第262話 ゴッドハンド
「かなり派手にやられていたけどあいつ大丈夫なのか?」
コディが担架で運ばれているエルシスを見ながら聞いてきた。
「血とか出ているけど、どうやら問題ないらしい。脳震盪を起こして気絶しているだけのようだ」
コディの質問に答えるとカレンが少し興奮気味に
「この試合かマルスとエルシスが戦った時の試合がベストバウトだったわね。両試合共エルシスの試合というのが嫌だけど」
どうやらカレンはこの試合がかなり良かったらしい。
「いくらベストバウトでもこれでエルシスは終わりだな」
スザクが少し感傷に浸りながら言うと、俺の後ろから
「顎をあれだけ撃たれるとどれだけの快感を味わえるのか? 気絶する前はどんな気持ちなのか? ミネルバ、今度やってみてくれ」
もうお前は北の勇者という2つ名禁止な……
クラリスだけは俺の右手をぎゅっと握って何も言わずに下を見ていた。
全ての試合が終わり、A級冒険者8名が決定したのでここに留まる理由もなく、一旦宿に戻って昼食を摂る。流石に昼前から祝勝会でお酒を飲むというのは羽目を外し過ぎだからな。
ちなみにスザク、ビャッコ、ヒュージの3人はこれから貴賓室という名の魔窟に行くという。リムルガルド城よりも手ごわい事は間違いない。
宿に戻りみんなで食事をしていると
「マルス、後でまたマッサージしてあげるね。昨日できなかったから」
「ありがとう。じゃあ今日は筋トレをしたら風呂に入ってから頼む」
昼飯を食べ終え、風呂に入って自室で待っているとクラリス、エリー、アリスの3人が俺の部屋に入ってきた。
ミーシャとカレンはミネルバと一緒にローマンの街を散策に行ったようだ。
いつものようにエリーをすぐ寝かせてからマッサージを受けていると、突然部屋をノックする音が聞こえた。
「はーい」
アリスが扉を開けると眼鏡っ子先輩がやってきて
「アイクたち筋トレ始めちゃったから暇でこっちに来ちゃった。そういえばマルス、昨日私が言ったこと覚えてる?」
「な、何のことでしょうか?」
当然覚えているが惚けると
「私をマッサージするって話よ。スペシャルマッサージっていうのをやって頂戴」
眼鏡っ子先輩はそう言うとアイクのベッドにうつ伏せに横になった。
「義姉さん! マルス先輩ではなく私がやりましょうか?」
空気を読んでアリスが言うと
「いいえ、マルスの手伝いをしたのだからマルスにしてもらいたいわ」
ふぅ……相変わらず我儘な兄嫁だ。
「分かりました。では僕がやりますから待っててください」
俺がそう言うとクラリスたちがマッサージをやめ、俺は眼鏡っ子先輩が横になっているアイクのベッドの脇に立った。
ここで絶対に変な所を触るわけにはいかない。
クラリスたちの視線もあるが、一番はアイクを絶対に裏切ってはダメだからな。
「どこをマッサージすればいいですか?」
「全部と言いたいところだけど一番は肩と首ね。次に足と腰、そしてお尻辺りかしら?」
おいおい……最後の箇所は流石に触れないぞ……
「じゃあ始めますね。痛かったら言ってください」
ヒールを唱えながら肩と首をマッサージすると眼鏡っ子先輩が甘美な声をあげる。
「あん、ちょ……本当に……気持ちいい……」
驚いたことに眼鏡っ子先輩の肩と首は本当に凝っており、それはクラリスたちが見ても今の声はわざとじゃないと分かったらしい。
「義姉さん。クラリスとアリスにも手伝ってもらいませんか? 僕よりもクラリスたちの方が上手ですし……」
「ほ、本当? じゃあやっぱりやってもらおうかな」
良かった……これで下半身は2人に任せることが出来る。
3人でマッサージをすると5分もしないうちに眼鏡っ子先輩は寝てしまった。
「本当に気持ちがいいんですね! どんな感じなんでしょうか?」
「じゃあアリス、義姉さんの隣に寝てごらんなさい。私とマルスでマッサージをしてあげるから」
クラリスの言葉にアリスは嬉しそうな顔をし、すぐに眼鏡っ子先輩の隣で横になった。
「じゃあ私が下半身やるから、マルスはまた上半身ね」
クラリスに言われアリスにマッサージをすると
「き、気持ち……いいです。溶けそうです……」
アリスもそのまますぐに寝てしまった。
これで今起きているのは俺とクラリスだけだ。
「マルス、悪いけど私にもしてもらえない? スペシャルマッサージがどれだけ気持ちいのか体験したくて」
「い、いいのか……? しても……?」
ゴクリと喉を鳴らしてクラリスに聞くと
「いいのかって……義姉さんやアリスにもマッサージしていたじゃない。へ、変なことはしないでよね?」
クラリスはそう言うとエリーが寝ている俺のベッドに横になった。
「じゃ、じゃあ首と肩からやるぞ?」
クラリスの細い首にヒールをかけながら丁寧に揉み解すと、
「ちょ、なに……これ……気持ちよすぎる……」
クラリスは必死になって声を我慢しているのが分かる。
首から肩、腰、腕、そして下半身をマッサージしていく。
下半身をマッサージする時にスカートの上から泣く泣く布団をかけた。俺って紳士だろ? もっと褒めてくれて構わないぞ。
「マルス、ありがとう。このままその……ラブ……試してみない?」
全身をマッサージし終わるとクラリスが恥ずかしそうに聞いてくる。
「ん? よく聞こえなかったんだけど、もう一回言ってもらっていい?」
よく聞こえなかったのは確かだが、何を言おうとしているのかは分かった。
だが俺は敢えてクラリスに再度聞いた。
なぜかって? 恥ずかしがっているクラリスは最高に可愛いからだ。
「……私の上に被さってラブラブヒールを試してみない?」
クラリスの顔は真っ赤だ。銀色の髪の毛先まで赤くなりそうな勢いだ。
「分かった。もしも不快だったらすぐに言ってくれ」
歓喜に打ち震えている相棒のポジションをしっかり直してからクラリスの上に覆いかぶさると、柔らかい感触といつものクラリスの甘い匂いが俺の全身を刺激する。
「重くないか?」
真っ赤になっている耳元で囁くと
「だ、大丈夫……お願いもうして」
「わ、分かった、いくぞ」
みんなも分かっているよな? これはただラブラブヒールを唱えようとしているだけだからな? 変な想像はしないでくれよ?
