第193話 問題児
「あのー……リーガン公爵?」
リーガン公爵は俺がヴァンパイアの5伯爵を倒した事を聞いてフリーズしている。クラリスがリーガン公爵の肩を申し訳なさそうに揺するとようやく
「マルス、もう一度言ってもらってもいいですか? 私にはヴァンパイア5人の伯爵全員倒したと聞こえた気がするのですが?」
「はい。そのように申し上げたつもりですが……最初に倒したのが去年、イザーク辺境伯領に行ったときでして今回は残りの4人を倒しました。【黎明】【創成】のメンバーも一緒に見ているので間違いなく止めも刺しました」
俺の言葉にカレンが
「リーガン公爵。マルスの言ったことは本当です。気になるのは、5伯爵以外にあの変な壁を出す魔法を使える者がいるのか、いないのかという事です。
ただ例えいたとしても、ヴァンパイア側は動いて来ないかと。最初にウピアルというヴァンパイアをマルスが倒しましたが、その後、ヴァンパイアがウピアルの仇を取りに来た様子は見られません。どこで倒されたか分からないのかもしれませんが、もしもその場合はヴァンパイアの襲撃を考えるのは杞憂であり、ましてや学生が倒したと思わないでしょう。
そして今回4人の伯爵をほぼ同時に倒しました。伯爵というからにはかなりの上位個体だと思われます。その4人がまとめて倒されてしまうような相手に挑んでくるでしょうか?」
カレンの言葉にリーガン公爵は頷いた。
「マルスが規格外という事は分かっておりましたが、ここまでとは……分かりました。ヴァンパイアの魔公爵のカミラという人物と会ったことはありますが、恐らく変な魔法は使えないはずです。
楽観視は出来ませんが、カレンの言う通りヴァンパイアは当分の間は攻めてこないでしょう。ですが、だからと言ってここでゆっくりという訳にはいきません。大変でしょうが、あなた達にはなるべく早くフレスバルド公爵の所に行ってもらいたいのですが?」
「畏まりました。それではなるべく早く出発致します。それともう1つご報告がありまして、フレスバルド公爵とセレアンス公爵の和解? が成立した場合、スザク様とビャッコ様が一緒にリムルガルドの迷宮に潜る事になるかもしれません。
その際、セレアンス公爵に僕も一緒に潜れと言われておりまして、リーガン公爵に相談してみますとだけ答えましたが、一緒に潜ってもよろしいのでしょうか?」
俺がリーガン公爵に言うとクラリスもリーガン公爵にこう言った。
「私とエリーも是非そのパーティに参加したいのです! もしも許しが出たら参加を認めて頂けますか?」
俺とクラリスの質問にリーガン公爵が
「マルスのパーティ参加はスザクたちが認めるのであればいいでしょう。ですが、クラリスとエリーは認めることができません。リムルガルド迷宮はそこらの迷宮とは違うのです。Aランクパーティがいくつも壊滅している事を知っているでしょう? 少なくともA級冒険者クラスの実力がないと絶対に認めることは出来ません。クラリスとエリーはこの学校の宝です。分かってください」
クラリスとエリーを宥めるように優しく言うが、クラリスは諦めなかった。
「私も5伯爵の1人のウピウルを、1対1で倒しました! エリーだってウピエルを相手に優勢に戦っていました! A級冒険者の強さはないかもしれませんが、ヴァンパイアたちと同等以上の強さはあります! それでもダメですか!?」
クラリスの必死な願いにリーガン公爵が困惑しながら
「今の話は本当ですか?」
リーガン公爵が俺の方を見ながら聞いてきたので、俺は黙って頷いた。
「それでは考えておきましょう。2人が本当にA級冒険者に近い強さがあるのであれば喜ばしい事です。その場合は、リーガン公爵家からマルスとクラリスを派遣したことにして、セレアンス公爵家からエリーとビャッコを派遣したことにすればフレスバルド、リーガン、セレアンスの3公爵家から2人ずつ人員を派遣したことになる。これはこれでかなりの協力体制を内外に知らしめることが出来るでしょう」
おー、確かに……貴族ってやはり体裁とかをすぐに考えるのだな。
「私の方でも少し考えておきます。今日はゆっくりしなさい。ブラッドは転入手続きをするのでこのまま残ってください」
そう言われたブラッドの方を見るといつも大声で豪快に発声するブラッドが
「姐さんが……ヴァンパイアを……? ビャッコでも仕留めきれなかったヴァンパイアを……?」
信じられないというような表情でブツブツ呟いていた。リーガン公爵の言葉に従い、俺たちは校長室を出て食堂に向かうと、もう14時も過ぎていたので、全クラス授業に戻っていた。
