セピア色の恋唄
【あらすじ】
ジェイクとチカゲの馴れ初め。
クレムストックの街。
私たちが寝泊まりしている宿屋から今回の話は始まる。
朝、部屋で寝間着のまま歯を磨いていた。
いつもと変わらない朝だ。ただ一点を除いては……。
ジェイクの様子がオカシイのだ。
部屋の中をグルグルと真顔で歩いている。
「……」
時折、私の方をチラチラ見て何か言いたげな顔をしている。
私が振り向くと、またソッポを向いてグルグルと部屋の中を歩くのだ。
(わ、煩わしい……)
これは私が察しなければいけないパターンだ。
私は空気を読みそれとなく聞いてみる。
「ジェイク。どうしたんですか?」
ジェイクは足を止め私の方を見る。
「……あぁ。それなんだが」
「はい」
「……いや、何でもない」
----------カチン
「何でもないわけないでしょう! 部屋の中ぐるぐるぐるぐるぐると!」
「ひっ」
「いいから、さっさと話しなさいッ!!!!!」
いわゆる。うちはカカア天下である。
ジェイクは何故か正座をしている。
「じ、じつは今日」
「はい」
「その、ついて来て欲しい所がある」
「わかりました」
外に一緒に外出したいというのは、うちでは珍しくない事だ。
言い出し難いのは連れて行きにくい場所なのだろうか?
私は外へ出る支度をしてジェイクと宿屋を出た。
「ジェイク。どこへ行くのですか?」
「んん。まぁ……」
ジェイクは行き先を教えてくれない。
クレムストックの街の南門で農家の荷馬車に声を掛ける。
荷馬車の後ろに乗せてもらい南門から外へ出発した。
田園畑の横をトコトコと荷馬車に乗って走る。
すると丘が見え、丘の手前で馬車を降りたのだった。
「おおっ。凄い、クレムストックの街が一望できる」
「景色がいいだろう?」
「はい」
ジェイクは、これを見せたくてソワソワしていたのかと思ったら嬉しくなった。
北東にはクレムストックの街が見渡せ、東の丘を降った近くには農村がある。
「この辺りは、モンスターもあまり出ない」
「地面から覗いてるあの岩ですよね?」
「そうだ」
モンスターが出ないというのは聖石の原石がこの地域に多いからだ。
聖石がモンスターを寄せ付けない理由は、まだ解明されていない。
ただ、聖石の原石が出土する地域では魔物などが極端に少ないのだ。
「どうだ?」
「え」
「この場所だ」
「はい。凄い良いです」
「そうか」
最近はずっとギルドの仕事続きで、夫婦でデートもしていなかった。
夫なりの気を使ってくれたのだろう。
「実は、もぉ一つお前に話したい事がある」
「?」
「実は、アレなんだが」
そう言って、景色ではなく後ろにあった一件の民家を指す。
この丘の上にポツンとレンガでできた一件の家がある。
とても不思議な家で、大木の中に家が埋まっているのだ。
「これ、不思議な家ですね」
「あぁ。家の片方が木に飲み込まれている」
大木に飲み込まれていない部分からは煙突が出いる。
まるで、おとぎ話で出て来そうな幻想的な家だった。
「これを買った」
「え」
「というか、この丘を買った」
一瞬、言っている意味が分からなかった。
「どういう事ですか?」
「つまり、ここは俺とお前のものだ」
(そんな金どこから引っ張ってきたんだ……白目)
話を聞くと、ここは一般の人からしたら立地が悪い。
丘から集落までは時間がかかる。
それならばライフラインが集まっている集落に家を建てた方が便利で楽だ。
この家は、以前の持ち主が出て行ってからは誰も住んでいなかったそうだ。
なので破格の値段で売られていたらしい。
「……嫌だったか?」
「ぜんぜん、嫌じゃない」
「……」
「すっごい、嬉しいです」
「そ、そうか……」
ジェイクはソッポを向いて照れを隠している。
「結婚してから、今の今まで夫らしいことをしたことがなかったからな」
そんなことを考えていたのかと思ったら胸がギュッと締め付けられた。
「だから、なんだ……こ、これは俺から嫁へのプレゼントだ」
気持ちをもらったのが、とても嬉しかった。
夫は強面で無口。自分の気持ちを、あまり口に出さない。
そんな夫からの気持ちがとても嬉しかった。
「ジェイク。ありがとう」
「おほぉん……お、おう」
ジェイクはまたソッポを向いて、汗を垂らしながら必死で照れを隠していた。
「中、入って見ませんか?」
「ああ」
