第184話 轍鮒之急
2031年4月15日
エルハガンを出発して5日が経ち、明日セレアンス公爵領に到着する。この移動中にセレアンス公爵とリーガン公爵に早馬を飛ばした。
セレアンス公爵には到着予定日時を知らせるために、リーガン公爵にはデアドア神聖王国でのクエスト完了報告とドミニクとソフィアに関しては是非休学扱いにして欲しいと書いた。
休学が認められれば、俺としても、ブライアント家としても利点がある。それはリーナの側に俺の仲間がいてくれる可能性があるかもしれないという事だ。
もちろん、教皇が落ち着いて、リーナもリスター帝国学校に入学するという事が条件だが。
宿に着いた俺たちはいつものようにお風呂に入ってからご飯にする。デアドア神聖王国に居た時はお通夜状態の食事だったが、いつものような賑やかさが戻った。
もしかしたら少し無理をしているのかもしれない。2人の大切な仲間がこの場に居ない寂しさを忘れるために。
「ねぇ、バロン? 最近ずっと夜はミネルバと2人きりじゃない? 2人で何やっているの? もしかして……もう?」
ミーシャがバロンを揶揄い始めた。
「そうだな、ミネルバはもう色々な縛り方が出来るようになったからな。今は、どの縛り方が一番早く縛れるかを研究している。相手の形状によってどれが早い縛り方とかが変わってくるからな」
堂々と返答する。バロン……お前逞しくなったな。するとアリスが
「バロン先輩もドミニクと同じ趣味なんですね。男の人ってみんなそうなんですか?」
さらっとアリスがドミニクの秘密を暴露した。この言葉にバロンが嬉しそうに
「さすが俺のライバルなだけあるな! そうか! ドミニクもこの良さに気づいたか!」
あー、もうバロンはそっち方面に足を完全に突っ込んだのか。この言葉にクラリスがかなり引いており、
「ねぇ、マルスは本当にそんな趣味持ってないわよね? 私は嫌よ? どうしてもって言うなら付き合ってあげるけど……もしもそうなら私は縛られる方でお願いね」
小さな声で俺に確認した。こんなバカ話をするのはいつ以来だろうか。これが俺たち【暁】のいいところ? だろう。
ただずっと沈黙している者がいた。
エリーだ。エリーはいつもあまり話さないのだが、今日はいつもより表情があまり冴えない。もしかしたらセレアンス公爵領に行きたくないのかもしれない。
「大丈夫か? エリー? セレアンス公爵領に行くのが不安か?」
俺が左隣にいるエリーに声をかけると
「うん……あまりいい思い出が……ない……」
弱弱しくエリーが話した。リスター帝国学校に居た時は2つ返事で行くと言っていたのだが、実際に来てみるとやはり辛いのか……
「セレアンス公爵と会うのは嫌か? もし嫌であれば無理に行く必要はない。どうする、エリー?」
するとエリーから予想外の言葉が
「叔父……セレアンス公爵とは……会いたい……でも……気持ちがついて来ない……」
うん? セレアンス公爵とは会いたい? エリーの父であるバーンズを追い出した本人なのに? もしかしたらエリーは良からぬことを考えているのか?