クラリスの事を一心に思いながらヒールを何度か唱えるが、ラブラブヒールは何故か発現しなかった。
しかしクラリスは
「あったかい……これはなんだろう……」
何かを感じていたようだ。
「完全に失敗かと思ったんだけど……」
「うん……なんだろうね……何かが体に染みわたっていく感じがしたの……あともういいかな……さっきから耳元で話しかけられるとくすぐったくて……」
クラリスに言われて慌ててベッドから飛び降りるとクラリスもうつ伏せ状態から起き上がり、ベッドに腰を掛けた。
俺も隣に腰を掛けて2人で肩を寄せ合いながら幸せな時間を過ごした。
しばらくすると部屋のドアが突然開いた。
「クラリスもいたのか……悪かったな、邪魔をしたみたいで。だが風呂にだけ入らせてくれ。あともう少ししたら祝勝会やるってミーシャが騒いでいたぞ」
部屋に入ってきたのは筋トレを終えたアイクだった。
「分かりました。それでは僕たちも準備をするのでゆっくりと風呂に入っていてください」
アイクが風呂に入るとエリー達を起こし、他の部屋も回って宿のロビーでアイクを待ち、合流したところでちょっとおしゃれそうなお店で祝勝会をした。
スザクたちも誘おうとしたのだが、まだ帰ってきていなかったので、メンバーは【暁】とコディだけだ。
店の中には他の冒険者らしき者たちも顔を真っ赤にして酒をのんでいる。
「マルス! A級冒険者おめでとー! かんぱーい!」
まだ飲んでいないのにミーシャが酔っぱらったような声で乾杯の音頭を取る。
「流石マルスだったわね。惚れなおしたわ」
「だね! 私なんてマルスと会ってなかったら5年前に死んでいたからね! 流石私たちのマルスよね!」
カレンとミーシャが手放しで俺の事を褒めてくれる。
アリスはミーシャの5年前に死んでいたという言葉が気になったのかミーシャにその話を聞いていた。
「本当に流石マルスだ。父上もきっと喜ぶだろう。11歳にしてA級冒険者になる者など今後も絶対に現れることがないだろう」
アイクの言葉にバロンが
「でもアイク先輩……アイク先輩も来年A級冒険者になれたら史上2番目の速さですよね?」
「まぁなれたらな。でも2番目という記録はすぐに抜かれるさ。クラリスやエリーも成人前にはA級冒険者になるだろうしな」
正直クラリスとエリー……いや女性メンバーにはA級冒険者になって欲しくない。なって欲しくないというか、あんな危険な試験に臨んで欲しくない。
いくら神聖魔法で怪我を治せるとはいえ、やはり好きな女性が傷つくのは見たくないからな。
その後もみんなで楽しく飲んでいると、近くに座っていた冒険者たちが気になる事を話していた。
「なぁ。聞いたか? 狂剣のエルシス。またやったらしいぜ?」
「またか? 今回は誰だ?」
エルシスの名前が出てきたのでなんとなく聞いていると
「神聖魔法使いの女2人だってよ。今回は近くにいたA級冒険者たちにすぐ取り押さえられたらしいから未遂に終わったらしいが、相変わらず見境がないな。治療してくれた女を襲うなんてどんな神経しているんだろうな?」
「よくあんな奴を推薦するやつがいたもんだよな!」
「だな! クラウン公爵は仕方ないにしろカストロ公爵はもう信用できないな!」
酒を飲んでいるせいか冒険者たちの声はかなり大きい。騒がしい中で別に耳を澄まさなくても聞こえるくらいだ。
「ねぇマルス? 今の聞いた? もしかしたら神聖魔法使いってリリアンじゃないの?」
俺と同じことをクラリスも考えていたようだ。
そしてその時だった。
『バタン!』という大きな音を立てて店の扉が開くと店の中にいた全員が扉の方を見た。
「やっと見つけたよ。マルス君?」
先ほど話していた冒険者たちは、扉を開けた人物を見て凍りついた。
そこに立っていた人物は……
明日でこの章が終わりとなる予定です。
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