第235話 あんあんあん
「たまにはこうしてマルスを独り占めするのもいいわね」
校長室を出た俺とカレンはメイド喫茶に向かって戻っている。そしてカレンが腕を組んできて俺に身を寄せながら歩く。
リスター帝国学校の生徒達はいつもの事だなと思って見ているが、一般の参加者の男たちは羨望と嫉妬の眼差しで見てくるがさすがにもう慣れた。
足早に歩いたが少しでもカレンとの時間を過ごせたのは良かった。最近はカレンとゆっくりする機会がなかったからな。
昼食を買えるだけ買って超満員のメイド喫茶に戻った。今日からはSクラスもBクラスも昼食はメイド喫茶内で食べる予定だ。
少しでもケビンとドアーホの近くに人を置いておくためだ。俺とエリーとカレンでメイド喫茶の端っこの席で壁側を向いて3人で横並びで昼ご飯を食べる。
「マルス、口を開けてあーんして」
いつもはクラリスがいる俺の右隣に座ったカレンが俺に肉料理をあーんしてくれる。
正直料理の味は良く分からなかったがこのリア充感は最高だ。これをしたかったからカレンは壁に向かって3人で横並びに座ろうと言ったのか。
こんなのが周りにバレたら絶対に嫉妬されてしまうからな。まぁ何人かにはバレているようだが。
「マルス! 私も! 私もやる!」
いつになくエリーが興奮した様子で俺にサラダをあーんしてくる。うん! やっぱり美女からのあーんは最高だ。
その後も2人からあーんしてもらったのだが、カレンはバランスよく肉とサラダをくれるのに対し、エリーはずっと肉以外をくれる。
もしかしたらあまり好きではない食べ物を俺に処理してもらおうとしているのか?
「あれ? アイク兄は? アリスもいないみたいだけど?」
あーんの途中にアイクとアリスが居ない事に気づいてエリーに聞くと
「……3人目……クロム……負けた……凄い魔法使いらしい……2人見に行った……魔法使いだからマジックポーションで回復中……まだ間に合う……と思う……」
この言葉にカレンのあーんの手が止まった。やはり有力人物は是が非でも見ておきたいのだろう。
「カレンも行ってくればいいじゃないか? 俺とエリーが警戒していれば大丈夫だから。それに俺たちがいなくてもフレスバルド騎士団員が何人かメイド喫茶内にいるしな。何かあったら知らせるから行っておいで」
「ありがとう! すぐに食べて行くわ!」
あーんをやめて急いでカレンはご飯を口に掻き込む。いつも優雅に食べているカレンが珍しい。
口に沢山ご飯を詰め込んで、テーブルクロスで口を拭くと急いで闘技場の方に走っていった。それを見ていたカールが何食わぬ顔で俺たちの所にやってきて
「カレン様はどうしたんだ? 急いでいるみたいだったけど……」
一点を凝視しながら話しかけてきた。
「闘技場に行ったぞ? カールは接客の方はいいのか?」
「あ、ああ……」
カールは俺の質問を適当に受け流し周囲をキョロキョロと見回した。こいつ……もしかしたら……そして俺の予想は見事に的中した。
「このチャンスもらったぁ!」
カールはカレンが口を拭いたテーブルクロスに向かって顔を近づける。当然俺は阻止しようとテーブルクロス引きをチャレンジしようとするが俺よりも先に動いものがいた。
『スパァァァアアアン!』
魔法の矢がカールの鼻先を掠めて壁に刺さった。
矢が放たれたであろう方を見ると銀髪の悪……女神がカールの方を見て笑顔を張りつかせている。当然目は笑っていない。
「カール、諦めろ」
俺がカールの肩を叩くとカールはしょんぼり肩を落とした。そして接客を始めようとするとメイド喫茶内を警備していたフレスバルド騎士団員に呼び止められて詰問されていた。
「い、今のはネタでして……なぁマルス……」
自業自得だから放っておこうかとも思ったが、ここで見放すと数少ない友達が減ってしまう可能性がある。ただ友達の婚約者に間接キスをしようとするなんて……友達と思っているのは俺だけなのだろうか?
