顔ったら……」
もう言うのをやめてくれ……俺の相棒が完全にダウンしている……一生立ち上がれなかったらどうしてくれるんだ?
俺が頭を抱えていると
「大丈夫よ、マルス? マルスが浮気や男のロマンで変な事をしない限りはね?」
クラリスの天使の様な笑顔が今は悪魔に見える。
こういう時に味方になってくれるエリーはもう俺の左隣で寝てしまっている。
エルシスめ! 今度会ったら覚悟しておけ!
2031年12月20日 11時
ようやくアルメリアに着いた。
今回は神聖魔法でブーストをかけなかったからかなり時間が掛かってしまったが、それでも早い方だろう。魔物退治に時間が掛からないからな。
俺たちがアルメリアの街に入るとすぐに街の門兵が駆け寄ってきて、1人は屋敷の方に走っていった。
「お帰りなさいませ! アイク様! マルス様!」
普段あまり自分が上級貴族の息子と実感することがないのだが、ここに帰ってくると貴族なんだなぁって思う。
【暁】のほとんどの者たちがアルメリアを見るのが初めてで
「アルメリアに来る道中、どんどん何にもないところに向かっていくから心配だったのだけれども立派な街ね。道幅も広いし、舗装もされているし、街並みはしっかりと区画整理されているし、なんといっても街の人たちの活気がすごいわね。女性たちも楽しそうに街の外に出ているし」
「本当だな。ラインハルト伯爵領も1つくらいはこの街のようになれればいいのだが」
カレンとバロンが手放しにアルメリアを褒めてくれる。
やっぱり自分が住んでいた街を褒められるのは気分がいいよな。
「私も初めてだけど、迷宮都市でこんなに治安が良さそうな街は初めてだわ。ギルバーンとは天と地の差ね。やはりマルスの父ジーク様が冒険者上がりという事もあるのでしょうね」
サーシャが勝手に色々な所に行こうとするミーシャの手を引きながら言った。
確かに今年の1月よりもさらに活気が出てきたな。
屋敷の前に着くと今度は俺、アイク、クラリスが驚いた。
屋敷がかなり大きくなっていたのだ。
メサリウス伯爵の屋敷と同じくらい大きいかもしれない。
「あ、アイク兄……これうちの屋敷ですよね?」
「あ、ああ……警備の兵士も知っている者だったから間違いないと思うが……」
クラリスも目を丸くして屋敷を見ていた。
恐る恐るアイクが扉を開けると見たこともない人たちが俺たちを出迎えてくれた。
たちというのは中年の男が1人とメイド服を着た女性5人だ。
ちなみにメイド服はリスター祭のようなミニスカートではなかった。
いつもはジークやマリアや【蒼の牙】のバンが直接出迎えてくれていたのだが、俺たちの目の前にいるのは知らない人だったので面喰らってしまった。
「お帰りなさいませ、アイク様、マルス様、それに先生方やご学友の方々も。私は執事のセボンと申します。旦那様がお待ちですのでどうぞこちらへ」
セボンに案内された部屋は大広間のような所で、そこにジーク、マリア、リーナ、カインの4人が座って待っていた。
「父上! ただいま戻りました!」
「お父様、ただいま戻りました」
「ああ。良く戻ってきた。皆も腰を掛けてゆっくりとしてくれ」
俺とアイクの挨拶にジークが答える。
大広間にはたくさんのテーブルと椅子が並べられていたが、ジークに座ってくれと言われても誰も座らなかった。
まだこの屋敷の主人に挨拶をしていないからだ。
その空気を読んだクラリスがエリーの手を引っ張ってジークたちが座っているところに向かうと
「お久しぶりです。お義父様、お義母様……」
クラリスが無難な挨拶を済ますとエリーもいつもの調子で挨拶をする。
エリーが近づくとブライアント家の3男坊のテンションがMAXになる。視線はエリーの胸に一直線だ。こいつ本当にブライアント家の者か? ブライアント家には俺とアイクのような紳士しか生まれないんだぞ!?
クラリスとエリーの挨拶が終わると、クラリスはその場にとどまり、眼鏡っ子先輩を呼んだ。
眼鏡っこ先輩がジークに挨拶をしようとしたのだが、久しぶりにジークとマリアに会ったせいかかなり緊張をしていた。しかしそこをクラリスがフォローし、眼鏡っこ先輩がホッとした顔で挨拶を終えた。
本来であれば俺とアイクの役目なのかもしれないが、どうやらジークもクラリスと話せて嬉しいらしいし、マリアもクラリスを感心した様子で見ていた。
次にクラリスが呼んだのは、ブラッドとコディだった。
「セレアンス公爵嫡男ブラッド・レオです。その節はご迷惑をお掛けしました」
ブラッドにしては気の利いた事を言ったなと思ったろう?
これはクラリスが口を酸っぱくしてブラッドに叩き込んだ言葉だからな。
ジークもまさかブラッドにこのように挨拶をされるとは思ってもみなかったらしく、思わずうなっていた。
コディの挨拶もクラリスの助け舟によって、無事に終わると次は【剛毅】の先生3人だ。
サーシャ、ライナー、ブラムの順に挨拶をする。流石大人というだけあってクラリスも口を出すことはなかった。
先生たちの後はバロンとミネルバを呼んだ。2人は去年の新入生闘技大会の打ち上げでジーク、マリアと面識があったので話に花が咲き、無事に挨拶を終えた。
そして最後に呼んだのはカレンとミーシャ、そしてアリスだった。
「お久しぶりでございます、ジーク様。カレンでございます……」
「お久しぶりです! ジーク様。ミーシャです……」
2人共ジークの事を義父様とは呼ばなかった。ジークに許されているのはクラリスとエリーだけだからな。
ご機嫌な様子でジークがカレンとミーシャと話すと2人もどこかホッとしたようだった。
どうやらジークもカレンとミーシャの事は徐々にではあるが、認めてくれているようだ。
2人が挨拶を終えると、最後にアリスが緊張した面持ちでジークの前に立った。
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