第196話 謁見
カレンがフレスバルド公爵家の門の前に行くと、警備をしていたフレスバルド騎士団員たちがお辞儀をして
「お帰りなさいませ。カレン様。フレスバルド公爵から事情は伺っております」
大きな門を開ける。門を抜けると大きな庭園があり、よほど腕利きの庭師がいるのであろう、しっかりと手入れが行き届いていた。
「すごい……フレイヤにはママと来た事あるけどフレスバルド公爵家の屋敷は初めて見た。こんなに綺麗なお庭見たことないよ」
「本当だな。この花とか食ったらうまそうだな。もしかしたらここにある植物は全部食えるのか?」
ミーシャの言葉にブラッドがわけわからん事を言う。獅子族って普通に考えると肉食だよな?
「ブラッド! 馬鹿言ってないで早く進みなさい」
ほらクラリスに怒られた。大きな庭園を抜けて屋敷の扉の前まで来ると、執事が扉を開けてくれて俺たちを出迎えてくれた。
「カレン様。お帰りなさいませ。皆さまもようこそおいで下さいました。旦那様と若旦那様がお待ちです。早速ですがこちらへ」
広い屋敷の中を案内され大きな客間に案内された。うん。1人でトイレに行くのはやめよう。間違いなく迷子になる。
通された部屋にはフレスバルド公爵とスザクがいた。
「よくぞ無事に帰ってきた。カレン。そしてマルス久しぶりだな。元気だったか?」
先に挨拶をされてしまった。本当は俺からするつもりだったのに。
「フレスバルド公爵、スザク様。お久しぶりです。おかげさまで日々元気に、楽しく過ごさせて頂いております」
俺が挨拶をすると俺の後ろにいたカレンを除くメンバーが頭を下げた。
「ああ。久しぶりだな、マルス。リムルガルドであった時以来だな。2人で話したいことがあるから父上との話が終わったら騎士団の詰所まで来てもらっていいか?」
2人っきりじゃないとダメなのか?
「分かりました。それでは後で伺わせて頂きます」
俺がそう言うとスザクは部屋を退出した。この為だけにスザクはここに居たのだろうか?
「早速だが、ブラッド。こっちに来い」
フレスバルド公爵がブラッドを呼びつけるとブラッドが珍しく緊張した面持ちでフレスバルド公爵の所へ向かう。無言のままブラッドがフレスバルド公爵の下へ行くとフレスバルド公爵が
「取って食ったりはせん。そんなに緊張をするな。お前は言ってみれば賓客だ。胸を張れ」
「ありがとうございます」
フレスバルド公爵の言葉に安心したのかブラッドが一言お礼を言うと少し表情が和らいだ。
「まさか新入生闘技大会から1年で関係改善の道が開けるとはな。俺の代では絶対に獣人たちと手を取り合う事なんてないと思っていたが……去年の武術の部でお前らが優勝していたら朱雀騎士団を向かわせてセレアンス公爵領一帯を焼き払ってやろうと思ったわ」
冗談っぽくフレスバルド公爵が笑いながら言った。さすがのブラッドも引き攣った顔で愛想笑いをしていた。
「さて、時間がないから早速本題に入ろうか。リーガン公爵とカレンからの早馬で事情は分かっている。当然フレスバルド公爵家としてもセレアンス公爵家との共存共栄は大賛成だ。そしてフレスバルド騎士団をセレアンス公爵領に送る事も構わん。だが貴族として色々と落としどころを決めないといけない事が多々ある。それにはやはり直接話をするしかないと思っているのだが……ブラッド、セレアンス公爵のスケジュールをある程度は把握しているか?」
フレスバルド公爵がブラッドに聞くとブラッドが
「親父はほとんどの予定をキャンセルして今は全力で人攫い対策をしている。だから予定が入っているかと言われれば、入っていないと思うが外に出られるかと言われたら外に出られないかもしれん……ないです。申し訳ございません。うまく喋る事が出来なくて」
「この場では構わん。だが公の場で俺に対してその言葉遣いをしたら許さん。語尾を、です、ます、にしておけば細かいことは言わん。常日頃から心がけておけ。分かったな?」
フレスバルド公爵の表情が真剣なものになるとブラッドが委縮して
「分かりました。気を付けるようにします」
早速それなりに対応した言葉遣いになった。
「でもそうか……セレアンス公爵は今の状況を考えると流石にセレアンス公爵領を出るわけにはいかないな……カレン、俺はこれから他の者たちと会議をする。食堂に料理を用意してあるから皆と一緒に食べていけ。マルス、お前たちはどこに泊まる予定だ? もし泊まる場所が無ければここに泊って行ってもいいぞ?」
「ありがとうございます。でも僕たちはセレアンス公爵領でも宿に泊まっていたので、フレスバルド公爵の所だけに泊まるのは気が引けてしまうので、誠にありがたいお言葉ですが宿に泊まろうと思います。ですが、カレンだけはもし良ければここにと思っております」
フレスバルド公爵に対して答えると
「そうだな。マルスの言う通りだ。カレンはここに泊まっていけ。では悪いが俺は先に失礼する」
フレスバルド公爵がそう言うと足早に部屋を去っていった。この世界の公爵ってみんな忙しいのな……
「カレン、俺もスザク様の所に行ってくるよ。食事はみんなと先に食べておいてくれ。スザク様の用事がどれくらいかかるか分からないからもしも食べ終わってしまったら、俺を待たなくてもいいから」
俺がカレンに言うとカレンが
「分かったわ。でも途中までは一緒に行きましょう。もしも迷子になってスザクお兄様の機嫌を損ねるようなことがあったら、マルスのリムルガルド行きが怪しくなってしまいそうだから」
気を利かせてくれる。多分屋敷を出ることは可能だと思うのだがメサリウス伯爵家で迷子になったからな……メサリウス伯爵と言えばキザールはこの屋敷のどこかにいるのだろうか? 後でカレンにでも聞いてみよう。きっと眼鏡っ子先輩も気にしているだろうから。
カレンの案内もあって無事にフレスバルド公爵家の屋敷を出て、赤い火の紋章の建物の前まで向かった。すると建物の前にはフレスバルド第2騎士団、つまり烈火騎士団の騎士団長のレッカがいた。
「お久しぶりです。レッカ様」
「ああ。マルスも元気そうで何よりだ。中でスザク様がお待ちだ。ついてこい」
レッカは俺を待っていたのか? カレンに屋敷を案内してもらっていてよかった。スザクどころかレッカまで待たせる可能性があった。
レッカに連れられてフレスバルド騎士団の詰所に入り、スザクが待つ部屋まで歩く。
詰所の中には騎士団員が訓練していたり、仮眠していたりしていたが、その中に1人見たことがある顔があった。
フレスバルド騎士団に入っていたのか……今はスザクと話す事が先だが、後で声をかけてみよう。
レッカに部屋に案内されると俺1人で中に入った。部屋の中には書類と向き合っているスザクがいた。
「お待たせして申し訳ございません。ただいま参りました」
俺がスザクに言うとスザクが
「まぁそこにかけてくれ。今日は俺の不思議な体験を聞いてもらいたいんだ」
不思議な体験? 何のことだ?
