第199話 魔の森へ
「ど、どうしたのですか? サーシャ先生……魔の森に行けって……どういうことですか?」
「私も詳しくは分からないのだけれども、リーガン公爵からの早馬が死の森にいた私に届いてね。どうやら魔の森に変な魔物達が現れたからそれを私と【黎明】で調査してほしいとの事よ」
どうして俺たちなのだろうか? でもそんなことを口に出して聞けるわけが無い。行くのが嫌だと思われたくないしな。サーシャは俺の表情を読み取ったのか話を続けた。
「どうして【黎明】が指名されたかは分からないわ。だけどどうして【剛毅】の中で私だけ呼ばれたかは分かるわ。
マルスたちと最初に会った時もそうだけど私はザルカム王国、特に魔の森の周辺は少し詳しいの。
そしてライナーとブラムが招集されなかった理由は、一斉に死の森から私たち3人が抜けると防衛ラインがきつくなるというのもあるけれども、2人があまりザルカム王国に行きたくないというのをリーガン公爵が感じたのかもしれないわね。
以前、クラリスの両親のランパード子爵夫妻を迎えに上がった時、ライナーとブラムは過去を思い出して辛そうにしているのを私が見て、それをリーガン公爵に報告したから考慮した可能性があるわ」
そうか、確かライナーとブラムはザルカム王国の貴族に呪いをかけられたっていう話だったな。
「【黎明】だけですか? バロンたち【創成】は一緒ではないのですか?」
もう1つの疑問をサーシャに投げかけると
「【創成】は私の代わりに死の森に向かってほしいの。ライナーやブラムは1対1での戦いには強いのだけれども、1対多には対応がしづらいのよ。だからバロンとミネルバには2人のフォローをお願いしたいのだけど大丈夫かしら?」
俺はバロンの方を見ながら
「バロンはどうしたい? 俺はリーガン公爵の指示に従って魔の森に行くつもりだが」
本当は城塞都市イザークの例の店でこっそり浪漫を買うつもりだったがまぁ仕方ない。リーガン公爵の要望に応える方が優先だろう。
「うーん……正直どっちに行ってもいいと思っている。マルスと一緒にいればレベルアップの機会が増え、死の森に行けばイザーク辺境伯から鎖術を教えてもらえる。サーシャ先生の意見に従おうと思うのだが、マルスが反対するのであれば、一緒に魔の森に行こうと思う」
「分かった。じゃあバロンとミネルバは死の森に行ってライナー先生たちを助けてあげて欲しい。ブラッドは【創成】だから死の森に行くでいいか?」
バロンが死の森に行くことになり、ブラッドにも聞くと
「俺は姐さんとエリーがいる方に行くさ」
当然のように言うが、カレンが
「ブラは死の森に行きなさい。今のうちにフレスバルド騎士団と一緒に行動しておくと、きっと近い将来役に立つから」
と忠告した。確かにカレンの言うのも一理ある。俺達の会話を聞いていたサーシャが
「え? ブラッド君って【創成】に入ったの? それになんでブラッド君がフレスバルド騎士団と一緒に居る方がいいの?」
ビックリしながら聞いてきた。まぁずっと敵対行動を取っていたようなブラッドがいつの間にかパーティに入っていたらビックリするよな。
この場にいること自体サーシャは不審に思っていた節がある。サーシャに軽く事情を説明すると
「マルスのおかげで人と獣人の接点が生まれたという事ね。大手柄じゃない! さすがミーシャの夫ね!」
しっかり自分の子供を売り込んできた。結局ブラッドは自分の意志で死の森に行くことを選んだ。
どうしても魔の森に行きたいと言うのであれば連れて行こうと思ったのだが、やはりブラッドもセレアンス公爵家の世継ぎとしての自覚があるのだろう。自分がどうすればみんなが望む結果になるかは分かっているようだ。
「ではサーシャ先生。出発は明日でよろしいですか? 本当は今から死の森に行こうと思っていたのですが、バロンとミネルバの荷物を分別したり、【黎明】内でも少し話がしたいので」
「分かったわ。じゃあ明日、フレイヤを出発してそれぞれの目的地に向かう事にしましょう」
サーシャがそう言うと乗ってきた馬車に乗り込んだ。今日の宿を探しに行くらしい。よく見ると御者はダメーズだった。
「マルス! 私もママと一緒に行ってもいい?」
とミーシャが聞いてきたので、俺が頷くとミーシャも急いでサーシャの乗る馬車に駆け乗った。俺達もその馬車を追ってフレイヤの中心街に戻る。馬車の中で俺が左隣にいるエリーに
「エリー、ザルカム王国に行きたくなければ無理に付き合わなくてもいいぞ。どうする?」
「……絶対に……マルスと一緒……魔の森……行く」
声と体を少し震わせながらエリーが答えた。俺はその震える肩を抱き寄せてエリーの頭を撫でるとエリーの震えが止まって俺の胸の中で目を閉じた。
「クラリス、勝手に決めてごめん。もしも死の森でレベル上げをしたければクラリスも……」
「嫌よ。私もずっとマルスと一緒よ? それに魔の森でもレベル上げは出来るわよ。来るなと言っても付いて行くんだから」
