第138話 不穏なリスター祭
2030年11月6日
昨日は酷い目にあったわ……お化け屋敷で失禁……失神して起きたら医務室……幸いなことにアリスも失神していたようで私の大失態はバレなかったからよかったけど、もうあのお化け屋敷の近くには行けない。
それに昨日見る予定だった闘技大会は過去最高の盛り上がりだったらしい。リスター帝国学校のエースのアイク対セレアンス公爵の嫡男のブラッドの本気の戦いは誰もが手に汗握る感動の戦いだったとか……
「お姉ちゃん! 今日は1年Sクラスのメイド喫茶の日だよ! マルス様に会えるの楽しみだなぁ。私の事覚えてくれているかなぁ?」
アリスは相変わらずだ……昨日もずっと学校内をキョロキョロしていてマルスを探しているようだった。あんな顔だけの男のどこがいいのよ? いや顔だけは本当にいい。ずっと見ていられる……むしろずっと私を見ていて欲しい……い、いけない……私がこんなことではアリスを毒牙から守ってやれないわ。あ、アリスの為ならまず私が毒牙に……むしろ私から毒牙に……
「お姉ちゃん大丈夫? 顔真っ赤だよ?」
アリスの声で我に返った。
「ええ。大丈夫よ。昨日の闘技大会が見られなくて少し残念だなと思って。聞くところによるとアイクという人もかなりイケメンらしいわよ。メイド喫茶で噂の【黎明】女子も絶対に見るわよ。握手会の時に【聖女の盾】のメンバー全員骨抜きにされてしまったらしいからかなり期待できるわね。その後に闘技大会の会場に行ってアイクを見るわよ。あと去年のミスリスターのエーディンって言う人もアイクと同じ【紅蓮】らしいから絶対に見なきゃ。今日は忙しいわよ!」
2日目に【聖女の盾】の男子5名が握手会に行って以来、全員クラリスという女の子が好きになったらしい。
来る前まではこの5名は私たち2人にぞっこんで、私たちの為なら盾となって死んでもいいというくらいだったので【聖女の盾】というグループを結成したのだ。その5人が全員好きになるなんてどんな女の子だろう……
「お姉ちゃんはイケメンも大好きだけど、美女も大好きだよね」
まぁ間違ってはいない。というか大正解だ。私はこれから色々なものを見て、さらに自分の審美眼を高め、将来的には商人やデザイナーなどのそっち方面の職に就きたいのだ。
まぁ色々なものを見るのに冒険者という職業はもってこいだから学校を卒業したら少しだけ冒険者になって、そのあと本格的に夢を目指そうと思っている。
「私たちは8時30分からの部だからもうそろそろ出るわよ」
このメイド喫茶はあまりにも人気の為、前日に抽選をして当たった人だけが入れるという一番人気の出し物となっている。
倍率は何千倍となっており、当選したチケットは金貨5枚くらいで売買されているらしい。昨日アリスが帰り際に見つけて抽選をしたら見事当たったのだ。
2030年11月6日 8時00分
今日もまた高い入場料を払ってリスター帝国学校の校内に足を踏み入れた。1週間入場料だけで私たち姉妹で銀貨14枚、聖女の盾のメンバー含めると銀貨49枚……さすがに高い……
メイド喫茶が入っている棟の前に着くとどうやら棟の前が騒がしい。よくよく聞いてみるとチケット1枚金貨10枚で買い取るから寄越せと威張っている男が居た……
どうやらザルカム王国の王子らしい。側近と思われる冒険者と一緒にチケットを漁っているようだ。こんな横柄な奴が王子様なんてなんてことだ。
