第111話 女子戦
2030年9月2日
今日から朝のランニングにクラリスとミネルバも加わる事になった。エリーは1回起きたそうだが2度寝したらしい。
今日は最初に脱落したのはミネルバで、5分も持たなかったようだ。
まぁ俺の走っているペースは地球で言うと1流ランナーのペースと変わらないからな。
そして次にカレンが昨日と同じ10分くらいで脱すると、クラリスが息を切らせながら俺に話しかけてくる。
「マルス。いつもこんな事やっていたの? どのくらい走るの?」
「新入生闘技大会が終わった頃からかな? 今はだいたい1時間で20kmくらい走る様にしているけど、大分慣れてしまったから今度からもっとペースを上げるか、長い時間走ろうか迷っているんだよね。まぁ時間は有限だからペースを上げると思うけど……」
「……」
クラリスは息がきつくなってきたのか返事をしなかった。
30分走ったところでミーシャがまた風魔法を使い始めて、なんとか頑張っていたが力尽きたので昨日と同じように帰ろうとした。
「クラリス。これから今来た道を戻ろうと思うんだけど、ミーシャをクラリスがおんぶするかい?」
「……いえ……無理だわ……もう私もかなりきつい……このまま同じペースで走る事は出来るけど……誰かを背負うのは無理」
クラリスは少し汗をかいている程度であまり表情に疲れが見えないが、実は相当疲れているのであろう。もともとあまり汗をかかない体質っぽいしね。
俺は昨日と同じようにミーシャをおんぶし、カレンをお姫様だっこし女子寮に戻ると、ミネルバはもう女子寮の前で座っていた。
まぁ開始5分しか走っていないから戻るのにもそんなに時間がかからないのか。ミネルバは俺がミーシャとカレンにサンドイッチされているのを見ると
「マルス君って本当男の敵だよね……いや女の敵?」
はい、少しは自覚があります……カレンとミーシャは俺から降りると昨日と同じように頬にキスをして部屋に戻っていくと、ミネルバも後を追う様に戻る。
「また後でね」
クラリスの唇が軽く俺の唇に触れると、クラリスも女子寮の中に姿を消す。最高の朝だ! 毎日続きますように。
学校に登校するとすぐに俺は校長室に呼ばれた。
「おはよう。マルス」
いつからだろう? リーガン公爵が俺を呼び捨てにするようになったのは。それくらい信用してもらっているという事かな?
「おはようございます。リーガン公爵」
「早速だけどまずはクランの話からいいかしら? これは決まりではないのだけれども慣習ね。現在クランを作っているのはBランクパーティ以上だけなの。かなり昔の話ですが、ペーパーがペーパーだけの大規模クランを作ったのだけれども、人って数が多くなると気が大きくなるようでリスター連合国の北にある『死の森』に入っていって全滅してしまいました。それ以来、低級のパーティがクラン申請をしても弾いていたのだけれど、今回あなた方は特別にクランの申請を認めます。リーガンの冒険者ギルドに伝えておきますからクラン名を教えてください」
さすが公爵だ。冒険者ギルドの慣習も全てお構いなしか。
「クラン名は【暁】にしようと思っております」
「わかりました。それでは今日の放課後に冒険者ギルドに行ってください。次に指名クエストの件ですが、イザーク辺境伯というリスター連合国の最北端を治める者からの依頼です。リスター帝国学校の5年生のAクラス10名が受けていたクエストをそのまま引き継いでもらいます」
「引き継ぐ?」
「はい。彼らは最後の武神祭ですから戻ってきます。その代わりに【暁】が向かうという事です。5年生は最後の武神祭ですからお願いします」
5年生と交代という事か……
「ちなみにどういうクエストですか?」
「城塞都市イザークは死の森からの魔物を防ぐリスター連合国の防波堤のような都市です。死の森はイザーク騎士団とフレスバルド公爵の第2騎士団が押さえているのですが、死の森以外の魔物が増えてきているようなのです。その間引きと原因の調査をお願いしています」
「第2騎士団?」
「はい。フレスバルド公爵家には騎士団が6つあります。そのうち4つはフレスバルド公爵領の東西南北をそれぞれ警備しております。そして6つの騎士団のうち一番強い騎士団、つまりこのリスター連合国での最強の騎士団はフレスバルド領での警備を、そして2番目に強い騎士団が死の森の警戒をしているのです。2番目の騎士団……烈火騎士団は全員C級冒険者以上の実力です。騎士団長はもうA級冒険者に届くのではないかというレベルだと思います」
2番目の騎士団の烈火騎士団の騎士団長でA級に届くという事は……まぁ1番強い騎士団の騎士団長はA級だよな……烈火騎士団の騎士団長と手合わせして自分がどのくらいの立ち位置にいるかだけでも知りたいな。
「分かりました。それでは数日後に出発できように致します」
俺が頭を下げて部屋を出ようとすると
「待ってください。話はもう1つあります」
リーガン公爵が俺を引き留めた。
「マルスには言っておきますが、1年生に神聖魔法を習得したものがおります。私としては【紅蓮】か【黎明】に入ってもらいたいのですが、先にマルスにどうしたいか聞いておこうかと思いまして」
俺の答えはすでに決まっていた
「では【紅蓮】に入るようにお願いします。だけど神聖魔法が使える者をこうも簡単にバラしていいのですか?」
