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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第二章 狐賽
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3 チョボイチ

「あれっ、与人じゃねーか」


 賭場に来た生徒たちを代表するように山口が言った。


「教室にいないと思ったら、こっちに来てたのか。珍しいな」


「まぁ、たまにはな」


 与人はなんでもないようにさらりとそう答える。


 山口が驚くのも無理はない。貧乏性で金を賭けて勝負することに拒否感があること。賭けがバレた場合に、特待生や奨学生の資格を取り消される可能性があること。そういった理由から、与人は今まで一度も学校でのギャンブルに参加したことがなかったのである。


 隣の男子生徒――あとで自己紹介を聞いたが川島かわしまというらしい――が山口に尋ねる。


「知り合い?」


「沢村与人だよ。ほら、成績発表でいつも上位にいるだろ?」


 山口がテストの順位の貼り出しを挙げて説明すると、川島も「ああ」と納得したような声を上げていた。


「噂の苦学生かー」


「噂のって……」


 浮いている自覚はあったが、面と向かって言われるとは思わなかった。与人は顔を顰める。


 しかし、川島も貶すつもりだったわけではないらしい。


「別に悪い噂じゃないよ。ほら、子供の学力は親の年収に比例するとか言うでしょ? 実際、うちの特待生も、学費出そうと思えば出せるような家の子がほとんどみたいだし。だから、そうじゃない沢村君が目立ってるってだけ」


 恒正学院は歴史のある名門私立である。生徒の家庭が裕福なのは勿論、親が卒業生というパターンも少なくない。だから、与人のような貧困層出身の生徒というのはかなり珍しいのだ。


 川島は「与人が成績上位の特待生」ということを念頭に山口に質問する。


「ギャンブルの方も強いの?」


「こいつ、駆け引きとか上手いからなぁ。むしろ、勉強よりも得意なくらいじゃないか」


 賭場には行かないというだけで、山口とのポーカーを始め、クラスでの遊びの勝負には与人も参加していた。というか、自分から率先して勝負を持ちかけていたくらいである。


 その時のことを思い出すように、山口は説明を続けた。


「ポケモンとか鬼のように強いし」


「ポケモン……」


 川島は呆気に取られたようにそう繰り返していた。


 サイコロ一つに、壺一つ。それから、子がどの目に賭けたか分かりやすくする為の、1から6までの数字の書かれた紙。更には、雰囲気作りとして、床には教室の隅で放置されていた畳まで敷いてある。


 用意された道具を見て、与人が何のギャンブルをやるつもりか、川島はすぐに理解したようだった。


「チョボイチかー」


 そう口にしたあと、続けて確認してくる。


「これって、沢村君の持ち込み?」


「ああ。気になるなら、調べてもいいよ」


 衝撃が加わると変化が解けると言っても、ちょっと触るくらいなら問題ない。だから、与人はあっけらかんとそう応じる。


 すると、山口が言った。


「じゃあ、遠慮なく」


「お前が調べるのかよ」


 与人は思わず呆れ顔を浮かべる。


 これに「念の為だよ」と笑って答えてから、山口は道具を調べ始めるのだった。


 まずは壺。与人が用意したのは、竹で編まれたものである。


 壺を使ったイカサマの方法としては、『毛返し』がある。あらかじめ壺の口のところに髪の毛を張っておき、壺を開く時にそれを引っ掛けてサイコロを操作する。そうして親になった時、子が賭けていない目を出すのだ。だから、山口は壺の中に指を突っ込んでいた。


 次にサイコロ。こちらは白いプラスチックに凹凸で数字の入れられた、オーソドックスなものである。


 サイコロを使ったイカサマと言えば、『グラ賽』だろう。サイコロの中に重りを入れたり、正六面体(立方体)の形を崩したりすることによって、重心をずらして出目が偏るように細工を施しておく。そうすることで、親の時に出目を操ったり、子の時に出目を予想しやすくするのである。それで山口は手で持って重さを確かめたり、実際に振って出目を調べたりした。


「問題なさそうだな」


 道具を調べ終わると、山口はそう言った。実際にはコンが化けているにもかかわらず、である。


 そんなこととは露知らず、山口はすぐにでもチョボイチを始めようとする。


「親はどうする?」


「公平に廻り胴でいいだろ」


 そう答えてから、与人は付け加えて言った。


「ああ、廻り胴っていうのは、特定の胴元――この場合は特定の親を決めるんじゃなくて、親を順番に交代していくってことな」


「え、いや、知ってるけど」


「……一応、確認の為にな」


 まさかコンの為に解説したとは言えない。不審がる山口を見て、与人はそう誤魔化した。


 廻り胴ということが決まれば、次は最初の親決めである。参加者はそれぞれサイコロを振っていく。そんな中、与人が唯一、最大の6の目を出して最初の親に選ばれたのだった。


 親の与人はまず壺を振る。壺にサイコロを入れて、それを盆ござの上に伏せるのである。


 それから、参加者たちに呼びかけた。


「さぁ、張った張った」


 その掛け声に応じて、子の山口たちは次々に賭け金を張っていく。ある者は自信たっぷりに、ある者はまずは様子見という風に、またある者はポーカーフェイスで周りに感情を悟らせないように……


