雨上がりのカンパネラ
【あらすじ】
ある日の雨宿りのお話。
-------ユリウスの月、月の日。
まだ、明けきれていない梅雨の空の休息日だった。
私はギルドの仕事を終えて、最近見つけたお気に入りの道を歩いて帰宅する。
轍が続くその小道は、まばらに咲くアジサイの花で色を点々と落としている。
少し故郷の田舎を見ているような、そんな気分にさせてくれる道だ。
その轍を辿って行くと、古くボロボロになった馬車の停留所がある。
木でできた停留所の屋根の隙間からは日が射している。
日陰に光の線が入るその画は、どことなく風流だ。
私はよくこの場所で一人のお婆さんを見かける。
そのお婆さんは上品なドレスを着て、いつも静かに停留所に座っていた。
時折、可愛らしいチュールの付いた帽子が風に揺れて顔がのぞく。
その目線は、轍の向こう側をずっと見ている。
通る気配に気が付いたのか目線が触れ合う。
私は軽い会釈をし、その場所を通り過ぎた。
-------ユリウスの月、テュールの日
その日は雨だった。雨具を忘れた私は急いで轍を走っていた。
急に激しさを増す雨に私は耐えかね馬車の停留所へ逃げ込んだ。
ため息を付き雨を払っていると声を掛けられたのだ。
「やな、天気ねぇ」
いつも座っているお婆さんだ。
「はい。雨具を持っていなくって難儀しました」
「これ、使って」
お婆さんからハンカチを差し出された。
とても綺麗なピンク色のハンカチだ。
「いえ、そんな綺麗なモノ借りれません……私、泥で汚れてますし」
「あら、面白い事を言うのね? ハンカチは汚してなんぼなのよ?」
シワシワの手でハンカチを私の手に握らせてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「これで、ハンカチも喜ぶわっ」
雨の音が鼓笛隊の行進の様にテンテテテンとマーチを叩いている。
「アジサイの葉っぱは、チューニングの高いティンパニーみたい」
「あははっ。お嬢さん詩人ですね」
「ぷっ……あははは」
変な縁だ。これは雨宿りの友とでも言うのだろうか?
「フローラよ」
「チカゲです」
お互いにニッコリ笑う。
「フローラさんは、いつもここにいますね」
「あら。そういう貴女こそよく見かけるわ」
「あっ」
「ふふふっ。この道いいわよね」
「はい。アジサイが見事で」
「所々に咲いているのが、いいのよね」
現代の日本で言うならば、女子トークというヤツだろうか?
ゆっくりと時間が流れてゆく。
「いつも、ここで何をしてるんですか?」
「あぁ~。そうね。待ち合わせをしているのよ」
「待ち合わせ?」
「そう。ボーイフレンド!」
「ええっ! 素敵すぎる!」
「あはははっ。そうでしょう?」
これはイワユル恋バナ。素敵な恋バナだ。
「どんな人ですか?」
「茶髪のちょっと頼りない人なんだけど、そこが可愛いの!」
「あーわかります。母性くすぐられるタイプですね」
「そうなの! 私がいないと生きていけないって」
「ごちそうさまですぅ~」
「あははははっ」
フローラはいつもこの場所で待ち合わせをしている。
だから、いつもここに座っていたのだ。
「あら、雨が疲れちゃったみたいね?」
「あっ」
雨は一時休戦のようだ。
私は席を立ちフローラに会釈をする。
「フローラさん。また、明日」
「はい。チカゲちゃん。また明日」
-------ユリウスの月、オーディンの日
本日は晴天。カラッとした日差しがとても心地良い。
いつもの轍を通り自宅へ戻って行く。
私は馬車の停留所が気になっていた。
少し足早になり停留所に顔を覗かせる。
「あらっ。チカゲちゃん」
「フローラさん!」
私は停留所のベンチに座る。
「今日は、ボーイフレンドはまだですか?」
「ええっ。まだ来ていないわっ」
「楽しみですねっ」
「もぉ~。ニヤニヤして」
「あははははっ」
何気ないやり取りが心地良い。
なんだか懐かしい気持ちになる。
「彼はねぇ。今頑張ってるのよ」
「うんうん」
「南で内紛が起きたでしょう?」
「?」
「あそこに、子供たちを助けるために治療士として行ってるの」