私たち2人がザルカム王国の王子の隣を通り抜けようとすると、ザルカム王国の王子が私たち姉妹に
「おい、妾にしてやる。ありがたく思え」
高圧的な態度で話しかけてきたが、聞こえなかった振りをしてそそくさと教室の前に向かった。メイド喫茶が営業されている教室はマジックミラーとなっているようで、こちらから中の様子をうかがう事はできなかった。
時間が近くなるとチケットを持った人たちがどんどんやってきて最悪なことにさっきのザルカム王国の王子と側近の冒険者らしき男もいた。8時30分になり教室の中の客たちがどんどん出てきた。
そして見たこともない女神が私たちにこういった。
「8時30分からのお客様。大変お待たせいたしました。どうぞ中へ」
Sランクの美女……なんだこの銀髪女神は……声も最高にかわいい……そしてこのメイド服……スカートは相当短いが白いハイソックスを膝上まで上げることでいやらしさを消している……いや……余計にそそられる……私が涎を垂らして呆然としていると他の客がどんどん中に入っていく。
「お姉ちゃん! 早く入ろうよ! いい席取られちゃう!」
アリスが私をこっちの世界に呼び戻した。急いで教室の中に入るとそこには絶景があった。いやもうここは楽園だ……人生の楽園……
執事服を着た男性とメイド服を着た女性みんなA-以上だった。そしてなんと……今回の時間帯の女子は私たち2人だけ……つまり4人の男性が私たち2人をエスコートしてくれる……
「おっソフィアじゃないか! アリスまで!」
そう言ってドミニクが私に近づいて話しかけてくれた。ドミニクもイケメンで昔とは大分印象が変わったけど唯一緊張しないで話せる相手だ。
「アリスが抽選権引いたら偶然当たっちゃったから来てみたの。いいかしら?」
とあくまでも偶然を強調した。まぁ本当に偶然だしね。
「ああ。歓迎するよ! こっちに来てくれ。女の子はどうやら2人だけらしいしな」
私たち2人はドミニクに部屋の隅に案内された。6人テーブルでイケメンがもう立ってスタンバっている……マルス、バロン……この赤い髪のイケメンは誰だろう……?
他の客たちはすでに座って美女軍団ともうおしゃべりを始めている。私たちも席に座ると私とアリスの両脇にそれぞれイケメンが座った。私の両隣にはドミニクとバロン。そしてアリスの隣にはマルスと赤髪イケメン。
赤い髪のイケメンとマルスがドミニクに合図を送っている。するとドミニクが
「まずみんなの自己紹介から始めよう。まずは俺たち男性陣から。序列が高い順でいいですか?」
ドミニクが赤髪のイケメンに言うとイケメンが頷いた。やっぱりマルスの1年Sクラス序列1位というのは嘘だったようね。どう考えてもおかしいのよ……こんな金髪超絶イケメンが強かったら惚れない女なんていないもの……
「初めまして。俺はリスター帝国学校4年生Sクラス序列1位のアイク・ブライアントです。今日は少しの時間だけど楽しんでください」
は……? え……? 今なんとおっしゃいました? 4年生がここにはいないと思うのですが……?
するとアイク様の隣に座っていたアリスが
「アイク様ってグレンさんですか?」
勇気を振り絞って聞くとアイク様が照れ臭そうに頷いた。えぇぇぇーーーー今日のミッションほぼコンプリートじゃん!
