第233話 噂の男
2031年11月5日 10時
今日は少し物々しい雰囲気が漂っている。リーガン公爵はメイド服ではなくいつものスタイルだ。
メイド喫茶の中にもケビンとドアーホを守るために数名のフレスバルド騎士団員が配置された。
今日はアイクがクラリスとミーシャが聖水を渡す付近に座っている。なぜならクラリスとミーシャの隣にはドアーホとケビンがいるからだ。
「ではカエサル公爵を迎えに行ってきます。私とセレアンス公爵とカエサル公爵は校長室で話をし、今日はここには戻らないと思います。皆さん、警備を頼みましたよ。今日からが本番だと思ってください」
リーガン公爵はみんなに言い残し、セレアンス公爵と一緒に門の方に向かった。
2人をレッカ、ディバルを中心にフレスバルド騎士団とリーガン騎士団が護衛する。そしてなぜか俺も一緒に同行することになっていた。セレアンス公爵が
「1番強い者が俺たちを護衛しないで誰を守るというんだ?」
と言ったのがきっかけだ。俺としては最優先でクラリスとエリー、そしてカレン、ミーシャ、アリスなのだが……
一般のお客さんはもちろん、生徒達も誰が来るか知らされてはいないし、なんでこんな厳重な警備をしているのかも分かっていないだろう。むしろ何かの出し物なのかと思って面白そうに見ている者までいる。
リスター帝国学校の門で待っていると門の外でフレスバルド騎士団に守られたカエサル公爵が馬車から降りてきた。
カエサル公爵は酷く怯えている様子で周りをキョロキョロ見回している。ようやく安全と確認できたのかこちらの方に歩いてきたのだが、ある人物を見ると明らかに表情が引き攣った。
「ようこそ、カエサル公爵。ささこちらへ」
リーガン公爵がカエサル公爵を招くとリーガン公爵の近くに来て
「リーガン卿……世話になる。頼りにしている……」
力のない言葉で頭を下げた。
「カエサル公爵には聞きたいことが山ほどある! しっかり話してもらうぞ!」
セレアンス公爵が威嚇するようにカエサル公爵に言うとカエサル公爵は何も言わずに項垂れた。
きっとカエサル公爵はここにセレアンス公爵がいたので顔が引き攣ったのであろう。
みんな烈火騎士団という訳ではないと思うがレッカが指示を出すと、綺麗なフォーメーションを組んで3人の公爵を護衛する。
フレスバルド騎士団だけで30名以上はいるだろう。そこにリーガン騎士団も護衛に加わる。
フレスバルド騎士団とまではいかないがこちらも統制が取れた見事なフォーメーションだった。
これ俺がいる必要あるか? むしろ俺がいるせいで隊列が乱れているような気がするのだが……居場所がない俺は最後方に下がりみんなの後をついて行った。
校舎に着くとフレスバルド騎士団は校舎の中には入らなかった。どうやらフレスバルド騎士団は校舎の周辺を警戒し、リーガン騎士団が校舎の中に入って3人の公爵を警備するようだ。俺もレッカとディバルと一緒に校舎の前で立ち止まると
「マルス、レッカ、あなた達も一緒に来てください。レッカにはフレスバルド公爵の代わりにカエサル公爵の話を一緒に聞いてもらいます。マルスもですよ」
え……? レッカの理由は分かるがなんで俺も? しかしリーガン公爵にそう言われてしまったら行くしかない。
リーガン公爵の発言に明らかにカエサル公爵の表情が曇った。だが最初にリーガン公爵に対して声を発したのはレッカだった。
「リーガン公爵。私には荷が重すぎます。幸いカレン様が近くにおられますので、カレン様でお願いできないでしょうか? どう考えてもカレン様の方が適任かと思われますので」
リーガン公爵は少し悩んでいるようだ。普通に考えればカレンでいいと思うのだが、もしかしたらメイド喫茶の戦力を減らしたくないのかもしれない。
「分かりました。カレンにお願いしましょう。レッカはカレンを呼んできてその後は校舎周辺の警備をお願いします」
リーガン公爵の言葉にレッカはホッとしながらカレンを迎えに行った。
「リーガン卿、最初は私とリーガン卿の2人だけで話がしたいのだが?」
カエサル公爵は自分に決定権はないとわかっているのであろう。少し躊躇いながらリーガン公爵に言った。
「それは出来ません。フレスバルド、セレアンス、リーガンからそれぞれ1人は参加してもらいます。そしてマルスは3つの公爵家からの指名です。もしも嫌であれば私たちはカエサル公爵の相談に乗る事は出来ませんが如何致しますか?」
カエサル公爵はリーガン公爵の言葉に対して何も言わなかった。ただ他の者の参加はやはり認めたくないという事は分かった。何も言わないカエサル公爵にリーガン公爵は更に言葉を続ける。
「分かりました。カエサル公爵が私たちの条件に納得が出来ないのであれば、この話は無かったことにしましょう。当然ですが今後フレスバルド騎士団、リーガン騎士団を始め、私たちがカエサル公爵の身辺警護をすることはありませんので、そこのところは予めご了承ください」
