14 真の勝者②
コンを部屋に上げると、それから与人は詳しい話を尋ねた。
「山が買われたって、値段交渉が難航してたんじゃなかったのか?」
リゾート開発をしたい業者と山として残したい地主で意見がまとまらないと、そういう話だったはずである。まさか自分たちが金を稼いでいる間に、地主が心変わりでもしたのだろうか。
しかし、事はもう少し複雑だったらしい。
「どうも開発業者とは別の人が買っていったみたいなんです」
コンの説明を聞いて、与人は怪訝な顔をする。それは支払いに用意した3000万がまるまる浮いたということにならないだろうか。二人で山分けしても、一人当たり1500万の儲けである。
「山として使うっていう条件が出てるんだろ? 他の奴が買ったんなら、むしろラッキーなんじゃあ……」
「それが、その条件を破棄させるくらいの高値をつけたみたいで」
結局のところ、買い手が変わっただけで、コンたちが山を追い出されることには変わりないようだ。だから、コンは慌てて駆け込んできたのだ。
何とか今からでも買い戻せないだろうか。そう考えて、与人は質問する。
「高値って、いくらだ?」
「2億だそうです」
「に、2億……」
業者の提示額の十倍である。文字通り桁が違う。元々、息子は売るのに賛成していたようだし、地主が翻意するのも無理はないだろう。
「しかし、山を買ってどうするつもりなんだ? 土地転がしでもする気か?」
だが、同じように大金を払って条件を破棄させなかったということは、開発業者はそれほどの価値を見込んでいるわけではなさそうである。そんな土地を転売しようとしたところで、儲けが出るかどうかは疑わしいところだ。
かといって、他にどんな目的があって、わざわざ高値で山を買ったのだろうか。
だから、与人は続けて尋ねる。
「で、そいつは一体どこのどいつなんだ?」
「それがまだはっきりとは分からなくて……」
コンはそう弱々しく首を振った。それで、二人して頭をひねることになる。
ちょうどその時、与人の携帯に着信があった。
そして、画面に表示された名前を見て、与人はようやく犯人の正体に気づいたのだった。
「まさかとは思うけど、山買ったのはお前か?」
与人は第一声からそう尋ねる。
「お嬢」
これに、切子は悪びれるでもなくこう答えた。
「もう話が伝わっているのか。手間が省けたな」
考えてみれば、何てことのない話である。山で暮らすコンたち狐が相手なら、いくらでも高値で山を転売できる。いや、それどころか、山の代金を稼ぐ為に与人が再び裏賭博を行うだろうから、その仲介料も取ることで二重に搾取できるだろう。
与人だって、その可能性を全く想定していなかったわけではない。というか、想定していたからこそ、急に金が必要になった理由について、切子には一切教えていなかったのである。
〝ダメ元のつもりだったのに、まさか連絡してくるとは思わなかったよ。仲介料に対する駆け引きのつもりで、あえて一度断ったってわけじゃあないんだろう?〟
〝状況が変わったんだよ〟
〝状況とは?〟
〝お嬢に話す義理はない〟
では、一体どこから秘密が漏れたのか。その目星はすぐについた。
「……もしかして、コンから山のことを聞いたのか?」
「ああ、そうだよ」
与人の質問に、切子は愉快そうにそう答えた。
◇◇◇
与人が裏賭博を紹介して欲しいと頼んできた、あの日の夜のことである。
縁側で晩酌をする切子のところに、コンがやってきた。
「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」
「いいとも」
そう頷いて、切子は自分の隣を示す。
「まぁ、座りなよ」
「は、はい。失礼します」
それから、二、三何気ない会話をしたあとで、コンはおずおずと本題に入るのだった。
「あの、与人様のご両親のことなんですが……」
「…………」
その言葉に切子は答えない。ただ黙って考え込む。
すると、コンは更にこうも続けた。
「亡くなっているとは聞きましたけど、もっと詳しいことが知りたくて」
コンは随分と与人のことを気に掛けているようだ。与人が命の恩人だからということも確かにあるのだろうが、彼女自身がよく言えば人のいい、悪く言えば騙されやすい性格をしているのではないか。
そんなコンの相談を聞いて、切子はしたたかに計算を始めていた。
