13 真の勝者
澄香との勝負で、与人が手にした金は総額8800万。
しかし、それがそのまま収入になるわけではない。
大金を得た歓喜もそこそこに、与人はその分配を始めていた。
「まず経費として、俺たちが用意したタネ銭の800万。借りた金とその利子の一割で、忍たちに3300万。合計4100万を除外して、利益が4700万」
経費の分を渡したあと、与人は忍たちに確認する。
「報酬も一割でいいんだよな? 折半とかじゃなくて」
「ええ。作戦のメインはあくまであなたたちですから」
「なんだか悪いな」
とはいえ、金に困っているのだから、あまり他人に気を遣ってもいられない。与人は素直に彼女の言葉に甘えることにした。
「それじゃあ、忍とタマに470万ずつ、と」
これに、タマは「私も?」と、忍は「なんだか申し訳ありませんね」と、それぞれ答えるのだった。
「それと、車出してくれた人にも払いたいんだけど……」
コンを車で追いかける時、忍たちとは別に、他の組員にも協力してもらったのである。彼(彼女?)にも報酬があってしかるべきだろう。
この与人の申し出に、忍は「ああ」と声を上げていた。
「吉田さんの分なら、私から渡しておきましょう」
「お前、吉田さんをこき使い過ぎだろ」
確か、澄香の事前調査も彼がやらされていたはずである。平然と言ってのける忍に、与人は眉根を寄せていた。
だから、「じゃあ、キリもいいし、吉田さんの分が560万な」と、若干多めに報酬を見積もる。こうして、忍たちへの支払いがちょうど1500万になったのだった。
「これで俺たちの収入が、残った3200万」
だが、やはりこの金が全て与人の分というわけではなかった。
与人は今度、切子の方を見る。裏賭博を紹介してもらう代わりに、彼女には仲介料を支払うという契約になっていたのだ。
「次にお嬢の取り分として、収入の四割で1280万」
これには、あまり金に執着のない与人も手が止まりそうになる。
「1280万……」
それだけあれば、今から大学卒業までの学費、生活費を全て賄えるのではないか。とりあえず現在支援を受けている高校の分は後回しにするとして、四年制の国公立大学の学費を総額300万、一ヶ月の生活費を平均の12万と仮定すると……
そんな与人の試算を、切子が打ち切る。その口調は、何か文句があるのかと言わんばかりだった。
「契約の通りじゃないか。それを了承したのは君だろう」
「いや、いいんだけどさ……」
切子の紹介がなければ、そもそも今夜の勝負はなかったのだ。それに、金の出所が分からなくなるように資金洗浄もしてくれるという。そのことを思えば諦めもつくと、与人は渋々彼女に金を渡すのだった。
「……仕方ないな」
切子は見かねたようにそう呟くと、こちらに向かって手を差し出してきた。
「ほら」
「え?」
「君に返すと言ってるんだ」
そう言う切子の手には、仲介料1280万の内の、280万が握られていた。
「……いいのか?」
「四割貰うというのは、あくまでギャンブルで勝った場合の話だからね。君はポーカー自体には負けたんだから、契約の通りなら本来私は一円も貰えないのが道理だよ」
理屈でいえばそうだろう。しかし、切子が本当に理屈通りに金を返したわけではないことは明らかだった。だから、与人は「お嬢……」とだけ声を漏らす。
そんな与人に、切子はこうも言った。
「それに端数が出るのも気持ち悪いからね」
「280万を端数扱いするな」
二十代前半の年収の中央値が、およそそれくらいだったはずである。一体、どういう金銭感覚をしているのだろうか。もっとも、返せと言われたら困るので、あまり文句を言うわけにもいかないのだが。
「それじゃあ、俺たちの利益は3200万から1000万引いて2200万。これにタネ銭の800万をたして、所持金はちょうど3000万だ」
自分で口にした言葉を、与人は思わず繰り返していた。
「3000万か……」
獲得した8800万から半額以上も目減りしてしまった。だが、目標額である2000万を稼ぐことはできたようだ。
「やったな」
「はいっ!」
与人が笑いかけると、コンはそれよりもいっそうの笑顔を浮かべるのだった。
金の分配が終わったあとの行動はそれぞれだった。忍とタマは頼んだ通り吉田の分の金を渡しに行ったようだし、切子も組長に勝敗の連絡でもするのか携帯電話を手に部屋を出ていった。
そんな中、3000万を手に入れた与人は、コンに提案していた。
「これだけあれば、もう山を買えるんじゃないか?」
「ですかね?」
「ああ、交渉の余地はあると思う」
嬉しそうに確認してくるコンに、与人はそう答えた。
元々は開発業者が出すと言ったのと同額の2000万を用意するつもりだったのだ。3000万もあれば十分なのではないか。少なくとも、こちらがまとまった金を出せることを示せば、地主も話くらいは聞いてくれるだろう。
「それじゃあ、私は一旦山に戻って、皆と相談してみます」
「それがいいだろう」
目を輝かせて言うコンに、与人は静かにそう頷いた。
浮かれ騒ぐようなコンと違って、与人は安堵の気持ちの方が強かった。
山が売られるかもしれないという不安。裏賭博で勝ち続けなければならないという緊張。そういった重荷から、ようやく開放されたのである。今はもう、ただただ休息を取りたかった。
うきうきした足取りでコンが部屋から出て行くのを見送ったあと、与人はストレッチ代わりに首の骨を鳴らす。
(これで、久しぶりにゆっくりできそうだな……)
しかし、そんな与人の願いは叶わなかった。
◇◇◇
数日後のことである。
しばらくぶりにアパートに戻った与人は、休日の朝を堪能していた。馴染みの煎餅布団にくるまったまま、ぼんやりと過ごす。
花冷えする季節もとっくに終わって、春の日差しの暖かな、穏やかな朝だった。つい最近まで、賭場のひりつくような空気の中にいたから尚更そう感じる。だから、もう少しまどろんでいたかった。
そうしてぼやけた頭で、与人はまたコンのことを考える。
コンとは京極家の屋敷で別れたきりになっていた。
あれからもう数日経つが、ちゃんと故郷の山を買うことができただろうか。それとも、自分のところに戻ってこないのは、山を買えた証拠だろうか。しかし、生真面目なコンなら、一度くらいは報告の為に戻ってきそうなものだが……
そんな与人の思考は、途中で中断された。
部屋に響くインターホンの音。こんな時間に一体誰だろうか。
あくび交じりに玄関のドアを開けると、そこにはコンが立っていた。
「与人様!」
コンは血相を変えて叫ぶ。
「大変! 大変です!」
「何だよ、朝っぱらから」
二度寝を妨害されたこともあって、与人は余計にしかめっ面をする。そういえば、前にもこんなことがあったな、と思いながら。
コンは相変わらず慌てた様子で続ける。
「それが、一足先に山が買われちゃったみたいで!」
「…………」
何を言っているのか理解するのに、少し時間がかかった。
「はぁ!?」