俺の言葉を食い気味に答え、俺の右腕を抱きかかえた。ブラッドが今の状況を見たら絶対に嫉妬するだろうな。
「カレンとアリスもいいか?」
目の前に座っているカレンとアリスに聞くと2人とも頷いた。勝手に俺が魔の森行きを決めてしまったが、皆の意志も確認しておきたかった。
サーシャの前では行きたくないなんて言えないと思ったからわざわざ別行動が出来るように一旦宿に戻る事を提案したのだ。
「クラリス先輩……あとで変わってくれませんか? 私もそれやりたいです」
アリスが頬を染めながら言うとクラリスが頷いた。2人のやり取りを聞いていたのかエリーが目をゆっくりと開けると
「……じゃあ……カレン……次交代……」
思いがけないエリーの言葉にカレンが嬉しそうに頷いた。昨日泊まっていた宿に戻り荷物の分別を終えると風呂に入ってから夕食を取る事にした。
「サーシャ先生。魔の森って死の森と比べて魔物は強いのですか?」
食事中に俺がサーシャに尋ねる。席順は昨日と違い俺がクラリスたちに囲まれている。
「うーん……答えに困る質問ね。難易度で言えば圧倒的に死の森の方が高いわ。魔の森は死の森に比べると、脅威度が低い魔物があまりいないイメージね。
だいたい魔の森の周囲には弱くても脅威度Cくらいの魔物しか出現しないと思うの。あとエリーやアリスに関して言えば魔の森の方がレベルは上げやすいと思うわ。
死の森は魔法でたくさんの敵をまとめて倒してレベルを上げるイメージだけど魔の森では敵の数が少ないから 前衛タイプの者でも十分レベルを上げることが可能だわ。
ライナークラスの剣術スキルがあれば死の森でもいいのだろうけど」
「私……頑張る!」
サーシャの答えにエリーが珍しくやる気だ。
「そうね! 私も頑張ってリムルガルドのパーティメンバーに選ばれるように頑張らなきゃ!」
クラリスも気合がみなぎっている。今度はバロンがサーシャに質問をした。
「サーシャ先生。死の森は以前と変わらずですか?」
「以前というのがいつの事か分からないけど昔私が行った時よりはキラーアントの数がかなり減っていたわね。ライナーに聞いたのだけれどもマルスがクイーンアントを倒して以降大分減ったと言っていたわ」
「す、すみませんでした。余計なことをしてしまったようで」
俺がサーシャに謝ると
「でもおかげでレッカ様が死の森から動けるようになったのは大きいわ。しかもそのおかげで私も死の森に行けてレベルこそ上がらなかったけれどもステータスは上がったから結果オーライね」
笑いながらサーシャが言う。そういえばサーシャを何年も鑑定していなかったな。サーシャを鑑定すると
【名前】サーシャ・フェブラント
【称号】-
【身分】妖精族・フェブラント女爵家当主
【状態】良好
【年齢】89歳
【レベル】43
【HP】56/56
【MP】390/390
【筋力】40
【敏捷】63
【魔力】75
【器用】73
【耐久】31
【運】5
【特殊能力】弓術(Lv6/D)
【特殊能力】風魔法(Lv8/B)
【装備】エルフの弓
【装備】精霊の法衣
サーシャを鑑定したのは何年も前だったから正直元のステータスがどれくらいだったのか正確には覚えていない。だが最初にサーシャを鑑定した時は流石B級冒険者と思ったことだけは覚えている。しかし今になって鑑定してみると驚くようなステータスではない。
「どうしたのマルス? そんなに私を熱心に見つめて?」
サーシャが揶揄うように俺に言うとサーシャの後ろに立っていたダメーズがギロリと俺を睨んでくる。どうやって誤魔化そうか悩んでいるとミーシャが
「ダメだよ! マルス! ママにはライナー先生といういい人が出来たんだから! ママもマルスを揶揄わないで」
ミーシャの言葉にみんなシーンと静まり返る。
「ちょ! ミーシャ! 何言っているの!? ライナーとはまだそんな関係にはなっていないわよ!」
サーシャが慌てて反論するが、もう自白しているようなものである。ダメーズの顔をチラっと見ると少し寂しそうである。
「そうなの? ライナー先生の事をパパっていう日が来ると思ったんだけどなぁ。残念。もしもライナー先生が私のパパになるとマルスの義父にもなったのに」
ミーシャの鋭いツッコミにサーシャもタジタジとなっている。もとはと言えばサーシャが俺を揶揄ったことから始まったのだから自業自得だ。
ミーシャだけではなく、クラリスも
「サーシャ先生とライナー先生はとてもお似合いだと思いますよ。ミーシャも賛成してくれているのであればいいじゃないですか? 美男美女だし、2人とも強いし……」
その言葉にエリーも便乗し
「2人くっついて……敵は少ない方がいい……」
なぜかサーシャの事を敵扱いしている。もしかしたら俺の6人目と思っているのだろうか? こうしてみんながサーシャを揶揄いながら楽しい夜が更け、フレイヤ出発の日となった。