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「おまけ」どういうことが普通? 普通じゃない?



 時刻は夜11時頃。

 残業を終えた一人の女性が薄暗い路地を歩いていた。


 そんな彼女の背後へ、



 ――怪しい影が忍び寄っていた。



「やあ、そこの君、ちょっといいかい?」


「うん?あたし? いえっ、私でよろしいで……しょう……んぎゃああああああああああああああ!?」


 そう、彼女の後ろに忍び寄ったのは――這い寄る混沌、



 ――――ニャルラトホテプが無顔で話しかけてきたのだ。



「おっと。いつもの感覚でそのまま話しかけてしまったよ。この姿でも驚かない男と最近よく会話していてね」


 そういいながら、ニャルラトホテプは無顔のまま女性を優しくはたく。


 バチンッ!!


「いっったぁい!!」


 ――そう、ニャルラトホテプが行ったのは、精神分析カッコブツリと呼ばれるメンタルケア。

 実際、痛みという衝撃や突然の出来事は頭がリセットされるきっかけとなり、「思考」を回復することに繋がりやすい。


 そんな強引な方法を受け女性は、



「……はぁ、はぁ――あれ? ――なん、か……ドキドキ、する。あたし――はぁ、何してたん、だっけ?」


 どうやらパニックは収まったものの――ニャルラトホテプを直接目撃してしまった為、鼓動は早いままのようである。


 ――そんな女性を見てニャルラトホテプは、


「ああ、吊り橋効果という奴かな?」


 と、イケボで答えながら、紳士的イケメンじみた顔で――優しく微笑みかけた。


「え!?」


「なんてな。冗談だよ、お嬢さん」


(やだ、凄く美形……でも(性別は)どっちだろう?)


 脳の仕組みを利用し、恐怖心を忘れさせたのだった。



「さて、突然だが――――君にとって〝普通〟って――なんだい?」


「え?普通ですか?」


「そうだ」


「……? 普通は普通……じゃないで、しょうか?」


「はぁ……じゃあ、さ、どういうことを普通って呼んでるかな?」


「んー? 普通なことを普通って……呼んでる?」


「……そうだねぇ、普段どんな時に「これが普通」とか「普通じゃない」って言っているか思い出せるかな?」


「うーん…………あれ?普通ってなに!?」


「おや。――ゲシュタルト崩壊、してしまったかな?」


「あ! そう、それ!」


「違う」


「へぶ!」


 ニャルラトホテプは再び軽くひっぱたく。


 ゲシュタルト崩壊とは、ある塊を眺め過ぎた結果、それが分解されて見えたり元の形を認識できなくなってしまう現象のことを指す。

 つまり、



 ――――もともと意味が分からないまま使っていたことに気づいてしまった、という現象〝ではない〟のである。



 再びはたかれた女性は意識を戻す。


「……あれ? …………なんの話してたんだっけ?」


 それに付け込み、ニャルラトホテプは話し方を切り替える。

 このままでは普通とは何かという話に進展がないと考えたのだ。


「ねえ、突然だけどー。普段、どんな時に普通じゃん、って感じるー?」


「え~ー? 普通ー?」


「そー!」


「わかんなーい!」


「……まいったな」


「? ……何が?」


「方向性を変えるか。ねー、朝ご飯は食べる?」


「え?もう夜だよ?」


 パシン!


