第200話 拗らせ男爵
2031年4月30日
俺たちはバロン、ミネルバ、ブラッドと別れて魔の森に向かった。ちなみにダメーズは1人でリーガンに戻った。
サーシャがダメーズに何か指示を出しており、口では使えない、気持ち悪いとか言っていても本心ではないと思う。
馬車は2台で移動をし、サーシャとミーシャが乗る馬車と俺たちが乗る馬車に分かれ、俺はサーシャたちが乗っている馬車に席を移してサーシャと話をした。
「サーシャ先生。どういうルートで魔の森に行きますか?」
「いつものようにリスター連合国からそのままザルカム王国を縦断して魔の森に行くつもりだけど?」
やはりそのルートだよな。
「すみませんが、ルートの変更をして頂きたいです。バルクス王国を南下して西リムルガルドまで行ってそこから東進したいのですが……エリーがザルカム王国に行くのに少し抵抗があるようなので、少しでもザルカム王国内を通らないルートにしたいのです。危険を少し伴うかもしれませんが宜しくお願いします」
俺の言葉を聞いたミーシャもサーシャに
「ママ。マルスの言うとおりにしてあげて。エリリンね。ミリオルドっていう人の名前を聞くと凄い震えだすの……お願い」
ミーシャの言葉を聞いたサーシャは困った顔をしている。やはりリムルガルドの付近は通りたくないのであろう。
「分かったわ。2人の言う通りバルクス王国から行くことにするわ。考えてみれば西リムルガルドの魔物はかなり落ち着いてきたと聞いているし、東リムルガルドには【氷帝】がいると思うからリムルガルド城下町付近さえ通らなければあまり危険はないかもね。あと私からも1つ聞いていいかしら?」
良かった。これで少しはエリーの負担も減るだろう。その分警戒はしないといけなくなるが……
「いいですよ。なんでしょうか?」
「昨日の夜にミーシャから聞いたんだけど、ドミニクとソフィアがデアドア神聖王国に残った……つまり【創成】から抜けたらしいじゃない? 2人がデアドア神聖王国に残った時の話をマルスの口からしっかりと聞かせて」
そうか、サーシャやライナー、ブラムは2人がデアドア神聖王国に残ったことを知らなかったのか。俺はドミニクとソフィア、教皇やヒスの事を話した。
ヒスが死んだときの事を聞くとサーシャは悲痛な表情を浮かべたが、ドミニクが仇を取ったことを知ると少しだけ表情が和らいだ気がした。
「ありがとう、マルス。そしてごめんなさいね。辛いことを思い出させてしまって」
いつの間にか俺の目からは涙が流れていた。俺自身まだ吹っ切れていないのであろう。そして俺を気遣うサーシャの声も涙声になっていた。
2031年5月7日 12時
西リムルガルドの街が見えてきた。まだ昼なのだが今日はこの街に泊まる事にした。やはりリムルガルド城下町付近は明るいうちに通過したいからね。
西リムルガルドの街門まで行くと街門を警備していた冒険者の一人が馬車に近づいてきた。俺が馬車から降りて話をしようとすると
「もしかしたらジーク様の息子の……確かマルス……様か?」
俺が話しかける前に、話しかけてくれた。
「はい。今日この街に泊めて頂きたいのですがよろしいでしょうか? 明日東に向けて出発致しますので」
「ぜひ! 泊って行ってください!」
嬉しそうに答えてくれる。その言葉を馬車の中で聞いていた女性たちが全員出てくると冒険者が驚いて
「もしかして全員マルス様の……?」
と言い、その後の言葉を待ったが出てこなかった。これは返答に困るなと思っていたら、サーシャが
「私たちは全員マルスの婚約者です」
サーシャの言葉に冒険者は驚き落胆していた。まぁここでサーシャ以外全員が俺の婚約者と言うとじゃあみんなでサーシャを狙おうという事になるかもしれないからこう言ったのだろうが……すると街門を守っていた冒険者が
「暫定領主様の下へ案内させて頂きます。もしもこのまま街の中に入ってしまうといらぬ誤解を生んでしまう可能性がございますので」
いらぬ誤解? 俺は冒険者の言葉に頷くとなぜか俺だけ街の中に案内された。女性陣はみんな街門で待機してくださいと言われたので冒険者の言葉に従って待機することになった。
西リムルガルドの街に入ると以前とは少し違う気がした。
当然もう冒険者の数は減っているのだが、それにしても活気があまりないように感じた。活気がないというか……華やかさがないというか……外に出ている女性の数が極端に少ない気がする……というか1人もいない。