「もしかして仇を取りたいから会いたいとか?」
恐る恐る聞くと
「そんなことない。……だけど……」
その後エリーは言葉を詰まらせてうつむいてしまった。気持ちの整理がつかないのかも知れないな。これ以上エリーに聞くのも酷な事だからな。
少し周囲の雰囲気が暗くなってしまった。きっと俺とエリーの会話を聞いていたのだろう。俺とエリーの会話を反対の席で見ていたミーシャが
「マルスがエリーを虐めてるぅ」
と茶化すとクラリスも
「部屋に戻っておしおきよ」
懐かしいポーズをとって周囲を沸かせた。
きっと他のみんなは元ネタを知らないのだろうけど、クラリスのキャラに反する言動が可笑しかったのだろう。
本当にいいパーティだろう? ご飯を食べ終えて部屋に戻る。今の部屋割りはこの前から変わっていない。
俺、クラリス、エリー、カレン、ミーシャ、アリスの【黎明】で1部屋とバロン、ミネルバの【創成】で1部屋だ。
今日、俺の隣にはエリーとアリスが寝ることになっている。エリーはいつものように俺の首付近に顔を埋めながらすぐに寝た。エリーが寝た後にアリスが頬を染めながら俺に
「エリー先輩は獣人ですよね? 獣人って耳と尻尾が特徴なのかと思っていたのですが、エリー先輩にはそれが無いじゃないですか? 金獅子っていうのは耳と尻尾は無いのですか?」
聞いてくる。そういえば俺もエリーの呪いを解いた時同じことを考えていたな。尻尾は下着の下に隠しているのかもと思っていたけど……
「耳の事は俺もそう思ったが、尻尾は流石に確認したことがなかったから分からなかったけど尻尾はないのか?」
「はい。この前お風呂一緒に入った時にエリー先輩のスタイルの良さに見惚れてしまって。私たち人間とあまり変わらない感じがするのですが……」
確かにエリーのスタイルの良さは服の上からでも分かる。それに俺は今もそのスタイルの良さを左腕が実感している。
「あまり気にするのはよそう。エリーはエリーだから」
そう言ってアリスを右腕で抱き寄せて、いつものようにMPを枯渇させてから寝た。
2031年4月16日 9時
セレアンス公爵領に入る時、関所で熊の獣人の兵士に止められた。
「エリー様の御一行か?」
ちょっと態度が悪い感じがしたがエリーには敬称を付けている。俺が話すよりもエリーに話してもらった方がいいかと思ったが、昨日のエリーの様子を見てしまうとここは俺が対応するしかない。
「そうです。セレアンス公爵にはもう伝えてあります。通ってもよろしいでしょうか?」
俺が言うと兵士が
「待て。お前たちは監視させてもらう。監視役がお前たちの荷物などを全てチェックする。今、監視役を連れてくるから待っていろ」
セレアンス公爵が来いと言ったから来たのに監視役って……この言葉を聞いていたカレンが流石に
「ちょっと、あいつはあまりにも失礼だわ! マルス! このまま帰りましょう! フレスバルドとリーガンから正式にクレームを入れましょう!」
兵士に聞こえるようにカレンが怒ると兵士が
「ちょっ……それは困る! 待っていろ!」
慌てて言い、カレンがまたその言葉に怒りを覚え言葉を発しようとした時、エリーがワゴンから降りてきて
「監視……いらない……監視が必要なら帰る。今決めて」
表情を無にして熊の獣人に対して話した。すると熊の獣人が
「これは……エリー様。監視というと聞こえが悪いですが、エリー様たちを守る為です。頼む」
エリーに頭を下げる。頼むって……エリーは困ったような顔をして俺の方を向いた。
「分かりました。それでは待ちましょう」
俺が兵士に返事をすると兵士は急いで関所の詰め所に走っていく。
「カレン、すまないな。だがなんか訳がありそうだ。しばらくは従う事にしよう」
俺が言うとカレンもさっきの話を聞いて納得したようだ。俺がカレンと話を終えるとすぐに詰め所から3人の男……いや2人の男と1人の男だった者が俺たちの前に現れた。
1人はさっきの熊の獣人の兵士。そしてもう1人はセレアンス公爵の嫡男のブラッド。最後の1人は……その者の姿をクラリスが見るとクラリスは顔を真っ青にしてワゴンの中に隠れた。
確か……クロ……子さん?