不思議な作りをした家の中に入ってみる。
ドアを開けると、20帖ほどのリビングが広がっていた。
左の方にはカウンターがあり、その奥にはキッチンがある。
「すごい。キッチンがありますっ」
宿屋暮らしでは料理はできないので全て外食なのだ。
自炊ができるのは素晴らしい。
カウンターを入りキッチンへ行くと流し台、薪ストーブのコンロがある。
当然だが流し台には蛇口はついていない。
この世界では流し台に水を汲んだ桶を置いて食器などはそれで洗う。
一昔前の日本もこういう感じだったと、お祖父ちゃんに聞いた事がある。
キッチンの奥にさらにドアの無い部屋があった。
私はその部屋に入ってみる。
壁がレンガではない。
大木が広がり空洞ができている場所を部屋にしているのだ。
上を見ると大木の隙間に窓がはめられており光が通って部屋はとても明るい。
そして部屋の中央には石で組まれた井戸が設置してある。
部屋の中で水が汲めるのだ。
「と、鳥肌モノですねコレ」
「なにがだ?」
この世界で育った人からしたら、こういうのは当たり前なのだろう。
東京のコンクリートジャングルに住んでいた私には衝撃すぎる光景だった。
こういう幻想的なモノをファンタジ―の世界というのだ。
ジ●リとかに絶対出て来そうな光景である。
リビングには、扉があと二つある。
もはや見るのが楽しみで仕方がない。
今度はカウンターの横にある部屋に入って見る事にした。
「脱衣所だ。と言う事は……」
これは、お風呂だ。
私は心の中でガッツポーズをした。
私の泊まっていた宿屋は有料の共同シャワーがあった。
火の魔法石を入れたタンクに水が入っていて、蛇口をひねると湯が降ってくる原始的なシャワーだった。
湯が無くなると、宿屋の人が井戸から水を汲んで来てタンクに水を補充する。
シャワー中に、よく水が切れ宿屋の人を呼んだ記憶がある。
脱衣所を抜けお風呂のドアを開けた。
そこには、ひのきの湯舟があったのだ。
部屋の床は石でできていて水ハケを良くしている。
水を湯船に流し込むための装置は、木でできた水渡しが取り付けられている。
この水渡しは井戸の部屋と繋がっている。
そこから水渡しに水を流すと、それを伝って湯船に水が溜まる仕組みだ。
「まさか、この世界で湯船につかる事ができるなんて……感動モノだ」
最後の一つの部屋はリビングの右側にあった。
12帖くらいの部屋で、書斎などに使えそうな部屋だ。
その奥には曲がり階段があり二階に繋がっている。
二階も同様に12帖くらいの広さがある。
ここは寝室だな! と心の中で思った。
「家はどうだ?」
「ウキウキが止まりません」
「いつからでも住める。お前が良い時に……」
「今日からです」
「え」
私の心の中に火が点いていた。このホコリだらけの家を掃除したい。
「ジェイク。宿屋の荷物頼みました!」
「お、おう」
「あと、ベット買って来て下さい。お金は出します」
「わ、わかった」
「私は、ここを徹底的に掃除します」
転生前、主婦が本業だった私の底力を見せてやろう。
「まずはホコリ落としだ!」
前の持ち主が置いていったであろう掃除道具を引っ張り出し、全部屋の窓を全開にした。
「ミッション開始だ」
隅から隅までホコリを落として行く。
ホコリ落としが終わると、ホウキで部屋の隅々まで掃く。
「よし。次は磨きだ!」
部屋中に水を巻きデッキブラシで擦る。
「次は、雑巾で噴く!」
私は徹底的に掃除をやりこんだ。
終わった頃には昼を過ぎていた。
ジェイクもまだ帰って来ないので、丘の下の村へ降りて見る事にした。
丘の下の村まではボチボチな距離だ。徒歩15~20分くらい。
帰りは丘に登る形になるので、一般の人からしたら確かに不便かもしれない。
村には小さな商店が立ち並んでいた。
食材、雑貨、小さいながらも鍛冶屋まである。
(とりあえず、家に無いものを調達するか)
調理器具、食器、雑貨の買い物をした。
一人では持てない量の荷物になっていたので、荷車を借りて丘まで引っ張って帰った。
買って来た物を家の中に置いて外のベンチに座る。
丘の上に風が吹いて気持ちがいい。
空も青く澄んでいて、太陽のポカポカが眠気を誘う。
気づいたら私は外のベンチで眠りこけてしまっていたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真っ白い世界が視界に広がる。温かくて心地いい。
