03話 プロローグ
03話もプロローグでした~|д゜)
扉は予想以上に重く、純が全身の力を使い、両腕で押してようやく動くくらいであった。
ぎぎぎ。
力を込めて押す度に蝶番が擦れる音が耳を触る。
純は走り疲れた身体に鞭を打ち、一歩、一歩、扉を押していった。
扉から垣間見えたのは眩むような光であった。
やや遅れて王殿のような造りの空間が視界を覆った。
金色を基調とした壁や柱に、赤い絨毯やカーテンがその空間を際立たせていた。
そんな中に玉座と少女の影が一つ。
齢一五と言ったところか。
衣を纏って鎮座していた。
お世辞にも武の神と呼ぶには言えないような形と体躯に純は幻滅した。
「天晴れ」
少女は短く言って手を二度打ち鳴らした。
「はあ?」
純は思わず聞き返した。
「ここまで来るの、さぞ大儀であったろう。其方、近う寄れ」
「……」
純は少年の発した言葉を反芻しながらも、衝撃の余りその意味を理解できず、沈黙した。
「近う寄れと言うのが聞こえんか」
「お? おお? うわぁ!!」
少女は右腕を純の方へ差し出し、手招きを一つすると、純の身体は宙へ浮き、無理やり少女の下まで引き寄せられた。
「なんだ今のは!?」
「さあ」
短く、冷たい言葉が少年から返ってくる。
「手も触れずに人を浮かせ、あまつさえ移動させる力なぞ、少なくとも俺の住んでる世界では見たことない」
「それはお前の知る世界が狭いだけではないか?」
「やも知れぬ」
純もウン十年と鍛錬を重ねたが、人を浮かせるということを試したこともなかった。
そういったことをしようという発想すら湧かなかった。
そこで、純は右の拳に力を込めたり、思念を送ったりした。
結果は言わずもがな。無であった。
「ほう。成程」
しかし、少女の言葉は純を妙に納得させた。
自分が出来ないだけであり、あの小娘が出来る以上、自分も出来る可能性があることを物語っていたためだ。
「其方の知らない世界の人は魔法、魔術と呼んでいたな」
「俺の知らない世界……」
己が知らない世界がある。
純は心を震わせた。
「しかしまあ、よくここまで辿り着いたものよ」
そう言って少女は酒を嚥下して、ぷう、と一息吐いた。
「それしか道がなかった故。ましてや、帰る道もなかった」
「成程の」
退屈そうに少女は言う。
「それより、お前は誰だ。ここは何処なのだ」
落ち着きを少しずつ取り戻しつつあった純は、徐々に浮かんできた疑問を少女にぶつけた。
煌びやかな造りの建物。
魔法とかいう摩訶不思議な術。
純の頭の中は疑問によって支配されていた。
「口の訊き方に気を付けろ、下郎」
「ぐっ……」
──また、宙へ飛ばされては敵わん。
そんな言葉が頭を過ぎり、純は口を噤んだ。
「妾は妾だ。それ以上でも以下でもあらぬ。そしてここは妾の部屋だ、──」
「それ以上でも以下でもない、と」
「──……そうだ」
少女は子供らしく屈託のない笑みを浮かべて、そう言った。
「ふん。では、なぜ俺をここへ招いた」
「其方が勝手に来たというのが本音だが、妾の部屋を訪ねて来る者は業を背負っている者が多いな」
「成程」
業。
純にとってのそれは死ないし、少年の恨み、祟りの類か。
先人も導かれたように、同じく業を背負った純もここへと導かれたということか。
「それで他の奴等はここで何をしてたんだ?」
「いや、別に何も」
「何も?」
「ああ、居座られても困るでな。皆何処ぞの世界へ飛ばすこととしている」
「ふむ」
少女はどこか気怠そうに盃を舐めていた。
少女の言葉を反芻し、手で顎を撫ぜて純は考えた。
「なあ、少女よ。二つ訊いても良いか?」
「何だ」
「それは生まれ変わらせることはできるのか?」
「ああ、容易い事ぞ。もう一つは?」
「もう一つは、魔法とやらがある世界へも飛ばせるか?」
「普段は無造作に飛ばすが、それも可能ぞ」
「では、俺を魔法がある世界で生まれ変わらせてくれるか?」
純が考えて出した答えがそれであった。
一つの死により蝕まれた人生。
奪われた命を返すことは出来ないが、それに見切りをつけ、たくさんの命を救うためにこの命を燃やすことは決して悪くない。
ましてや、魔法といった自身が知らぬ世界がこの世にはたくさんあった。
自分にはまだ可能性があることに純は歓喜していた。
「詮無い奴よの。あと十年も生きれば苦しみから解き放たれれたものを。相分かった」
「感謝する」
純のその言葉に迷いはなかった。
苦しみを背負いつつ、新たな旅立ちをする覚悟はとうにできている。
「選別代わりに、言葉をくれてやろう」
「言葉?」
少女はそういって、やはりどこか気怠そうに人差し指を空へと向けた。
少女の指は淡く光る。
そのまま円を描き、それを純へと向けた。
光は純のほうへと飛んでいき、純を包んで、やがて消えた。
「これは?」
「んまあ、妾の気紛れよ。『言葉がわかるようになった』、ただそれだけよ」
「……よくはわからぬが、有難く頂戴する」
純は跪いて少女へ辞儀した。
「良い暇潰しになったわ。そろそろ飛ばすぞ」
「ああ、したらば」
「……良き旅を」
少女はそう言って純の方へ掌を向け、念じた。
やがて、純の足元に摩訶不思議な陣が浮かび、それが光り、純を包み始めた。
光の中に消えていく最中、純は覚悟した。
──全てを助けるために強くあれ。
と。
ようやくプロローグに終止符を打てました(笑)
誰か続き書いてください(切実)