国政には詳しくないので、よく分からない。
しかし今、ボーイフレンドさんは戦争地域にいるようなのだ。
「それじゃあ、フローラさん。どうしてここに?」
「待ってるのよ」
「え?」
「だって、待ってる人が居ないと可哀そうだわ」
「……たしかに」
「それに、彼家族がいないの」
女心である。
ボーイフレンドは孤児だったそうだ。
フローラは幼馴染で、よく二人で遊んでいたらしい。
年月が過ぎ結ばれる縁になった時、彼は戦争へ行ってしまったそうだ。
「写真見る?」
「え、あるんですか?」
そう言って、フローラは首に下げているロケットを外す。
ロケットの中にはセピア色の写真があった。
若い男女が肩を寄せ合って写っている。
「え、かっこいい。これフローラさん?」
「そう! 私。もぉ何十年も前に一度だけ写真館で撮ったの」
「……すてきだ」
「これ、私の宝物なの。ずっと肌身離さず持ってるのよっ」
「……」
嬉しそうに笑いながら、シワシワの手で大事にロケットを握っている。
それを見て胸がギュッとなって苦しくなった。
-------ユリウスの月 トールの日
この日は雨。
ポツポツと静かで控えめな演奏を聞きながら、私はいつもの停留所に入る。
「いらっしゃいっ」
「こんにちは」
笑顔で挨拶をし合う。
「今日は控えめですね」
「そうねっ。こういう演奏も私は好きよっ」
「わかります」
並んでニコニコしながら空の演奏を二人で楽しむ。
「もぉ、今日は来ないのかしらねっ。馬車の時間も過ぎてしまったわっ」
そう言って、轍の通る小道の向こう側を見つめている。
それは少し寂しそうな、そんな背中だった。
-------ユリウスの月 フレイヤの日
土砂降りの激しい雨が降る。
用意していた雨具を着て帰りの道を急ぐ。
足早に停留所に駆け込んで、私はいつもの挨拶をしようと顔を上げる。
「……あ……れ?」
フローラがいない。
こんな大雨だからだろうか?
もしくは、逢えたから来ていないのだろうか?
いつもの笑顔が見れないのが少し物悲しかった。
-------ユリウスの月 サトゥルヌスの日
本日は晴天。
私はジェイクにフローラと会うと言い家を出る。
向かう先は一つ。憩いの馬車の停留所だ。
フローラから借りたハンカチを綺麗に洗濯してポケットに入れていた。
丘を降り停留所へダッシュする。
昨日会えなかったので今日が待ち遠しかった。
私は丘を一気に駆け降り停留所の中に飛び込んだ。
「こんにちはー」
「お。おう……こんにちは」
「……」
「……」
農家のオジサンが、畑仕事の休憩でベンチに座っていた。
「あ、あの。お婆ちゃん見ませんでしたか?」
「え?」
「ここに、いつも座っている」
「あー。フローラさんか!」
「はい! そうです!」
「いや、今日は見てねぇなぁ」
今日もフローラさんは来ていなかった。
「あんた、知り合いかい?」
「はい。と、友達です」
「あーそうかい。それにしても可哀そうだよな」
「え?」
「ほら、紛争の話さ」
「あぁ……」
ボーイフレンドさんは今、南の紛争地帯で頑張って治療士をしている。
「もぉ、俺が3歳の頃だよ。長い紛争だったんだ」
「……え?」
「ここから派遣された多くの若いのは皆んな死んじまってよぉ。
フローラさんも恋人を亡くしてるんだよ。
戦死通知は来なかったが50年も帰らないんじゃねぇ」
どういうことか、頭が整理できなかった。
「もぉ50年も前の話さ」
「紛争って今起こってるんじゃないんですか?」
「そんなもん、とっくに終わってるさ! 武力制圧で皆殺しで終了だよ!」
つまり50年前に戦争は終わっていて、今はもぉ戦争してない。
「あの人、50年もずっと、ここで恋人を待ってるんだよ」
「……」
「約束したんだとさ。この場所で待ってるって」
「……」
「あっちに新街道ができてから、馬車もココには止まらなくなってよぉ。
今じゃ、この停留所はウチラの休憩所だ」
言葉が出ない。
凄く……胸が痛かった。
-------ユリウスの月、太陽の日
本日も晴天だ。
この2日は雨が降っていない。
フローラの言うように、空が疲れたのだろうか?