何かの映像が見えてくる。
「俺の、よ、よ、よ、嫁になってくれ!」
「……はい」
懐かしい映像だ。
ゆっくり視界は明るくなり映像はまた薄れ消えてゆく。
転生して2年になるが、その間数え切れないほどのアレやコレやがあった。
結婚するまでジェイクから追い回されていて、しばし迷惑した事もある。
しかし一緒に冒険する度に彼の良い所を知っていった。
押されに押され最終的に私は負けた。
どこの世も、惚れたら負けなのだ。
今から1年前、私はシムベリン地方で発生した突然変異の調査をしていた。
本来その地方に出るはずのない高レベルの魔物が出現するようになった事があった。
国を挙げてプラチナランクの冒険者までが共同で討伐に出る騒ぎになり私もそれに加わっていた。
いつもなら、仕事を受けると見ていたかの様に飛んでくるジェイクが珍しく来なかった。
(……なんで来ないんだ)
この一年ジェイクが仕事で居ない事なんて無かった。
彼が居ない事に私は何故かイライラしていた。
装備を整えギルドが編成したレイド部隊に加わった。
私を含め40人ほどはいる。
シムベリン大森林にある聖者の遺跡という場所に向かっていたのだ。
この世界には誰でも知っている伝説である。
数千年前、人間とエルフの子供が魔王を倒したのである。
勇者マッチィと、エルフの魔法使いヨッシュ。
聖者の遺跡とは、ヨッシュが使っていた神位魔法クリファルティカが収められているという伝承が残っている場所だ。
これまで数多くの学者がこの遺跡を調査したが、そんなものは発見されなかった。
いわゆる、おとぎ話なのだ。
ギルド編成の部隊が遺跡に到着しパーティーリーダーが目の前に立つ。
「皆、集まってくれて感謝する」
プラチナランクの名のある冒険者だ。
「この先からは命を賭した戦いになるだろう。
しかし我々の子供たちが安心して暮らせるように我々で、その未来を切り開こうじゃないか!」
「おおおおおおおお!」
「武運を祈る!」
ギルドが確認している情報だとデュラハンがここで出現しているのだ。
デュラハンとは首の無い騎士で、LV45近いステータスを持っているそうだ。
ゴールドクラスの冒険者でLV30前後。
プラチナクラスの冒険者でLV40前後である。
プラチナランクのパーティーでも厳しいレベルだ。
その対策としてギルドが冒険者を集めレイド戦できる部隊を編成したのだ。
遺跡の入口まで辿り着く。
この遺跡は少し変な形をしていて、大きな岩の上に遺跡が立っている。
その岩は傾いていて遺跡が斜めになっているのだ。
おとぎ話では、この遺跡は空に浮いていて魔法を研究する施設があったという。
(つまり、落下してこの形なのか?)
「あのー、すみません」
「は、はい」
急に声を掛けられ驚いた。
「ちょっと、あっちの空気が苦手で、ここ居てイイですか?」
お人形さんの様な女の子だ。
髪はロールして整えられている。綺麗な金髪と青い瞳をしたロリっ娘だ。
どこか良い所のお嬢様の様な出で立ちをしている。
「あ。どうぞ」
「ありがとう。私はミリア・ソテリキャリ。よろしく」
「チカゲです。よろしく」
「……」
「チカゲさん。ソードマスターでしょ?」
「へ」
悪びれた感じはなくニコニコしている。
「ど、どうしてですか?」
「筋肉の付き方。剣士の」
「……」
「使い手だよね? 分かるの私」
実家の道場で3歳からやっていた習慣は転生してからも抜けなかった。
こちらの世界に来てからも毎日、素振りや形はやっていた。
「私も、剣士なんだ。知ってる? ソテリキャリ」
ソテリキャリというのは剣の名門貴族である。
家紋には月が向き合った紋章が使われている。
その先祖と勇者とは親友の間柄だったという。
おとぎ話の時代から存在する貴族なのである。
「話くらいは」
「私そこの次期当主なの」
そう言って、私に剣を見せる。
剣の鍔には月が向き合った家紋が入っている。
「この剣ね。月鏡の剣っていうんだよ」
ミリアは剣を少し鞘から抜いて見せた。
刀身はガラスでできている様だった。
透き通った透明で薄っすら青い色をしている。
「綺麗……」
「でしょう。勇者の時代からウチの家が受け継いできた剣なんだ」
(大事な次期当主が、どうしてこんな危険な仕事を受けているんだろう?)