(やはり、沢村君よりこの子の方が与しやすそうだな……)
何故、突然大金が必要になったのか。単純に興味があったし、それに内容によっては利用できるかもしれない。だから、切子はずっと聞き出す方法を考えていたのだ。
(素直な性格みたいだし、怖がられている分、代わりに優しくしてやればすぐにでも口を割るだろう)
飴と鞭。あるいは、良い警官と悪い警官。人を懐柔するには、ただ優しくするだけ、ただ厳しくするだけよりも、それらを使い分けた方が効果的なものである。
「……どうしてまた、そんなことを?」
優しい声色と眼差しになって、切子はそれとなく話題を誘導する。
「急に金が必要になった事情と、何か関係あるのかな?」
これが効果覿面だったようである。
コンは驚くほどあっさりと喋り出していた。
「はい、実は――」
そうして詳しい事情を聞き出した切子は、「これは使える」と心中ほくそ笑んでいた。
◇◇◇
「こういう事態にならないように、金が要る事情についてきちんと口止めしておくべきだったね」
電話の向こうで、切子は心底おかしそうに笑い声を立てていた。
やはり、自分たちを助けるつもりで山を買ってくれたわけではないようだ。始めから切子にそんな期待をする方が間違いかもしれないが。
だんだん驚きが苛立ちに変わってきて、与人は険のある声で尋ねた。
「もういいか? 切るぞ」
「待ちなよ。ちゃんといいニュースもある」
悪いニュースのあとのいいニュースは、素直に喜べないものだというのがジョークの定番だが、切子の話もその類型通りだった。
「東条のやつ、君のことが随分気に入ったみたいだよ。彼女自身が再戦したいと言っているのは勿論、君に負けたという話を嬉々として周りに喋っているみたいでね。おかげで、君を対戦相手に指名した勝負の話がいくつも入ってきているんだ」
与人は少し考えてみたが、裏賭博以外の方法で大金を稼ぐあては思いつかないし、他の方法で稼いだ金を切子が受け取るかどうかも怪しい。結局、山の代金と裏賭博の紹介料という、彼女の二重の搾取を甘んじて受け入れるしかなさそうだ。
「そうか、分かった。今日にでも、お嬢のところへ顔出すよ」
この与人の返事を聞いて、切子の声色はこれまで以上に上機嫌なものになっていた。
「それじゃあ、楽しみにしているよ」
何をとは決して言わない切子。おおかた以前口にしていた通り、自分が裏賭博で大敗して破滅するのを見たいのだろう。だから、大枚をはたいて山を買ってまで、自分に代打ちをさせたがっているのだ。
(このサディストめ)
どうせなら口に出してそう言ってやろうかと思ったが、電話は既に切れていた。どこまでも忌々しい女である。
そばにいたから、二人の話は聞こえていたようだ。通話が終わると、コンはすぐに謝ってきた。
「すみませんでした!」
コンの顔からは血の気が引いて、声は震えている。怯えたような、泣き出しそうなような、そんな様子だった。
「わっ、私のせいで……」
「いいよ、俺のミスだ。俺が悪かった」
切子の言うように、きちんと口止めしておくべきだったのだ。コンが自身を責める必要はないだろう。
そうコンに言ったあとで、与人は思い直して訂正する。
「ていうか、一番悪いのはお嬢の性格だ」
よく考えれば、いや、よく考えなくても、そういう結論になるのが正しいだろう。
それから、与人はこうも言った。
「ま、土地代は前より高くつくだろうけど、これで金稼いでる間に人手に渡る心配はなくなったと、そう前向きに考えよう」
「…………」
慰めの言葉だと思われたらしい。コンは何も答えずうつむくばかりだった。
確かにコンを慰めようと言ったのは事実だが、与人は嘘をついたつもりはなかった。切子が持ち主になったことで、「地主が開発業者にいつ山を売るか分からない」という問題はなくなったのだ。今までのように資金調達に焦る必要がなくなったのは間違いないだろう。
「そういえば、朝飯がまだだったな」
資金調達に焦る必要がなければ、京極家の屋敷で生活する必要もない。だから、与人は安穏としたことを口にする。
「久々に作ってもらえるか」
「はっ、はい」
切子に山の件を話してしまったことに対する罪滅ぼしができると思ったのか。それとも、久しぶりに事故から助けてもらったことに対する恩返しができると思ったのか。コンの顔に、ようやく明るさが戻ってきた。
「それじゃあ、すぐに用意しますね!」




