第223話 ガラール
「エリー、大丈夫か?」
「……うん……ごめんなさい……」
急にエリーが殺気を放った時は驚いた。
特にスザクにはエリーが誰に対して殺気を放っているか分からないため警戒をさせてしまった。
リーガン公爵から事情を説明してもらってその場を取り繕ってもらいスザクも納得してくれた。
ちなみにエリーの殺気は俺がハグをしながらエリーの頭を撫でるとすぐに収まった。
「でもエリーの気持ちは分かるよ。好きな人、愛する人を傷つけた相手は絶対に許さないって思うもん」
クラリスの感情がどんどん高ぶっていくのが分かる。
「気持ちは嬉しいが抑えてくれ」
歩きながらクラリスの肩を抱き寄せると
「私がもっと配慮するべきでしたね。後でスザクとビャッコにはもう一度謝罪しておきます」
リーガン公爵が申し訳なさそうに俺達に言った。
途中まで俺達4人は一緒に貴賓室を目指したが、リーガン公爵が俺とエリーはそのまま選手控室に戻れとの事だったので2人で一緒に選手控室に戻った。
ミスリスターでトーナメントに参加しないクラリスはリーガン公爵と一緒に貴賓室に向かい、貴族たちの接待をするとの事だ。
選手控室に戻るとローレンツが落ち着かない様子で同じ場所を行ったり来たりしていた。
「おお! 良かった……みんなどこに行っているんだ? もうそろそろ試合が始まるぞ!?」
どうやらローレンツは選手控室に俺たちがいなくてソワソワしていたらしい。
「リーガン公爵に呼ばれて全員で貴賓室に行っておりました。僕とエリーは先にリーガン公爵に戻れと言われてここに来ました。もうそろそろ戻ってくると思いますが……」
「そ、そうか。貴賓室か。じゃあ俺はこの付近で警備をするから何かあったら言ってくれ」
ローレンツは逃げるように選手控室から出て行った。
俺に貴賓室に迎えに行きましょうと言われるのが嫌だったのかもしれない。しばらくエリーの肩を抱いていると貴賓室に居た生徒たちが戻ってきた。
「ねぇ、何かあったの? クラリスが動揺しているように見えたのだけど?」
カレンが戻ってくるなり俺に聞いてきた。
「リーガン公爵にエキシビジョンマッチで戦う2人の対戦相手を教えてもらってな。その人物の事で動揺していたのだと思うよ。申し訳ないけど対戦相手はお楽しみにしておいてくれ」
「そう言う事ね。分かったわ。ありがとう」
カレンは俺の言葉にあっさりと納得してくれた。あれ? みんな帰ってきたと思ったけどアイクだけいないな……
「アイク兄はどこに行ったか知ってる?」
「アイクならクラリスと一緒に貴賓室で接待をしているわ。リーガン公爵がマルスの代わりにと言ってね。それに思わぬ大物が来ていて一生懸命アイクが頭を下げていたわよ。後でアイクを労ってあげてね。当然私も労うけどね」
眼鏡っ子先輩が俺の質問に答えてくれた。思わぬ大物って一体……そう思っていると
「ごめんなさい。なぜか父が来てしまいまして……」
クロムが申し訳なさそうに言った。え!? 思わぬ大物ってバルクス王の事か? だとしたらアイクは居心地が悪いだろうな……しばらくするとライナーがやってきてガル、クロム、アリス、眼鏡っ子先輩を反対側の選手控室に連れて行った。
考えてみれば対戦相手が同じところから出てくると盛り上がりに欠けるよな。
こちらには第1シードの俺と第2シードのカレン、第3シードのミーシャと第4シードのバロンがいる。
まぁ他にもエリーやミネルバもいるのだが、ブラッドは反対側の応援に行ったようだ。向こうには1年生が2人いるからな。
ガル達が反対側に回ると名物アナウンサーの声が闘技場内に響き渡った。
「皆さま! 大変お待たせいたしました。ただいまよりリスター帝国学校武神祭を始めます! まずは来賓の紹介をさせて頂きます……」
来賓の紹介ってこっちの世界で初めてだな。そう思っているとカレンが
「今日は特別よ。フレスバルド公爵とセレアンス公爵の仲の良さをアピールするために注目を一時的に集めるのよ」
俺が疑問に思っていたことをカレンが教えてくれた。
リングアナウンサーがフレスバルド公爵の名前を呼ぶと、それに応えるようにフレスバルド公爵が両手を挙げた。
フレスバルド公爵の左手はしっかりとセレアンス公爵の手が握られている。
この光景を見た観客たちの歓声が闘技場にどよめき渡った。来賓の紹介が終わり、ついにベスト8の戦いが始まる。
「それではベスト8第1試合を始めます。ドワーフの誇り、そして【紅蓮】の切り込み隊長のこの男。曲がったことが大嫌い! ガラール・ガジェットォォォウウウ!!!」
ガラール? あれ? ガルってガラールって名前だっけ? ガルが紹介されて出てくると野郎どもの低い歓声が鳴り響く。
「ガル! 俺たちの想いをぶつけてくれ!」