「ねぇ、どうして剣もってないの?」
「え?」
痛い所を突かれた様な気がした。
「わ、私はほら、これ!」
「杖で戦うの?」
「……うん」
「不思議な人」
あどけない顔で首をかしげている。
「デュラハンだ!!!!!」
散策していた一つの部隊から声が上がった。
周りで調査していた冒険者たちも合流に走り出す。
私とミリアも、走ろうとした瞬間だった。
「!」
ゾクッと嫌な感じが漂ったのだ。
今までに感じたことない背筋が強張るような感覚を感じた。
体を動かすのに膨大な精神力を使う。
私とミリアは嫌な感じがする方を振り向いた。
「……なにあれ」
そこに立っていたのは、人のような形をした人で無いモノだった。
「うそ……魔族……」
魔族とは、勇者の時代のお話に出てくる生き物だ。
堕天した天使が魔王となり、魔界に住む魔族を引き連れ配下とした。
しかし魔王を討伐した勇者は、魔族を魔界から出れないように封印したそうだ。
それ以降、この世界に魔族はいなくなった。
「……人間ですか」
「!」
私たちに喋りかけて来た。
人間の形をしているが顔はヤギで、コウモリの羽とトカゲの尻尾を生やしている。
「これは異な事だ。これは愉快でたまらない」
魔族は笑っている。
私の隣から剣の金具の擦れ合う音が小刻みに聞こえる。
ミリアは剣を鞘から抜こうとした状態で震えているのだ。
魔族の放っている魔力が禍々しく漏れている。
「人間の雌か」
魔族はゆっくり歩いて近づいて来る。
「人間の雌はいい。悲鳴がいい。恐怖に絶望した顔は甘美でたまらない」
重圧に耐えられなくなったミリアが剣を抜いた。
下唇を歯で噛んで恐怖を殺したのだ。
「そちらの雌からかな?」
「身体加速、クリティカル率上昇、腕力向上、一撃必中」
ミリアはバフを自信に付与した。
魔族の右側まで瞬時に移動し上段から斬りつける。
だが魔族はその攻撃を簡単にかわしたのだ。
飛んでいるハエを落とすかのようにミリアの頭を撫でて吹き飛ばした。
「ふぉふぉふぉふぉ! このような……」
------------ゴトッ
落ちたのはミリアの頭ではなく魔族の腕だった。
頭を飛ばされたハズのミリアが真逆に立っていたのだ。
「月の幻影は見えたかしら……」
「おおっ。素晴らしい。そうでなくては! そうでなくては!」
魔族は自分の手が切り落とされたのに嬉しそうに笑っている。
ミリアが使ったのはおそらく剣技のスキルだろう。
原理は分からないが魔族にダメージを与えられるだけの技を持っている。
しかし、ミリアの顔には余裕が無い。
「恐怖の旋律を奏でよう! さぁ始めようじゃないか! 楽しい演奏会だ!」
魔族の腕の筋肉が膨張し刃物の様な凶器へと変わる。
その腕でミリアを斬りつけに走った。
「はやい!」
一太刀、二太刀とミリアは手刀を剣で防ぐが、魔族の攻撃の速さに防御が遅れだしている。
魔族が大きく手を振り上げ威力のある攻撃を繰り出した。
------------カァアアン
ミリアの剣は大きく弾かれ隙が生まれる。
「さぁ、イイ声で鳴いてくれたまえ」
できた隙に魔族の一撃が入った。
ミリアは吹き飛ばされ地面に打ち付けられながら転がる。
そこへもう一撃、攻撃を入れようと魔族が間合いを詰めた。
「物理無効(短)、身体加速(短)」
-----------キィイイイン
私はミリアの正面に入り込み、杖で魔族の攻撃を防いだ。
それを皮切りに魔族の連撃が始まる。
10連撃の手刀を刹那の間に繰り出してきたのだ。
全ての攻撃を杖で弾き返す。
この速度で防御し続けるのは苦しい。
「物理無効(短)、身体加速(短)」
魔族の真下に移動し、右から横薙ぎを入れる。
釣られて横薙ぎを防ごうとしてきた。
(掛かった)
私は体を返し横線の攻撃を、上から振り下ろす攻撃に一瞬で切り替える。
古武術の技、影縫いだ。
渾身の力を杖に込めて振り下ろした。
---------ガスンッ
杖は魔族の頭に直撃している。
「くっくっくっ……非力……まさに非力!」
「!」
「人間とは、これほどにか弱い生き物なのかッ!」
(まるで、ダメージが通っていない)
「イイでしょう。まるで子犬をあやすように、まるで子犬を愛でるように……。
時間をかけて奏でよう! 絶望の旋律を奏でようではないか!」
魔力振動。この魔族、魔法を使おうとしている。
「エア・サーペント」
風が足元に集まりだす。
蛇が這うように遺跡の床が割れながら、倒れているミリアに向かっている。
狙われていたのは私ではなかった。
「物理無効(短)、身体加速(短)」
魔法攻撃の先回りをしてミリアの前に立つ。
ゴルフボールを打つように振り被り床を打ち付ける。
遺跡の床一枚を杖で引っ掛け持ち上げたのだ。
床一枚は地面に反り立った状態になり魔法がそれに当たる。
----------ドォッ
床壁は魔法の威力で粉々になった。
「ストーン・エッジ」
間髪入れず尖った岩の槍が弾丸の様なスピードで向かって来る。
「物理無効(短)、身体加速(短)」
----------ガスッガンガンガンガンッ
バフを付与した杖で岩の槍を何十発も叩き落す。
私がここで回避したら、ミリアに魔法が当たってしまう。
それだけは避けなければ。
「ストーン・エッジ! ストーン・エッジ! ストーン・エッジ!」
「物理無効(短)、身体加速(短)」
何度スキルを使ったか分からないくらい岩の槍を弾いた。
弾き切れなかった岩の槍は私の体に幾つも被弾した。
体中が痛く、おそらく体の各箇所の骨も幾つか逝っている。
頭から垂れて来た自分の血が左目に入り片方の視界を暗くさせる。
「はぁ…はぁ…」
息は上がり満身創痍な状態だ。
「あぁ……いい! いいぞ! なんて甘美なんだ! 人間とはそのような物だ!
