第162話 後輩
「どうだった?スザクお兄様は……クラリスとエリーをずっと口説いていたかしら?」
カレンは必死に平静を装おうとしているように見える。
「クラリスとエリーはその時はもう居なかったんだ。リムルガルド城下町の近くまでは一緒に行ったよ。鑑定させてもらったけどやっぱりA級冒険者でとても強かった。火王の称号も持っていたみたいだし」
「そう……よかった。リムルガルドに行く前の兄に会ったのね……じゃあこの事は知らないでしょう……リムルガルドに行った5つのAランクパーティのうち3つのパーティが全滅。そして生き残った【朱雀】と【氷帝】の神聖魔法使いも死んだわ」
え……? まさかAランクパーティが5つも行ってダメだったのか?
「スザク様は大丈夫なのか!?」
「ええ……だいぶ立ち直ってはいたわよ……絶対にまたリムルガルドに行くって……今度は神聖魔法使いは連れて行かない。それに弱い奴も絶対に連れて行かない。だから6つのフレスバルド騎士団から精鋭だけを招集すると言っていたわ。連れて行くと守るのに必死でオーガたちの攻撃を防ぎきる事は出来ないって言っていたわ……」
なんと! リムルガルドにもオーガが出るのか……確かにオーガ相手に非戦闘員同然の神聖魔法使いがいると、必ず神聖魔法使いが的になるだろうな……
今のカレンの話を聞いてクラリスとエリーが心配そうに俺を見る。俺の目標のリムルガルドを治めるにはオーガは避けて通れないらしい。
「なぁカレン。今A級冒険者が3人欠員になって97人だろ? この場合は3人は入れ替え戦なしでA級冒険者になれるのか?」
「私も分からないわ……リーガン公爵なら知っていると思うけど……」
今度リーガン公爵に聞いてみよう。次はドミニクが俺に聞いてくる。
「マルス。ソフィアとアリスの件はどうなった?」
どこかドミニクは心配そうだ。
「ああ。アリスは【黎明】に入ることになった。ここにいる女子メンバー全員納得した結果だ。ソフィアはドミニクから話をすると言っておいたが……?」
「そうか……ありがとうマルス。明日ソフィアには俺から話をするよ」
ドミニクが安心した様子で言ったが、バロンとミネルバは驚いていた。
「【黎明】に入れるのか……!? 確かにアリスは可愛いが……」
バロンが思わずと言った感じで口走る。いつから【黎明】は顔選抜になったんだ?
「確かにアリスちゃんは可愛いけど……きっと伸びしろがあるという事よ。なんて言ったってマルスは色々見抜く才能があるんだから。これからカレン様やミーシャのようにもっと可愛くなるんだわ」
ミネルバがよく分からない事を言い出した。天眼にそういった能力はない……と思うが? 久しぶりにSクラスみんなでのご飯はとても楽しかった。
2031年2月2日 放課後
2年Sクラス全員でアリスとソフィアを待つことにした。ちなみにドミニクはすでにソフィアに【創成】へのパーティ勧誘を行い、すでにソフィアが参加することは決まっている。今日はこれからお互いの能力の事を共有しようと思ったのだが……
教室の扉がノックされて「どうぞ」と答えると、ソフィアとアリス……そして知らない男2人が一緒に入ってきた。
ソフィアとアリス同様に銀色の刺繍が入った白い制服を着ている。恐らく1年のSクラスの生徒だろう……
「マルス様……ごめんなさい……どうしても2人がマルス様に言いたいことがあると言って……」
アリスが申し訳なさそうに俺に言うとすぐさま黒い髪の毛の男が
「どんな手を使った!? 入学した時から俺は2人をパーティに勧誘していたんだぞ!? カエサル公爵家嫡男の俺の勧誘を断ってまでお前のパーティに入るというのは考えられない! 何か2人の弱みを握っているんだろ……教え……」
威勢よく俺に突っかかってきたが【黎明】女性陣を見ると声のトーンが落ちてきた。さては誰かに惚れたな……すると
「久しぶりね。ケビン。その2人から私たちのパーティに入りたいと言ってきたのよ。何も脅しとかはしていないわ」
ケビンと呼ばれた男はカレンの事を見てびっくりしていた。
「カ、カレンじゃないか! カレンもここに……? いや当然か、フレスバルドとリーガンの関係を考えれば……そういえばバロンと別れたって聞いたぞ! 本当か? もし本当であれば俺と……」
そこまで言うとバロンが
「ケビン。俺とカレンは一旦婚約を破棄した。それは事実だ」
ケビンの言葉を遮るように言った。ケビンはバロンの事も見えていなかったらしい。バロンの事を見て驚いていた。
「ケビン。私はお父様にマルスと結婚するように言われているわ。もしもあなたがマルス以上であればお父様も考え直すかもしれないわね。どうケビン? バロンよりも強いマルスに勝てる自信はある?」
この言葉に3人が驚いた。そのうちの1人のケビンが
「バ、バロンよりも強い? バロンは北の勇者だぞ!? でもそうか……バロンが同じ学年でもあいつが序列1位なのか……」
相当動揺しながら呟く。そしてもう2人驚いていた人物が……ソフィアとアリスだ……
「う、嘘……マルス様もう結婚……」
アリスが項垂れながら小声で言うとソフィアも
