第166話 氷帝
今年も順当にリスター帝国学校とセレアンス王立学校が決勝まで残った。ただここまで盛り上がる試合は全くなく、去年みたいな熱気は無かった。
まぁ去年はセレアンス王立学校がやらかしまくっていたから、会場がヤバい雰囲気だったのでそれに比べればマシなのだが……
俺は激励の為に武術の部に出る一年生の所へ向かった。
「みんなあと1勝だ。悔いのないように」
俺がクロム、アリスと他Aクラスの3人にありきたりな事を言うと全員「はい!」と返事をする。もしかしたら激励なんてしなければ良かったのかもしれない……貴賓室に戻り【黎明】とアイク、眼鏡っ子先輩の7人で観戦することにした。
決勝戦も副将戦まで進み1対2でリスター帝国学校が負けている。そして次はアリスの番だった。
今まで恒例のリングアナウンサーも大人しかったが、急にテンションが上がってしまったらしい。
「さて後が無くなってしまったリスター帝国学校! 副将で出てくるのは……なんと! あの我らがハーレムキングこと、武聖マルスがリーダーを務める【黎明】6人目の美少女! アリス・キャロォォォルルルゥゥゥウ! 武聖マルスに認められたその容姿をとくとご覧あれ!」
この煽りはやめて欲しかった。
恐らくリーガン公爵もヒヤヒヤしていただろう……何故なら6人目のパーティメンバーなのだ……基本は5人で組んで6人目は神聖魔法使いというのが上位パーティの基本だ。まぁ顔選抜で入ったと思ってくれればいいのだが……
「マルス……アリスちゃんが【黎明】って本当か?」
アイク兄が心配そうに俺に小声で聞いてくる。
「はい。アリスが【黎明】の最後のメンバーです」
「という事は……そういう事なんだな?」
「はい。アリスも使えます」
これ以上アイクは何も聞いてはこなかった。
試合内容はレベル差、獣人特有のステータスの高さをいかされ、アリスは終始苦戦をしていた。
間違いなくこのままではアリスは負ける。だがそれで良かった。ここで無理をする必要はない……アリスは対戦相手の獣人に吹っ飛ばされたから試合が終わると思った。
しかし次の瞬間アリスは吹っ飛ばされながらもヒールを唱えた。恐らく会場中で気づいたものは俺たちを除けば何人もいないだろう……もしかしたら1人も気づいていないかもしれない……いや誰も気づかないでいてくれ……
ダメージを受けながらもアリスは少しずつ獣人のHPを削っていく。獣人のHPが1桁になったところで相手が降参した。
誰しもが絶対に負けると思った所からまさかの大逆転勝利。盛り上がらない訳がなかった。
「勝者!アリスゥゥゥキャロルゥゥゥウウウ!!!」
勝利アナウンスと共にコロシアムから今日一番の大歓声がアリスに注がれる。
ここまでは良かった……が、試合が終わると貴賓室に水色の髪の男が入ってきて、リーガン公爵と何かを話し始めた。
リーガン公爵はその水色の髪の毛の男に必死になって何かを言っているのが分かる。恐らく……このタイミングでという事はアリスの事か……
「マルス……後で話があります……決勝戦が終わったらここに残ってください」
リーガン公爵が怖い顔で俺に言うと、水色の髪の男が俺の方を見てから貴賓室から出て行った。
「アリスの事ですか……?」
男が立ち去った後、俺がリーガン公爵に聞くとリーガン公爵は黙って頷いた。
大将戦はクロムが危なげなく勝ち3対2でリスター帝国学校が武術の部、魔法の部と2年連続完全優勝となった。
新入生闘技大会が終わりコロシアムには10数人しか残っていない。
会場に来ている【暁】のメンバー、俺、クラリス、エリー、カレン、ミーシャ、アリス、ライナー、サーシャとリーガン公爵、そして水色の髪の毛の男とその仲間と思われる4人だった。
アイク、眼鏡っ子先輩とジーク、メサリウス伯爵はリーガンに一足先に向かっている。