人間とはそのような物でなくては! もっと見せてくれ! もっとだ!」
この魔族は私が、かばうのを分かってミリアに魔法を打っているのだ。
いたぶるのを楽しんでいる様に見える。
「イビル・フレイム」
青い炎の大きな球が私に向かって飛んでくる。
「物理無効(短)、身体加速(短)」
体の速度が上がらない。
青い炎をバフの掛かっていない杖で受けた。
杖は弾き飛び、青い炎が燃え移る。
私の体は吹き飛び地面に倒れた。
MP切れである。
(スキルを使わずに魔法を受けたらこうなるのか……)
「あぁ……あぁ……。楽しい時間はこれからなのに! これでは困る!
これでは困るのだよ!」
魔族は倒れている私たちに近づいて来る。
「チカゲさん。生きてる?」
「何とか息はしてます」
「吹き飛ばされた時に左脚が折れたみたい。足引っ張ってゴメンなさい」
「!」
私たちの目の前まで来た魔族は、ミリアの首を絞め掴み持ち上げた。
「み、ミリア」
「あぁ、まるでゼンマイの切れた玩具の様だ。どうすれば甘美を引き出せる?
どうすればもっと愉悦を味わえる?」
ヤギの顔をミリアに近づけ覗き込む。
「あぁ……なるほど。名案だ。交配だ! 交配をしよう!
何度もを交配しよう! 水も与えず交配をしよう! 餌も与えず交配をしよう!
お前たちが息絶えるまで交配をしよう! イイ考えだとは思わないか?
人間の雌たち」
ミリアの顔は青ざめ、歯をガチガチと鳴らして震え上がっている。
何とかしなくてはいけない。
私は立ち上がった。
魔族の首元に私の手刀を入れる。
体を回しながら首を軸に魔族の重心を崩し投げた。
「!」
魔族は地面を転がり面食らった表情をしている。
人がバランスを取って歩行する原理が前の世界と同じなら。
古武術の崩し技は有効だ。
しかし投げても守備力が高いので火力を乗せた攻撃にはならない。
魔族の手からミリアが離れる。
「ミリア! 大丈夫?」
「チカゲさん……」
ミリアは涙を浮かべて完全に戦意喪失している。
(ここから、どうすればいいんだ……)
魔族の周りに魔力振動が生じた。
こちらには、もぉ打つ手がない。
その思った直後だった。上空から魔族目掛けて何かが降下して来た。
「うぉおおおお」
その何かの拳が魔族の顔面に入る。
「リザレクション!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアッ」
神聖魔法を拳から直撃で流し込まれ、魔族は地面に膝をついた。
「ジェイク!」
「よぉ、遅くなった」
そこには、ジェイクが立っていた。
「遅すぎるッ! 今まで何やってたんですか!」
「す、すまん。備品調達で街を出ていたんだ」
「ずっと、待ってたのに! バカジェイク!」
「わ、悪かった! スマン!」
揺ら揺らと魔族は立ち上がる。
「人間の雄……なんて不愉快な! なんて不愉快な!
