第163話 クロム・バルクス
俺は同じ世代の剣聖と呼ばれるような人間を何人も倒してきた。別に睡眠魔法を使わなくても勝てる。この王者の剣と王者の鎧があればB級冒険者クラスでも勝ち負けのいい勝負が出来る。
マルス先輩に勝てればミーシャ先輩とお話が出来る……さっきの話だとマルス先輩が強いからサーシャ先生は、ミーシャ先輩をマルス先輩の婚約者にという事だった……流石にマルス先輩よりも顔は劣るが、実力が上だったらもしかしたら俺にもワンチャンスあるかもしれない……
マルス先輩との試合は去年リスター祭で使われた闘技場のような所だった。ギャラリーはいなかった。どうやら人払いをしているのかもしれない。
あっ……サーシャ先生がきた……リーガン公爵まで……サーシャ先生を見た時衝撃が走った。これがエルフか……とんでもなく綺麗だった。
聞けば2年生にサーシャ先生の娘がいるというではないか。見てみるとサーシャ先生をそのまんま小さくしたような容姿だった。サーシャ先生と違う所は、サーシャ先生は少しクールな印象があるがミーシャ先輩はいつもニコニコして親しみやすそうだった。
クラリス先輩の可愛い「始め」の声と共に俺はマルス先輩に襲い掛かる。マルス先輩は何も持っていなかったはずなのだが、いつの間にか石のような剣を持っていた。
俺は構わず王者の剣で袈裟斬りをしたがいつの間にかマルス先輩はバックステップをしていた……速い! これは過去戦ってきた中で一番速いかもしれない! だが王者の剣の性能はここからが凄い!
なぜなら王者の剣は火魔法と風魔法のどちらかの魔法を剣先から飛ばすことが出来るのだ! 当然火魔法のファイアを剣先から放った。
するとマルス先輩は俺が放ったファイアを斬った! 速くてはっきりとは見えなかったが……魔法って切れるのか!? 水魔法と土魔法なら分かるが……そんなことが出来るのか!?
俺は距離を取り構えなおした。これは……剣だけなら俺よりも確実にマルス先輩は上だ……仕方ない……あまり使いたくなかったが睡眠魔法を使うか……
「マルス先輩。凄いです。剣聖と呼ばれるだけのことはありますね。だけど僕にも負けられない理由があります。悪く思わないでください!」
俺の言葉を聞いてもマルス先輩は剣を構える様子はない。もしかしたらこういう構えなのかもしれない……
「スリープ!」
睡眠魔法を唱えてから俺は先ほどのようにマルス先輩に近づく。流石に寝ている相手に止めを刺すわけにはいかないから首に剣を軽く当てて試合終了だ。
マルス先輩の方を見るとまだ立っていた。少しはレジストしたのだろう。だがもう一回この距離でスリープを唱えれば完全に寝るだろう。
「スリープ!」
2回目のスリープをマルス先輩に唱えた……がマルス先輩は寝るどころか意識を一瞬たりとも放してはいなかった。
「え……? スリープが効かない?」
俺が思わず声を出すと
「どうやら私には睡眠魔法は効かないようです……昔ワルツという冒険者にもかけられたことがありましたが、その時も私には効きませんでした……もしかしたら私は特異体質なのかもしれません」
マルス先輩が俺に諭すように話しかけてくる。昔、師匠に睡眠魔法を食らったことがある? しかも師匠の睡眠魔法ですら効かなかっただと?