「リーガン公爵。ありがとうございます。私の為に貴重な神聖魔法使いを育てて頂いて」
水色の髪の毛の男がリーガン公爵に言うとリーガン公爵が
「ヒュージ。生徒の意志を尊重して頂戴。アリスは【黎明】に残りたいと言っているわ。【氷帝】が嫌という訳ではないのよ」
どこかで見たと思ったら西リムルガルドですれ違った奴らか……
「リーガン公爵……これは私の優しさでもあります。このままだとアリスはもっとひどい目に合うでしょう。Bランクパーティが神聖魔法使いを抱えていると分かれば、他のAランクパーティが必ず攫いに来るでしょう。
いや……冒険者に攫われるのであればまだマシかもしれません。リーガン公爵ならお分かりですよね? それともアリスだけずっと学校内に幽閉しておきますか? 流石にリスター帝国学校に忍び込むバカな奴はリスター連合国出身の我々ではしませんが、他の国の出身者はリスクを冒してでも狙いに来ますよ?」
ヒュージがリーガン公爵を説き伏せるように言う。あれ? こいつらてっきりバルクス王国のパーティだと思っていたんだが? リスター連合国からは【朱雀】だけがリムルガルドのクエストを受けていたと思っていたのだが……ヒュージの言葉にアリスが
「私は絶対に【黎明】に残りたいです! 違う所に行ったら何のためにリスター帝国学校に入学したのか……」
怒気を含んだ声で必死になって反論する。
恐らくこのヒュージという男のいう事は正しいのであろう……Aランクパーティ【氷帝】の神聖魔法使いなら襲われることは無いだろうが、Bランクパーティ【黎明】の神聖魔法使いだと攫われてしまう可能性が高くなると言いたいのであろう。
正しいが故にリーガン公爵も反論ができない。
「ヒュージ様。僕は【黎明】のリーダー。マルス・ブライアントです。今はB級冒険者ですが今年A級冒険者に挑戦しようと思っております。もし僕が今年A級冒険者になれなかったらまたお話をさせて頂くという事ではダメでしょうか?」
「それはダメだ。我々Aランクパーティの成長が最優先だ。私たちはリムルガルドで地獄を見た。あの地獄を攻略するには神聖魔法使いが絶対に必要なのだ!」
スザクと全く逆のことを言っているな……
「ヒュージ様。兄スザクはヒュージ様と全く逆のことを言っております。神聖魔法使いは邪魔だから精鋭だけで挑むべきだと。兄は6つのフレスバルド騎士団から精鋭を集めてリムルガルドに再挑戦すると言っております。考え直して頂けませんか?」
カレンが俺の気持ちを代弁するように言ってくれた。
「カレンか……スザク様も同じ考えか……私もスザク様の意見には賛成だ。リムルガルドにアリスは連れて行かないと思う。私はもっと個々のレベルを上げるべきだと考えている。
だから我々【氷帝】は来月の下旬からザルカム王国の魔の森のクエストを受けて今一度己を鍛えなおそうと思っているのだ。そのためには神聖魔法使いがどうしても必要なのだ」
ヒュージはカレンの事を知っているようだ。そしてヒュージの言っている事はとても理にかなっている……が、だからと言ってアリスをはいどうぞなんて渡すわけにはいかない。
「ではこうしましょう。ヒュージとマルスが来月戦って、マルスが勝ったらアリスはそのまま【黎明】に。そしてヒュージが勝ったらアリス以上の神聖魔法使いを私が用意します。
その者は魔の森の中でもあなた方【氷帝】と一緒に行動することができるでしょう。ただし期限付きとさせて頂きます。あなた達【氷帝】が魔の森のクエストを達成するまで。
いやいやパーティに参加する神聖魔法使いがどれだけ使いづらいかはヒュージも分かるでしょう? 万が一マルスが勝った場合はアリスの事を諦めると共にアリスの事を一切口外しないと約束してください」