私の愉悦な時間を邪魔するなんて! なんて不愉快な!」
魔族の空気が変わった。さっきとは比べ物にならない禍々しい魔力だ。
「チカ。お前……骨が」
「体のアチコチがポキポキです」
「……」
ジェイクの眉間にシワがよった。
「そうか……」
魔族の周りに青い炎の球が無数に立ち並ぶ。
「イビル・フレイム」
ジェイク目掛けて無数の青い炎が飛んでいく。
「セイクリット・セイバー」
自身の腕に神聖属性のバフを付与し攻撃に備えるジェイク。
イビル・フレイムを拳で撃ち消しながら間合いを詰める。
「ブラック・カース」
魔族が放った魔法がジェイクの足元で発動する。
黒い漆黒の地面が広がる。
「アンチ・カース」
ジェイクは地面に手を置き黒い地面を浄化する。
魔族の目の前まで移動しきったジェイクは拳を振り被った。
「スペルエンハンス」
バフを自身に掛け、相手の顔面を殴りつける。
ジェイクはゼロ距離で神聖魔法を叩き込んだ。
「ホリーライト」
光の柱が魔族を襲う。
羽はボロボロと落ち、尻尾は焼け爛れる。
初めてジェイクが神聖魔法を使う所を見た。
1年間ずっと一緒にいて、神官らしいジェイクは見たことが無かった。
何かといえば爆弾を投げ。拳で殴り合っていた姿しか思い出せない。
この戦い方も神官らしいとは言えないが、攻防の凄さに息を呑んで見入っていた。
「ジェイク!」
ジェイクはこっちを振り返りフラッと体が揺れてから地面に倒れた。
「!」
ジェイクが倒れた場所に大量の血が流れて出していた。
「はぁはぁはぁ……忌まわしい人間の雄だ……」
魔族はジェイクの体に腕を突き刺し貫いていた。
魔族の手に青い炎が灯る。
「二度と私の愉悦の邪魔はさせない! 二度とだ!」
ジェイクに青い炎を投げようとする。
「い、いやだ……」
何故また失わないといけないんだ?
何故また胸をエグられなければいけないんだ?
何故私から全部奪うんだ?
目の前が真っ白になっていく。視界が見えないほど眩しい。
ゆっくりと白くなった世界で誰かが近づいて来る。
「悲しいの?」
「誰?」
「あぁ、気にしないで僕はここに残った残留の思念だ」
「思念?」
「あの人が死ぬのは嫌なんだ? どうして?」
「わからないです」
近づいて来た人の顔は白くて見えない。
青い帽子とローブを着ていて耳が尖っている。
少年の様な背丈の杖を持った魔法使いの様だ。
「あの人は君にとってどんな人なの?」
ジェイクは、転生してから1年ずっと私に付きまとっていた。
出会いは初めの戦場。私を殴りつけ馬乗りになったのが彼だ。
途中で好きだと言われ混乱したが、特に進展はなかった。
ずっと側にいて、ずっと私と仕事をしていた。
いくら拒絶しても側にいた。
彼はずっと私の側にいてくれたのだ。
「どうして、あの人が助けに来て安心したの?」
助かると思ったからだろうか?
「来るのが遅いって言ってたよ?」
「あっ……」
私はジェイクに来て欲しいと思っていた。
ここに来るまでの道中ずっとイライラしていた。
ついて来るなの言葉とは裏腹に、ついて来て欲しいと思っていた。
「そうか……」
「守りたいの?」
「守りたい」
ジェイクを死なせたくない。
ジェイクを失いたくない。
「そうか。じゃあその鎖を何とかしないとね」
「鎖?」
「君は呪でも掛けられているのかい?」
「え」
「本来の適正は前衛職なのに魔法使いの職が付いている」
これは神様が私のお願いを聞いてくれてこうなった。
これが呪?
「本来の特性とは違うモノが上に乗ってるから、君は中途半端だ」
「ファイヤーボールも使えません」
「そうだろうね。ギアが全然噛み合って無いんだよ」
この世界では自分の職業は自分の能力が反映される。
本来私は前衛職が適正なのに魔法使いを付与してもらった。
だから魔法も中途半端、前衛も中途半端になっていると言うのだ。
「僕が少しだけ手伝ってあげるよ」
「え」
「ほんの少しだけ、僕が背中を押してあげよう」
「あの、アナタは?」
「僕かい? 大事な友達を守れず失った事があるだけのヤツさ」
私の体が熱を帯びていく。
「ステータスウィンドウを開いてみて」
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チカゲ
Lv35
職業 日出処の巫女
HP 610
MP 510
力 150
速 150
物防 110
魔力 120
魔防 100
スキル
・火之迦具土神
神を焼く天炎
・天十握剣
神を殺す剣
・物理無効
触れた物の法則と原則を書き換える事ができる
・韋駄天速
自身に速度のバフを掛ける事ができる
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「な、なんですかこれ」
「これが、君の本質だよ」
「職業、巫女……巫女ですか?」
「魔法剣士の様なモノだと思う」
スキル欄がとんでもない事になっている。
