第148話 マルスの実力
マルスが剣を抜くのを久しぶりに見るな……マルスを見ているとなぜかマルスは2本の剣を抜いた。1つは昔俺が装備していた火精霊の剣。もう1つは刀身が金色に輝いている剣だった。
マルスに聞くとマルスは二刀流になったという……マルスの成長は相変わらず限界を知らないようだ。
小さい頃からマルスはずっとこうだった。6歳児の俺よりも3歳児のマルスの方がしっかりと物事を考えることができ、そして話し方もうまかった。
俺は子供のころ敬語など一切使っていなかったが、マルスは何故か敬語を使っていたから俺も敬語を使うようにし、マルスの所作も盗み見をしては真似ていた。
最初のころは弟に負けてたまるかと必死にマルスの知らないところで剣の練習や勉学を勤しんでいたが、次第にマルスに認められたいと思うようになってきた。
マルスは天才だ。とにかく色々な才能がある。リスター帝国学校で優秀な人物を見てきたが、マルスよりも優れている人間は見たことがない。
そしてマルスの一番の才能は努力する才能だ。俺もかなり努力家だと思うがマルスは俺よりも努力している。発想も柔軟で物理攻撃と魔法の同時攻撃や二刀流など俺では考えもつかないようなことを真面目に訓練している。
恐らく二刀流というのもとんでもない代物なんだろう。俺はマルスと一緒に魔物の群れに向かって走り出した。
まず驚いたのが圧倒的に走る速さが違うという事だ。俺は全力で走っているのにマルスは軽々と走っているように見える。そして風纏衣を使っている様子はない。
マルスが魔物の群れに到着するとまた驚かされた。最初からそこにデスアーミーやデスハウンドなんていなかったかのように、スピードを落とさずデスナイトがいる所まで駆け抜ける。
マルスが駆け抜けた後にはデスアーミーとデスハウンドの死骸が残されているだけだ。マルスは脅威度Cクラスの魔物を一振で屠っていく……
マルスの剣速はなんとか見えるレベルだった。見えるだけで絶対に反応なんて出来るわけが無い……何せマルスは二刀流だ……どう考えても対応できるわけがない……
デスナイトの所までマルスが辿り着くとマルスは二振りし、デスナイトの両腕を斬り飛ばすと何もできなくなったデスナイトの首をいとも簡単に刎ねた。相手は脅威度Bクラスの魔物だぞ……?
俺の目標は遥か遠くに行ってしまったが、またこれで俺も努力することが出来る。
俺は少しでもマルスの活躍を近くで見たい、そして少しでもマルスに認めてもらいたいから絶対に努力することは諦めない。
☆☆☆
「ねぇ……マルスって今……剣で魔物を斬っているのよね?」
クラリスに問いかけるとクラリスは微笑みながら頷いた。マルスが自分の剣を抜くところを初めて見た。マルスの戦う所は何度か見たこともあるし、実際に戦ってもみた。
アイクがアイクよりも強いとずっと言っていたが、その差は少しくらいだと思っていた……アイクが5年生になり1年頑張れば絶対に埋まる差だと思っていた……
だが眼下のマルスは今まで見たマルスの動きではなかった。何人がマルスの剣を追えているのだろうか……少なくとも私には見えない。
近くでアイクの槍をいつも見ている私の目はかなり鍛えられていると思ったのだが……
「お義姉さん。信じられないかもしれないですが、本気のマルスはもっと速いですよ。今のマルスのスピードよりかは多分エリーの方が速いと思います」
は……? 全力じゃない? アイクが必死になってついて行っているのに……そしてエリーも同じレベルで速いという事?
「……マルス……本気……光る……」
エリーが謎の言葉を呟いた。
光る? 何が? もっとしっかりと言ってちょうだい!
エリーの言葉はともかくクラリスの言葉に驚いているのは私だけではなかった。
「ま、まさか……ここまで強くなっているとは……それにこれが全力ではない……エリーはもっと速い……? これが本当のB級冒険者という事か……」
近くでジーク卿とバンさんも驚いていた。
さっきまで一生懸命マルスたちに助言をしていた他の冒険者たちも放心している。きっと私と一緒で現実が受け止められないのであろう……
その後もマルスの通った後には魔物の死骸だけが残り、アイクもそのほかの魔物を順調に倒していた。
殺戮ショーは5分くらいで終わった。アイクは少し疲れたという感じだが、マルスは今から戦闘に行ってきますというような綺麗で爽やかな顔をして帰ってきた。
☆☆☆
「父上! ただいま戻りました!」
アイクが頭を下げながら言うので俺もアイクに倣った。
「相変わらず凄いなお前たちは……少しでも2人を疑った俺を許してくれ」
ジークがそう言うと他の冒険者たちがわらわらと俺たちの所へやってきた。
「お前たち何者だ?」
「本当にジーク伯爵の息子か?」
「凄かったな! どうやって倒したか見えなかったぞ!」
俺たちに興味を示す冒険者も半分は居たが、もう半分は
「お姉さんたちどこから来たの?」
「お姉さんたちはジーク卿の血縁者かい?」
クラリス、エリー、眼鏡っ子先輩に惹かれてやってきた。
クラリスとエリーは俺の婚約者、眼鏡っ子先輩はアイクの婚約者と名乗ると冒険者たちの顔が沈んだ。
ちゃっかりもう眼鏡っ子先輩がアイクの婚約者とジークの前で言った時、ジークの顔を盗み見したがその言葉を笑って流していた。もう大丈夫だな。