「私は……? このまま遊びで終わり……?」
よくわからない事を呟いている。
「心配しないでアリス。私も婚約者だから」
今度はミーシャがアリスに軽い感じで言った。いや……どう考えても今の一言はアリスにとって追い打ちだろ……この言葉に1年生全員驚いていた。
いや……ミーシャ……何度も言うがジークの許可はもらってないぞ……アリスの目には涙が溜まってきている……アリスの様子を見たクラリスがフォローしてくれた。
「誤解しないで聞いてね。まず私もマルスの婚約者なの。私は昔からマルスと結婚の約束をしていてそれをお互いの両親も認めているわ。
そしてセレアンス元公爵……つまりエリーのお父さんね。エリーのお父さんは命を懸けて私たちを救ってくれたの。そのお父さんの遺言が「マルス、エリーを頼む」だったの……だから当然ブライアント伯爵もエリーの側室での婚約を認めてくれたの。
次に去年の新入生闘技大会でマルスはとんでもない活躍をしたの。そこでフレスバルド公爵とミーシャのお母さんのサーシャ先生が2人をマルスの婚約者にって話なの……
2人はお義父様にはまだ承認はもらっていないけど、多分……限りなく……99%婚約者になると思うわ。
だけどこれだけは信じて。私たちはまだ……その……誰もマルスとは一線を越えていないから……もし巷で変な噂が流れているとしてもそれは嘘だから。こんなパーティだけどアリスちゃん大丈夫?」
巷でどんな噂が流れているんだ? まぁろくでもないような噂だろうが……
「え……? 皆さんまだ誰も……? 姉から聞いた話では……」
アリスがそう言いかけるとソフィアがすかさず咳ばらいをしてアリスの言葉を阻止した。もしかしてソフィア……お前が変な噂を言いふらしているのか?
「少しクラリスの説明に追加させてもらうわ。確かに私はお父様に婚約を勧められているけど、私がマルスと結婚したいのはマルスが好きだからよ。それだけは勘違いしないで欲しいわ」
「私もママに言われたからと言われるのは嫌だから言っておくね。6歳の時にマルスに助けられてからずっと好きだったの。今はマルスとずっと一緒に居られてとっても幸せだよ」
カレンとミーシャがいいタイミングでフォローに回る。この話を聞いたアリスが
「……はい! ぜひ【黎明】に参加させてください! 私も……きっと……頑張ります!」
さっきまでの勢いを取り戻して大きな声で叫ぶように言った。取り敢えずこれで一件落着……と思ったがもう1人居たのを忘れていた。
「マルス先輩! よろしいでしょうか? 僕はバルクス王国の第2王子クロム・バルクスです。今日はマルス先輩に手合わせを願いに来ました。なんでもSクラス1年生は一番強い人に挑戦できると聞いたのですが」
そう言えば去年は俺に挑戦権があったが辞退したな……確か対戦相手がアイクだったし、俺が辞退してクラリス、エリーも辞退であの話は流れたんだった……
「クロム殿下。挨拶が遅れて申し訳ございません。マルス・ブライアントです。マルス先輩ではなくマルスとお呼びください」
俺は片膝をついてクロムに頭を下げた。
「マルス先輩! 僕のことを殿下と呼ぶのはやめて下さい。ここでは僕の方が1年後輩ですからクロムと呼んでください。実際今のSクラスに僕に対して敬称を使うものはおりませんし」
そうはいってもバルクス王国出自の俺がクロムに不敬を働いてジークが廃位とかになったらシャレにならんだろう……
「殿下……嬉しい申し出ではございますが、私の父はバルクス王国の貴族でございます。息子である私が殿下に対してそのようなことをしてしまったら父は必ず私を叱るでしょう。敬称を付けない事で不敬罪にもなりますでしょうし……」
俺は頭を下げたままだった。だからクロムがどのような体勢を取っているか分からなかった。すると上からではなく同じ高さ位から声が聞こえた。
「先輩。そんなこと言ったら僕が通っていたバルクス王国の学校の貴族たちは全員廃位、廃嫡ですよ。バルクス王国の学校ですら僕は敬称不要で通してきましたから」
は……? 嘘だろ……? 俺は驚いて顔を上げるとクロムは俺と同じように片膝をついて俺と同じ目線……いや俺の方が背が高い分、俺よりも下から話していた。俺はその光景に驚いて声が出なかった。
こいつ……何やっているんだ? 一国の王子が自国の貴族の息子に片膝をつくなんてありえないだろ? 国の威信にかかわる問題ではないのか?
「承知……分かりました……殿下。それでは模擬戦を致しましょう。本来であれば5年生Sクラス序列一位の兄アイクが試合をするべきですが、現在アイクはリスター帝国学校にはおりません。
もしも私が勝ったら殿下とお呼びさせてください。殿下が勝ちましたら殿下のお好きなようにするというのは如何ですか?」
「あの……もし僕が勝ったら追加でミーシャ先輩とお話しさせて頂くことは可能でしょうか?」
この言葉にミーシャがビックリしていた。まぁミーシャは天真爛漫で可愛いからな……
「それは勝負に関係なくいいと思います。あまり女性を賭けて勝負とかはしたくありませんので」
クロムは俺の案に同意し模擬戦をすることになった。
 