「神を焼く炎に、神を殺す剣……」
「神様に余計な事言わなきゃよかったのにね」
(ホントそれな……)
でも、これなら助ける事ができる。
「じゃあ、頑張って大切な人を守ってね」
「あ、ありがとう」
また視界が光を強めてゆく。
耳の尖がった青い魔法使いが手を振っていた。
視界の白がゆっくりと消え、私は元の場所に戻っていた。
自分の体にMPが戻っている事が分かる。
目の前では倒れたジェイクに魔族が炎を叩きつけようとしている。
「韋駄天速」
私は地面を蹴り魔族との間合いを詰めようとした。
--------トン
とても静かに、まるで天狗が衣を纏い移動するかのようだった。
地面一蹴りでフワッと消え一瞬で魔族との距離が縮まる。
魔族の背後に移動し後ろ頭を掴んで地面に叩きつけた。
--------ドゴォオオオン
「!」
--------トン
ジェイクを担いでミリアの場所まで移動する。
魔族は地面に顔をめり込ませている。
「天十握剣」
手の中に光が溢れ出す。
剣を鞘から抜くように光を握り引き抜いた。
すると空間から100cmくらいの剣が召喚された。
魔族は顔を地面から引き抜いてコチラを見た。
「人間の雌……すばらしい! すばらしい!」
魔族は嬉しそうに両手を広げて喜んでいる。
強力な魔力振動が魔族の右手から生じた。
「クリエィティブ・プラント」
見たことのない紫色の植物が魔族の周りから這い出てくる。
その植物が一斉に私に向かって襲って来た。
私は魔法かどうか分からないスキルを使ってみた。
「火之迦具土神」
体の周りの空気がゆっくり燃え出す。炎が竜のように体に絡みつき踊り出した。
まるで炎の衣を纏っているかの様に体が炎に包まれたのだ。
辺り一帯が赤いフィルターを通して見たような色に染まってゆく。
襲い掛かって来た紫色の植物が進行を止めた。
植物から煙の様なモノが出てきて一気に発火する。
激しく燃えて一瞬で炭すら残さず燃やし尽くしたのだった。
私はトンと、軽く地面を蹴り魔族の後ろに回り込む。
魔族はまるで私の気配に気づいていない。
そのまま後ろから天十握剣で真っ二つにした。
「す、すばらしい。すばらし……」
---------ボォッ
魔族は発火し体中が炎に包まれる。
私の纏っている火之迦具土神の炎に当てられているのだ。
この炎は標的とした対象を炭も残さず焼き尽くす。
火之迦具土神を纏ってる間は効果が持続し続けるようだ。
神を焼く炎とはよく言ったものだった。
天十握剣、火之迦具土神は対象が消えると同じく消えた。
私はジェイクと、ミリアの元へ走ろうとした。
その瞬間足に力が入らなくなる。
眩暈の様なモノが酷くなり私はバランスを崩し地面に倒れそうになった。
---------ガシッ
何かが私を支えた。大きい何かだ。
「だいじょうぶか?」
私は朦朧としながら目の視点を合わせる。
「お前の事を、守り切れなかった……すまん」
ジェイクが私の倒れそうになった体を抱き止めてくれていたのだ。
「ジェイク、大丈夫なんですか?」
「あぁ……急所は上手く外した」
ジェイクの胸からは大量の血が流れだしている。
「血が……」
「治癒魔法を掛けて、起き上がるまでに時間が掛かったがな……」
「痛い……でしょう?」
「お前に死なれるよりは痛くない」
気づいたら私は涙がボロボロ零れていた。
「お前は、初めて会った時も泣いていた」
「はい……」
「あの時、何とかしてやりたいと思った」
「はい……」
涙が止まらない理由が分からなかった。
「俺は、不器用だが」
「はい……」
「二度と、お前は泣かせない」
「はい……」
「今日みたいな事にも、絶対させない」
「はい……」
言葉足らずな男が一生懸命、言葉を紡いでいる。
一言一言が刺さる。
「お前を置いて、先に死んだりはしない」
「はい……」
「だから俺の、よ、よ、よ、嫁になってくれ!」
私はジェイクの大きな体を抱きしめ返した。
「はい」
これが、私たちが結ばれた瞬間であった。
「うぉほぉおおおん」
「!」
「あのぉ。よそでやってくれます?」
(ミリアがいたのだった……白目)
ジェイクが私たちに治癒魔法を施し一時立て直しができた。
魔族と一悶着している間にレイド部隊はデュラハンを討伐していた。
ミリアは治療が済むと立ち上がる。
「お二人。最後まで付き合ってね?」
「?」
そう言うと遺跡の中央に歩き出す。
そこには石でできた祠があり、その中にミリアは入って行く。
「なんですかこれ?」
祠の中の部屋には丸く加工された石が浮いていた。
部屋の壁中に無数の青く発光する溝が引かれている。
その溝は浮いている石の下に集まっていた。
「今風に言うならオーパーツって言われてるものよ」
「ふぇ~」
「昔ここは空中都市、魔法ギルドだったの。その遺産ね」
「どうしてこの場所に?」
「これ、ゲートって呼ばれる力で動いてるらしいの」