あとはエーディンっていう美女を見ればもう思い残すことは無い。それにしても強くてここまでカッコいい人っているのか……ドミニクもカッコいいけど……アイク様はまた別格……すると今度は金髪超絶イケメンが口を開いた。
「リスター帝国学校1年Sクラス序列1位のマルス・ブライアントです。もうわかっていると思うけどアイクの弟です。改めてよろしくお願いします」
え……? 兄弟……? この赤髪イケメンと金髪超絶イケメンが……? AとSのコラボレーション……そしてその2人に挟まれている我が妹アリス……こんな幸せな女はいないだろう……わ、私も挟まれ……アリスもビックリしたようでマルスとアイク様の顔を交互に見ている。
「あれ? 知らなかった? まだ俺たちは頑張って名前と顔を売らないとな」
アイク様が言うとマルスは苦笑いをしている。もしかして本当にマルスって強かったりする……? だけど握手会の時の3歳で冒険者登録とかは絶対に嘘に決まっている……するとアリスがちょうどいいタイミングでマルスに質問した。
「マルス様って本当に3歳で冒険者登録出来たんですか? あとB級冒険者って本当ですか? 規格外すぎて信じられなくて……」
アリスが聞いた。すると答えたのはマルスではなくドミニクだった。
「アリス、3歳で冒険者登録というのは分からないがB級冒険者は本当だ。それになろうと思えばもっと早くなれていたと思う。マルスの腕は俺が保証する。疑う者がいるのであれば俺が相手になろう」
ドミニクが本気になって答えている……アリスは別に他意があって聞いたわけではない。それはドミニクも分かっているのだろう。
ちょっと空気がピリッとしたがそのあと10分ドミニクが中心となって大いに盛り上がった。これならいくらでもお金を払ってもいいわ……そして有頂天になっている時にそれは起こった……
「ガシャーーーン!」
☆☆☆
「ふざけるな! 俺は金貨20枚も払ってここに来ているんだ! メイド全員俺の所に連れてこい!」
俺たちがドミニクの幼馴染2人と話している時に突然怒声とともにグラスが割れる音が聞こえた。客の1人の男が突然グラスを地面に叩きつけたのだ。
グラスの破片がクラリスの頬を掠めてクラリスの頬から血が流れ、エリーの足にも破片が掠めてエリーの足からも少し血が流れた。
他にも男性客にグラスの破片が刺さったりしていた。怪我した客に対してはミーシャとミネルバがすぐに手当てをする。
手当されている客たちは恍惚とした表情をしており、もしかしてこの男性客たちは破片が刺さってラッキーと思っているかもしれない。
しかし俺は自分を抑えることに必死だった。
よくも婚約者を……俺の大事なクラリスとエリーを……クラリスはただ必死に堪えているようだった……エリーは少し殺意を向けているように見える。だが本気で怒っているわけではない。
アイクは俺の方を見て頷いた。俺に任せたと言っているのだ。これはアイクが処理できないから投げ出したという事ではない。俺が対処したほうが今後の為に絶対にいいだろうと思っているようだ。
そしてカレンが今にも飛び出そうとしているが俺の方を見て自重したようだ……おそらくカレンからはこう見えたかもしれない。俺がやるから手を出すなと。
激しい怒りが俺の全身を動かそうとするがもう1人の俺が必死に抑える。だが怒りを抑えることは出来なかった。むしろ積極的にもう1人の俺を排除しようとした。
俺が席を立ちあがるとメイド喫茶内を警備していたライナーが、グラスを叩きつけた男に対して剣を向けた。
「今すぐ出ていけ! さもなくば斬る!」
ライナーもかなり怒りをにじませていた。するとグラスを割った男が手と声を震わせながらライナーに対して喚いた。
「俺はザルカム王国第三王子ドアーホ・ザルカムだ! 俺に剣を向けるという事は我が国と戦争を起こすという事だぞ! 貴様みたいな一教師が分かっているのか!」
グラスを割った男はザルカム王国の王子だと……? だがライナーは迷わなかった。
「もう一度だけ言う! ここから失せろ! 俺はB級冒険者【剣狩】のライナー・オルゴだ!」
ライナーは先ほどよりも激昂してドアーホの頬に剣を寄せた。するとドアーホの隣に居た冒険者らしき男がドアーホに言った。あれ? こいつどこかで見たことあるような……
「殿下……こいつは無理です……【剣狩】と言えば我がザルカム王国にも相当負けたものがおります……どう考えても俺1人では手に負える相手ではございません……」
男がそう言うとドアーホは悔しさをにじませながら……何事もなかったかのように部屋を出ようとした。本来であれば……傷を負ったのが婚約者でなければ……俺はこのまま何事もなかったかのように振舞う事が出来たかもしれない……
俺よりもライナーが先に行動してくれて助かったのは事実である。そうでなければ俺は怒りに身を任せて行動していた可能性がある……だがもう1つ後悔していたことがある……なぜ最初に俺が立ち向かわなかったのか……婚約者に何かあったら俺は絶対最初に駆け付けたい!
