第189話 前兆
ビャッコのプレッシャーは凄かった。ウピアル以来の緊張感が走る。模擬戦と分かっていながらもだ。
風纏衣と未来視を展開して、ビャッコの攻撃に備えるとビャッコがアダマンクローを構えながら俺に襲い掛かってきた。
まずビャッコの右手のアダマンクローの攻撃を雷鳴剣で薙ぎ払おうとするが、ビャッコの筋力値の方が高いせいか逆に俺の雷鳴剣の方が弾かれてしまう。
左手の火精霊の剣とアダマンクローが交差すると体ごとではないが、左肩ごと弾かれる感覚がする。
これは正直予想以上にヤバい。未来視で攻撃予測は出来るが、風魔法を使わないと防御が間に合わないかもしれない。
ビャッコと剣戟を交わしていくうちにどんどん俺が押し込まれていく。何合か打ち合い、ビャッコが少し距離を取り
「まさか、ここまでやるとはな。その年でB級冒険者上位くらいの力はあるのかもしれないな。だがマルス、お前には反撃する余力がないようだ。このまま押し切って終わりにさせてもらうぞ!」
ビャッコが勝負を決めにかかってきた。もう俺は風魔法を使うと決めていた。剣だけだとこのままでは負けてしまう。
俺がこのまま何もできずに負けてしまうと、セレアンス公爵はきっと今まで通り獣人至高主義を貫き通すだろう。ビャッコが飛び掛かろうとしている時だった。
「マルス! ライナー先生の剣を思い出せ! お前なら出来る!」
バロンの必死な声が俺に届く。
ライナーの剣って……すぐにバロンが何を言っているのかが分かった! もしも俺がライナーのような剣捌きが出来れば、風魔法を使わなくても凌げる。
それどころか俺の剣術に磨きがかかる。自分よりも筋力値が高い者と戦う機会があまりないからこれは絶対にいい練習になる。捌ききれなかった時の為に風魔法の準備だけはしておこう。
ビャッコが先ほどよりも速く、そして力強くアダマンクローで斬りつけてくる。
力むな、流れるように、流水の如く……俺はライナーの剣を思い出しながらビャッコのアダマンクローを受け流そうとした。
雷鳴剣は少しだけビャッコのアダマンクローの軌道を変えて大きく弾き飛ばされる。
先ほどまではここで踏ん張って切り返していたが、ライナーのように弾かれた勢いを利用して弧を描くように剣を返した。
弧を描く時に体まで脱力してしまったようで体が一瞬地面から浮いてしまったが、遠心力を活かした雷鳴剣がビャッコを襲う。
「なっ!」
ビャッコは咄嗟にバックステップをして剣を躱すと
「厄介な剣術だな……その年で剣王クラスの剣捌きか」
と言って俺の事を急に警戒し始めた。その間俺はずっとライナーの剣をイメージしていた。さっきはまぐれで出来たが、ライナーはもっと滑らかに動く。
リスター帝国学校に入ってからの俺は剛の剣を使ってきた。毎日剣術の練習はしていたが、練習相手は自分より全員筋力値が低い相手だ。必然的に剛の剣となってしまう。だが今は柔の剣を鍛えるいい機会だ。
目の前には俺よりも力が強いビャッコが居る。なかなかビャッコが攻めてこないので、俺からビャッコに斬りかかった。自分が攻めるときは力強く、守るときは柔らかくを意識した。
ビャッコは俺からの攻撃に応戦してくれた。今までにない、激しい剣戟を繰り広げる。
攻守が激しく入れ替わるのでうまくライナーのようには剣を扱えないが、だんだんとコツは掴めてきた。今では未来視を使わずに風纏衣だけでビャッコと打ち合えるようになっていた。
だが打ち合えるだけで俺の剣は一向にビャッコに触れる事が出来ない。
「マルス、なぜ笑う?」
ビャッコが剣戟の最中に話しかけてきた。まだ話せるのだから本気ではないのかもしれない。
「久しぶりにビャッコ様みたいな強い人と戦えて楽しくなってしまいまして。自分がどんどん成長しているなっていうのが実感できて嬉しいというのもありますが。不快に思うようでしたら謝ります」
「そうか。楽しくて、嬉しいか」
ビャッコはそう言うとただひたすら俺と激しく斬りあった。そして何分が経っただろうか?