「今知っているのは私とマルスとサーシャ、そして本人だけです。サーシャが彼女と同室して徹底的に警護します。ただ彼女にも選択の自由がありますので必ずしも【紅蓮】に入るとは限らないのでそこはご理解ください。それにしても神聖魔法使いが出現したというのに驚かないのですね。もう【黎明】には神聖魔法使いがいるのですか?」
あっやべ……ふつうは驚くよな……
「この前リュゼという神聖魔法使いを見たばかりなので、神聖魔法使いを身近に感じてしまっただけです。十分驚いているし、リスター帝国学校にその神聖魔法使いがいるのは、同じ学校の生徒として誇らしいです」
適当なことを言ってごまかせ……てないよな……リーガン公爵は俺を疑っているようだ。
「それでは今度こそ失礼します。あっ……ちなみに午後は自習でよろしいのですか?」
「ええ……自習でお願いします。ちなみに何かやりたいことはありますか?」
「はい。他のクラスを少し回ってみたいです。どのクラスがどのくらいの実力があって、どういう教育をされているのか見てみたいと思いまして」
「いいでしょう……各クラスの担任に伝えておきます」
午前中の座学が終わり昼食になり、Sクラスのみんなでご飯を食べながら話をした。
・クランを立ち上げる事が出来そうな事
・指名クエストは城塞都市イザークという事
・これから午後はしばらく自習で他のクラスの授業に参加できる事
この3つを話したが、神聖魔法使いの事は言わなかった。
「クランの名前は決まっているのか?」
バロンが俺にそう言うと
「ああ。【暁】にした」
「【暁】か……かっこいい名前だな!」
ドミニクがそう言うとみんなの受けも良かった。
午後になり自習となると俺とクラリスはAクラスの教室に向かうが、他のSクラスのメンバーは自主練をするとの事だった。
Aクラスの授業を2人で見学に行くとみんなに歓迎された。
まぁAクラスはなんだかんだ接点が多いから全員の顔は知っている。
昼食の時間は1年生同士近い位置で食べることが多いし、話もする。
俺は全員を鑑定しながら授業を見ていた。なんでだろう? 何人かはミネルバよりもステータスが高い。それなのにミネルバがSクラスに上がったというのは……良く見てみるとミネルバよりもステータスが高いのは皆平民だった。恐らくリスター連合国の平民なのだろう……
ザルカム王国の平民だったらヨーゼフやヨハンのようにSクラスになれたのかもしれないが、リスター連合国の平民だとミネルバの家も納得しないのかもしれない……
Aクラスには神聖魔法使いは居なかった。まぁ居たら必ずサーシャが居るはずだから教室に入った瞬間いないと思ったが。その代わり面白いスキルを持っている奴が何人か居た。錬金術に舞踏剣術……さらには鍛冶とかもあるのか……
錬金術というのはとても興味深い。今度先生方に聞いてみよう。
俺たちは見学しているだけにしようと思っていたのだが、Aクラスの生徒が手合わせをしたいと言ってきたので模擬戦をすることにした。
まず男子生徒たちからだが全員一斉にかかってきたので、全員の得物をキザールの時のように弾き飛ばして試合終了となり、これを見ていた女子生徒達からはワーキャー言われて少し気分が良かった。
そして次に女子生徒達と戦ったのだが、結果から言うと負けた? のかもしれない。
魔法使いの女子生徒がなぜか訓練用の剣を持って、俺の方に駆けてくる。
俺は男子生徒達と同じように剣を弾き飛ばしたのだが、女子生徒はそのまま万歳しながら俺に突っ込んできた。
え? これどうすればいいの? 流石に女子生徒を殴ったりできないし、むやみやたらに触ると変態とか言われそうだし……
結局俺はそのまま受け入れる事にしてそのまま押し倒された。
「ま、参った。だからどいてくれ……」
俺がそう言うと女子生徒は大喜びで女子たちの輪に戻っていった。そのまま上を見上げるとそこには天国があった。俺が押し倒された先にクラリスが居たのだ。クラリスはため息をつきながら
「マルスって本当に女子に弱いわよね……それにいつまで見てるの?」
俺はそのままの態勢で
「もし武神祭に参加する事になっていたとしてもどうやって女子と戦えばいいのかわからないんだけど……どうすればいい?」
「……女子をなんの躊躇もなく叩いたりするのは流石に……うーん……とりあえず立ったら?」
流石にもうフィーバータイムは終わりにしておこう。そろそろキカン棒がいう事聞かなくなりそうだし……
クラリスが手を差し出してくれたので俺は手を取って立ち上がった。
「女の子と戦う時、お義兄様ならどうするのかしら……」
俺はある光景を思い出すと、同じ光景をクラリスも思い出したようだ。
「カレンにやったようにやればいいのか!」
「そうね! あれなら……でも公衆の面前でやるのは……お嫁に行けなくなってしまったらマルスが引き取ってあげないといけないし……」
そうだな……みんなの前でお漏らしなんてしてしまったら……そう考えるとカレンのメンタルは鋼だな。俺はAクラスの女子の輪に向かって
「もう1人お願いできますか? 少し試したいことがあるので……」
俺がそう言うと女子たちが全員手を挙げる。
私が抱き着くとか、どさくさに紛れてキスをするとか……もっと凄いのは既成事実を作ってしまおうとかいう話も聞こえた。
クラリスも当然その話が聞こえている。むしろクラリスに聞こえるように言っているのかもしれない。先ほどと同じように剣を構えて突進してきた。よし! と思って殺気を飛ばそうとしたら……
また同じように押し倒されていた。
マルスは心優しい男の子なのです










