第165話 予兆
「エリー!」
「エリー!大丈夫?」
俺とクラリスがエリーの異変にすぐに気づきエリーの顔色を見ると、顔面蒼白となっていた。
「クラリス、カレン、ミーシャ!エリーを医務室に連れていく! 俺とクラリスでエリーを医務室に連れて行くから、カレンとミーシャはリーガン公爵にこのことを伝えに行ってくれ!」
カレンとミーシャは俺の言葉に頷きリーガン公爵の所に走っていったが、観客もかなり入っていたので人をかき分けながら走っていった。
俺はエリーをおんぶして医務室に連れていく。一応エリーはいつものようにショートパンツを履いているのだが、クラリスが隠すように後ろからついてくる。
医務室に着くと医師たちがエリーを診察し始めた……がエリーは医師たちに触れられる事をひどく拒んだ。少しでも触診をしようとすると本気の殺気を医師たちに飛ばし、医師たちを震え上げさせる。
「すいません! 今少し気が立っていて……ここは僕たちに任せてもらえませんか? 少し部屋を出て行ってもらえると嬉しいのですが……」
俺がそう言っても医師たちは困惑している……無理もない。ここは医師たちの職場なのだから。
だがエリーの震えはまだ収まっていない。早く医師たちが出て行ってくれないと神聖魔法による治療が行えない。最悪俺だけはバレてもいいのだが……
医師たちは部屋から出て行く様子がないので、俺は覚悟を決めてエリーに神聖魔法を唱えようとすると
「マルス! 待ちなさい!」
リーガン公爵が息を切らしながら俺を止めると、医師たちに部屋から出て行くよう指示をした。
カレンとミーシャも後から入ってきて医務室の扉を閉め、外ではライナーとサーシャが見張っている。
「ありがとうございます! リーガン公爵! クラリスハイヒールを!」
「「ハイヒール」」
俺とクラリス2人でエリーに対してハイヒールを唱えると、徐々にエリーの顔色が良くなっていき、震えも止まった。エリーも落ち着きを取り戻したのかみんなに
「……ごめんなさい……急に怖くなって……震えが……」
涙声で言うとクラリスが
「いいのよ……エリー……凄い汗……着替えましょう」
慈愛にあふれた優しい声でエリーの背中をさすりながら言い、俺に視線を合わせてきた。着替えるから出て行けという事だ。
「分かった。俺は外に出るから……」
俺の言葉を聞いたエリーが
「やだ! マルスはここに居て! お願い!」
少しヒステリックともいえるような声で俺を止める。俺はクラリスの顔を見ると
「仕方ないわね……マルスはあっち向いてて。絶対にこっち向いちゃだめよ」
クラリスが俺に自制を求める。言われなくてもそれくらいのモラルはある……と思う。
俺が後ろを向くとエリーが服を脱ぐ際に発する衣擦れが聞こえる。そしてある程度脱ぎ終わったのか、ミーシャが
「エリリン……凄い……大きいのに……綺麗。触っていい?」
「ダメ。これ……マルスの……」
俺の?……いや凄い気になるんですけど……
「マルス。ちょっとお湯出してもらえない? エリーの体を拭きたいから」
クラリスが言ってきたのでいつものように土魔法で桶を作ってそこにお湯を出して、俺の近くにいたカレンに渡した。
さすがに振り返ってクラリスに渡すと後が怖いから用心しての行動だ。この行動にリーガン公爵が驚いた。
「マルス……あなた土魔法も使えるのね……そして火魔法と水魔法も混合で使えるって……」
あ……もうリーガン公爵は知っているものと思ってやってしまった……まぁ神聖魔法を知られた時点であまり隠す必要もないからいいか……
どうやらクラリスがエリーの汗を拭っているようでそれを見ていたミーシャが
「あー! クラリスずるい! クラリスはしっかり触っているじゃん!」
「私はいいの。ね? エリー?」
「……うん……クラリスはまた別枠……お母さん枠……」
お母さんって……同じ年なのに……でもさっきの慈愛に溢れた声でエリーを心配していたクラリスの雰囲気はまさに母親のそれだったな。
着替えが終わったらしくエリーが俺の後ろから抱き着いてきた。
「マルス……ありがとう……もう大丈夫……」
この様子を見たリーガン公爵が
「少し休んでから貴賓室に来なさい。その時はここに居るメンバー全員来ていいから」
少し安心した様子で医務室から出て行った。
エリーの方を振り返り俺もエリーの頭を撫でながら抱きしめると、俺の目線の先には神聖な物が脱ぎ捨てられていた。
俺の視線を確認したクラリスが
「マルスって本当にこういうのに気づくの早いわよね。エリー。脱いだ下着は綺麗なタオルに包んで鞄に入れておくからね」
ああ……俺の神聖な……残念だが仕方ない。
だがエリーは本当に何だったんだろう……ただ偶然具合が悪くなったのか、クラリスが言った言葉……ミリオルド公爵の名前を聞いて具合が悪くなったのかははっきりとは分からない……だが俺にはどうしても後者の方にしか思えなかった。
少しエリーを休ませてから俺たちは貴賓室に向かうと、貴賓室は上級貴族しか入れないのでそこまで混んではいなかった。リーガン公爵の所に向かおうとすると
「マルス!」