「やめ! 両者引き分け!」
セレアンス公爵から試合終了の合図が言い渡された。ん? これはどうなんだ? 俺的には大満足な結果だが、勝たなきゃダメだったのか? 俺は剣を収めてビャッコに握手を求めるとビャッコが応じてくれて
「次はお互い本気で戦ってみたいな」
やはり本気じゃなかったのか。
「僕は必死でしたが。お手合わせ頂きありがとうございました」
俺とビャッコがみんなの元に戻ると俺の仲間たちはみんな笑顔で、セレアンス公爵を始め、獣人たちはみんな驚いていた。セレアンス公爵がビャッコにこう尋ねた。
「ビャッコ、お前本気だったのか?」
するとビャッコが装備していたアダマンクローを外しセレアンス公爵に見せた。アダマンクローはかなりボロボロになっており刃こぼれをしていた。
「アダマンクローではこれが限界でしょう。獣王装備でもない限り迂闊に蹴りを放つことが出来ません。マルスの剣で脚毎斬られてしまいそうですから」
そうか……かぎ爪以外にも足技があるのか。ビャッコの言葉に獣人たちが驚いていたが一番驚いていたのはブラッドだった。
「初めてマルスが剣を抜いた姿を見たが、2本同時に扱うのか……それもいくら足技を封印しているとはいえビャッコと互角に渡り合えるなんて……」
ブラッドが言うとエリーが
「マルスも本気じゃない……マルスの本気……光る」
こんなところで張り合わないでいいのに。そしてこの言葉にセレアンス公爵が反応した。
「なんだと!? いい加減なことを……いやエリーの言う事だから本当か」
セレアンス公爵が納得するとビャッコも
「まぁうすうす分かってはいた。生に賭ける思いが感じられなかったからな。まだ何か隠しているとは思ってはいたさ」
「本気で剣を振いました。それは本当です」
必死になって弁明するとセレアンス公爵が
「まぁ良い。マルスの実力がこれほど高くてしかもまだ何か隠し玉があるという事が分かっただけでも収穫だ。マルス。悪いが今日はもう帰ってくれ。そしてまた明日来て欲しい。今日はこれからここにいる者でこれからのセレアンス公爵家をどうしていくか討論する。その結果を明日マルスに話そう。その際仲間たちも連れてくるように」
「分かりました。それでは明日、今日の朝の答えを教えて頂けると幸いです」
俺がそう言うとみんなセレアンス公爵に一礼して宿に向かった。そしてなぜかブラッドまでもついてきた。
「おい、マルスはどうやって訓練しているんだ?」
宿に戻っている最中にブラッドが聞いてきた。
「Sクラスのみんなとひたすら色々訓練しているよ。あ、そういえばバロン、戦闘中の助言ありがとう。あれが無かったら危なかったな」
俺はブラッドの質問に答えながら、バロンに対してお礼を述べた。
「きっとマルスならライナー先生の剣を再現できると思ったんだ。マルスはずっとライナー先生と訓練していたからな」
バロンがこう言うとブラッドが
「お前らどういう訓練しているんだ? 良かったら教えてくれないか?」
本当は秘密と答えたかったんだが、今ブラッドの心証を悪くしたくない。
「俺はだいたい剣の師匠とクラリス、そしてバロンと1対3で実践訓練をしている事が多いな」
「マルスとバロンはいいとして、クラリスも剣が使えるのか? クロを殺ったのは弓だよな? もしかしてクラリスも剣士なのか?」
俺がそう答えると、ブラッドがクラリスに対して聞いた。
「マルスやバロンほどじゃないわよ。それに私は殺ってないです」
クラリスの答えにブラッドがクラリスの背中を叩きながら笑った。かなり優しく叩いたように見えたが、華奢なクラリスは痛そうだ。
「なぁ、本当にマルスの次に強いのがクラリスなのか? どう考えてもエリーの方が強そうなんだが?」
ブラッドが言うとエリーが
「クラリス……強い……私は……勝てない」
エリーの言葉にミーシャが
「クラリスは強いよ。だって……」
やばい暴走エルフが余計なことを口走りそうになっている。ヴァンパイアを1人で倒したとか言ったら大事になるかもしれん。みんなミーシャの言葉に大慌てだ。
すると1人冷静だったエリーが、いつの間にかミーシャの後ろに立ちミーシャの口を塞いだ。ブラッドはこの様子を見ながら
「なぁ……クラリスと戦えないか? まだ夕飯までには時間があるだろう?」
ブラッドが俺に対して尋ねてきた。俺はクラリスの方を見るとクラリスが
「まぁ今回ブラッドにはかなりお世話になっているからいいわよ。でも私の本業は後衛職よ? あまり手加減も出来ないし……もしかしたら……その……狙ってもいないところに当たって……」
この言葉を聞いたブラッドが
「お、おう……じゃあちょっとプロテクターを取りに行ってくる。さすがにこれでもセレアンス公爵家の跡取り候補だからな」
「候補? ブラッド以外にも候補がいるのか?」
ブラッドの言葉に違和感を覚えたので聞くと
「そのうち親父から話があるだろう。それまでは何も言えん」
ブラッドがそう言ってプロテクターを取りに行こうとすると、クラリスがブラッドを引き止めて
「ちょっと待って、まず私の弓の威力を見てからにして。多分プロテクターを着けても貫通してしまいそうだから」
クラリスが近くの木に矢を射り、その威力を見たブラッドが
「く、クラリス、弓は使わないで、剣で頼む」
ブラッドの提案を受けたクラリスは剣で戦うことになり、ブラッドは斧で戦う事になった。
活動報告にも書かせていただきましたが
沢山の感想ありがとうございます。
なるべく更新できるように頑張りますのでよろしくお願いします。
それにしてもこの章戦闘回多いな。