俺達が前に泊まっていた領主の館の前に着くと俺をここまで連れてきてくれた冒険者と一緒に屋敷の中に入った。
「コジーラセ男爵、前々暫定領主ブライアント伯爵のご子息、マルス・ブライアント様がお見えになりました。お連れには見たこともない美女が6名もいらっしゃいます」
部屋の前で変な紹介をされて部屋に入った。すると中に入るとちっさいオッサンが
「ようこそ、おいで下さいました。私は現暫定領主のコジーラセです。ささ、どうぞこちらに」
俺が指定された場所に座ると冒険者は俺の後ろに立ったまま退出する様子がない。
「どうですか? この街の様子は?」
コジーラセが俺に聞いてきたので素直に
「前よりも活気がない気がします。女性たちが街中にいないからでしょうか?」
俺の言葉にコジーラセが頭を掻きながら
「やはりそう感じてしまいましたか……この時間、12時〜15時までは私が女性の外出を禁止しておりますから」
「なんでそんなことをしたのですか?」
コジーラセの言葉に当然疑問が湧いたので質問するとコジーラセはなかなか話そうとしない。すると俺の後ろに立っていた冒険者が
「コジーラセ様は大の女好きですが、女性とお話をしたりするのが大の苦手です。話すどころか目を合わせる事も出来ません。だから街の住民たちに頭を下げて外出禁止時間を設けております」
大の女好きって……まぁ男は女の人は好きなのだろうが……コジーラセが覚悟を決めたのか、話し始めた。
「私は本当に女性が好きです。だからこっそり女性を見るのですが、その時に女性と目が合ってしまうとパニックになってしまってどうしていいのか分からないのです。どうにか克服したいのですが……」
深刻な悩みだな……だがそんな事では領主は任せられないのでは?
「コジーラセ様はいつもどのような事をしていらっしゃるのですか?」
「この街に来る前までは、領地経営の裏方をしておりました。上級貴族に仕えていますので、直接表に出る必要がないので……」
まぁそうだろうな。女性と話せない者が領主は務まらないからな。すると俺の後ろにいた冒険者が
「マルス様。どうかコジーラセ男爵を救って頂けないでしょうか? コジーラセ男爵には是非この街の暫定領主ではなく領主になって欲しいのです。
ジーク様は恐らくアルメリア、イルグシアの事でいっぱいでしょうからここはコジーラセ男爵にお願いしたいと住民一同思っております。
実はジーク様の次の領主、つまりコジーラセ様の前の領主なのですが、どうせ暫定領主だからと税を上げて自らの懐を潤わせて、3か月の任期満了となり、次に来たのがコジーラセ様です。
コジーラセ様はすぐに税をジーク様の頃と同じ水準に下げて近隣の街へ冒険者達を派遣し、停滞していたクエストを受けるように指示をしたりと素晴らしい為政者でもあります」
要するにジークの後の領主が酷かったという事か……領主ガチャ失敗するととんでもない損失を被るって事ね。
冒険者が言い終わると同時にコジーラセが頭を下げていた。うん。いい奴という事は分かった。
「過去にどのように克服しようとしたのですか?」
俺がコジーラセに聞くと気まずそうに
「女性と1対1でお話をしようとしたのですが、私の事を気味が悪い、気持ち悪いと思っているのかすぐに席を立たれてしまって……
まぁ私が一言も喋れず、目も合わせることもできないから女性たちの気持ちもよく分かりますが……この街に来た時も街中で偶然目が合ってしまいまして、その時もパニックを起こしてしまい住民たちには迷惑をかけてしまいました」
うーん。聞けば聞くほど、なんでコジーラセを暫定領主にしたのだろうか? バルクス王国の王族はよっぽど人を見る目が無いのだろうか? 将来俺がこのあたりの領主になった時の為にもコジーラセに恩を売っておいたほうがいいだろうし、街の住民の為にもなるな。
「分かりました。僕も協力させて頂きます。現在女性外出禁止時間となっておりますが、メンバーを連れてきてもよろしいでしょうか?」
コジーラセは俺の質問を聞くと、俺の後ろの冒険者を見た。すると俺の後ろの冒険者は
「部屋に入る時も言いましたが、マルス様のお連れの6人は全員見たこともないような美女たちです。全員マルス様の婚約者という事ですが、きっとこの方々とお話しできるようになればコジーラセ様の女性恐怖症は解消される事でしょう」
冒険者の話を聞いたコジーラセが
「ろ、6人も婚約者……分かりました。マルス様。よろしくお願いします」
と深々とコジーラセは頭を下げた。
記念すべき200話がこんなキャラの話になってしまった。