「きゃん!」


 ニャルラトホテプは機械的に女をはたいた。


「(違う、そうじゃない。)朝ご飯を食べるか~、朝は食べずに家を出るか~、普段どうしてるの?」


「――え!食べるのが普通じゃん! というか――痛いんだけど!」


「うん、それでいい」


「え?」


「でも、『朝ごはんを食べない人もいる』みたいだよー?」


「え? 本当?」


「マジマジ」


「えーありえなーい」


「なんで?」


「――え?」


「君はなぜ〝朝ご飯を食べないのはあり得ない〟と考えるのかな?」


「え!だって! 食べるのが普通じゃない!」


「…………。う~ん、なんで朝食べるの?」


「え!? ……あ! おなかがすくから!」


「うんうん、おなかがすくから食べる、普通だね!」


「そう!朝ご飯を食べるのは普通!」


「――――では、寝坊して昼に起床した場合はどうなるかな」


「……え!?」


「おやおや、時計の針は12時を指しているようだ、朝にご飯を食べることが不可能になってしまった。大変だ!」


「今、夜だよ?」


「……なんで遠ざかる」


「……あれ?……あっ!?失礼しました!」


 体が学習し、無自覚に脊髄反射してしまったのである。


「いや、かまわない。話戻すけど~、休日に昼に起きちゃって、朝ご飯が食べれない時わぁどうする~?」


「あ!お昼ご飯食べるー!」


「でも~朝ご飯食べるのが普通って、言わなかった? 食べないなんて普通じゃないね!」


「――あ!そうだった!」


「先にお昼ご飯食べたら~、朝ご飯食べないことになっちゃうね!」


「…………あ! どっちも食べる!!」


「ふふっ、実に人間らしい答えだ」



「……さっきから、なんか怖いよ?」


「そう?」


「うん……それによく見ると、なんか……服装も普通じゃないし」


「おめでとう!」


 不意に、ニャルラトホテプは軽く膝を曲げつつ腕を広げる。

 ――コングラチュレーション。とでも、言いたげに。


「え!?」


「〝普通〟じゃない。――また一つ、見つかったじゃないか!」


「え?っあ! ほんとだ!」


「じゃあ~、なんで普通じゃないって思ったの?」


「うーん?」


「普通な服って、な~に?」


「ううーー、だからわかんないって!」


「ではヒントをあげよう」


「……ヒント?」


「この服、持ってるー?」


「持ってる訳ないじゃない」


「じゃあ、見たことある?」


「見たこともないよ!」


「デザイン的にはどう? 変かな?」


「んんー…………そこまで変じゃ……ない、のかな?」


「じゃあなんで普通じゃないの~?」


「?? うーーん、持ってないし見慣れてないけど、変じゃ、無い……」


「うんうん!見慣れてないよね! ――なんで?」


「え!? なんでって言われても……」


「周りの皆は――この服着てる?」


「着てない!」


「じゃあ、周りと違うってことかな?」


「……あ!そう! それ!」


 

 そんな女性の思考を視たニャルラトホテプは――慈愛に溢れた顔で、最終確認を行うかのように、女性の瞳をじっと見る。


「……自分のいつもと同じ、皆と同じ。それが普通、ってことで、いいかな?」


「なるほど!!」


「ボッシュートになります!!」


「え?……へっぇ!?えっ、えっ……あっ…………キャアアアアア(ry」



 ――落第点とみなされた女性は、異空間へと連れていかれてしまったのだった。



「…………。君にとっての普通とは……無意識。そして、仲間外れにされない為の保身。だったみたいだね。――まあ、だからこそ。不満に気づかない、とりとめのない幸せな人生を送ってきたのだろうね。――――それはもやは、ユートピアだと錯覚しているディストピアな人生。コミュニティーに管理された偽りの幸せ、だよ」


 そんな折、どことなくインテリヤクザにも見える男が通りかかる。

 彼もまた、今更残業が終わったのだろう。


「ん、にゃるさんこんなところで奇遇だな」


「……ふふ、いつもの君か。君こそこんな時間に――どうしたんだい?」


 ――――私のあげた〝ほしのちえはのせいで残業だ〟とは、言うまいな? と言いたげに。ニャルラトホテプは、ニコニコと、楽し気に、明るげに、上目遣いで男の顔を覗き込んだ。のだが。


「ん? いや、変わったドップラー効果が聞こえた気がしてな」


 男は、残業など自己責任だろう? と言いたげに、なぜこの場に来たのかという理由にだけ言及した。


「っぷ、え?そんな理由?」


「……? そうだが」


「ハハハ。やっぱお前、普通じゃないな」


 ちなみに、周りとは同じじゃないな、というニュアンスである。


「ん? こないだの普通とは何かの続きか?」


「お前はもう結論出しただろう」


「へぶし!」



 終わった話を蒸し返すな。そう言いたげに、ニャルラトホテプは男をビンタするのだった。


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