第102話 一家に一台
2030年8月4日
「義姉さんは優良物件を手に入れましたね」
「本当よ。エーデはみんなに羨ましがられるわ」
「馴れ初めを聞いてもいいですか?」
「……」
俺たちは今メサリウスの街から離れた迷宮に向かって馬車に乗っている。
ワゴンの中には【黎明】女子メンバーとアイクと眼鏡っ子先輩がいる。
なぜアイクと眼鏡っ子先輩がいるかと言うと俺たちが迷宮に潜った後にこの馬車を回収してもらうためだ。
そして4人乗りワゴンの中に6人がぎゅうぎゅう詰めで乗り、ワゴンの中は2列になって向かい合っている。
ミーシャ、アイク、カレンとクラリス、眼鏡っ子先輩、エリーに分かれて乗っている。
そしてアイクと眼鏡っ子先輩は【黎明】女子から質問攻めにあっているのだ。
「そうね……もう男探しはしなくてもいいから、リーガン騎士団には入らなくてもいいわね……リーガン騎士団に入ってもアイク以上の男は絶対にいないしね。ただアイクのお父様には反対されているからどうなるか分からないけど……」
眼鏡っ子先輩がぶっちゃけた言い方をするとミーシャが
「馴れ初めを教えてくださいよぉー。いつから好きだったんですか? いつから付き合っていたんですか? どっちから告白したんですか?」
アイクがワゴンの中の居心地が悪いのか俺の隣に避難してきた。
ワゴンの中の女子5人はますます女子トークに花を咲かせている。
「すみませんね。アイク兄。きっとみんな嬉しいのだと思います」
「ああ。別にいいさ。それに少しはマルスの気苦労が分かった気がするよ」
「ははは。でも外堀から埋めていけばお父様も折れてくれるかもしれませんし、面倒だとは思いますが、少しは【黎明】の女子メンバーに付き合ってくださいね」
「そうだな。マルスの言う通りだ。彼女たちにも協力を願おう。もちろんマルス、お前にも頼みたい……いいか?」
「もちろんです。眼鏡っ子先輩であれば大歓迎ですよ」
俺たちも雑談をしながら迷宮までの道中を楽しんだ。
「それにしても魔物が多いな……特にオークたちか……」
アイクがそう言いながらオークをファイアで焼き殺す。
たしかにオークとコボルトの出現頻度が高い。
「迷宮飽和でも起きているのでしょうか?」
「可能性はあるな……俺たち紅蓮は1層の途中で引き返してしまったからな」
ちなみにオークのステータスはというとこんな感じだ。
【名前】-
【称号】-
【種族】オーク
【脅威】F
【状態】良好
【年齢】0歳
【レベル】1
【HP】32/32
【MP】1/1
【筋力】10
【敏捷】2
【魔力】1
【器用】1
【耐久】15
【運】1
ホブゴブリン程度でホブゴブリンよりも与しやすい。
敏捷が低いため、カレンでも攻撃を躱せるくらいだ。
ただ一緒に出てくるコボルトに騎乗している事があるので
その時は少し注意が必要だ。
まぁコボルトは脅威度Gなのでそこまで警戒する必要は無いが……
【名前】-
【称号】-
【種族】コボルト
【脅威】G
【状態】良好
【年齢】1歳
【レベル】2
【HP】6/6
【MP】1/1
【筋力】2
【敏捷】4
【魔力】1
【器用】2
【耐久】1
【運】1
メサリウスから出発して馬車で1時間ほど走り迷宮に着いた。
俺たちはワゴンの上に張り付けておいた大量の荷物を降ろすとアイクと眼鏡っ子先輩に別れの挨拶をした。
「付き合っていただいてありがとうございます。眼鏡っ子先輩の右腕はもう大丈夫ですか?」
「ええ。まだ少し違和感はあるけど慣れると思うわ」
「マルス。気を付けてな。適当に間引いたら荷物は置いて、メサリウスに戻ってこい。あとで荷物を回収しに来てやるから」
「ありがとうございます。それではお2人ともお気をつけて。眼鏡っ子……いや……義姉さんアイク兄をお願いしますね」
俺がそう言うとエーデはびっくりし、そして微笑みながら
「分かったわ。マルス。アイクの事は任せておいて」
俺たちは2人を見送ると迷宮に入った。
隊列はこの前話した通りの順番だが、俺とクラリスは大量の荷物を持っている。
俺は両手が塞がっていても風魔法を使えるから俺が荷物を持つのは当然として、前衛のエリーとミーシャに持たせるわけにはいかない。