「ちょっと待ってください! 人を傷つけておいて謝罪もなしに帰るのですか!?」
勢いに任せて……感情に任せて俺が叫んだ。俺の発言に全員が驚いていたがクラリスとエリーは少し嬉しそうだった。
「あぁん!? 俺は王族だぞ!? 調子に乗るなよ!?」
「それはザルカム王国での話ですよね? ここはリスター連合国です!」
俺が食い下がると
「ザルカム王国では力こそ全てだ。もし俺に謝罪させたかったらそれなりの……いや圧倒的な力を見せみろ。どうせお前はそこのライナーという奴の陰に隠れてしか言えないチキン野郎だろ?」
「分かりました……どうすればよろしいですか?」
「あ? 分かっただと? 何がだ……? もしかしてお前が戦うという事か? そうだな……俺はBランクパーティを2パーティ連れてきている。【月夜の闇】と【奈落】というパーティだ。ここにいるオリゴは【月夜の闇】のリーダーのオリゴだ。お前ひとりで【月夜の闇】を倒せたら謝罪してやろう!」
あ……どこかで見たことあると思ったが奴隷オークションの時の人か。という事は睡眠魔法使いのワルツ? もいるのか?
「分かりました。それでは僕1人で【月夜の闇】【奈落】2つのパーティを同時に相手にしましょう。それで僕が勝ったら謝罪を。いいですね?」
俺の言葉に【暁】以外の人間全員が驚いた。男性客は震えている人もいる……早くここから移動しよう。
「アイク兄。闘技場を貸してもらえませんか? ソフィアにアリス……これが終わったらまた埋め合わせするからいいかな?」
アイクが頷くとすぐにバックヤードに行き、着替えて闘技場に向かった。ソフィアとアリスは俺の言った言葉に驚いている。
ブラムをここに残してライナーには先にドアーホ達を闘技場に連れて行ってもらい、俺はクラリスとエリーをバックヤードに連れて行き治療することにした。早く怪我を治さないと跡になってしまうかもしれない……
3人でバックヤードに行くと2人はすぐに俺に抱き着いてきた。
「マルス。ありがとう」
「……」
すぐに俺はクラリスの頬をヒールで治した。そしてエリーの足からも出血していたのでしゃがんで足にヒールをかけて
「2人とも他にどこか……」
下から上を見上げると当然2人はミニスカートな訳で……ピンクと黄色の鮮やかなお花畑が見えるわけで……だが2人はしゃがんでまた俺に抱き着いてきた。
「本当にありがとう。嬉しかったよ」
クラリスが言うとエリーが
「……大事にしてくれてありがとう……」
事態を大きくしてしまったのは問題だが、2人にとっては俺の行動は正解だったらしい……本当は間違った行動かもしれないが、何度同じ状況がきてもきっと俺は同じことをするだろう。
俺は傷が治ったクラリスの頬に緊急用の傷当てを張り、エリーの足は包帯でぐるぐる巻きにした。
バックヤードから戻ってきたら傷がありませんでしたというのはおかしいからね。俺も急いで制服に着替えて
「じゃあ俺は行ってくる。2人はこのまま接客をしていてくれ。クラリス。あとのことは頼む」
メイド喫茶に戻ると男性客が率先してグラスの破片の片づけをしてくれていた。
「皆さま申し訳ございませんでした。クラリスとエリーも今から戻ってきますのであと少しですがお楽しみいただければと思います」
俺が客たちに言うと客たちが
「かっこよかったぞ!」「スッキリした!」「頑張れよ!」「100人くらいで囲んでやっちまえ!」
みんな俺の事を応援してくれる。いいお客さん達だ。俺はお客さんたちの厚意に甘え急いで闘技場に向かった。
長くなってしまった・・・