「よう! 久しぶりだな! マルス! 会いたかったぞ!」
ブラッドが俺の背中を馬鹿力で叩く。そしてブラッドがエリーを見ると
「エリー……お前、本当に綺麗になったな」
顔を赤くしながらエリーの容姿を褒めた。エリーは何も言わずに俺の左腕を抱きしめるとブラッドが
「まぁ俺がマルスに勝つまではそれでいいさ。獣人は力がすべてだからな。だが今度は俺が勝つからな!」
俺の背中をまた叩きながらブラッドが言うと俺も
「俺はもうブラッドと会いたくないって前にも言ったよな?」
「まぁ取り敢えず俺とクロがお前たちの案内係を務める。話は歩きながらでもいいだろう」
ブラッドがそう言うと足早に馬車の前をブラッドとクロ……子が歩き、関所を通過した。
セレアンス公爵領は良く言えば緑豊かな土地、悪く言えば開発の遅れた土地という印象を受ける。ブラッドとクロの後ろを俺とエリーが歩き、他の者は馬車のワゴンの中にいる。
少し進むとクラリスが意を決したのかワゴンから降りてきて
「クロ……子さん!? 新入生闘技大会の時はごめんなさい! やり過ぎました! 反省をしています! 後悔もしています!」
クロに対して頭を下げて謝るとクロが
「……もう気にしなくていい。仕掛けたのは俺たちからだ。無くなったが、女にもなっていない。クロ子ではない、クロだ」
クラリスに言うとクラリスはホッとしながらまたワゴンに戻った。
「そういえば、ブラッドたちが俺たちの荷物検査をするんじゃなかったのか?」
俺がブラッドに問うと
「ああ……俺や親父はお前たちを疑っていないからな。だがお前たちを知らない奴らはとても警戒している。つい最近も、その金色の刺繍の入った制服の黒髪の男に子供が連れ去られたという情報が入った。やはり以前に話した黒髪のヒョロだったらしい」
そう言えばそんなこと言っていたな……だから俺たちの身の潔白を証明するためにも監視役が必要という事か……
「そうか、気の毒な話だな」
俺が言うとブラッドが
「おい、お前ら寝るときは1人で寝るなよ? 心配だったらエリーは俺の部屋に連れてこい」
と笑いながらブラッドが言うと俺の隣を歩いていたエリーが
「……私はマルス一筋……」
俺の手を強く握ってきた。話をしながら歩いていると街が見えてきた。この街で食事休憩でもするのかと思ったらブラッドはそのまま通り過ぎると言う。
「休憩しないのか?」
ブラッドに聞くと
「ああ。この街ではしない。マルス、エリー、お前ら2人は馬車の中に戻ってくれ。遠回りになるが街にも入らないつもりだ」
何か物々しい雰囲気で俺たちに言った。
「エリー、なんかあるかもしれない。クラリスたちの方に乗ってくれ。俺はバロンとミネルバの馬車の方に乗るから」
俺とエリーが馬車に戻り、ブラッドとクロが馬車を引く。サーチで周囲を警戒していると街から10人ほど獣人たちが出てきて、迂回しようとしていたブラッドの所にやってきた。
「ブラッド様! その中の奴らを俺等に引き渡してくれ!」
獣人がブラッドに詰め寄るとブラッドが
「気持ちは分かるがそれは出来ない。なぜならこいつらは関係ないからだ。それに親父のクエストでもある。お前たちは親父の顔に泥を塗るつもりか?」
ブラッドが住民たちを説得しようとするが
「全く無関係という事はないだろう! そいつらは人間だ! しっかりと俺達の恐ろしさを体に刻んでやらないといけない! ヴィクトリー様はきっと分かってくれる!」
ブラッドの言う通り馬車の中に入っていて正解だったな。
「分かった。不満のあるやつは3日後、領都に来い! そこで決着をつけてやる! 分かったな!」
ブラッドの言葉に獣人たちは不満そうだったが頷くと街に戻っていった。結局、俺達は隣町に着くまでずっと馬車の中に居た。これほど警戒されているとは夢にも思わなかった。
本格的にこのSクラスの制服を着ている人物を探し出さなければ大事になってしまうかもしれない……
総合評価30000超えました。
ありがとうございます。
投稿する時は1000超えればいいなぁと思っていたのですが
とても嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。