そしてカレンは荷物を持つと動けなくなってしまうため、消去法でクラリスが持つという事になった。
迷宮の中にはかなりのオークがいた。
イルグシア迷宮のゴブリンくらいの数だろうか。
エリーとミーシャを中心にオークを倒していく。
するとカレンが驚いた顔をして
「もしかして出会う魔物全て倒すつもりではないわよね?」
「え? 出会った魔物は全て倒すよ? カレンたちは違ったの?」
俺がそう言うとカレンがため息をつきながら
「普通の冒険者は怪我のリスクがあるから、絶対に全ての敵を倒すという事はしないわ。私たちの場合は何パーティかで迷宮に入って役割分担をしていたわ。でもまぁこのパーティにはマルスがいるからある程度のダメージは受けてもいいという事ね……」
出会う敵をどんどんミーシャが倒していく。
ミーシャにとってはちょうどいい経験値稼ぎになるようだ。
通路をどんどん進んでいくと、大きい部屋にたどり着いた。
一際大きなオークが槍を構えてこちらを警戒している。
そしてオークの隣にはデカいコボルトみたいな魔物がいる。
【名前】-
【称号】-
【種族】ハイオーク
【脅威】D
【状態】良好
【年齢】1歳
【レベル】4
【HP】45/45
【MP】1/1
【筋力】22
【敏捷】8
【魔力】1
【器用】3
【耐久】28
【運】1
【特殊能力】槍術(Lv1/G)
ゴブリンジェネラル強化版という感じだが脅威度は同じDだ。
ちょうどミーシャの練習相手にはいいかもしれない。
そして狼みたいな魔物は
【名前】-
【称号】-
【種族】コボルトロード
【脅威】D
【状態】良好
【年齢】1歳
【レベル】2
【HP】20/20
【MP】1/1
【筋力】15
【敏捷】25
【魔力】1
【器用】5
【耐久】10
【運】1
まぁまぁ厄介だなぁレベルだ。
この2匹にミーシャが単独で突っ込む。
完全に暴走しているように見えたので
「ミーシャ! 気をつけろよ! 今までのとは違うぞ!」
「分かってる! でも早く私はマルスの隣で戦いたいから!」
け、健気だ……ただの暴走エルフではなかった……それを聞いたカレンも
「私も参戦するわ! 早くクラリスとエリーに追いつかなきゃ!」
と言ってミーシャの後ろからオークに火魔法を浴びせる。
オークや魔獣系の魔物は基本的に火魔法に弱い。
ミーシャ1人だと危なかったかもしれないが、カレンの参戦により、あっさりと勝負がついた。
「……あれ……」
ハイオークとコボルトロードを倒すとエリーがある方向を指さした。
エリーが指した方向には宝箱があった。するとカレンが
「宝箱じゃない!初めて見たわ! 開けていい!?」
それを聞いたクラリスが【運】の話をする。
カレンが残念そうに下を向いたので
「カレンの初めての宝箱だからカレンが開ければいいさ」
と俺が言うと、カレンの顔がパッと明るくなったが、クラリスのほうを見てまたしょんぼりしている。
「マルスがそういうんだからカレンが開けて。私は今までマルスが宝箱を開けてきたことを伝えただけで、これから先もそうしなきゃいけないとは言ってないわ。何よりこのパーティのリーダーはマルスだから」
「ありがとう! マルス! クラリス! 大好き!」
そういってカレンが宝箱を開けようとする。
事前に罠がないか鑑定したが、罠はなさそうだ。
カレンが宝箱を開けると、金のインゴットが出てきた。
まぁお金にはなるから外れではないが、カレンが明らかに意気消沈している。
「もう……私……開けないわ……」
「気を取り直してどんどん潜ろう。早くこの大荷物から解放されたいし」
「そうね……さすがにもう腕と肩がパンパンだわ」
クラリスもだいぶ大荷物が堪えるらしい。
俺たちは敵を殲滅しながら迷宮を潜っていく。
「このパーティ明らかに異常だわ……Aランクパーティと同じことをやっているなんて……」
カレンがブツブツ言いながら進んでいる。
ミーシャは魔物が出てきたらすぐに飛び掛かれるように槍を構えながら進んでいる。
なんか遠足気分のようで楽しそうだ。
「クラリスもう少し俺が持つよ」
「え? いいわよ。今でさえマルスのほうが多く持っているのに……」
「考えてみたら風魔法で浮かせながら持っていけばもっと楽ができるかなぁって思って……イルグシアで家とか建てていた時資材を風魔法で運んでいたのをさっき思い出したんだ……」