俺を呼ぶ声がする。俺はその声の主の顔も見ずに
「アイク兄!」
声がした方を見ると、ジークとアイク、それにメサリウス伯爵と眼鏡っ子先輩が居た。
「もう戻ってきたんですね」
「ああ。とんとん拍子で話が進んでな。正式に婚約することが決まったんだ!」
アイクがとても嬉しそうに俺たちに言うと
「お義兄様おめでとうございます。いつ結婚するのですか?」
クラリスも嬉しそうにしてアイクに聞くと
「できれば今すぐなんだが……バルクス王国では15歳からじゃないと結婚できないのだが、リスター連合国ではその公爵領によって違うからな……一応リーガン領も15歳からなんだが、特例が認められればもっと早く結婚できるらしいんだ。
だからリーガン公爵に早く挨拶がしたいんだけど、まだ父上とメサリウス伯で詰める話があるらしいので待っているんだ」
まぁアイクと眼鏡っ子先輩の結婚はかなり特殊な感じになりそうだからな。何せアイクがメサリウス伯爵になる可能性が高いから、現メサリウス伯爵やメサリウス伯爵夫人の今後とかも色々話し合わないといけないしな。
「分かりました。それでは僕たちはリーガン公爵の所へ行きます」
俺たちはリーガン公爵の所へ着くとちょうど場内アナウンスが始まった。
「お待たせいたしました! これより新入生闘技大会を開始致します!」
いつもの名物アナウンサーの声が会場中に響くとコロシアムが沸き上がる。
おっ、今年の新入生代表挨拶はクロムなのか……カエサル公爵の嫡男のケビンかと思ったが……
クロムの新入生代表挨拶が終わるとすぐに魔法の部の試合が始まった。今年の新入生闘技大会も去年と同じで魔法の部が終わってから武術の部を始めるという事になった。
去年はこのやり方で痛い目を見たのにまだこの方法を取る理由はただ一つ……武術の部の方が盛り上がるからだ。
魔法の部はどう考えてもリスター帝国学校が優勝する。やらなくてもいいのではないかと思うくらいだ。案の定リスター帝国学校があっという間に優勝した。
1回戦からずっと4対1で勝ち続けた。え……? 1敗は誰かって? Sクラスに残念な王子が1人いるだろ?
ちなみに魔法の部にSクラスからドアーホの他にソフィアとケビンが出場した。ソフィアは多才というか器用貧乏だから魔法もそつなくこなしていた。
俺だったらソフィアは武術の部の方にエントリーさせたが、1年Sクラスの担任教諭が決めたことだから仕方ない。
今年の武術の部はリスター帝国学校がトーナメントの一番左上、そして一番右下がセレアンス王立学校となっている。武術の部が始まると貴賓室にセレアンス公爵とブラッドが入ってきて
「今年の新入生は去年に比べるとだいぶ落ちるな。かく言う我々セレアンス王立学校も小粒しかおらんがな」
言いにくいことをはっきりと言いながらセレアンス公爵がリーガン公爵の所にやってきた。
「例年に比べればレベルが高い方ではないですか? 去年が特別だったのですよ」
微笑みながらリーガン公爵がセレアンス公爵に話しかけた。この2人だいぶ距離が近くなったな……
「相変わらず弱そうだな。マルス。お前のどこにあんな力があるのか不思議で仕方ない」
ブラッドが憎まれ口をたたいてくる。だが敵対心は感じられない。
「ブラッドは相変わらず態度だけは強そうだな。怖いから今度から会っても声かけないでくれよ」
思いっきり皮肉を言ったつもりだったが、ブラッドは笑い飛ばして俺の背中を叩いてくる。
「そういえばマルス。聞きたいことがあったんだ。お前らの金色の刺繍の白い制服って一般人でもどこかで買えるのか?」
「いや……これは2年のSクラスの生徒しか買えないはずだが……? まぁブラッドだったらリーガン公爵に欲しいと言えば買えるんじゃないか?」
俺が答えるとブラッドは俺の頭をはたきながら
「バカ。その制服を着ていた黒髪の奴がこの前セレアンス公爵領で少し暴れたらしくてな……一時何人か意識が不明でな。今は回復したんだが……マルスは何か知っているか?」
Sクラスに黒髪なんていない……ヨーゼフとヨハンも黒髪では……あ……ヨーゼフは丸坊主だったからもしかしたら黒髪かも……
「1人だけもしかしたらという人間はいる。1人だけ丸坊主だった奴がいたんだが失踪してしまってな。そいつはとても小さくて可愛らしい顔立ちだったか?」
「いや……背は170cmくらいと言っていた。外見は可愛らしい訳はなく、明らかに歪んだ性格という顔立ちという話だ」
……ヨーゼフでもヨハンでもないな。
「じゃあ人違いだな……もしも何かわかったら知らせるよ」
「ああ。頼む……今セレアンス公爵領の一部の獣人はかなり殺気立っている……ただあいつらもお前らがやったとは思っていない。わざわざ悪いことをするのに自分の学校の制服を着るバカはいないからな。きっと俺たちとお前たちの仲違いを目的としているのかもしれない。まぁ何かわかったら知らせてくれ。しっかりケジメは取らせないとな!」
そう言ってブラッドはセレアンス公爵の所へ戻っていった。エリーの件といい、黒髪の事といい、色々気になる事が出来てしまった。
仕事ハメにつき執筆時間がとれない・・・