恐らくアリス以上の神聖魔法使いとは俺の事だろう……そしていやいやパーティに参加する神聖魔法使いというのはアリスか……
リーガン公爵は俺が負けると思っているのであろう。負けた時に少しでも俺に有利になるようにとヒュージを説得している。
「本当にA級冒険者の私とマルスを戦わせるつもりですか? 背こそ私よりも高いですが11歳そこそこの子とA級冒険者が戦うなんて前代未聞だと思いますが……? それに魔の森の中に一緒に入れるような神聖魔法使いが居れば我々のレベルアップもはかどるとは思いますが、本当にそんな人間はいるのですか?」
ヒュージがリーガン公爵の言葉に疑心暗鬼となっている。
「それはリーガン公爵の名において誓います。安心してください。マルスもこの条件でいいですね?」
「分かりました……1ついいですか? もう戦いは始まっていますか? 先ほどから【氷帝】のパーティメンバーから鑑定をされているのですが? こちらもヒュージ様を鑑定してもよろしいですか?」
俺が鑑定に気づくと【氷帝】のメンバーは驚いていた。
「すまない……私のことも好きに鑑定してもらって構わない。リーガン公爵、来月のいつやりますか?」
「私も立て込んでいるので来月の中旬3月15日でどうですか? ヒュージも3月15日に終われば魔の森に間に合うでしょう?」
「分かりました。それでは3月15日にリスター帝国学校に伺います。マルス。私は本気で戦わせてもらうからな。悪く思うなよ」
俺は黙って頷いてヒュージを鑑定した。
【名前】ヒュージ・サザーランド
【称号】槍王
【身分】人族・サザーランド伯爵家当主
【状態】良好
【年齢】35
【レベル】60
【HP】236/236
【MP】281/281
【筋力】95
【敏捷】88
【魔力】70
【器用】114
【耐久】118
【運】1
【特殊能力】剣術(Lv6/D)
【特殊能力】槍術(Lv9/B)
【特殊能力】水魔法(Lv8/C)
【特殊能力】風魔法(Lv2/G)
【装備】吹雪の剣
【装備】氷結の剣
【装備】銀雪の槍
【装備】魔氷の鎧
見事なまでの水属性装備だな……流石A級冒険者という事か……だが【氷帝】と言われているパーティだからてっきり水王だと思ったのだが、まさかの槍王。それに剣も2本装備しているのは何か理由はあるのか?
ヒュージが退出するとアリスが
「ごめんなさい! 私のせいでとんでもない事になってしまって……」
今にも泣きだしそうな声で謝るとクラリスが
「今度から神聖魔法は場を弁えて使ってね。それにマルスは今年A級冒険者に挑戦するつもりだったからちょうどいいのかもしれなかったわね」
アリスを責め立てないようにフォローする。
エリー、カレンも心配してくれており、流石のミーシャも少し不安そうな顔をしている。
「マルス……さすがの私でもこれが限界の妥協点です。なるべく早くマルスを【氷帝】から抜けられるようにするので、少しの間辛抱してください」
「リーガン公爵。僕は絶対に勝ちますよ。だからヒュージ様がどんな戦い方をするのか教えてください」
俺の言葉にリーガン公爵が驚きながら
「……ヒュージの戦い方は特殊です。1本の槍と2本の剣を同時に操ります。槍は両手で扱い、魔氷の鎧から氷の腕が出てきて氷の腕がそれぞれの剣を振います。対前衛で無類の強さを誇り、格上のA級冒険者相手にもヒュージはその特異な戦闘スタイルで互角に渡り合っております」
なんか……俺と嚙み合いそうなスタイルだな……間違いなく剣同士のぶつかりあいなら負けない。問題なのは槍だな……
しかし今の俺に出来る事はひたすら訓練することだけだ。とにかくリーガンに早く戻ってすぐにでも訓練を始めなければ……
焦る気持ちを胸にしまい、貴賓室を後にした。
あと2日で今年も終わり!
そして明日で仕事納め!
ストックなくなったけどもうひと踏ん張り!










