第129話 三つ巴戦
2030年9月17日6時
鼻腔にどこかで嗅いだことのあるいい匂いが充満し、目が覚めた。隣のエリーのいい匂いとは別に家庭的な匂いだ。というかいい加減エリーを起こそう……もう30時間はここにいる。
「エリー、もう起きよう。今日は死の森に行くよ」
エリーの肩を揺らすがエリーはなかなか起きない。これはまたキスすれば起きるパターンか? 仕方ない(本当は嬉しい)素振りをしてエリーにキスをするとエリーが目を覚まし嬉しそうに抱きついてきた。
「……マルス……おはよう……」
「おはよう。エリーはずっと寝ていたから起きていっぱいご飯を食べよう。なんかいい匂いがするし」
起きた時のいい匂いはどう考えても誰かが料理をしている匂いだった。【暁】に料理が出来る人はいない。少なくとも誰かがしているのを見たことは無い。
俺とエリーは匂いにつられていい匂いの発生する場所にたどり着くとリスター帝国学校の制服の上に薄いピンク色のエプロンをして銀色の髪の毛を結っているクラリスの姿があった。
「おはよう。クラリス。もしかしてクラリスって料理できるの?」
俺が聞くとクラリスが
「おはよう。もしかしてじゃなくて出来るわよ。向こうでもしていたし、グランザムでもしていたわよ。ただ久しぶりだからうまくできているか心配なの……今少し味見したんだけどマルスも味見してくれない?」
そう言って今クラリスが口に運んだ小さいお皿にスープを少し載せて俺に渡してくる。一度はやってみたかった間接キステンプレだ。俺はいつもよりクラリスとの距離を意識的に近くして間接キスを楽しんだ。
パーソナルスペース15cmと言った所だろうか……ドキドキする。緊張して味が良く分からない。ただ幸せな気分で胸がいっぱいだ。
「うん! 美味しい!」
俺の言葉にクラリスはとても嬉しそうにしていた。そしてクラリスの方からパーソナルスペースを埋めてくる。エリーにも試食をしてもらいエリーも満足そうに頷く。
料理が出来るまであと30分くらいかかるという事なので、俺たちは先に朝風呂に入る事にした。当然別々にだよ。
風呂から上がると全員起きており、久しぶりに【暁】全員で食事をすることになった。バロンとミネルバはもう昔みたいに仲良く隣同士で座ってこちらも順調のようだ。
クラリスの料理はとても美味しかった。こっちの世界に来て一番おいしかったかもしれない。まぁいろんな補正が掛かっているからなんとも言えないが……
みんなで後片付けをしてから【創成】とブラムの4名が蟻退治に向かった。残った俺たちも昨日の隊列を組んで砦を後にした。
まずは死の森に向かうキラーアントを見つけることから始める。砦の北と西の蟻の巣はだいたい潰してしまっているから、東の方に行くとちょうどキラーアントが長蛇の列を作って死の森に進軍しているところだった。100以上はいる……そしてマザーアントも何匹か混じっていた。
俺たちはキラーアントに気づかれないようにかなり離れた位置からキラーアントたちの後を追った。
死の森に近づくにつれて霧が濃くなっていき、足元もぬかるんでいる。俺はキラーアントの目の前の霧をウィンドで晴らしていく。もうキラーアントの100m先は死の森でたくさんの木が生えそろっていた。
そしてその森の外周で魔物同士の戦いが起きていた。驚いたことに蟻たちはまだ参戦していない。戦っているのは蜂と蛇と蜘蛛だった。
蜂はキラービーが100匹くらい。蛇は魔の森にも居たヘルスネークが10体。そして蜘蛛は2種類の蜘蛛がいた。
【名前】-
【称号】-
【種族】スパンチュア
【脅威】C
【状態】良好
【年齢】0歳
【レベル】1
【HP】38/38
【MP】1/1
【筋力】24
【敏捷】22
【魔力】1
【器用】32
【耐久】12
【運】1
このスパンチュアという蜘蛛はキラービーと同じくらいの体長で20匹くらいいた。気持ち悪いことに絶えず口から糸を出している。
何匹かキラービーは捕まっており身動きが取れなくなっている。そしてスパンチュアに噛まれたキラービーは徐々に動きが鈍りその後死んだ……キラービーの状態が毒となっていたのでスパンチュアの牙に毒があるのだろう。そしてもう一匹の蜘蛛が問題だった。
【名前】-
【称号】-
【種族】アーク・スパンチュア
【脅威】B
【状態】良好
【年齢】4歳
【レベル】12
【HP】158/158
【MP】74/94
【筋力】48
【敏捷】50
【魔力】52
【器用】61
【耐久】42
【運】1
【特殊能力】魔物召喚(Lv3/F)
目が8個もあり口が前後左右に1つずつ計4つもある蜘蛛だった。体長は3mもありマジで気持ち悪い……全方位に糸を吐きながらスパンチュアを召喚しまくっている。
ちなみに地獄の蛇はこんな感じだ。
【名前】-
【称号】-
【種族】地獄の蛇
【脅威】B-
【状態】良好
【年齢】1歳
【レベル】5
【HP】96/96
【MP】3/3
【筋力】37
【敏捷】48
【魔力】1
【器用】40
【耐久】60
【運】1