その後も冒険者達に飲みに誘われたが今日は疲れたからと言って断った。だってクラリスとエリーと過ごす時間が減ってしまうからね。
ジークの屋敷に戻り早速お風呂に入ろうとしたが浴槽が1つしかなかったので使っていない部屋を改造させてもらった。
使っていない部屋に浴槽を3つ作ってそこに女性陣が入ってもらい、俺とアイクは交代で元からあった浴槽に入った。
ちなみに女性陣の浴室はかなり厳重に土魔法で囲ったから覗きとかの心配はない。
俺はクラリスとエリーが覗かれるのも心配だが、それ以上に覗いた男の末路も心配だ。こんなところで男としての生涯を終えて欲しくない……
アイクは先に俺がお風呂に入っていいと言ってくれたので俺が先にお風呂に入る事にした。どうやらジークと2人で話したいことがあるらしい。ようやく雪解けしたからな。話したかったこともお互い沢山あるだろう。
俺が風呂から上がるともう既にエリーがスタンバっていた。すぐに俺の左にやってきていつものように俺の首筋に顔を埋める。
俺とエリーの様子をジークが見ていて苦笑いをしていた。まぁ息子が目の前でいきなりイチャつくとは思わないよな……
しばらくエリーとイチャついているとクラリスと眼鏡っ子先輩も風呂から上がってきた。当然のようにクラリスは俺の右隣にやってきて俺に身を委ねる。
眼鏡っ子先輩はこの光景を見て目を覆うような仕草をしながら
「マルスって……いつもこうなの……?」
誰に聞くでもなく呟くとジークが
「1年前はもう少し控えめだったんだが……まぁ昔とあまり変わらないか……」
呆れたように言った。
アイクも風呂から上がってきたので眼鏡っ子先輩の隣に座るといきなり2人はキスをし始めた……どうやら俺たちに中てられたらしい……おい……そっちの方が過激ではないかい?
一言二言話すたびにキスをするなんて……羨ましすぎる! 冷静に考えると父親の前でイチャつく2人の息子……シュール過ぎる?
「さ、さて……もうそろそろバンも戻ってくる頃だ。みんなで晩飯にでもすることにしよう」
晩御飯の支度をみんなでしているとバンが見張りから戻ってきて早速晩御飯をみんなで食べながら話をした。
話題は眼鏡っ子先輩の事や俺たちの学校の事、俺たちが居なくなった後のアルメリアの事など話のタネが尽きることはなかった。
俺がキザールに対してやらかした話をバンは特に気に入り、そしてジークは頭を抱えていた……まぁメサリウス伯爵と顔合わせする時、どんな顔をすればいいのか分からないよな……
ちなみにジークは眼鏡っ子先輩が伯爵家の長女という事すら知らなかったという……覚えていなかったという方が正しいのかもしれない。何度もジークがアイクと眼鏡っ子先輩に平謝りしていた。
ジークは学校の事も知りたがっていた。おそらくリーナの進学先を考えているのだろう。
俺はとても良い学校と答えたが、アイクはリーガン公爵には気を付けた方がいいと答えた。特に神聖魔法使いには目の色を変えるとの事だ。
神聖魔法が使えないアイクも何度か魔眼で操られたことがあるとの事だ……そう言えばリーガン公爵は俺にも魔眼を使ってきていたな……今後は少しリーガン公爵に対して警戒心を持つことにしよう。
俺は【暁】というクランを立ち上げたことをジークに伝えるとこれまたジークは驚いていた。メンバーもSクラスの先生の剣王が居るというとさらに驚いていた。俺がクランの話をするとアイクが
「【紅蓮】も【暁】に参加したらダメか?」
真剣に聞いてきたので
「僕は……【暁】としては大歓迎です。あとは【紅蓮】の皆さんがどう思うかだと思いますが……」
俺がそう答えると眼鏡っ子先輩が
「【紅蓮】のメンバーもそれなりのプライドがあるからみんなどう思うかしら……さっきのマルスの戦闘を見たら絶対に首を縦に振ると思うけど……」
「そうなんだよなぁ……でもこの前の闘技大会でB級冒険者相手に1対10で圧倒したからなぁ……【紅蓮】はあの試合を見ているからワンチャンあるかも……」
眼鏡っ子先輩の言葉に対してアイクが答えた。闘技大会の話をバンが詳しくしてくれと言ってきたのでクラリスとエリーが熱弁していた。
2人とも俺がドアーホに対して立ち上がった事がよっぽど嬉しかったらしい。
アルメリアはやはり少しずつ迷宮の魔物が増えてきているらしい。1月に俺たちが帰った時に迷宮に潜ってみよう。今なら4層まで行けるはずだ。
最後に俺が1つ無理なお願いをした。やはりいくら強いとはいえクラリス、エリー、眼鏡っ子先輩は女の子だ。3人とも相当可愛いので魔物とは別の危険がある。
だからジークに俺とアイクがここに残る代わりに、誰か絶対に信用できるものを3人と同行させてほしいとお願いをした。するとジークはバンの同行を許可してくれた。バンが帰ってくる時は【蒼の牙】全員で帰ってくれば安全という事も考慮してだ。
食事も話も一段落し、俺たちはそれぞれの部屋に寝ることにした。それぞれと言っても俺はクラリスとエリーと一緒に寝る。
いつもMPを枯渇させて寝るのだが今日はそんな野暮なことはしない。また明日の早朝ロードワークや筋トレも休むつもりだ。今はクラリスとエリーとの時間の方が大切だ。
明日の朝は早い。
3人がなるべくリムルガルドから遠く離れる事が出来るように早くここを出発するのだ。こうして俺たち3人は21時前に寝室に向かう事にした。
 










