第194話 黎明の淑女たち
「お前が知らないわけないだろ!?」
「何を言っているんだ! だからお前ら獣人は嫌いなんだ!」
ブラッドとケビンの声が教室の外まで聞こえる。急いで俺とクラリスとカレンの3人で止めに入った。
クラリスがブラッドに対して「やめなさい!」と怒鳴ると、ブラッドはピシッと背筋を伸ばして動かなくなった。それを見たケビンがブラッドに対して
「女の命令を聞くなんて情けない奴だ! バーカ、バー……」
ケビンが小学生のような罵り方をしたのだが、途中でカレンに頬を引っ叩かれて地面に伏した。そしてカレンは倒れたケビンの背中を足で踏みつけ、右手に持っていたレッドビュートで床をパシンと叩いた。
「ケビン? 先生に言われなかった? ブラッドと仲良くするようにと。それと、女の命令をあなたは聞かないのかしら? という事は、今も昔も私の命令には従えないと言う事かしら?」
ケビンの目からは涙が流れていた。恐らく引っ叩かれて痛くて涙が流れてしまったのだろう。あまりのカレンの迫力にここに居る全員が言葉を失った。これを女王の教室と呼ぶのだろうか?
やはり俺が2人を連れてきたのは間違いではなかった。問題を起こすとすれば、ブラッドとケビンだと思ったからだ。
いつの間にかアリスが俺の左腕にしがみついており、我らがクロム殿下と残念殿下の2人はただただ呆然としていた。1年Sクラスの担任教諭が俺達3人に対して
「3人ともありがとう。今からリーガン公爵に……」
と言いかけたので
「こんな事言う必要ないと思いますよ。それにこれを報告してしまったら、先生の教育が出来てないと指摘されるだけかもしれません。2人とも反省している事だし、穏便に済ませませんか?」
俺の軽い脅しにあっさりと頷いてくれた。アリスになんでこんなことになったかを聞くと
「ケビンがブラッドさんに対してどうせお前も人質だろ? って言ったらブラッドさんが怒ってしまって……その後、人攫いはお前らがやっているとか、いないとかの話になって……」
貴族お得意のマウントを取りにいったのか、それとも獣人に対する嫌悪感からきたものなのか。カレンが今の話を聞いてケビンに対し、
「ケビン、今の話は本当かしら?」
カレンの言葉にケビンは踏まれて伏せたまま
「だってそうだろ? バルクス王国、ザルカム王国の王子も人質扱いでここに来ているんだぞ!? セレアンス王立学校からセレアンス公爵の嫡男が1人でここに入ったら誰だってそう思うだろ!?」
と喚き散らかす。どうでもいいがケビンはその体勢になんも抵抗しないのか? なんかとてもその体勢に慣れている気がするのは俺だけだろうか? ブラッドから嗾けたものとばかり思っていたが、まさかケビンからだとは……
「ケビンよく聞きなさい。これから私たちはフレスバルド公爵領に行くわ。ブラッドを連れてね。あなたに私たちが何をしに行くのか分かるかしら?」
「ブラッドを人質にして何かをするんだろ!?」
「いいえ。フレスバルド公爵家、リーガン公爵家、セレアンス公爵家の3つの公爵家が手を取りあって共存共栄が出来るようにする為よ。だからブラッドは人質でもなんでもないわ。むしろ平和の使者よ」
ケビンはカレンの言葉に信じられないという顔をしていた。そしてカレンはさらに続ける。
「もしもカエサル公爵家嫡男のあなたが、セレアンス公爵嫡男のブラッドに何かいいがかりをつけて、それをきっかけに公爵家同士で争うような事になったら、カエサル公爵家はフレスバルド公爵家とリーガン公爵家も同時に敵に回す可能性があるのよ? だからケビンも言動には気を付けなさい」
カレンが子供をあやすように徐々に口調を柔らかくするとケビンも納得したようで
「ブラッド、すまなかった。君を級友として歓迎する。だがブラッドの言った人攫いの事に関しては本当に何も知らない。父上が人攫いなんかに関わっているわけもない」
ようやく立ち上がり、ブラッドの前に行って手を出した。ブラッドも困惑した様子でクラリスの方を見る。まるでどうしたらいいのかママに聞いているようだ。
「ほら、握手しなさい。ブラッドも言い過ぎたことがあれば謝って」
クラリスに催促されると、ブラッドがケビンの手を握り
「悪かった。お前が何も知らない事を信じよう。よろしく頼む」
ようやく騒ぎが収まった。担任教諭に何かあったら闘技場にいるからいつでも来てくださいと伝え、俺達3人も闘技場に向かった。
「もしもカエサル公爵が人攫いに関わっていてもケビンは全く何も知らなさそうだな。にわかには信じられないけど」
闘技場に向かっている最中に俺が言うとカレンが
「そうね。ケビンは周りの子達に比べて少し幼いところがあるからカエサル公爵もまだ何も言っていないのかもしれないわね」
カレンの言葉を聞いたクラリスが
「ねぇカレン? カエサル公爵の嫡男のケビンに対してあんな事していいの? セレアンス公爵家とカエサル公爵家よりも先に、フレスバルド公爵家とカエサル公爵家が争うような気がして怖いんだけど」
少し心配そうな表情を浮かべてカレンに聞いた。確かにそれは俺も思った。
「いいのよ、私とバロンとケビンは昔からの仲だからね。父も知っているし、ケビンの父のカエサル公爵だって知っているわ」
ふーん。そんなものなのか。どちらにせよケビンのあの目は間違いなくMの目だ。ブラッドも最近はクラリスに対してやたら従順だし……俺以外ノーマルな男ってなかなかいないものだな……
闘技場に戻り俺たちも訓練を始めた。
クラリスはリーガン公爵の所に行き、水魔法を教えてもらえないか頼むらしい。公爵に直接頼むっていう発想が凄いよな。俺もよくリーガン公爵に頼んでいるから、人の事言えないんだけど。
いつものようにエリーとミーシャが訓練してバロンとミネルバがイチャつきながら訓練する。残っているのは俺とカレンだけだ。
カレンの方を見るとカレンは一生懸命、火魔法の練習をしている。何かいつもと違う形のファイアボールを出そうとしているのか、戦闘時にカレンの周りをグルグル回っているファイアの形と明らかに違っていた。
「カレン、何をしようとしているんだい?」
俺が集中しているカレンに話かけるとカレンの周辺を飛んでいたファイアが消えた。もしかしたら声を掛けたらまずかったかな?
