第177話 聖女対吸血鬼
マルスがウピイルと話している間に私はウピウルと軽く交戦しながらみんなから離れた。ウピウルが積極的にみんなと離れようとしていた気がする。私としても好都合だったし、ウピウルの誘いに敢えてのった。
「おい、女。名前をなんという?」
急にウピウルが攻撃を止めて間合いを取り、私に話しかけてきた。私はディフェンダーを鞘に収め、魔法の弓矢に持ち替えながら
「……クラリスよ」
私が名前を答えるとウピウルが
「今降参するなら俺の嫁にしてやる。俺の子供を産め」
最低な提案をしてきた。
「あなた自分の顔を見たことないの? それに私は口臭、体臭が酷い人は嫌いなの」
ついつい本音が出てしまった。
「それじゃあ強引にするしかないな……美しい顔が歪むのも見応えあるからな」
ウピウルは舌なめずりをしながら襲い掛かってきた。私はウピウルと話しながら距離を取っていたので魔法の弓矢で遠距離から矢を何本も射つ。
1射目こそウピウルは躱さなかったのだけど、予想以上のダメージだったのか、2射目以降は出来るだけ躱そうとしていた。
【弓王】の称号を得てから弓矢の射出速度が上がっている。矢の弾幕を張り、ウピウルが近づけないようにした。
でも私の魔法の弓矢でウピウルに致命傷を与えることは出来ない。やはりHP回復促進がとても厄介……。
「ちっ……仕方ないか……本気で行かせてもらう!」
律儀にウピウルが本気宣言をしてくると、ウピウルはフレアを2発撃ってきてからフレアの陰に隠れながら襲い掛かってくる。ヴァンパイアってワンパターンなのかしら……
「氷壁」
「氷壁」
「氷壁」
「氷砦」
3つの氷壁を重ねて私自身は氷砦で次に起こるであろう衝撃に備えた。この氷壁は少し強度を弱くして発現してある。
2発のフレアが氷壁に着弾した瞬間
「ドーン!」
水蒸気爆発が起きた。私を覆っている氷砦越しでも大気が揺れているのが分かる。
ウピウルはかなりダメージを負っているようだったけどもう回復が始まっていた。
遠距離戦では勝ち目がないと悟ったのか魔法の弓矢をくらいダメージを受けながらでも強引に近づいて来た。
私が勝ちきるとしたらここしかない! 遠距離戦ではいずれ回復されてしまう。
ウピウルの手刀が私を貫く前に私はウピウルの少し後方に魔法を唱えた。
「ホーリー!」
ホーリーは魔法陣が形成されるまでに少しだけだけど時間が掛かる。だから普通にホーリーを放ってもウピウルに躱される可能性がある。絶対にホーリーだけは外すわけにはいかない。私の体を囮にしてでも必中させないといけなかった。
ウピウルは自分の後方に出来た魔法陣に気づく様子もなく、そのまま私の胸に手刀……ではなく下卑た笑みを浮かべながら鷲掴みするように襲ってきた。
だけど次の瞬間、汚らわしい腕と共にウピウル自身も少し後方に吹っ飛んだ。予め仕込んでおいた結界魔法でウピウルが吹っ飛んだのだ。
そして後方に吹っ飛んだところに見事ホーリーが直撃した。光の柱がウピウルを包む。
「ぐうぅぅぅぁぁぁあああ!!!」
ウピウルの苦しむ声が光の柱の中から聞こえてくる。だけど私は気を抜くことはしない。
ウピウルが苦しんでいる間に私はバックステップをして距離を取った。
結界魔法はほとんどの攻撃を弾くことが出来るけど弱点は連続して使えない事。クールタイム? という物が存在するらしい。
ホーリーによる光の柱が消滅すると、光の中に明らかにダメージを負ったウピウルが立っていた。
少し体が小さくなり、HP回復促進が機能していないように見える。体の大きさが元に戻らないのと、先ほど私の魔法の弓矢の傷が癒えていないからだ。もしも本当にHP回復促進が機能していなければこのまま仕留められる。
