第190話 折れない心
クラリスとブラッドの戦いはすぐに決着した。
ブラッドが涎を垂らしながらクラリスに襲い掛かったが、クラリスは剣でブラッドの斧をいなし、すぐにブラッドの喉元に剣を突き付けた。時間にして5秒も経っていない。
「勝者! クラリス!」
俺がそう言うとクラリスはディフェンダーを鞘に納めるが
「ちょっと待て! 今のは油断しただけだ! もう一回頼む!」
何度もブラッドがクラリスに襲い掛かるがその度に返り討ちにあう。
「その容姿でその実力……エリーやアイクの言ったとおりクラリスも化物だな」
ぼそっとブラッドが言うとクラリスが
「女の子に向かって化物とは何よ!」
ブラッドの言葉に腹を立てたクラリスが弓を構えると、慌ててブラッドが謝り急場をしのいだ。その後ブラッドはエリーに挑戦をした。
ブラッド対エリーも圧倒的だった。エリーの風のブーツを利用した3次元の戦い方に全くついていけないのである。
それにエリーが空を駆けあがるたびにブラッドの目線は一点に釘付けとなる。ショートパンツを履いているのが分かっていてもだ。
「くそ! エリーにも勝てないのか!」
口では悔しそうに言っているが、顔はにやけている。そして次はカレンと言うかと思ったら
「カレンには勝てるわけがないからな。次はミーシャ! お前だ!」
やはり魔眼もちのカレンには勝てないのか。カレンも当然と思っているようだった。ブラッドに指名されたミーシャが槍を構えながら
「いいよ。やろう」
ブラッドの言葉にミーシャが嬉しそうに答えるが、もう辺りも暗くなってきた。
「ブラッド、悪いがもう暗くなってきた。ミーシャ、また今度ブラッドと戦ってやってくれ」
ブラッドは納得いかなそうだったが、ミーシャは俺の言葉に頷く。最終的にはブラッドも折れて俺たちは宿に戻った。風呂も入り、みんなで食事をしているとミーシャが
「ブラッドって最初見た時は極悪人の面構えで嫌な奴って気がしたけど、こうやって一緒にいると、特に不快感はないよね。それどころかもしかしたら一緒に遊ぶと楽しいかもしれない」
ミーシャがそう言うとカレンが
「それはね。ミーシャがブラッドよりも強くなったからよ。獣人は自分より力がない者に対しては態度が大きく変わるわ。獣人全員がそうとは言わないけど……」
ブラッドの事をまるでスネ夫のように言った。
「まぁでも去年の新入生闘技大会の時より接しやすいのは確かね。ブラッドが接しやすくなったのもマルスがあれだけ派手にブラッドを倒してくれたおかげかもしれないわね。さっきも弓を使わないでくれと意地を張らずに正直に言うなんて少し可愛いと思ってしまったくらいだわ」
クラリスもミーシャの意見に賛同した。ブラッドが可愛い?正気か? するとバロンが
「なぁマルス。今度俺もブラッドと戦ってみたいのだがいいか? これでも俺は一昨年まではリスター連合国一番のホープだったんだ。その差がどうなっているのか試してみたい」
「ああ。バロンが思う様にやればいい。俺も2人の試合は楽しみだ」
バロンの問いに俺が答えるとカレンが
「やるからには絶対に勝ちなさいよ」
カレンの言葉にバロンは大きく頷く。
この後もセレアンス公爵がどういった答えを出すかとか、みんなで話し合いながら食事をとり、部屋に戻った。
2031年4月18日 12時
12時に来いと言われていたので、みんなでセレアンス公爵の屋敷に行くと、屋敷ではセレアンス公爵、ブラッド、ビャッコの3人がいた。
「ご苦労。今日は一緒に飯でも食べながら話そう」
「分かりました。ご馳走になります」
まぁ12時に来いと言われたら一緒にご飯を食べると思うよな。食事は立食形式のビュッフェだった。
肉料理を中心に並べられており、どれも薄味で俺好みだった。そしてセレアンス公爵はガンガン酒を飲みまくっている。ただいくら飲んでも表情は変わらない。怖いままだ……
「マルス、早速だが昨日の答えだ。俺達獣人は少しお前たち人間との距離を縮めようと思う」
セレアンス公爵の話を聞いてホッとした。それは俺だけではなく他のメンバーたちもそうだった。意外だったのはブラッドまで少し安堵したような表情をしていたことだ。だが、俺たちの表情をみたセレアンス公爵が
「だがな、俺達から歩み寄るような事はしない。それにお前たちも分かっていると思うが、獣人の中にはお前ら人間を憎んでいる者もいる。俺もそのうちの1人だが、お前たちを見ていつまでも対立関係だとお互い損をしそうだからな。
そこでマルス。おまえにクエストを依頼したい。セレアンス公爵家とリーガン公爵家、フレスバルド公爵家の橋渡しをしろ。絶対にセレアンス公爵家の立場を悪くしないようにな。
これはお前にしかできないクエストだ。リスター帝国学校の序列1位で金獅子、フレスバルド公爵家次女と共に婚約しているマルスだけのな」
クラリスが言っていたことが現実のものとなった。
「分かりました。学校に戻りましたらリーガン公爵に話してみます。ちなみに橋渡しの方法というのはどういったものをお考えでしょうか?」
「それは全てお前に任せる。だが何度も言うがセレアンス公爵家の立場を悪くするな。一方的にこちらが頭を下げるような条件ではダメだぞ!?」
やっぱりそうだよな。貴族としては当然か。
「では1つ案があります。現在フレスバルド公爵家の長男、現フレスバルド侯爵のスザク様がバルクス王国とザルカム王国の中間に位置するリムルガルドでパーティを編成しているところだと思われます。
そこでビャッコ様と誰かもう1人くらいスザク様のパーティに派遣できないかと思いまして。その代わりにフレスバルド公爵家で最強と謳われる朱雀騎士団の何名かをセレアンス公爵領の警備に借りるというのは如何でしょうか?