「ファイアバードの練習をしているのよ。スザクお兄様のオリジナル魔法の1つね。追尾するファイア、ファイアボールで威力も少し高いのよ。スザクお兄様これを周囲に10発くらい発現させるの。器用値が低い私では無理だけど、みんなが努力しているから私もチャレンジをしてみて、出来なくてもその途中で何かを掴めればなと思っているのよ」
カレンがそう言うとまたファイア、ファイアボールではない何かの形をした火の塊がカレンの周囲に発現した。みんな色々考えているんだな。
さて俺も魔法の練習でもしますかね。俺がチャレンジしようとしている、雷と風の複合魔法はどう考えてもここで練習するのは危険だから、昔ガスターが使っていた火と水の複合魔法で霧が出る魔法の練習をすることにした。
俺たちが訓練を始めてから1時間も経たないうちに1年Sクラスの全員が闘技場にやってきた。
「今度はどうした?」
俺が1年生たちに聞くとどうやら序列戦をするという事らしい。
アリスがブラッドに対して戦う前に負けを認めたのでクロムが1位でブラッドが2位になり、ブラッドがクロムに挑戦状をたたきつけたとの事だ。クロムもあっさり了承して今に至る。
結果は予想通りでブラッドは夢の中だ。接近戦で勝てないと思ったクロムがあっさり睡眠魔法でブラッドを眠らせたのだ。クロムとブラッドの戦いが終わるとミーシャがクロムに対し、
「クロムっち。私と試合しようよ。2年Sクラス序列5位の力を見せてあげるわ」
どうやらミーシャは前に俺とクロムが戦って引き分けに終わったことにまだ納得がいかないらしい。
「ミーシャ先輩の方から声をかけて頂けるなんて光栄です!」
クロムが張り切って剣を構えるとミーシャがいきなり仕掛けた。
ミーシャの動きの速さにクロムは面食らっておりあっさりと接近を許してしまった。
ミーシャは接近するとクロムに対して槍で刺突を繰り出す。ステータス、スキル共にミーシャに劣るクロムは対応出来ず為す術なくミーシャの前に屈した。
「ゆ、油断してしまいました。近づかれる前に対処しなければならなかったのですね」
クロムが言うと、ミーシャが
「じゃあクロムっち、2回戦目やろう。今度は本気でやってね」
当然ミーシャに好意を寄せているクロムは名誉挽回の為に再戦をした。
「女性相手、特にミーシャ先輩のような可愛い人相手に睡眠魔法を使うのは気が引けてしまいますが、本気でいかせてもらいます! スリープ!」
クロムがミーシャに対してスリープを唱えるがミーシャに効くはずがなかった。魔力も圧倒的にミーシャの方が高いからだ。
「え!? 効かない?」
スリープが効かなくて焦ったクロムは必死に王者の剣からファイアを何発か撃った。ミーシャはそれを氷槍で迎撃する。魔法の威力、魔力共にミーシャの方が上の為、魔法戦でも圧倒的にミーシャが優位となった。
「クロムっち。まだやる? 風魔法対決でもいいよ?」
ミーシャが言うが、クロムが
「いえ、僕の完敗です。接近戦も魔法戦も両方負けるなんて初めてです。本当にミーシャ先輩が序列5位ですか?」
クロムの殊勝な態度を見て気をよくしたのかミーシャが
「4位のカレンは私よりも魔力が高くて魅了眼持ちだからクロムっちには厳しい相手だね。3位のエリーは私よりも筋力値、敏捷値が高くて、魔法を封じることが出来るからやっぱりクロムっちには厳しいね。2位のクラリスは全てを兼ね備えているから今のクロムっちでは勝てないね」
多弁に話した。クロムはしっかりとミーシャの言葉を聞いていたが
「では序列1位のマルス先輩はどうですか?」
俺の方を見ながらミーシャに聞いた。
「マルスはね。もしも本気を出す前提で戦うのであれば、私たち4人でまとめて向かっても勝てない。そのくらいの差が1位と2位にはあると私は思ってる。だけど実際に戦ったら絶対に私たちが勝つけど。だってマルスは女の子を傷つけることが出来ないもん」
ミーシャはクロムにそう言うと、俺の腕に絡みついてきて可愛く俺の方を見て微笑んだ。










