第167話 おねだりアリス
2031年3月3日
新入生闘技大会後、俺は朝から暗くなるまでずっと闘技場でみんなと訓練をしていた。
仮想ヒュージという事でクラリス、ミーシャ、ライナーと1対3で剣戟を交わす。アイクが居た時はミーシャの所がアイクになったのだが【紅蓮】はすでに指名クエストを受注しており、リーガンを出発していた。
そして15時を過ぎるとアリスとソフィアが急いで闘技場にやってくる。
「お疲れ様です! マルス先輩! 今日も後でマッサージしますね!」
アリスが張り切ってやってくると、俺を気遣ってくれる。新入生闘技大会以降、夜にアリス達にマッサージをしてもらうというのが、お決まりのルーティーンとなっていた。
「ありがとうアリス。いつもしてもらって助かるよ」
俺の言葉にアリスが嬉しそうに微笑む。なんか今日のアリスはいつにもまして可愛らしい……アリスは闘技場に来るとバロン、ドミニク、ミネルバと訓練をする。
ソフィアはカレンの所に一直線なのだが、なんとソフィアはもう鞭を使いながらファイアを唱える事が出来るようになっていた。流石レベルのわりに器用さだけがずば抜けているだけの事はある。
エリーはブラムとよく訓練をしている。カルンウェナンで影に潜っての移動や攻撃の練習をしているのだが、どうやら消費MPが凄まじく思うように移動することが出来ないらしい。ブラムも一生懸命空間魔法の練習をしている。
17時になると、リーガンの街に出てご飯をみんなで楽しむ。これも全員Sクラスだからできる特権だ。
「ねぇ急にアリス大人っぽくなってない? なんか年上の私よりも大人っぽい気がするんだけど」
ミーシャがアリスを見ながら言う。確かにミーシャよりは間違いなく大人っぽい。
「分かりますか? 私も自分で成長したなぁって思ったんですが……今日10歳の誕生日なのでもしかしたらそれも影響しているのかもしれません」
そういえば今日3月3日は誕生日って言ってたな……俺がアリスの方を見るとアリスと目が合うと、アリスが大胆にもこんなことを言ってきた。
「先月よりは見せられる体になったと思いますが……」
み、見たいは見たいが……流石に素直に「見せて」とは言えない。
「う、うん……じゃあそのうち……」
は……ついつい本心が……それを聞き逃すクラリスではなかった。
「マルス……後で覚悟しておきなさい……」
ヤバい……目が笑っていない笑顔が一番怖い……
ご飯を食べ終わると一旦俺は自分の部屋に戻ってゆっくり風呂に入る。
そして部屋で土魔法の練習をして時間を潰し、制服に着替えて20時前に男子寮の前で待つ。するとお風呂上がりのクラリスとエリーが俺を迎えに来てくれる。
そう……俺は今あの黎明部屋に毎日のように通うようになった。土下座をしたり、プロレス技のようなものをかけられたり、あまりいい思い出が無い部屋だったのだが、今は楽園だ。
どうして俺が黎明部屋に通うかと言うとアリスたちにマッサージをしてもらうというのもあるが、一番はエリーの寝かしつけをするためだ。
新入生闘技大会が終わった日に、エリーはクラリスと一緒に寝ようとしたようだが、全く寝られなかったらしく精神的にもかなり参っていたのだ。だからエリーが寝るまでは来て欲しいとクラリスから言われたのだ。
やはりミリオルド公爵という人物が原因だろう……本当はエリーにミリオルド公爵の事を聞きたかったが、もし聞いてまたエリーがあのような状態に陥るのであれば無理に聞く必要はない……エリーから話してくれるのを待つと決めたのだ。
この事はほかの【暁】メンバーにも言ってあるからみんなミリオルド公爵の名前は出さない。尤も話題に上るような人物ではないからそこまで気を遣う必要はないのだが……
クラリスとエリーに連れられて楽園に足を踏み入れるとすぐにリビングに案内されて女子メンバーと少し話をする。
クラリス、エリー、カレン、ミーシャ、アリス、ミネルバ、ソフィア。7人の美女、美少女に俺1人というとんでもない状況だ。
「マルス……どう? ヒュージ様との戦い……私はソフィアと訓練してばかりだから分からないんだけど……」
カレンが心配そうに聞いてくる。
「ああ。こんなチャンスは滅多にないからな……絶対に勝つよ」
「チャンスって……本当にごめんなさい……」
俺の言葉にアリスがしょんぼりしながら言う。
「大丈夫だよ。アリス。アリスのおかげで本当にA級冒険者が見えてきた。11月の武神祭でリーガン公爵がどの程度の相手を選んでくるのかが心配だったんだ。
弱すぎてもダメ、強すぎてもダメ。ヒュージ様はもしかしたら丁度いいくらいかもしれない。アリスとソフィアは知らないと思うが俺にはいざとなったら切り札がある。俺はその切り札でヴァンパイアを倒したこともあるから安心してくれ」
この言葉にソフィアが反応した。
「ヴァンパイアって……殺したの!? 名前は!? どんな顔だった!?」
「ウピアルという名前で赤っぽい顔をしていた。俺が殺したよ……ここにいるみんなが目撃者だ……」
「そう……ありがとう……ドミニクも喜んでいたでしょう……」
とソフィアの頬に涙がこぼれる。え……? なんでドミニクが喜ぶんだ?