食堂に行く最中にミーシャがクタクタになって座り込んでいるのを発見し
「ミーシャどうした?何があった?」
「みんなに色々質問攻めされて……気づいたらクラリスたちがいなくなっていて私1人でみんなの質問に答えていたんだよ。ソフィアはどうしたっていう質問が多くて……みんなは重傷、もしくは死んだかもしれないと思ったらしくて、すごいソフィアの事を心配していたから一つ一つ答えていったらいつの間にかもう囲まれていて……」
さっきの人だかりはミーシャが囲まれていたのか……他の生徒達も俺たちが一緒の場合は話しかけてこないが、ミーシャ1人になると途端に話しかけてくるのか。
それにしてもドミニクの事は誰も聞かなかったのかな? 流石にミーシャにそんな事聞けなかったので心にしまっておいた。
「ご、ご苦労様。今から食堂に行くが一緒に行かないか?」
俺がミーシャを労うとミーシャが頷き8人で誰もいない食堂に向かった。
「ねぇマルス、私に足りない物ってなに?」
クラリスがご飯を食べながら俺に聞いてきた。
「クラリスに足りない物なんてあるわけないじゃん。可愛いし、スタイルいいし、面倒見いいし、頭いいし、料理もうまい。それにあのブラッドが姐さんって言って懐いているんだよ? 何も足りない物なんてないよね? マルス?」
俺への質問をミーシャがご飯を口いっぱいに頬張りながら答える。するとアリスも
「クラリス先輩はみんなの理想の女性です! 足りない物なんてあるわけないです!」
こちらはご飯粒を飛ばしながらクラリスの質問に答える。ミーシャはさっきリーガン公爵との話を聞いていなかったからしかたないな。それにアリスが乗っかってしまった形だ。
「あ、ありがとう2人とも。でもそうじゃなくてリムルガルドに連れて行ってもらうためには何を重点的に鍛えるべきかなと思って。あとフレスバルド公爵家でクエストが終わったらまた死の森に行かない? もっと強くならないと……」
「うーん、クラリスの足りない所かぁ……今のままでも十分強いけど、リムルガルドに行くとなればやはり火力じゃないかな? 水魔法を鍛えて、火魔法でいうフレアボムみたいな広範囲高威力の魔法があればいいかもしれないよね。クラリスの1対1は結界魔法と水魔法、神聖魔法、そしてその装備である程度の相手でも粘れると思うんだ。
あと死の森に行くのは俺も賛成だ。リーガン公爵に聞いてみるよ」
俺の答えにクラリスが頷いて
「今度リーガン公爵に水魔法を教えてもらおう」
決意を新たにクラリスが拳を握る。次はエリーが同じ質問をしてきた。
「……マルス……次……私……どうすればいい?」
「エリーは今のままでいいと思うよ。短剣術と体術を鍛えていけば、きっとビャッコ様よりも強くなれる。ただ足技を使えるのであれば、使ったほうが良いかもしれない。そのためにもスカートではなくてパンツスタイルの方がいいかもね。と言ってもこの学校の女子の制服でパンツが無いから仕方ないけど」
「分かった……今のまま……ありがとう。気を使ってくれて」
エリーが微笑みながら俺にお礼を言うと、すぐに目の前の食事……肉を食べ始めた。
「マルス、死の森に行くのか? もしも死の森に行くのであれば、俺とミネルバは死の森で別行動をとってもいいか? イザーク辺境伯に鎖術を習いたいんだ」
「ああ。いいさ。しっかりと教えてもらってこい」
バロンとミネルバは俺の返答に嬉しそうに頷くと色々な縛り方の練習をしなきゃとはしゃいでいた。
ご飯を食べ終えるとブラッドの様子を見に行ったのだが、もうどこかに行ってしまったようなので、俺たちは各自部屋に戻り、荷ほどきと、またすぐに出発する準備をするために早めに自室に戻った。
2031年4月26日
学校に登校し、ホームルームを受けると担任教諭のローレンツからブラッドの件を聞かされた。
1年Sクラスに転入してくるから絶対に揉め事を起こさないように。ブラッドは人と獣人の共存共栄の為にここに来たのだから揉め事を起こした場合は最悪、退学処分まであると言われた。
俺達から揉め事を起こす可能性よりもブラッドから揉め事を起こす可能性の方がはるかに高く感じる。今頃1年Sクラスは大丈夫だろうか? あそこのクラスには確か……
俺は少し不安になったのでローレンツの許可を貰って俺とクラリスとカレンの3人で1年Sクラスを覗いてみることにした。他のメンバーは闘技場で自習をするらしい。
1年Sクラスを覗きに行くと案の定の事が起こっていた。ブラッドとカエサル公爵の嫡男のケビンが激しく口論? していた。










