第187話 拳語
2031年4月17日 9時
俺はセレアンス公爵に言われた通り、1人でセレアンス公爵の屋敷に向かった。屋敷の前に着き、門衛に案内をされ、屋敷の中に入る。
今日のセレアンス公爵の屋敷はどこか物々しい雰囲気がする。門衛にそのまま屋敷の中を案内され、昨日とは別の大きい部屋に通された。
部屋に入るとセレアンス公爵と獅子族と思われる者が1人、そして熊族と思われる獣人が10名ほどいた。
「マルス、よく来た。本来であれば2人で話がしたかったのだが、熊族の族長がどうしてもお前と手合わせをしたいと言ってきてな。まずこの熊族の族長と戦ってこいつらにマルスの強さを見せつけてくれ」
少し悪い顔をしながらセレアンス公爵が俺に向かって言った。まぁ最初から誰かと戦うとは思ってはいたけどいきなりかぁ……
「畏まりました。それではすぐに終わらせましょう」
俺がセレアンス公爵に言うと、族長と思われる、全身を鉄の鎧で覆われた2.5mくらいの大男が
「いい度胸しているな。同胞の恨みを晴らさせてもらうぞ」
そう言うと、柄と棘付き鉄球の間を鎖で繋いだ形状のものを構えた。これはモーニングスターというやつだろうか?
「おい! グラ! 場所を移すぞ! ここでの戦闘行為は認めん!」
セレアンス公爵がグラという族長を制した。俺達は庭に出て模擬戦の準備をするとブラッドが駆けつけてきて
「マルス! グラの次は俺だぞ!」
ブラッドの言葉に、グラが
「俺が負けると思っているのですか?」
「マルスは俺以外には負けて欲しくないというのが本音だ」
ブラッドがグラの質問に答える。グラを鑑定すると
【名前】グラ・ガフ
【称号】-
【身分】獣人族(熊族)・ガフ準男爵家当主
【状態】良好
【年齢】34歳
【レベル】38
【HP】202/202
【MP】6/6
【筋力】61
【敏捷】38
【魔力】1
【器用】5
【耐久】70
【運】1
【特殊能力】体術(Lv4/D))
【装備】モーニングスター
【装備】フルプレートメイル
なかなか振り切ったステータスをしていた。熊族ってHPが高いんだな。こういうステータスの人が魔眼持ちと戦うとどうなるのだろうか? 俺は何も装備を抜くことなくセレアンス公爵の方を見て頷く。
「始め!」
セレアンス公爵から戦闘開始の合図がコールされた。グラは鎖をグルグル回して先端の鉄球を軽々と振り回す。モーニングスターって鎖術が高ければうまく扱えるようになるのかな? だがミネルバがモーニングスターを振り回している姿は想像したくない……
「貴様、舐めているのか? 丸腰の相手をいたぶるのもいいが、後でいい訳をされては困るからな。剣を抜け」
さすがに雷鳴剣や火精霊の剣を抜くわけにはいかないから、宿を出発する前に予め作っておいた石剣を構えた。
確か、俺はまだ獣人たちの前では魔法を使ったことがないはずだからこういう所はきっちりと気を使わないといけない。そもそも剣すら使ったことが無かったかもしれない。
「おい、背中の2振りの剣は飾りか?」
「ええ。必要に迫られたら抜きますよ」
と少し挑発的に答えてしまった。恐らく一昨日、最初の街でブラッドに絡んでいたのはこいつらだろう。だから少し挑発的になってしまったのかもしれない。
俺だけならいいが、ここにはクラリスはじめ、他のメンバーもいる。俺の一言で何か争いが起こるようなことは避けないといけないのに……
グラのモーニングスターの攻撃を躱しながらそんなことを考えていた。俺がモーニングスターを躱すたびにグラが興奮していくのがわかる。
ちょこちょこ動かれて相当イライラしているのだろう。実際グラのモーニングスターでの攻撃はかなり厄介だと思う。
だがカレンの鞭ほどではない。もちろん威力はグラの方が高いだろうが、当たらなければ意味がない。
グラは力任せに必死にモーニングスターを振り回すが、そんなの未来視を使わなくても簡単に避けることができる。
カレンの持ち手を変えたりして、いかに相手に当てるかという努力をグラはしていない……いやしているのかもしれないが、力任せすぎる。
俺は何回目かのグラのモーニングスターでの攻撃を躱すとグラが捕捉できるくらいのスピードでグラの懐にもぐりこむ。
するとグラは待ってましたとばかりにモーニングスターを両手持ちから左手に持ち替えて、大きい右の拳で力いっぱい俺を殴りつけようとした。
俺はその右の拳を躱し、グラの右腕を手前に引っ張った。重心が前に傾いていたグラはあっさりと倒れ、俺はグラの首に石剣を添えると
