《3》灰色の獣
事の発端は数時間前に遡る。
聖域の一角が何者かに襲撃され、いくつかの祭器が持ち出されてしまった。
それを取り返すため追跡隊が編成され、リルとオウルはその一員だった。聖域と協力関係にある人界の天導協会からもニ名派遣され、合計四人で祭器を追うことになっていた。
リルとオウル、神人組は人界のとある聖堂で残る二人と合流するはずだったのだが。
「なんで私たちが到着する前に勝手に出発してるのよ!?」
理解できないといわんばかりに喚くリル。対してリュウキは面倒そうに言った。
「聖堂に伝言を残しておいたはずだが?」
「聞いたわよ! ”追跡は二人で十分だから来なくていい。帰れ”。あんた上の命令に背く気!?」
「俺はお前たちの話があった時に断った。なのに勝手にお前たちを寄越したのは聖域だ。したがって待つ理由はない。大体一人二人増えても足手まといなだけだ」
決めつけるリュウキにリルは言い返す。
「初対面なのに足手まといかどうかなんてわからないでしょ!?」
「自分の聖獣の攻撃も避けられない実力だろ?」
「うぐっ……」
言葉に詰まるリルの頭には、数十分前にはなかった絆創膏が十字に張り付いていた。忘れられていたと知ったヴァレル(リルは隠そうとしたがオウルにばらされてしまった)に足蹴りにされた跡である。
「あ、あれは……うん、味方だし別にいいじゃない。攻撃性のある獣や<虚獣>だったら……」
「味方だろうと敵だろうと攻撃は攻撃だろ?」
「うぐぐ……」
リルは何とか言い繕おうとするが、相手はかなり手強いようである。
次の言い訳、ではなく言い分をリルが必死に探していると、二人のその様子を眺めていたラナイがのんびり言った。
「二人とも楽しそうですねー」
「「どこが」」
リルとリュウキは同時にラナイへ顔を向け同音異口に切り返す。図らずも声が重なった二人はすぐに睨むような視線を投げ合った。
そんな彼女達を見てラナイは瞬きすると小さく笑いを零す。
「二人とも息もぴったりだね」
「ちょ、オウルまで……話をややこしくしないで……」
ラナイは思ったことを言っただけだろうが、オウルはそうではないだろう。からかうオウルにリルはがっくりと項垂れた。
一方、そんな三人を見ていたリュウキは心の中に戸惑いが広がるのを感じていた。
(調子狂うな……ラナイは笑っているし、まるで―――……)
リュウキの脳裏に三年前の光景がよぎる。
今よりは少し短い髪のラナイは楽しそうに微笑み、山吹色の髪の少女も屈託のない笑顔を浮かべている。そして、憮然としている自分の頭を強く撫でているのは、にんまりとした顔の栗色の髪の青年―――
不意に周囲の空気が一変した。冷たく凍るような気配が全身を覆う。それは一瞬だったが、何が起きたのか判断するには十分だった。
思わずリルは息を呑んだ。
「これって……」
「出た、ね」
顔に緊張を走らせるリルに対し、オウルは先ほどと変わらぬ様子である。周囲を窺うように見るラナイの横でリュウキが一点を睨んだ。
「ここから近いのかな。放っておくわけにいかないから……」
「移動の手間が省けるな」
リルの言葉を遮って、リュウキが背中の剣に手をかけながらそう言う。
「え?」
「来るぞ」
リュウキが言い終わるのが早いか、近くの木々の間から何かが飛び出し四人に襲い掛かってくる。
だがその攻撃が彼らに当たることはなかった。見えない壁――ラナイの張った結界に弾かれたのだ。軽く掲げた杖の薄緑色の石が燐光を放っている。
飛び掛かってきたのは灰色の獣。
狼のように見えるが眼は紫色であり、ただの狼ではない。何よりまとう気配が野生の獣の類ではなかった。
突然見えない壁にぶつかって灰色の獣が一瞬怯む。
その隙にリュウキが獣との距離を詰め、刀身に青い紋様の描かれた剣を斜めに振るう。これが普通の獣であれば鮮血が舞うのだが、その灰色の獣は斬られたところから霧状になって消えていく。
続けて二、三体の獣が現れたが、リュウキが一人ですべて倒してしまった。リルとオウルも戦えないわけではないのだが。
「ふむ……援護は必要なさそうだね。対<虚獣>用に聖術の込められた刻印式の武器使ってるようだし」
(というか、手伝おうものなら一緒に斬られそう……)
オウルの言葉にリルは心の中で突っ込みを入れた。リュウキの背中が手出し無用といってるのは気のせいではないだろう。
「二人だけでいいっていうだけの実力はあるわけね……」
悔しいが、目の前で示されたら認めざるをえない。
<虚獣>は他の獣と違い、聖術や魔術などの特殊な方法を用いなければ倒すことができない。
しかも性質が厄介で触れた対象を無に帰してしまう。草木なら枯れ、建造物の場合は朽ちる。人間や神人などは力を奪われる。
ただ、多くの<虚獣>はそれほど力が強くないので<虚獣>を上回る力をぶつけることで倒すことができる。
とりあえずこの場はリュウキに任せることにして、リルは他のことに取り掛かることにした。<虚獣>が現れた場合、目の前の<虚獣>を倒していればいいわけではないのだ。
リルの手元に術式が刻まれた光の帯――蒼い聖紋のリングが一瞬現れ、鍔に青緑の石が埋め込まれた銀色の剣が出現する。
一見普通の剣に見えるが、リルのそれは”聖契剣”といって聖獣との契約で使用できる特殊な武具だ。
「オウル、近隣の天導協会に連絡よろしく。私はこの辺一帯に探知かける。もし上位種がいたらそっちを先に倒さないときりがないし」
そう言いながらリルは術の下準備として聖契剣を地面に突き刺した。すると剣を中心に地面をいくつもの細い光が走り、円や四角等を組み合わせた複雑な幾何学模様を形成していく。
「連絡は入れておいたよ。<虚獣>のことよく知ってたね」
「まあ、二年は人界に配属されてたからその時に叩き込まれたって感じよ。というかオウルも人界に配属されてたんじゃないの? 今回の任務は<虚獣>がよく出る人界だから、人界で実戦経験のある神人が選ばれたんじゃ……」
聖気を纏った光が地面に聖方陣を描き終わった時だった。
「うわああああ―――!!!」
木立の向こうから悲鳴が聞こえてきた。声からして子供のようである。ここからそう遠くはなさそうだ。
<虚獣>の相手をしていたリュウキが声のした方に駆け出し、ラナイもそれを追いかける。リルは地面から聖契剣を抜く動作があったのでやや遅れて走り出した。
オウルはというと、
「いってらっしゃーい」
ひらひらと手を振って三人を見送ったのであった。おそらく誰も聞いていなかっただろうが。
オウルは一緒に行かずにその場に残ることにした。三人いれば充分だろう。それに……
「君たちの相手を誰かやらないとね」
ついとオウルは視線を動かした。
そこには数匹の<虚獣>が集まっていた。リュウキの時のようにいきなり襲い掛からず、オウルの様子をうかがっている。
まるで、自分より強い者に出会ってどう出るか考えているかのように。
オウルの手が徐に動き、深藍色の腰帯付近で揺れる空色の石のついた細長い飾りへと伸びる。それが合図になったかのように<虚獣>は一斉に飛び掛かった。