「マルスと初めて会ったのは去年の暮れだったな。マルスと別れてからリムルガルド城下町に入り、周囲の魔物を倒しながら他のパーティと合流し、迷宮と化したリムルガルド城に入った。
結果はカレンから聞いているかもしれないが、命からがら逃げ帰ってきた。全滅したパーティもある。
リムルガルド城下町を出た時にはすでに俺たちも、そして【氷帝】のメンバーたちもMPが無くて体力もなかった。脅威度Bの下位クラスの魔物を倒すのもやっとだっただろう。特に俺たちはどちらかと言えば魔法が得意なパーティ編成だからMPが無い状態だと満足に戦う事すらできない。
もうダメかと思った。なぜならリムルガルド城下町を出ると、デスナイト、デスアーミー、デスハウンドがいるはずだからだ。
だが俺たちは運が良かった。なぜかリムルガルド城下町を出ると不浄王どころか、他の魔物達もいなかった。マルス、どうしてだと思う?」
う……答えにくい……俺が倒したと言えばどうやってと聞かれるだろう。俺が神聖魔法を使えることはA級冒険者になってから話したかったのだが……だが聞かれてしまった以上、答えないと後から言いづらくなる。もしも臨時で同じパーティを組む時に信用してもらえなくなるのも痛い。
「……僕たちが不浄王を倒しました」
意を決してスザクの質問に答えると
「そうか。マルスの兄は神聖魔法が使えるのか……」
え……? なんでそうなる?
「マルスの兄、アイクを紹介してもらえないだろうか? あの槍捌きで神聖魔法が使えるとなれば、相当な戦力となる。かなり危険だが臨時パーティに入って欲しい。もちろん報酬は言い値で構わない。どうだ?伝えてくれるか?」
「兄のアイクは神聖魔法を使えませんが?」
俺がそう言うとスザクが少し怒ったように
「嘘はつかなくていい。不浄王は神聖魔法使いでないと倒せん。あるいは俺以上の火魔法使いであれば倒せるかもしれないが」
「はい……ですからアイクは神聖魔法を使えません。スザク様、神聖魔法使いは僕です」
俺の言葉にスザクはキョトンとした。そして
「マルスの訳がないだろう? すまないがレッカからマルスは風王だと聞いている。風王が……いや風王でなくてもそこまでレベルの高い魔法使いが神聖魔法を使える訳がないだろう?」
「ハイヒール」
論より証拠。俺はスザクの言葉に言葉で返すよりも証拠を見せた。
「まさか……本当にマルスが……?信じられない……だが目の前でヒール……いやハイヒールというとんでもない魔法が発現したのは確かだ……」
まだブツブツ言っているスザクに対し、
「スザク様。僕でよろしければ一緒にお供致します。1つ質問させて頂いてもよろしいですか? パーティメンバーはどのようにお考えですか?」
俺が質問するとスザクは独り言をやめて返答した。
「俺、レッカ、ビャッコ、マルスの4人は確定だ。かなり後衛に偏ってしまっているから残り2人は前衛を……いや、待てよ? マルスはリムルガルドでは剣を振っていたな? それもかなりの腕前だったと思うが?」
「はい、自分で言うのもなんですが皆からは剣聖と呼ばれております。恐らく獣人たちは僕を魔法使いとは思っていないでしょう。ですから僕は前衛としてパーティに参加しようと思いますがどうでしょうか?」
「ああ、そうだな。後でマルスの戦いを見てみたい。するとあと前衛と後衛が1人ずつか。であればフレスバルド騎士団から選抜すれば……」
スザクがそこまで言いかけると俺が
「残りの2人はもうしばらく選考を待って頂くことは可能ですか? 出来れば年末まで待って頂けるとかなり強い2人を紹介できるかもしれません。1人は前衛、1人は万能の後衛です」
「そうだな。それではこの後に模擬戦闘をしよう。マルスの実力が高ければ、マルスの言葉を信じて待つことにしよう。だが俺の期待以下だった場合は、こちらで決めさせてもらう。まぁレッカから聞いているから、後者はないと思うがな。それでいいか? マルス」
「はい。大丈夫です。ですが人払いをお願いできますか?」
スザクは俺の願いに頷くと俺たちは訓練場に向かった。
 