私は気を抜くことなく魔法の弓矢を構えて放とうとしたのだけど、遠くからマルスがやってくるのが見えた。
急にマルスが向かってきている事にびっくりして私の手元が少し狂ってしまった。頭を狙った魔法の弓矢は少し下の方にずれて……
次の瞬間ウピウルは自分についていた物を変な格好をしながら一生懸命追いかけていた。
これだけはもうやらないと決めていたのに……だけどやってしまったものは仕方ない。それに絶対に私がウピウルを殺さないといけない。もうあんな落ち込んでいるマルスを見たくない。
「ホーリー!」
ウピウルが一生懸命追いかけていた物を消し去ってから、止めを刺すことにした。
☆☆☆
俺は先ほどの爆発音が気になってまずクラリスの所に向かう事にした。
俺が駆けつけると大勢は決していて、なぜかウピウルは股間を抑えて泣いており、完全にウピウルの戦意は削がれ、絶望していた。
クラリスみたいな美女に負けるのが悔しかったのであろう……ウピウルのHPは54/220となっており、HP回復促進が機能していなかった。
「大丈夫か! クラリス!」
俺がクラリスの所に駆け寄るとクラリスもウピウルを警戒しながら
「ええ。大丈夫。これで止めだわ」
魔法を唱えようとしていた。
「クラリス! 俺が殺る! クラリスは下がっていてくれ!」
俺はクラリスにヴァンパイアとはいえ、殺させたくはなかった。
「いいえ! 絶対に私がやるわ! マルスにだけ業を背負わせない!」
この世界であれば、ウピウルを殺すことで業を背負うなんてことは言わないのかもしれない。正当防衛で罪ではないからな。
でもやはりクラリスは元日本人。頭では分かっていても、気持ちがついていかないだろう……それでもクラリスの目は本気だった。
「分かった……クラリス……やってくれ」
俺がそう言うとクラリスがウピウルにホーリーを唱えてウピウルは消滅した。クラリスの目からは涙が流れて少し体が震えていた。俺はゆっくりとクラリスを後ろから抱きしめて次なる戦場に向かった。
エリーとウピエルの戦いはエリーが若干押していた。筋力値はほぼ互角、敏捷はエリー、その他はウピエルといったステータスだ。だが装備差で圧倒的に優位なエリーがウピエルを徐々に削っていく。
このまま傍観していてもいいのかもしれないが、まだウピオルがどこにいるか分からないから早くこの戦闘を終わらせるに越したことは無い。
「エリー! 助太刀するぞ!」
俺がエリーに言うとエリーが
「……うん……お願い……私だけだと……時間かかる」
俺とエリー2人でウピエルに襲い掛かる。ウピエルが
「卑怯者! 正々堂々と戦え!」
叫んでいるが、そんな戯言に聞く耳など持つわけがない。俺とエリーが猛攻を仕掛けると
「た、助けてくれ……なんでもする!」
必死になって懇願してきたので、俺は剣を鞘に収めた。
「では、俺の質問に答えろ! ウピオルはどこにいる?」
俺がウピエルに問いかけるとウピエルが
「わ、分からないんだ……すぐに戻ってくると言ってどっかに行ったきりで……」
これはなんとなく本当っぽいな……まぁソフィアもさっき同じような事を盗み聞きしていたからな。
「では何年か前にエルハガン周辺を襲ったヴァンパイアは誰だ? 当時襲った時に体のどこかに傷があったと思うが?」
俺がウピエルをじっと見ながら言うと
「た……多分……ウピオルだ……顔にまだ切り傷がある……魔剣で斬られて切り傷が消えないと言っていた……」
これはウピオルを見れば分かる事だな……俺は踵を返してウピエルに背を向けた。すると未来視が1秒後にウピエルが俺に襲い掛かってくる未来を見せた。
すぐに振り返り今まさに俺に襲い掛かろうしているウピエルの首を刎ねるとまた俺のレベルが上がった。
