第234話 風見鶏
「ガスターの死体が私の所に届けられたのは、私がミリオルド公爵の要請を断ったからだ」
カエサル公爵が椅子に座り、膝に肘をつけてうつむきながら喋った。
「要請とはなんですか?」
リーガン公爵がカエサル公爵を安心させるかのように優しい口調で聞いた。カエサル公爵は躊躇いながらも
「……獣人の子供を攫う事だ」
「断って当然です。獣人の子供であれ、人の子供であれ人攫いはダメです。ですがなぜ断っただけで死体が送られてきたのですか?」
当然の疑問をリーガン公爵が尋ねる。
「その質問に答える前に先に我が領地の現状を知ってもらう必要がある。ミスリル鉱山があり、北東にはデアドア神聖王国の国境、そして東には海があり、その海の向こうには魔族が暮らすイセリア大陸がある。知っているとは思うがミスリル鉱山からミスリルはもう採掘できない」
つまりミスリル鉱山が廃坑になったという事だな。
「だから我がカエサル公爵領の主な収入源は海の観光業がメインとなるのだが、ある時を境にヴァンパイアからの被害が増えて海に人が寄り付かなくなってしまった。最初は冒険者達を雇ってヴァンパイアを倒そうとしたのだが、A級冒険者は他のクエストで忙しく、たとえ依頼できたとしてもヴァンパイアと戦って勝つことは出来ても止めを刺すことは出来ない。蝠になって逃げに徹されるとどうしようもないらしいからな」
ここでもヴァンパイアが暗躍しているのか。
「そしてA級冒険者にクエストを依頼するだけでもかなりの金額となる。ミスリル鉱山が廃坑になる前であれば、支払い続けることが出来たと思うが、次第に依頼料すら払えなくなってしまったのだ。リーガン卿とセレアンス卿なら知っていると思うが、他の貴族に頼ろうものなら弱みを握られてしまうだろ?」
サンマリーナ侯爵も同じような事を言っていたな。
「万策尽きたと思っていたところにザルカム王国の貴族から話があった。分かっていると思うがこの貴族というのがミリオルド公爵だ。ヴァンパイアの件をなんとかしてやるから獣人の子供を攫えと言ってきた。当然最初は断った。攫った所で被害が無くなる保証はないしな。だからまずヴァンパイアの被害がなくなったら考えてやってもいいと答えたのだが、これが間違いの始まりだった……」
そこまで言うとカエサル公爵は頭を抱えて塞ぎ込んでしまった。しばらくカエサル公爵の言葉を待つがなかなか次の言葉が出てこなかったので
「カエサル公爵。しっかりと説明をお願いします」
リーガン公爵がカエサル公爵に話の続きを促した。リーガン公爵の言葉を受けたカエサル公爵は少し経つと言葉を再開した。
「すまない……ミリオルド公爵にヴァンパイアの件を返答した数日後にはピタッと被害がなくなったのだ。偶然かとも思ったのだが、そんなわけが無かった。被害が収まって数日したらまたミリオルド公爵からの使者がやってきてな。知らぬ存ぜぬで追い返したらヴァンパイアからの被害が前にもまして増えてしまった」
この話が本当であればミリオルド公爵とヴァンパイアは裏で繋がっているという事か?
「本来であればこの時点で他の貴族……いや公爵を頼るべきだった。しかしどうしても弱みを見せることが出来なくてな……ついに俺は獣人の子供に手を出してしまったんだ……」
この言葉にセレアンス公爵から物凄い殺気がカエサル公爵に対して向けられた。そしてカレンも信じられないという顔をしていた。カレンはカエサル公爵が人攫いなんかするわけが無いと以前に言っていたから裏切られた気持ちがあるのだろう。
「その後、俺はミリオルド公爵の言いなりだった。直接的に攫わないにしろ注意を引くようにとか様々な指示を受けた。だが最近になってフレスバルド騎士団がセレアンス公爵領を警備するようになり、簡単には手が出せなくなってしまった。だからこの前ミリオルド公爵の使者にもう獣人の子を攫うのは無理だと伝えたら、ガスターの死体が届けられたという訳だ」
リーガン公爵から聞いていた話とは大分違うんだな。
積極的にミリオルド公爵とカエサル公爵は組んでいたものとばかり思っていたのだが完全に傀儡となっていたのか。まぁどこまで本当かはこれから分かる事だろうが。
それにしてもセレアンス公爵はよく耐えたな。キレてカエサル公爵に襲い掛かると思っていたのだが、俺はまだまだこの人を過小評価していたのか。
「ミリオルド公爵とは何者なのですか? 獣人の子供を使って何をしているのですか?」
リーガン公爵がさらにカエサル公爵に聞くと
「何者かと聞かれても私も良く分からないのだ。私自身一度しか会ったことがない。その時鑑定したが、別にどうってことはなかった。ただ何か異常だったことは分かる。私の感情眼では良く分からなかったが、リーガン卿の魅了眼であればもっと詳細に分かるかもしれない。
獣人の子供を使って何をしているのか分からないが、なにやら実験をしているというような事は聞いたことがある」
カエサル公爵は鑑定をしたと言っていたが、恐らくそれは偽装されたものを鑑定したのだろう。
前にドアーホが言っていたからな。ミリオルド公爵は偽装の腕輪を装備していると。
それにしてもカエサル公爵もミリオルド公爵が何をしているのかは知らないのか。
「で、カエサル公爵。これからどうするつもりだ? A級冒険者のガスターを倒せるミリオルド公爵相手に。もしかしたら今カエサル公爵領はヴァンパイア共に食い荒らされているかもしれないぞ?」
セレアンス公爵の言葉にカエサル公爵が跪き
「私がこんなことを言うのはおかしいが頼む! 助けてくれ! もっと早くにこうするべきだったのは分かっている! 円卓会議で獣人の扱いに関しても、もう口を挟むようなことは絶対にしない!」
カエサル公爵の必死な言葉にリーガン公爵が
「分かりました。それではまずヴァンパイアによる被害を止めましょう。最近ヴァンパイアから何か被害を受けましたか?」
ん? これってもしかして……?
