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オタク、転生す。

…暗い部屋のアパートの一室。

目の前の画面には金髪碧眼のイケメンが映し出されている。

『エアリス、お前の所為だ。』

美麗なスチル。低く怜悧な声音でイケメンが話す。

『お前に狂ってしまった俺を――ー―ー』


「あっはぁぁぁぁぁぁッ!!!!全力で受け止めますうううううううっ!!!」

貴女の所為で欲望に狂った女でよろしければ!喜んで!

「ああ、いい。何度見てもいい。アレクス王子貴い」


何十回と見た画面に一人悶絶する。プシュ。ごくごくごく。ぷっはー!ビールが旨い。

酒の肴は乙女ゲーム。開発者まじ神。さぁ取りためた攻略者スチルでもまた一気見するか。


ドンドンドンッ!


うわ、なんだよまた隣かよ。そんなうるさくしたかな。今からいいところなのに。

って今夜中の二時じゃん。寝ろよいい加減。それは私もか。

仕方なく立ち上がり、よれよれのジャージにパーカーを羽織って玄関を開ける。

「はいはい、音ちいさく―ー―ー―ー―」


言い終わる前にどん、っと鈍く衝撃が走った。

隣人の男性の荒い息が肩越しに聞こえる。

生暖かいものが体から流れ出し、腹部のそれにそっと手を伸ばす。


ああ。私、刺されたんだ。

短い人生だったな。


走馬灯のように、乙女ゲームのスチルが脳裏で流れ出す。

色んな男性と恋をした。共に戦い、共に生きた。素晴らしい愛を囁かれ――ー―ー―


てない。

生まれてこのかた28年。

一度も恋というものをしてみたことがない。

刺された腹部に力が湧いてきた。ぎちり。包丁らしき刃物の柄を握る男の手に爪を食い込ませる。

びくりと男が目を見開いて私を見た。私はそれを射抜くように睨み返す。

あれ。よくみたらこの殺人犯イケメンじゃね?ちょっと病的なクマがなんともヤンデレ枠。

そうだせめて。

「こ…恋人になってくだs」

「うわあああああああああああっ!」


死の間際で恋しようとしてみたけど駄目だったらしい。

深く食い込む刃物の感触と激痛に、私の意識は途絶えた。



***



世界が暗転して、眼を覚ますと眩しい日の光に手を翳した。

なんだろうコレ。あ、私の手か。え。いや小さくね?瑞々しい紅葉のような手をしげしげと見つめる。

ふかふかの布団の上に寝かされているようだ。いや、ベッドか。上等そうな天蓋が下がっている。

なんだろうこれ。どういうことだろう。混乱していると、急にズキズキと頭痛が襲った。

「うぎゃあああああああんっ」

え。これ私の声?まるで赤ん坊の泣き声のよう―――――

いや。赤ん坊だ。私は、今、赤ん坊なのだ。

「おおー、よしよし、どうなさいました、エリザベス様、お腹が減りまちたねーぇ」

ぱたぱたと慌てる足音とともに、おばさんが駆け寄ってきた。

ひょいっと持ち上げられて豊満な胸に包まれる。暖かい。え。乳出すの。ちょ、ま、あ。

むぐ。


まぁそうだよね。赤ん坊なんだし、おっぱいを飲むのなんて普通。そう、これは至って普通。

そう自分に言い聞かせながら授乳される。いや、ナニコレ結構つらい。28の大人には冷静に辛い。

おばさんが授乳を終えると、縦に抱っこしなおされ、げっぷさせられた。

うっぷ。全部でそう。ベッドに再び寝かされると同時、扉を叩く音が聞こえた。

「イリザ、エリザベスの様子はどうだ」

うわ、イケメンのオジサマきた。

イリザと呼ばれた先ほどのおばさんは、恭しく礼をする。

黒髪を後ろで結んだ、貴族みたいな恰好をしたオジサマは、栗色の瞳をこちらに向けた。

「旦那様、今お乳を飲まれたところです。お嬢様はとても元気ですわ」

どうやらこのオジサマが私の父親のようだ。イリザは私を再び抱き上げて、オジサマへと向けた。

だが、オジサンは私を一瞥すると、手を払ってイリザを制した。

「良い、寝かせてやれ」

イリザはにっこりとした微笑みを崩すことなく、かしこまりました、と答えて再び私をベッドへ戻す。

天蓋の中心に下げられたモビールのようなものがくるくると回る。

私はそれを見ていると、うつらうつらと眠くなってしまった。

おぼろげにイリザのおやすみの声が聞こえる。


「呪われし血の宿命よ…」

寝入り端に拾った、忌々し気に呟くオジサマの声で私は一気に覚醒した。

『呪われし血の宿命』!?『エリザベス様』!?その語句、間違える筈はない。

それは私が愛するあまり何度もやり抜いた乙女ゲーム、

『天使のパラヴィエル~戦乙女の聖なる祈り~』の世界の――――――


災厄の悪役令嬢、エリザベスのことだ。


…え。誰が?

あ。あたし?この赤ん坊のこと?


…うぎゃああああああああん!!


取り乱した私が発せられるのは赤ん坊の暴虐的な泣き声だけだった。

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