私は、いつもの様に轍を歩く。
フローラに会ったら最高の笑顔で楽しい話をしよう。
今日からそうすると決めたのだ。
私は、停留所をいつものように覗いた。
「いらっしゃい」
「フローラさんっ」
私はフローラに抱きついていた。
「あはははっ。チカゲちゃん。どうしたの?」
「わかりません! 分からんけど……」
抱きつきたかったのだ。
自分の気持が、まるで短調を奏でているような2日だった。
気持ちが寂しくてしょうがなかった。
この笑顔が見たかったのだ。
名前を呼んで欲しかったのだ。
フローラは嬉しそうな笑顔で、私の両肩に手を置く。
「チカゲちゃん。いい知らせがあるの!」
「えっ」
「彼ねっ。戻って来たのよ!」
「ええええええええっ」
「うそぉ!」
「嘘じゃないわ。ほんとよぉ」
そう言ってフローラはニコニコしている。
「よ。よかったーーーーーー!」
「ちょっとチカゲちゃん。あははははっ」
再びフローラに抱きついていた。
「2日前に、突然家に彼が来たの!」
「うんうん!」
2日前からフローラが停留所に来なくなった理由が分かった。
それは、ボーイフレンドが帰って来たからだったのだ。
彼は生きていた。
「それで彼、私になんて言ったと思う?」
「なんて?!」
「待たせた。ごめん。だって」
「待たせ過ぎだああああああ!」
「ほんとよねっ。あははははっ」
二人で大笑いした。涙が出るほど大笑いしたのだ。
「今度、彼。チカゲちゃんにも紹介するわ」
「絶対楽しみにしています!」
私はポケットの中の事を思い出す。
「あ! そうだ。これ!」
そう言ってハンカチを取り出し渡そうとする。
すると、シワシワの手を私の上に被せた。
「これは、取っておいて」
「え? でも」
「いいの! 友達の印」
「はい!」
フローラに手を振って私は丘の上の自宅に帰った。
-------ユリウスの月、月の日
本日も晴天。
今日は暑くてたまらない。もぉそろそろ夏がやってくるのだ。
私は、フローラのいなくなった停留所で暑さを凌いでいた。
轍を歩いて来る人がいる。
私はボーッとその人を見ていた。
黒いスーツを着たイケメンである。
「え……」
私は走った。
息を切らせ全力で走って、その人の所まで行く。
「あ、あのぉ!」
「?」
「ボーイフレンドさん?」
写真に写っていたボーイフレンドさんが目の前にいるのだ。
「は?」
「フローラさんの恋人の!」
「あ、あああっ!」
何か分からないけど共感している。
この人だ!
「いや、それは祖父です」
「え、祖父?」
「はい」
(そうか、50年前の人が若いハズがない)
私は非礼をお詫びして、頭を下げた。
その人は、私の顔を見ながら言葉を乗せて来た。
「フローラさんの知り合いですか?」
「はい!友達です」
「そうですか。可愛らしいお友達だ」
まじまじと言われると、鼻がむずがゆい。
「じゃあ、お話は知っていますね」
「はい。会えて良かったと思っています」
「ですね。僕もそうして上げたかったんです。
私は今帰りなのですが、お嬢さんは?」
「あ、私は家には……まだ」
家の場所までは聞いていなかった。
私たちは雨宿りの友なのだ。
「行ってあげて下さい」
「はい」
「祖父も最後に最愛の人に会えて良かったと思います。」
「……?」
「フローラさんは3日前から肺炎で床に伏せていらしてたでしょう?
そこにウチの祖父が訪れたんです。
二人は嬉しそうに手を握り合って笑っていました。
翌朝フローラさんは、祖父の手を握ったまま幸せそうな顔で旅立ちました」
「……」
昨日、私はフローラさんに会っている。
ボーイフレンドに会えたと、とても嬉しそうにしていた。
「祖父もまた、追うかの様に昨日、逝きました」
「わ、私昨日……フローラさんと」
「?」
「いえ……なんでもないです」
私は停留所に戻った。ベンチに座って轍の向こう側を眺めた。
横に座って彼に会えたと笑っていたフローラの笑顔を思い出す。
「そうだ、あんなに嬉しそうにしてたものね……」
突然パラパラと雨の音が聞こえた。
空を見上げると、晴れた空から雨が降ってきている。
(日より雨だ……)
日本では、これを狐の嫁入りという。
めでたい日なのだ。
めでたい日に涙を流すのは昔からご法度と決まっている。
だから私は、日より雨に濡れながら最高の笑顔で笑った。
やがて雨は止んで、その空には虹が掛かっていた。
遠くで教会の鐘の音が二人を祝福するかのように鳴り響いている。
雨上がりのカンパネラだ。