「何か月前かに少しあった気がするが……ヴァンパイアからの被害を止めるってどうやるんだ?」
「それは秘密です。しかし当分の間はヴァンパイアによる被害を私が止めます。ですからもうミリオルド公爵に頼る必要はありません」
やっぱり……この中でヴァンパイアの5伯爵を倒したというのを知っているのは俺とリーガン公爵とカレンだけだからな。
カレンもフレスバルド家に害がなければ敢えて口を挟む必要はないだろうしな。リーガン公爵はヴァンパイアからの被害というのを、あの5伯爵からの工作だと決めつけたのだろう。
「おい、簡単にそんなことを言って大丈夫なのか?」
セレアンス公爵がリーガン公爵に聞くと
「大丈夫です。リーガン公爵領には優秀な者がいますから」
俺の事か? 利用されているというのは分かっているが少し嬉しいな。リーガン公爵の言葉を聞いたセレアンス公爵は次にカエサル公爵に聞いた。
「カエサル公爵、さっき言ったことは本当だろうな!? 円卓会議で余計なことに口出さないというのは!?」
「本当だ! リーガン卿とカレンの前で誓う! 信じてくれ!」
この言葉を聞いたセレアンス公爵からはやっと殺気が消えた。普通であればこの沙汰は絶対にぬるいと思うよな?
ここまで獣人を好き勝手にやられてたのに跪いて謝って終わりだなんて。だけどセレアンス公爵がクーデターを起こしてまで実現しようとしていた夢にあと一歩という所まで来ているのは事実だ。
セレアンス公爵は今複雑な心境かもしれないがそれでも歯を食いしばって必死に未来を見ようとしている。
それに貸しを作るというのはとても重要らしいしな。セレアンス公爵の目に光るものが見えた。
「分かった。だが過去の事は不問にすることはできない。当然子供の親たちは絶望に暮れているからな。だからカエサル公爵はこれからの獣人の為に色々尽くしてもらいたい。リーガン公爵もそれでいいか?」
「ええ。もともと私は仲介役のようなものですから、セレアンス公爵がそれでよければ構わないです。ただカエサル公爵を一時監視下に置かせていただきます。リーガン騎士団とフレスバルド騎士団をカエサル公爵領にしばらくの間駐留させます。
これは監視という名目がありますが、防衛という意味もあります。フレスバルド騎士団、リーガン騎士団がカエサル領にいればミリオルド公爵も手を出しづらいでしょうから」
結局カエサル公爵はミリオルド公爵からリーガン公爵たちに寄主を変えただけなのかもしれないな。
昼もだいぶ過ぎてしまいお腹が減ったので昼食を取る事にした。俺とカレンは一旦メイド喫茶に戻って様子を見に行き、3人の公爵で昼食を取るという事になった。
どうやらもっとミリオルド公爵の事を詳しく聞くらしい。俺とカレンは校長室から出ようとするとセレアンス公爵にお礼を言われた。
「マルス、この恩はいつか必ず返す。ありがとう」
俺はセレアンス公爵の顔を見ないように頭を下げるとカレンと一緒に校長室を出た。
顔を見なかったのは不敬かもしれないが、セレアンス川が決壊していたからな。
ごめんなさい。
次回の投稿は3月16日(水)20:00を予定しております。
まだ1文字も書いておりませんが(泣)
また、たくさんの『いいね』ありがとうございます。