スリープが効かない剣聖……しかも俺よりも剣術レベルが高い……勝っているのは装備だけか……本来であれば装備の優劣で勝負をしたくはないのだが、今回は絶対に負けられない。
俺はなりふり構わず王者の剣を振り回し、時折ファイアを放つが、全ての攻撃が通用しない……だがマルス先輩も俺にはダメージを与えられない。
なにしろこの王者の鎧は防御力が抜群に高いし、色々な耐性も備わっている……このまま攻め続ければいつかは……しばらく攻め続けるといきなりマルス先輩は剣を構えて……
☆☆☆
失敗したなぁ……模擬戦で決着なんて言わなければ良かった。これは闘技場に向かう時のクラリスとの会話。
「マルス、模擬戦で決着って大丈夫なの?」
「どうして? 殿下は模擬戦がご所望だろ?」
「マルスはバルクス王国の殿下を斬る……いえ、斬らなくても怪我をさせることは出来るの? 殿下に勝ってもいいの? 大衆の前で恥をかかせてもいいの?」
あっ……そうだ! そんな事許されるわけがない! あまりにも殿下らしくない殿下だったから気が緩んでしまっていた……これがドアーホであればこんな事にはならなかったのに……
「ど、どうしよう……クラリスの言う通りだ……」
俺が狼狽えるとクラリスが困ったように
「わざと負けるのはダメよ……出来れば接戦で引き分けっていうのがいいと思うけど……」
さすがに今の俺が殿下と引き分けって……あっ! 名案を思い付いた!
「クラリス! この2本の剣を持っていてくれないか!?」
「ええ……いいけど……大丈夫? どういう作戦?」
俺はクラリスに作戦を伝えると
「うーん……難しいけど……ギリギリセーフ……かな?」
と言われた。不安だがやるしかない。まずは人払いから始めないとな……
人払いは簡単だった。リーガン公爵に頼み込んだら即OKしてくれた。が、当然リーガン公爵も観戦するとの事だった。
闘技場に着きすぐにクラリスの「始め」との声と共に、クロムがいきなり突っ込んできた。もう少し様子を見るのかと思っていたが……俺はクロムが突っ込んできている最中に鑑定をした。
【名前】クロム・バルクス
【称号】-
【身分】人族・バルクス王国第2王子
【状態】良好
【年齢】11歳
【レベル】28
【HP】55/55
【MP】58/58
【筋力】38
【敏捷】38
【魔力】30
【器用】34
【耐久】40
【運】10
【特殊能力】剣術(Lv6/C)
【特殊能力】火魔法(Lv4/C)
【特殊能力】風魔法(Lv4/C)
【特殊能力】睡眠魔法(Lv1/G)
【装備】王者の剣
【装備】王者の鎧
オールラウンダーという感じのステータス。これはガル先輩が負けるのも仕方ないな……
俺はしっかり作戦を遂行することにした。剣戟はNG……本気で剣を振う事もNG……そして本気で戦っているように見せないといけない……
なのでクロムの剣は躱し、魔法は斬る事にした。魔法も躱せばいいのだが斬った方が剣聖らしいと思ってのパフォーマンスだ。
しばらくするとクロムがスリープを唱えた。やはりスリープは俺には効かない。だがクロムはスリープに絶対の自信を持っているのか近づいてくるとまたスリープを唱えた。
俺にスリープが効かないと分かると激しく剣を振ってきた。なかなか体力があるんだな……剣って躱されるとかなり疲れるものだが、太刀筋が乱れていない……きっと剣の努力もかなりしているのであろう。
魔法の方もかなり撃ってきていた。だからもうクロムのMPが残り少なくなってきた。もう魔法も撃てないだろう。もうそろそろいいかな……?
俺は一気にギアを上げトップスピードでクロムに迫り、クロムを斬った……いや正確には王者の鎧を剣で叩いた。すると俺の持っていた剣……石の剣は粉々に砕け散った。
もうお分かりだろうが俺が持つ石の剣はわざと強度を低くしてある。だから剣戟を交わす事は出来なく、本気で振う事もできない。本気で振うと風圧にも耐えられないほど脆いのだ。
粉々に砕かれた剣を見て俺はしっかりと驚いた表情を作った。これはアカデミー賞並みの演技だろう。後はずっとクロムの攻撃を躱すだけでよかった。
剣聖である俺は剣が無ければ戦えないと思っているはずだ。良かった恒例のリングアナウンサーが居なくて……下手に武聖とアナウンスされると素手でも戦わないといけないところだった。
クロムのMPではもう魔法は撃てないから剣で斬る必要もない。しばらくするとクラリスが
「そこまで! 決め手に欠けるのでこの勝負引き分け!」
と予定通りに事を進めてくれた。完全なる予定調和……いや八百長か?