 参加者全員が賭け終わると、与人はその額の多寡を確認した。


「3が出たらまずいな……」


 賭け金が最も集まった目は3。逆に誰も賭けていない目は5だった。


「5来い、5」


 与人はあたかも神に祈るかのようにそう呟く。


 そして、賭場にいる全員が固唾を呑んで見守る中、とうとう壺が開かれるのだった。


「勝負!」


 その出目は――


 3だった。


「イエーイ」「よっしゃあ!」


 3に賭けた子から、そんな歓声が上がる。


 そうでない子からも、親の多額の支払いをからかう声が飛んできた。


「与人、珍しく来たと思ったら、いきなりこれかよ」「お金賭けると弱いタイプ?」


「うるさいな」


 そう表面上は渋い顔をしながら、与人は内心冷静そのものだった。


          ◇◇◇


「お前の変化を使って、チョボイチで稼ぐぞ」


 前夜、変化の術の詳細について聞いた直後、イカサマギャンブルをすると言い出した与人。


 これに対して、コンはこう答えた。


「……分かりました」


 生真面目なコンのことである。止められるかとも思っていたのだが、そんなことはなかった。


 それどころか、これもお礼の一環だと考えているのか、コンはむしろ乗り気なくらいだった。


「頑張って、与人様が勝つ目を出しまくります!」


 やる気があるのは頼もしい。が、しかし、この発言は少し困る。


「いやいや」


「えっ」


 はしごをはずされたような形になって、コンはそう戸惑っていた。


 そんなコンに、与人は説明する。


「勝ち過ぎると怪しまれて、コンのことがバレる危険性が上がるだろ。さすがに正体が化け狐とまでは思わなくても、道具に何か仕掛けがあると勘づく奴は必ず出てくるよ」


 いくら金を賭けない普段の勝負では与人の方が勝っていると言っても、山口たちだってかかしというわけではない。いや、金を賭けたギャンブルの経験という点では、逆に彼らの方が上なくらいだろう。


「それに、いくら違法な賭博と言っても、所詮は身内同士のお遊びだしな。私刑にしたって、イカサマまでして勝つのはやり過ぎだろう」


 話を聞く限り、賭け金のレートは低く、そこまで悪質なギャンブルをしているわけではないようだ。罰を与えるというのなら、一言注意して反省を促せばそれで十分ではないか。ましてや、自分の私欲の為にはめるなど論外である。与人はそう考えていた。


 だが、それなら今までの話は何だったのか。コンはきょとんとした表情で尋ねてくる。


「じゃあ、私は一体何をしたらいいんですか?」


「とりあえず、自然に出る目に任せるだけで、コンは何もしなくていいよ。さすがにタネ銭(所持金)がなくなりそうなら話は別だけど、最初の内はヒラで――イカサマなしでやって勝ったり負けたりで十分」


 そこまで言ったあと、与人はとある人物の顔を思い浮かべる。


「それで、まずは獲物がかかるのを待つ」


          ◇◇◇


「はぁ!? ここで1が来んのかよ」


 6に賭けた山口は、出目を見て声を荒げた。


「見事にはずしたね」


 川島がそう囃し立てる。周りからも笑い声が上がった。山口が「うるせー、次だ、次」と言うと、その笑い声は更に大きなものになる。


 与人も一緒になって笑うが、その心中は傍観者のように冷ややかだった。表面的な言動は周囲に合わせながら、頭の中では計画とその進捗を振り返っていたのだ。


 チョボイチは100円、200円の低レートで勝ったり負けたりの繰り返し。山口たちの無邪気な遊びぶりを見る限り、コンのことがバレた様子はない。ここまでは順調だと言えるだろう。


 問題は次。狙った獲物がかかるかどうかである。


 与人がそう考えた、ちょうどその時だった。


 教室のドアがノックされる。


 賭けのことが教師たちにバレないように、教室のドアには鍵を掛け、更に参加者は入室の際に特殊なリズムのノックをするきまりになっていた。


 まず一回。それから間を空けて三回。そして、最後にもう一回。


 どうやら参加者らしい。一人が鍵を開けにいく。


「おや」


 教室に入ってくるなり、彼女は挑発的な笑みを浮かべた。


「賭場が立っているか覗いてみれば、珍しい顔がいるじゃないか」


 流れるようになめらかな、豊かな長い黒髪。だが、決して清楚な印象は受けない。


 まず体型。スタイルがいいのは確かだが、女子としては上背がある。


 更には目。切れ上がったような鋭い目つきが、長身と合わせて他人を見下ろすような雰囲気を発しているのだ。


 そんな彼女の姿を見て、しかし、今日の与人は内心ほくそ笑んでいた。


(かかった……!)


 自分の計画が上手くいくかどうかという期待と不安。そして、それに伴う激しい興奮と緊張。そういった感情を押し殺して、与人はただ微笑んで答える。


「よう、お嬢」

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