本当にもっと早く気づけば良かったんだが……するとカレンが
「MPを無駄に消費してはダメよ! 特にマルスは貴重な神聖魔法を使えるんだから!」
「ああ。アドバイスありがとう。MPが1000を切ったら自重することにするよ」
「そうね。1000までは……って何言ってるの?……マルスもしかしてMP……1000以上あるの?……」
「ん? あるよ? 剣を握るよりも先に魔法を使っていたからね」
「そ、そんなの私だってそうよ!……もうマルスには驚かされてばかりだわ……」
「……マルス……特別……選ばれしもの……」
「とりあえずクラリス、荷物を置いてくれ。気づかなくて本当にすまなかった」
俺がそう言うとクラリスが荷物を下ろした。
その荷物を俺が風魔法でひょいと持ち上げるとクラリスが
「ありがとう。マルス」
と言って俺の頬にキスをしてくれた。これくらいでキスをしてくれるんだったら……
いかんいかん。最近かなり強い刺激を受けるようになったから俺の考えも体も暴走気味だ。自重せねば……
もう何時間探索しただろうか? 相変わらずオーク系とコボルト系の敵しか出てこない。
「今日はこの辺で野営するか」
俺がそう言うとみんな頷いたが、カレンが
「マルス。私自慢じゃないけど野営とかしたことないの。それにお風呂に入らないと寝られないと思うし、地面で寝たこともないのだけど……」
カレンがそう言うとミーシャも
「私も経験が無いから不安だけど、頑張ってみるよ。だけどお風呂は入りたかったなぁ……いくら着替えてもなんか体がべたつくし、魔物達の返り血も少し浴びてるから気持ち悪くて」
そんな二人に対してクラリスが
「そんな心配しなくていいわよ。心配するのはどの順番で寝るかという事だけね」
俺はみんなの会話を聞きながら黙々と作業をしていた。
まずはお風呂の準備をしているのである。
土魔法で大きめのバスタブを3つ作り、風呂釜に火魔法と水魔法の混合魔法であったかいお湯を張る。
3つのうち1つのバスタブは少し離れた所に作った。
次に大量の桶を作りそこにもお湯を入れる。
そしてそのお風呂場をデカい土砦で囲った。
「よし。簡易だけど風呂場は作ったぞ。あっちに簡易トイレも作ってあるから用を足したいときは使ってくれ。離れたバスタブは目隠しをして俺が入るから女性陣は2つのバスタブを使ってくれ。桶にお湯が入っているけど、足りなくなったらクラリスが水を出して、カレンが湯加減を調節してみてくれ。もちろんミーシャが水をだしてもいいぞ」
「マルス……あんた……本当にどれくらいMPがあるのよ! 1日中風魔法を使っていてこんな立派なお風呂場を作るなんて!」
カレンが顔を真っ赤にして言うので、俺は
「そう怒らないでくれ。ちゃんとみんなのベッドを作るMPは残してあるから。それに布団はいらないと思う。風魔法と火魔法、水魔法で温度管理はしておくから」
「はぁ……怒ってなんかないわよ……驚きっぱなしでもう心臓が痛いわ……」
ミーシャも口をパクパクしている。
「私たちは何年も迷宮で暮らしているようなものだから、こういうのは慣れているのよ。特にマルスが……私も最初カレンのような事を言ってマルスを困らせたことあるわ。だけどそれにマルスが応えてくれてね」
「……1パーティ……1マルスは必須……」
エリーが俺の事を一家に一台みたいなノリで言ってきた。
まぁ褒められているのだろうから悪い気はしないが……
「もし安全地帯が見つかったらそこを拠点として活用する。その時はもう少し凝った物を作るから、今はこれで我慢してくれ」
俺たちはお風呂に入り、持ってきた携帯食を食べながら寝る順番を決めた。
「さて、寝る順番だが20時……つまり今からカレンとミーシャ。次に俺が21時から、そしてクラリスとエリーが0時からでいいか? クラリスとエリーは昔のように俺が起きたのを確認してから寝て欲しい。ここは安全地帯ではないから魔物が襲ってくる。土魔法で目隠しはしているが、土砦みたいに強度はない。気は抜かないでくれよ。いいか?」
俺がそう言うとみんな頷き、カレンとミーシャは早速俺が作ったベッドに向かった。
こうして俺たち【黎明】としての初迷宮の夜は過ぎていった。