今日だけで俺は2人殺した……俺の手がどんどん血まみれになっていくのが怖かった。だけどクラリスに悟られるわけにはいかない。
必死に平静を装い、俺とクラリス、エリーの3人はすぐにみんなの所に戻った。壁はもう消えていて、周辺のゴブリン達ももういなかった。
「みんな! 大丈夫か!? ウピオルは来なかったのか?」
あれだけの音と光だ。近くに居れば絶対に気づいてくると思ったのだが……
「ああ。来ていない……怪しい蝙蝠もとんでいない!」
バロンが答えると、ドミニクが
「おい……もしかしてもうヴァンパイアたちを倒したのか?」
まさかというような表情で聞いてくる。
「ああ。俺もクラリスもエリーもアルメリア迷宮で大分鍛えたからな。クラリスも1対1でヴァンパイアを倒したよ」
俺が言うとここに残っていたメンバーがみんな驚いた。そしてその当の本人のクラリスが
「ねぇ……マルス……私……変な称号ついてないよね……?」
恐る恐る聞いてくる。やはりクラリスはウピウルを殺した罪悪感があるのか……クラリスを鑑定すると
【名前】クラリス・ランパード
【称号】弓王・聖女
【身分】人族・ランパード子爵家長女
【状態】良好
【年齢】11歳
【レベル】45
【HP】96/96
【MP】1694/1694
【筋力】69
【敏捷】70
【魔力】87
【器用】84
【耐久】69
【運】20
【固有能力】結界魔法(Lv4/A)
【特殊能力】剣術(Lv6/C)
【特殊能力】弓術Lv(8/B)
【特殊能力】水魔法(Lv6/D)
【特殊能力】風魔法(Lv4/F)
【特殊能力】神聖魔法(Lv8/A)
【装備】ディフェンダー
【装備】魔法の弓
【装備】聖女の法衣
【装備】神秘の足輪
【装備】偽装の腕輪
別に変な称号はついていなかった。俺がクラリスにこのことを告げるとクラリスが
「良かった……お嫁に行けなくなるかと思った……」
と安どの表情を浮かべながら言う。
「何を言っているんだ。暗殺者の称号を獲得しても俺はクラリスと結婚するよ」
俺が変な称号が付いていなくて安心した表情をしているクラリスを抱きしめると
「……うん……ありがとう……」
クラリスも俺の腰に手をまわしてきた。クラリスはまだ震えていた。本当はずっとこのままで居たかったがそう言う訳にもいかない。クラリスの肩を優しく掴んで俺から離すと
「ウピオルはここに戻ってくる。しかしさっきの音や光でも戻ってこない事から近くには居ないのかもしれない……みんなはここで待機をしてくれ。そして1時間経ってもウピオルが戻ってこない場合はエルハガンに戻ってくれ。俺は先行して周辺を警戒しながらエルハガンに戻る」
クラリスとエリーが居れば絶対にウピオルを倒せるだろう。そう思って発言するとドミニクが
「マルス! 俺も一緒に連れて行ってくれ! 俺はこの辺の地理に明るい! 頼む!」
必死になって俺に頼み込んできた。もしも道中に怪しいスポットがあるのであれば、地理に明るい者がいた方がいいだろう……
「分かった! では俺とドミニクで先行する!」
2人で出発する前にエリー、カレン、ミーシャにこっそりこう伝えた。
「おそらくクラリスはかなり精神的ダメージを受けている。俺と一緒でヴァンパイアを殺すことに罪悪感や恐怖を感じているはずだ。さりげなく元気づけてあげてほしい」
クラリスのフォローをお願いした。本当は俺が一緒にいてあげるべきなんだが、今は緊急事態だ。クラリスも分かってくれるだろう。
クラリスの事を任せると、俺とドミニクは周辺を警戒しながら、その場を後にした……
クラリスにとってクラッシュすることよりかは殺す方が罪の意識は高いです。
が、クラッシュしたことをマルスにだけは悟られたくありません。
しっかり証拠を隠滅してからウピウルを退治するクラリスでした。