説明によると高レベルの魔物が現れた原因がコレだと言うのだ。
「誰かが干渉しなければ、何も起こらないのよ」
「それじゃあ、誰かがこれを?」
「可能性はあるわね。だから私が動いたの」
ミリアは剣の名門貴族。ソテリキャリ家の次期当主だ。
数千年前、勇者と親友だった先祖を持つお家柄。
誰も知り得ないような事を彼女が知っていてもオカシクはない。
「どうするの? ミリア」
「えっ? そりゃこうするのよ」
ミリアは剣を抜いて浮いている石を真っ二つにした。
--------ドガァアアアン
動力を失った球体は床に崩れ落ち粉々に砕けた。
部屋を照らしていた青い光も消えてしまった。
「手に余る物は無い方がいいわ」
ミリアは剣を鞘に納めた。
人通り終わり、ギルド編成部隊に戻ると他の冒険者たちから心配された。
「生きてたのか!」
「途中で見なくなったから心配したぞ!」
「はい。実は違う魔物と交戦してまして……」
「だから、ボロボロになってるのか? おい救護班!」
戻った部隊で手厚い治療を受ける。
私たちが魔族と交戦した事は誰にも話さず黙っておいた。
余計な噂を立てたくないとミリアから口止めをされたからだ。
何にせよ誰一人欠けず無事シムベリンに帰還したのであった。
街に着いて、ミリアが声を掛けてくる。
「ねぇ。チカゲさん」
「はい」
「困った時はソテリキャリを頼って!」
「ありがとう。ミリア」
「次は、足を引っ張らないように腕を磨いておくわ」
「私も精進します」
そう言って固い握手を交わした。
「あと……」
「?」
「がんばってください今夜」
(えっ……白目)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シムベリンの街。
冒険者が愛用する宿屋に私とジェイクは居た。
ベットの上にお互い正座しているという奇妙な画が完成している。
「つまり、今日からお前と俺は、ふ、ふ、ふ、夫婦」
(顔真っ赤にするな! コッチまで恥ずかしくなるッ!)
「俺でいいんだな?」
「女に二言はありません」
武士の様な返答をしてしまい色気が無いと自己反省する。
「俺は、今33歳だが」
「はい」
「生まれてこの方、その、なんだ。女と付き合った事がない」
(アタシよりも立派な魔法使いだった……白目)
「惚れたのも、お前が始めてだ」
「!」
こういうのを真正面から言われるのは、とても弱い。
「だ、だから。その、なんだ」
(なんだ!)
「アレも初めてで、その……」
「……」
「……」
察してしまい顔が火照って熱くなる。
「だ、だいじょうぶです!」
「!」
「私が指導します!」
何だ、この私の男前っぷりは! 混乱してトンデモナイ事を口にしてしまった。
「お前は、その、し、したことが……」
(それ聞いちゃいますッ?! このタイミングでッ?!)
転生前は結婚していたのでアレだが、転生後は未経験でアレだ。
「……転生前はありますが、生まれ変わってからは……無いです」
「処女なのか?」
(お前、ぶん殴るぞ……白目)
この色気のない夜はどうしてくれよう。
「あーもぉ、さっさと脱いで、そこに転がれ!」
「あ、はい」
(今日はいったい、なんて日だッ!)
ランプの明かりがボーッと室内を薄暗く照らしている。
私の上にいるジェイクをまともに見れない。
自分の心臓の音が早く脈打っているのが分かる。
情けない事に私は多分緊張している。
「……もちょっと……した……です……」
恥ずかしすぎて、片方の手の甲で自分の口元を隠す。
「……ッ」
転生したから体も新しいのだなと変な思考が回る。
首に手を回して体を密着しているとジェイクの心臓の音が伝わってくる。
心音が早く体が熱を帯びている様に熱い。
自分の汗なのか彼の汗なのか密着していると分からなくなる。
月が昇り切った頃、部屋の明かりは消えたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クレムストック南の丘。自宅前のベンチの上で目が覚める。
(懐かしい夢……)
どうやら私は眠ってしまっていたらしい。
遺跡での出来事の後、私のステータスは元に戻っていた。
遺跡で聞いた声も分からず終いである。
ミリアは幾日か経った後、諸国を周ると言って一人で何処かに消えてしまった。
元気にやっているのだろうか?
そうこう考えている内にジェイクが荷馬車に乗って帰って来た。
「いいのがあったぜ!」
そう言って親指で荷馬車を指さす。
「ジェイク、ありがとう」
「おう!」
さっそく二人で家具を部屋に設置した。
夜は、私の手料理を始めてジェイクに振る舞った。
「お、おいしいですか?」
「……」
「え、もしかしてまずい?」
「うぅ……」
ジェイクは天井を見上げて泣いていた。
「……嫁の、手料理……くっ」
この日の夜、家からは笑い声が絶えませんでした。
どこの世も、惚れたら負けなのだ。