「俺達5年生がリスター帝国学校の最強世代という事を証明してくれ!」
「○○を握り潰せ!」
……・・
……
・
最後の方はガルへの応援と言うよりかは俺への妬みだった気がする。ガルは観客に手を振って入場すると中央で斧を構えた。いや……流石にまだ構えるのは早くない? やる気があるのはいい事だと思うが……
「そして次はこの男の入場です! 2年生にして上級生を払いのけて第1シードでの参戦! 今や我がリスター帝国学校の顔ともなっているハーレムキングのリア充男! 今年になってまた1人ハーレムを増やし調子に……いや! 勢いに乗っている男の名前はぁぁぁ……マぁぁぁルスぅぅぅ・ブライアントォォォオオオ!!!」
俺の名前が呼ばれるとガルの時とは正反対の黄色い声が会場を埋め尽くした。そしていつもと同じようなことを言われる。
嬉しいのだがクラリスたちが見ている前では嬉しそうな表情をすることはできない。ただいつもと少し違う事もあった。
それは男子たちからの声援だ。声がする方を見るとゴンやカール達が顔を真っ赤にして精一杯俺を応援してくれていた。
俺はその声援にこたえるように右手を挙げるとさらに盛り上がり会場が少し揺れた。
「全力で来い! 勝てるとは思わないがいい勝負は出来るはずじゃ! 儂との試合よりもアイクとの試合の方が動きが良かったら許さんぞ!」
試合開始直前にガルに声をかけられた。全力? そんなことをしていいのか? だがここでいいのですか? なんて聞いたら絶対にガルのプライドが傷つく。
それにもう俺がトーナメントで優勝すると決めつけているようだ。
「分かりました。剣聖として本気で行かせてもらいます」
かなり迷ったがガルの要望に応えることにした。ただし魔法は使わない。これはガルだけではなく全員に魔法を使うつもりは無かった。
「始め!」
試合開始の合図とともにガルが突っ込んでくるが、俺も同時にガルに向かって走り出す。
あっという間に俺とガルの距離が縮まるがガルは俺の動きについてくることができないようだ。
俺は構うことなく火精霊の剣を抜き、ガルのバンデットアックスを弾き飛ばすと即座にガルの首元に剣を添えた。
「は……?」
この言葉を出すのが精一杯だったらしい。ただ恐怖のせいかガルの膝ががくがく震えており座り込んでしまった。気づいた時に首元に剣が添えられていたら誰だって怖いよな……
「勝者! マルス・ブライアント」
リングアナウンサーの声がすると静まり返っていた闘技場からは大きな歓声が上がった。
俺はすぐに剣をしまうとまだ膝が震えて立ち上がれないガルが
「い、今のがマルスの本気か?」
「ええ、剣聖としての本気のスピードです」
風纏衣を使っていないが魔法を使わない状態での本気という事に嘘はない。
「体の動きはなんとなく見えたが剣筋がまるっきり見えんかった……実際に相対しないと実力の差はわからんもんじゃな。外から見る速さとは全く違ったわい。ちょっと頼みがある……儂の膝がいう事を聞いてくれん……は、恥ずかしいが運んでくれんかの……」
ガルに言われた通り、俺達の方の選手控室にお姫様抱っこで運んだ。ガルは小さいのにがっしりしているから意外に重かった。
選手控室に歩きながら周りを見渡すとガルを応援していた男子生徒達は完全に放心していた。
そして放心していたのは彼らだけではなくゴンたちも放心していた。ガルを抱っこしながら控室に戻るとエリー、カレン、ミーシャの3人がお疲れさまと労ってくれた。
「完敗じゃな。アイクがずっと褒めるだけの事があるわい。儂はもっと早くマルスと戦っていれば良かったのかもしれんな。今まではアイクがマルスを褒めるたびにナニクソと思っておったが、こうも完膚なきまでに負けると素直に凄いと思えるわい。クロムに負けた時よりも納得がいったわい」
ガルを椅子に腰かけさせるとガルが俺に向かって話しかけてきた。
「本気で来いと言われたので本気で行かせてもらいました。膝の震えを神聖魔法で治しましょうか?治るか分かりませんが……」
恐怖心が神聖魔法で治るとは思えないが気休め程度にはなるかもしれない。
「いや、こんな体験も初めてじゃからの。震えながら観戦させてもらうわい。申し訳ないがこの椅子をもっと前に持って行ってくれんかの? あとドワーフの儂が座っても観戦できるように高さを調節してくれればありがたいのじゃが?」
言われるがまま座っているガルを椅子ごと後ろから持ち上げて選手控室の前方に移動させ土魔法で椅子の高さを調節した。
後ろからチラッとガルの横顔が見えたが、先ほどまで俺たちに見せていた表情とは違った。やはり悔しかったのだろう。目からは涙が溢れていた。
俺達はガルの震える肩ごしにバロンとクロムの試合を観戦することにした。