セレアンス公爵領に他の公爵家の騎士団が入ると言う事は耐えがたいかもしれませんが、協力体制を取る事を国内外に知らしめれば、人さらいの件ももしかしたら収まるかもしれません」
俺の提案にセレアンス公爵はとんでもない早さで回答した。
「よかろう。もう1人は今決めた。マルス、お前だ。獣人が急にパーティに入ってもただただ険悪になるだけかもしれない。だからお前がビャッコと人間たちとの緩衝材代わりとなれ」
え……? 俺? 俺が獣人側としてスザクのパーティに加わるのか? 全く予想していなかった答えに俺が狼狽える。そして俺以外にも狼狽える人物が2人いた……クラリスとエリーだ。
クラリスとエリーは俺がアルメリア迷宮でオーガ相手に死にそうになったことをまだ気にしている。2人とも反対をしたいのだろうが、この案はかなりの妙案だ。
「分かりました。それでは考えさせてもらってもいいですか? 僕は一応【黎明】というパーティのリーダーでもありますし、【暁】というクランのマスターでもあります。クランメンバーはリスター帝国学校にもおりますので帰ってから、正式に返答をさせて頂こうかと思います」
正直俺はこの場でOKしても良かったのだが、リーガン公爵にお伺いを立てないといけないと思ったのと何よりクラリスとエリーの精神状態が心配だったからだ。
「分かった。リーガンに戻り考えるといい。だが結論は早く出せ。正直お前の案は実に素晴らしい。カエサル公爵領との領境に朱雀騎士団でなくても、フレスバルド騎士団が布陣して居れば人攫いも絶対に手を出せなくなるだろう。問題は付近の街の住民がどう思うかだが、そのくらいは力でねじ伏せてやろう」
この言葉にカレンの眉が動いた。カレンは何かを言おうとしたようだが、言葉を飲み込んだ。カエサル公爵が犯人ではないと言おうとしたのかもしれない。
「マルスはこの件の事でフレスバルド公爵領に行くのか?」
「はい。クエストを確実に成功させるためには実際にフレスバルド公爵ともお話をさせて頂かないといけないと思いますし」
セレアンス公爵の質問に俺が答えるとセレアンス公爵が
「ならばブラッドも連れていけ。今このセレアンス公爵領にフレスバルド家次女のカレンがいる。そしてフレスバルド公爵領にセレアンス公爵家嫡男のブラッドが現れたとの情報が国内外に知れ渡るだけでも、いろいろな抑止力にもなる。情報はこちらで勝手にリークする。リーガン公爵には早馬を飛ばして伝えておく」
うん。言っている事は良く分かる。
良く分かるが、ブラッドをリスター帝国学校内に入れるのはまずいと思う。どこかのとんでもリングアナウンサーのおかげでブラッドは完全なヒールとしてリスター帝国学校では定着しているからだ。
それにしてもセレアンス公爵ってかなり頭の回転が速いんだな。俺は予め色々な事を考えてきていたから、答えられるがセレアンス公爵は今この場で考えて発言している。
昔、カレンがキザールに言っていた言葉を思い出す。上級貴族は力が無くてもなれる。でもバカでは困ると。
セレアンス公爵が獣人だからといって俺は心のどこかでフィルターをかけていたのかもしれない。
間違いなくこの人はリスター連合国の上級貴族として恥ずかしくない才能を持っている。俺の視線に気づいたセレアンス公爵が
「どうした?何か言いたい事でもあるのか?」
と俺に聞いてくる。俺はついうっかり
「いえ……セレアンス公爵が聡明な方で少し驚いておりまして……」
途中でなんて馬鹿な事を言っているんだと気づいたがもう遅かった。しかしセレアンス公爵は
「そうか。俺もお前ら人間の力を見くびっておったからな。確かにお前たち人間は我々獣人と違い、器用に武器を操り、そして魔法が得意な者もいる。だが力は間違いなく俺たち獣人の方が優れていると思っていた。昨日まではな……仕方のないことだ。俺はお前たち人間をしっかり見たことが無かったからな。それはマルス、お前たちもだろう?」
セレアンス公爵は時折笑みを溢しながら言う。この人こんなキャラだったっけ? ご飯を食べ終えると、俺とビャッコは一緒に訓練をすることになり、バロンとブラッドが試合をすることになった。
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