「フレスバルド騎士団の皆様、こいつはいつもこうなんで大目に見てやってください。結局いつも未遂に終わるので……」
俺がフォローするとフレスバルド騎士団員はあっさりと引き下がってくれた。
「た、助かったよ、マルス。今度はフレスバルド騎士団には見られないように……」
「なんですって?」
カールの言葉にクラリスが突っ込む。ちょうどこれから休憩に入ろうとしたクラリスに聞かれてしまって、カールはフリーズした。
「カール、さっきやろうとしていた行為は最低よ? 例え両想い同士でも百年の恋も冷めてしまうわ。もうやめなさい。これはカールの為を思って言っているのよ。マルスもギリギリまで見ていないで先に止めてあげないと。先ほどのフレスバルド騎士団の方々は分かってくれたけど、そうじゃない人もいるんだからね」
カールのせいで俺までとばっちりを受けたじゃないか。
「わ、分かったよ……テーブルクロスではもうしない」
こいつ絶対に分かっていない。クラリスも諦めたようにため息をついて先ほどカレンがいた席についた。
「マルス、さっき向こうから見ていたんだけど、エリーとカレンととても楽しそうだったじゃない? 私もあれやりたいんだけどまだ食べられる?」
クラリスが上目遣いで俺を見上げながら言ってくる。正直相当お腹がいっぱいだったが、俺は喜んで返事をした。
ちなみにエリーはすでにメイド喫茶の前で警備を始めている。エリーはとても上機嫌でメイド喫茶に並んでいる男性、女性問わずみんなエリーに見惚れている。
「はい、マルス、あーんして」
お腹いっぱいだったがクラリスのあーんは特別らしくまだまだかなり食べることが出来た。
「さっきエリーから聞いたんだけど闘技場に凄い魔法使いが現れたらしいじゃないか?」
「私もお義兄様に誘われたけど私が行ったら流石にリーガン公爵に怒られそうだったから行かなかったのよ。どうやら透明化という魔法を使うらしいわ。それに4大魔法全て使えるらしいわよ。もっと驚くのがなんと魔族だって。私は魔族と聞くととても嫌な印象しかないのだけれども、どうやら魔族の中で親人派らしいわよ。そして本来であれば私たちと同じクラスになっていたはずの人だって」
あーそう言えば1年の頃2人ほど魔族からSクラスに入るってリーガン公爵が言っていたな。
それにしてもステルスという夢のような魔法があるのか……これは絶対に覚えないといけないやつだ。じっちゃんの名にかけて!
「マルス? 当然だけどそんな魔法覚えないでね?」
「わ、分かっているよ……でも俺の場合覚えようとしなくても覚えてしまっている可能性があるからその時は……」
「忘れてね」
ぴしゃりとクラリスに言われてしまった。うーん……本当に最近のクラリスには頭が上がらない。ブラッドが姐さんと言い始めてから貫禄も出てきた気がする。そんなこんなでイチャイチャ? しているとアリスが走ってきて
「マルス先輩! ブラッドが抜かれました! そして対戦相手がマルス先輩を指名しています! 2021年生まれ最強は誰なのかを決めたいとの事で……」
おっこれはステルスを見るチャンスだ。
「仕方ない、あまり気が乗らないけど行ってくるか。ここはフレスバルド騎士団もいることだし大丈夫だろう」
俺の言葉にクラリスが頭を抱えて
「もう……本当に変な魔法覚えてこないでよね。確かに有用だとは思うけど、その魔法が使えるせいで今後何かあったらずっとマルスが疑われることになるのよ?」
た、確かに言われてみればその通りだ。下着泥棒とかが出たら間違いなく俺が最初に疑われるのか……
ステルスが使えなくても俺が疑われる可能性もあるのに覚えてしまったらと思うと……クラリスはここまで読んで言ってくれていたのか。
「ありがとうクラリス。心配してくれて。覚えるのはやめておくよ。ただ少し見てみたいんだ。もしも見たことのない【固有能力】だった場合、『あいつ』の可能性もあるだろう?」
俺の言葉にクラリスが急に不安な表情をして
「私も一緒に行くわ! もしそうだったら危ないもの!」
「そんなことにはならないさ。クロム殿下もブラッドも無事だろう? 俺も悟られなければ大丈夫だよ。それに負ける気はないしね」
「確かに言われてみればそうね……でも気を付けてね」
俺は急いで席を立つとアリスに先導されて闘技場へ向かう。選手控室に着くとブラッドが
「すまねぇ、負けちまった。近づければ絶対に勝てると思うんだが……まぁ近づけねぇから負けたんだが……マルス! 頼む! リスター帝国学校の代表として勝ってくれ!」
まさかブラッドからリスター帝国学校の代表としてという言葉が出てくるとは思わなかった。ブラッドはよっぽど悔しかったのか顔を上げることは無かった。
「分かった。絶対に勝ってくるからブラッドはのんびりそこで見ていてくれ」
俺が選手控室に着いたのを確認すると名物アナウンサーの声が会場に響いた。
次回は3月19日(土)20:00投稿予定です。