「まさか自慢の剣が砕かれると思いませんでした。あの剣は魔法が斬れる特別な剣でしたので……殿下の耐久値と鎧の前では私の剣は通用しなかったようです」
しっかり用意していた台詞を言うとクロムも
「いや……装備が同じであれば僕が負けていました。引き分けと判定されましたがこの場合どうなりますか?」
「こういうのはどうでしょうか?私は殿下の事は殿下とお呼びしますが、話し方をフレンドリーにするというのは?」
「分かりました。でも次はしっかりと勝って僕の希望を通します。またお手合わせをお願いしますね。マルス先輩!」
そう言ってクロムは一緒に来ていたケビンと一緒に闘技場を後にした。クロムとケビンが闘技場を去ると2年Sクラスのメンバーとアリス、ソフィア、そしてリーガン公爵とサーシャ先生が俺の所に来た。
「人払いまでして私は何を見せられたんでしょうね?」
リーガン公爵が俺に向かって聞くと
「あれが、僕の全力(演技)の戦闘です。どうでしたか?」
こちらからリーガン公爵に質問すると苦笑された。
「マルスはダイコンね……見ているこっちがハラハラしたわよ……」
クラリスがリーガン公爵に代わって答える。え……? あんなに迫真の演技だったのに?
「演技と思っている以上は演技なの……なりきらなきゃ……」
クラリスはエスパーか? それとも俺がサトラレなのか?
「なんでもっと本気で戦わなかったの!? これじゃあ私たちが……リスター帝国学校が弱いみたいじゃない!?」
カレンが不機嫌そうに問い詰めてくる。
「さすがにバルクス王国の貴族の息子が、バルクス王国の殿下に勝ったらまずいだろ? 俺もクラリスに言われるまで気づかなかったんだけど……一応人払いしたのにも色々理由はあるんだ。殿下はあまり人に言いふらすような性格ではなさそうだし、リスター帝国学校の最強はアイク兄だからね」
カレンは俺の回答に納得していないらしい。それはミーシャも一緒だったらしく
「マルスが本気で戦えない理由は分かったよ。だけど私たちが本気で戦ってはいけない理由はないから今度クロムっちが来た時に私が手合わせしてみるよ。さすがに私もマルスが侮られるのは悔しいもん」
ミーシャが勝つと色々ややこしくなる気がするが……まぁこればかりは禁止と言えないからなぁ……
「分かった。だけどあまり傷はつけないでくれよ。それに殿下は決して俺を侮ったりはしていないと思うよ」
俺がそう言うとミーシャは早速エリーと訓練を始めた。
「もう私も戻ります。今度はマルスが全力で戦う所を見させてください」
リーガン公爵が戻ろうとしたので
「ありがとうございました。お願いがあるのですが、このまま人払いをしておいて頂けませんか? ソフィアとアリスに話さなきゃいけない事もありますので」
「そうですね……分かりました。安心して伝えなさい」
リーガン公爵はそう言って闘技場から出て行った。
「ソフィア。君に渡したい物がある」
俺はそう言ってカレンから炎の鞭を受け取りソフィアに渡した。
「ソフィアには鞭術の才能がある。カレンに鞭術を教わって欲しい。いいかな?」
俺がそう言うとソフィアは驚き、
「これを……こんな上等なものを? 私に? 使い方をカレン……先輩に教わればいいのね……分かったわ。慣れたら私を好きにしていいわ……」
気に入ってくれたようでなによりだ。早速カレンがソフィアに鞭術を教え始めた。うん。予想通りのスパルタだ……まぁ好きにしていいと言っていたからカレンに好きにさせよう。
「次にアリスちゃん。アリスちゃんにも渡したいものがある」
俺がそう言うとアリスが
「その前に! 私も……アリスと呼び捨てにしてもらえませんか? なんか1人だけ蚊帳の外みたいで……」
少し顔を染めながら言ってきた。そうか……無意識だったが確かに1人だけ敬称付けるとそう思うかもな。
「分かった。アリス。じゃあこれを受け取ってくれ」
クラリスから聖銀のレイピアを受け取りアリスに渡した。