「そこまで! 勝者マルス!」
セレアンス公爵が大きな声で試合を止めた。俺はすぐに石剣をグラの首元から自分の手元に戻したが
「まだこの状態でも戦える! 熊族の粘りを舐めるな!」
そう言うと、判定に不服なグラはまたモーニングスターを構えて戦闘を続行しようとした。
「グラ! お前の負けだ!」
セレアンス公爵がグラを制止するが、
「セレアンス様! どうかお願いします! こいつは俺たちの子供を攫った人間の仲間です! その金の刺繍の制服が証拠です! 何名かがその制服を見ているのです! このまま帰ったら熊族のみんなに合わせる顔がないのです! お願いします!」
もしかしたら腹を立てないといけない所かもしれないが、俺がもしもグラの立場になったら同じことを考える可能性はある。
同じことを考えたとして、今みたいな暴挙には出ないと思うが……それにここでやめてしまって、不完全燃焼のグラが俺の仲間に手を出す可能性だってある。
ミネルバあたりは流石にまだグラには勝てないし、他のメンバーも不意打ちを食らったら大けがしてしまう可能性もある。
「セレアンス公爵、グラさんのやりたい所までやりましょう」
俺がセレアンス公爵にそう言うとセレアンス公爵は安心したような顔で
「悪いな、マルス。助かる」
試合の続行を認めてくれた。
その後も俺はグラのモーニングスターを躱しては転ばせて石剣を首に添えるのを繰り返した。
最初グラは俺への敵対心、復讐心だけで戦っていたのだが徐々にそれが薄れてきて、純粋に俺へ1発でも攻撃を当てようという気持ちに切り替わっていた。
なんでそんなことが分かるのかって? グラの表情を見れば分かる。どんどん生き生きとしてきたからね。まぁそれはそれで戦闘が長引くから困るんだけど……
そしてグラの動きがだいぶ鈍ってきたところで、グラと一緒にいた熊族の者たちが
「族長! もう十分です!」
「本当にそいつは黒髪の仲間ではないかもしれません! もし黒髪の仲間だったら絶対に族長を痛めつけているかと!」
グラは熊族たちの声を聞いてから「参った。手も足も出ない」と言って素直? に負けを認めてくれた。
「なぁ……グラって俺と同じくらい強いはずなんだが……まさかビャッコまでマルスに負けるわけがないよな?」
「分かりませんよ。ブラッド様。マルスという男は剣をグラの首に添えるだけで一度も使っておりませんから。先日セレアンス公爵に11歳の人間と戦ってくれと言われた時は腑に落ちませんでしたが、マルスが相手となると納得です」
ブラッドとビャッコの話している声が聞こえてきた。
「マルス。ご苦労だった。本当はビャッコと手合わせをしてもらいたかったのだが、連戦できるか?」
セレアンス公爵に言われた。やはり俺の力量を測りたかったのか。まだまだ余裕だったが、ここで連戦できますと言うとグラのプライドを傷つける可能性がある。
まぁ剣を使わなかったからもう手遅れかもしれないが、余計に傷つける必要はないと思ったので
「申し訳ございません。モーニングスターを躱すのにかなり神経をすり減らしましたので、休憩をさせて頂きたいのですが」
俺の言葉信じてくれたのかあっさりセレアンス公爵は認めてくれた。
ブラッドが対戦要求をしてくるかと思ったが、さっきのビャッコとの会話を聞く限りは大丈夫だろう。
セレアンス公爵に連れられて屋敷の中に入ろうとするとグラが俺に声をかけてきて
「マルス。すまなかった。どうやら誤解をしていたらしい。事前に、セレアンス公爵とブラッド様にはマルスたちは絶対に違うと言われていたのだがどうしても納得いかなくてな……街に戻ったらお前たちの事をしっかりと説明するから俺達のせいで獣人に対して変な偏見を持たないでくれ」
「誤解が解けたようで良かったです。僕たちも出来る限りその黒髪の男の件には協力したいと思いますので、これからもよろしくお願いします」
グラが手を差し出してきたので、俺もその手を握ると、グラの俺の手を握る力がどんどん強くなりかなり手が痛くなったが、グラが
「本気で握っても、涼しい顔か……勝てる要素はどこにもなかったのか……そんな奴が俺達からこそこそ逃げ回るわけないよな」
どこか納得した表情をして、俺の手の拘束を解いてくれた。涼しい顔なんてした覚えはない……むしろかなり痛がったつもりなんだけど。
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