「なんでドミニクが喜ぶんだ?」
疑問に思ったことをソフィアに聞くと
「ドミニクから何も聞いていない? ドミニクの剣の師匠は昔ヴァンパイアに殺されたのよ。ウピアルっていう名前だったかは覚えていないけど……あの時のドミニクの落ち込み方は酷かったから……」
確かにドミニクはかなりヴァンパイアを敵視していたな。ソフィアの話を聞いていたら少ししんみりしてしまった。すると俺の隣から
「マルス……そろそろマッサージにしましょう」
クラリスがマッサージルームという名の寝室に誘ってくる。俺と【黎明】女子5人は、クラリスとエリーの寝室に向かった。ちなみにミネルバとソフィアにはバロンとドミニクがいるからマッサージを遠慮してもらっている。
部屋に入るとまず俺がクラリスとエリーのベッドにうつ伏せになって寝る。このベッドは2人のいい匂いがしてこのまま寝てしまいたいくらいだ。
次にエリーが俺の左腕に絡みついてくるのだが、その際アリスがエリーに布団をかける。
俺がエリーの頭を撫でるとエリーは安心するのかすぐに寝る。これで寝られないと言われても全く信用できないが、実際新入生闘技大会の次の日のエリーの顔はどんよりとくすんで見えた。
1分もしないうちにエリーは寝るので、それをみんなで見守ってから俺のマッサージが始まる。左腕をそっとエリーの腕から引き抜くと左腕はアリスがマッサージをしてくれる。右腕はクラリス、右足はカレン、左足はミーシャの担当となっているらしい。
最近朝からずっと剣の練習をしているので肩と腕、そして肩甲骨回りがかなり張るからマッサージをしてもらえるのはとても嬉しい。
「マルス先輩……そして皆さん。お願いがあるのですが聞いてもらってもいいですか?」
アリスがマッサージをしながら俺たちに聞いてくる。
「いいわよ」
クラリスが答えると
「私……今日誕生日だったのですが……欲しいものがありまして……それを頂きたいのですが……」
アリスが少し躊躇いながら言う。
「俺に用意出来る物だったらなんでもいいよ」
「皆さんが今着ている物と同じものが欲しいです!」
俺の言葉にアリスは意外な物をねだってきた。クラリス、エリー、カレン、ミーシャが今着ている物は俺のワイシャツだ。カレンとミーシャは俺が1年生の1月や2月に着ていた少し小さいものを着ている。
「ワイシャツ……?」
俺が言うとクラリスが
「……やっぱアリスも……いいんじゃない? みんなはどう?」
カレンとミーシャに問いかけると
「私がどうこう言える立場ではないから……クラリスとエリーがいいと言うのであればいいと思うわよ?」
カレンが答えるとミーシャも
「これでアリスも私たちとお揃いだね」
笑顔でアリスに言った。
「分かった……じゃあ明日持ってくるよ」
俺がアリスにプレゼントの約束をするとアリスの顔に喜色が表れた。
「アリスの誕生日は今日だから今日あげればいいんじゃない? 今着ている服をあげれば? この部屋にマルスのワイシャツがまだあるから今日はそれを着て帰って明日また持ってきてよ」
クラリスの提案にアリスが会心の笑顔を見せる。
「そうだね……じゃあ……」
と言って今着ている制服の下のワイシャツをアリスにプレゼントすると
「ありがとうございます……先輩……それにしても身体測定の時にも見ましたが……すごい体ですね……」
上半身裸となった俺をアリスがじっと見ている。
「これだったら体重80kgも納得だよね。もっと太ってもいいと思うくらいだもん」
ミーシャが言うとカレンも
「フレスバルド騎士団で稽古する時に上半身裸になることがあるけど、その誰よりもマルスは立派な筋肉をしているわ。肌も綺麗だし……」
俺は筋肉を褒められるのが嬉しくて
「触っても……」
と言いかけるとクラリスが
「はい! もう終わり! エリーもせっかく熟睡したんだから騒ぐのはよしましょう。私はこのままエリーを見ているからもう戻って」
触ってみてもらってもう少しワーキャー言われたかったんだが仕方ない。自分の部屋に戻りマッサージをしてもらって軽くなった体で俺はいつものように魔法の訓練をして寝るのであった。
ようやく仕事が終わった・・・
飲むぞー!