これは完全に脅しだろうな。カエサル公爵も自分の立場を弁えているだろう。だが心のどこかに少しくらいは寄り添ってくれるかもという淡い期待があったのかもしれない。
「分かった……参加者は任せる……」
力なくカエサル公爵が答えた。完全にどちらが上か分からせる一幕であった。校舎の前でカレンを待っていると、制服に着替えたカレンがレッカと一緒に走ってきた。
「遅れて申し訳ございませんでした」
少し息を切らしながら謝った。カレンの言葉にリーガン公爵が頷くと校舎の中に入り校長室に向かう。
「で、どうしてカエサル公爵の所にガスターの死体が送られてきたんだ?」
校長室に入るとセレアンス公爵が早速カエサル公爵に対して質問する。
「分かった。しっかり答えるから1つだけ確認させてほしい。リーガン卿、セレアンス卿、それにフレスバルド卿の次女のカレンが居るのは問題ない。だがマルスは大丈夫なのか? マルスは一体何者だ? 今年の新入生闘技大会で銀髪の女の子と一緒にミスターリスターという事を紹介はされたが、それだけでここに居てもいい人間なのか? できれば私の話をする前に教えて欲しいのだが」
まぁ当然だよな。もしも俺がザルカム王国に縁のある者であった場合、密告とかされたらたまったもんじゃないからな。
でも本来であればもうこの質問をするのもNGな気がするんだが……さっきも参加者は任せると言っていたのに往生際が悪いな。
「そうですね。いいでしょう。まず銀髪の子、クラリスはリーガン公爵領の貴族、ランパード子爵の長女でマルスの正妻予定の婚約者です。そして元セレアンス公爵、バーンズ・レオの長女エリー・レオの婚約者でもあり、そこに居るカレンの婚約者でもあります。またリスター帝国学校の教師であるサーシャの娘のミーシャとも婚約関係にあります。私たちはマルスを息子のように思っております。
マルスの出自はバルクス王国ブライアント伯爵家の次男です。カエサル卿もご存じでしょうが、ブライアント家はバルクス王国1裕福な貴族だと言われております。
兄はこの学校の5年Sクラスのアイク・ブライアント。アイクは近々リスター連合国のメサリウス伯爵家長女のエーディンと結婚し、メサリウス伯爵の世継ぎとなります。
あと妹と弟がおりますがまだ10歳未満です。どうですか? どこかに疑う余地でもありましたか?」
息子のように思ってくれているのか……少しうれしい気がする。
それにミーシャにも言われたことだが、ブライアント家って裕福なのか? まぁ迷宮が2つある時点で魔石には困らないし、魔石を得る手段もしっかりと作り、冒険者も育てることが出来ているからな。
だがその割には家の大きさが上級貴族のどの家よりも小さい気がするのだが……カエサル公爵はリーガン公爵の言葉を聞きながら俺の事をずっと見ていた。カレンの婚約者という言葉を聞いて、かなり驚いていた。
「バロンからカレンを奪ったという噂の男はお前か……」
なんかとんでもない噂の広がり方してないか? 結果的にそうなったけど奪ったつもりはないんだが?
「カエサル公爵よ。マルスは好き放題するに値する実力を備えている。今の4人の婚約者の他にももう1人婚約者が増えたらしいからな。この年でうちのビャッコと互角の実力なのだぞ? カエサル公爵なら感情眼でマルスを少しは鑑定できるだろう? どこまで正確に鑑定できるかは分からんが」
感情眼? なんだそりゃ? 読んで字のごとく人の感情が分かるのか? それに俺は好き放題していないつもりなんだが?
「セレアンス卿……残念だが私の感情眼では何も鑑定できないのだ。その時点で私よりは強いという事は分かっている。私の感情眼は私よりも強い者は鑑定も感情眼も通じないからな。それにしてもカレンだけでも十分だというのにその他に3人も婚約者がいてまた1人増えただと?」
俺とカレンを見ながらカエサル公爵が言った。強いっていうのはアバウトだな……
ステータスが高いとかだと分かるのだが強さってどうやって決めるのだろう? それに強い者には通じない魔眼って何の意味があるんだ? 世の中には変わった魔眼もあるもんだな。
「まぁマルスが信用できる立場の者というのは分かったし、ある意味最も信用してはならない人物というのも分かった」
カエサル公爵の言葉になぜか納得してしまった。納得してはいけないはずなんだが……
「では話すとしよう……」
カエサル公爵は覚悟を決めたように言葉を発した。
お久しぶりです。
『いいね』機能という物があったんですね。
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リアルの方がなかなか落ち着かなくて4月の中旬まで更新頻度が落ちると思います。
それでもなんとか更新を続けていきますので、よろしくお願いします。