生まれたばかりのようで魔の森の地獄の蛇よりは少しだけステータスが低かった。
キラーアントたちはこの3種類の魔物の戦いに参加しようとしていたが4つ巴の戦いとはならなかった。アーク・スパンチュアがキラーアントの前に大量の青色の糸を吐いて戦いに参加できなくしたのだ。
まるでこの青い糸を突破できなければ参戦権は無いと言わんばかりだった。
キラーアントは果敢にも青い糸の上を歩いて戦いに参戦しようとするが、完全に青い糸にからまって身動きが取れなくなっている。しかも驚いたことに青い糸に絡みついた箇所が溶け始めている。アーク・スパンチュアの吐いた青い糸は絶対に触れてはいけないという事か。
3つ巴の戦いは凄まじかった。キラービーはスパンチュアととても相性が悪いらしく、何重にも張り巡らされた糸にどんどん吸収されて噛まれて死んでいった。
しかし地獄の蛇くらいの体長ともなるとスパンチュアの糸は全く脅威にならない。ぶちぶちと糸を破ってスパンチュアに巻き付いたり噛んだりして余裕で倒していた。
スパンチュアの方が地獄の蛇を噛んでも鱗を貫通することが出来ないらしく、毒のダメージが通らない。
キラービーは地獄の蛇に対してもあまり効果的な攻撃を与えることが出来ない。
やはり鱗が硬くて針が通りづらいという事もあるが、口から吐いてくる溶解液はキラーアントと違い射程距離が長く翅に当たると飛ぶことが出来ずに落とされてしまう。飛べない蜂は全く脅威ではないので地獄の蛇にどんどん殺されていく。
こう見ると地獄の蛇の一人勝ちかと思うのだがそうでもない。アーク・スパンチュアの青い糸が徐々に地獄の蛇の鱗を溶かしていく。そして鱗が解けてきたところにどこからか増援に来たキラービーがダメージを与えていく……
「魔物大戦争ね。なんかおぞましいわ」
クラリスが言うと、カレンも
「こんなところに入りたくないわね……なんかここに居る魔物全員毒持ちというのも気持ち悪い……神聖魔法使いが居なければこんなところ絶対に入らないわ。だけど普通の神聖魔法使いは絶対にもっと安全な所で待機しているから、マルスが居ない限りは絶対に近づきたくもないわね」
エリーとライナーは食い入るように魔物同士の戦いを見ている。キラービーの増援が続く限り延々と続くと思われた戦いは徐々に戦況が変わり始めた。
まず地獄の蛇たちのレベルが徐々に上がり始めてスパンチュアやキラービーでは満足にダメージを与えることが出来なくなっていた。唯一アーク・スパンチュアだけがまともなダメージを与えることが出来るが、地獄の蛇はアーク・スパンチュアの青い糸を脱皮することによりダメージを回避していた。
それにアーク・スパンチュアは積極的に地獄の蛇を攻撃しようとはしていない。スパンチュアは地獄の蛇に倒されまくるが、その度にアーク・スパンチュアがスパンチュアを召喚する。
昨日あれだけ厄介だと思っていたキラービーが死の森の外周のヒエラルキーの最下位なのか……死の森の中はもっとすさまじいんだろうな……
1時間くらいずっと戦っているのを見ていると、まずアーク・スパンチュアが撤退し始めた。MPがもう少ないから撤退したのだろうか? もしそうだとしたら魔物の癖に知恵があるという事か。すると地獄の蛇たちがキラービーを狩りにキラービーの巣と思われる方向に進軍していく。
地獄の蛇が進んだ先には丸ごと蜂の巣になっている木があった。こんなデカい蜂の巣は普通では考えられない。そして木の下の地面からもどんどんキラービーが出てきていた。もちろん木全体が蜂の巣と化している木からもどんどんキラービーは出てくる。
地獄の蛇たちは地中に溶解液を吐きまくっていると面白いようにキラービーが落ちていき、すぐに地面の巣穴の出入口がキラービーの死骸で埋め尽くされて地中からキラービーが出てくることは無くなった。
「なぁ……あの巣を殲滅したらかなりの経験値になると思わないか? 地獄の蛇ごと倒せればよりよいのだが……」
俺が言っても誰も賛同してくれない……まぁ確かに危険だよな。さらにミーシャが
「地獄の蛇はトラウマなんだよね……あれを見ると4年前の事を思い出してしまって……」
そう言えば俺とクラリスで助けたな……するとクラリスが
「もしもあの巣を攻撃するのであればもっと遠いところから攻撃したいわね。流石にここで攻撃して何かあると逃げきれない可能性があるから……」
「分かった! エリー、カレン、ライナーは下がってくれ! 地獄の蛇をおびき寄せたらカレンのフレアで倒そう! 決して死の森の近くでは放たないでくれ! エリーとライナーは周囲の警戒を怠らないでくれ! 敵はあそこにいるキラービーと地獄の蛇だけではないかもしれない」
クラリスとミーシャは俺とあの蜂の巣を全滅させることにしよう。ちょっと2人とやってみたいことがある。俺は目標をキラービーの巣に定めるとぶっつけ本番である魔法を試した。
作者は蜘蛛が大嫌いなのです。
昔学校で、でかい蜘蛛を殺したら死骸から凄い数の小さな蜘蛛が現れて・・・
その光景が何十年経った今でも頭から離れません。