8 逆転劇②
第17ゲームが終わった直後のことである。「お互い変化が使えない状況になったが、資金力と実力の差で苦戦している」ということを正直に伝えると、コンは焦ったように質問してきた。
『じゃ、じゃあ、変化以外のイカサマとかないですか?』
『……できそうなのは『すり替え』かな。手札のカードと服や何かに隠したカードをすり替えて、強い役を作るんだ』
『なら、それをすれば……』
『ただ、前もってカードを仕込んできたわけじゃないからな。中座を提案しても不自然でないような理由が欲しい』
コンの質問に、まずはそう答える。
それから、与人は澄香を真っ直ぐ見据えて言った。
『それに、まだ手がないわけじゃない』
続く第18ゲーム。与人はその言葉通り、手札が配られた瞬間に早速作戦を開始する。
『よし、変化を使うぞ、コン』
この指示を聞いて、コンは呆気に取られたような声を出す。
『え、でも、カードは相手に調べられてしまうんじゃあ……』
『ああ、ショーダウンした時の手札はな』
そう頷いてから、与人は続ける。
『言い換えれば、それ以外はノーチェックってことだ』
『?』
話を飲み込めない様子のコンに、与人は詳しい説明を始めた。
『まず変化を使って偽のカードを作ったら、今度はそれをあえてチェンジに出す。すると、相手が調べるのはあくまでショーダウンした時の手札だけだから、偽のカードは変化が掛かったまま回収されて山札に紛れ込むことになる。
そして、相手が山札から配られた偽のカードを使って役を作った時、その変化を解いて役を破綻させる』
『なるほど』
コンは感心したようにそう頷いた。
説明した通り、この第18ゲームでは、与人は手札のスペードの2をダイヤのAに変化させると、それをチェンジに出す。案の定、澄香はショーダウンの手札こそ調べたものの、チェンジしたカードには一切触れなかった。
その結果、第18ゲームの終了後、ディーラーがテーブル上の全てのカードを回収して、次のゲームの準備を始める。まず偽のカードを山札に送ることには成功したようだ。
それから以降のゲームでは、とにかく普通に戦って、澄香の手札に偽のカードが入るチャンスを待った。幸い、実力や運が拮抗しているのか、チップは大幅に増えることはなかったが、減ることもまたなかった。
そうして迎えた、第27ゲーム。
偽のカードには表だけでなく裏面にも変化が掛けられていた。裏からでもそれと見分けられるように、模様を微妙に変えてあるのだ。
そして、その裏面の違う偽のカードが、澄香の手札に入った。
更に、――
「チェンジ、三枚お願いします」
彼女はチェンジを行う際に、その偽のカードを手札に残したままだった。
加えて、チェンジ後の自分の手札は、Jと9でできたツーペア。悪くない手である。
これを見て、与人は言う。
「ベット、100万」
ここまでは上手くいっている。あとは、どうやって賭け金をつり上げるかだろう。
ショーダウンでタネが割れれば、澄香は次からチェンジに出したカードも調べ出すだろう。この作戦が使えるのは、ただの一度きりなのである。だから、与人はここで稼げるだけ稼いでおきたかった。
そんな与人のベットに対して、澄香はこう応じた。
「……レイズ、10万」
(やっぱりな……)
与人は内心でそう呟く。
少額レイズで様子見。これまでも澄香は基本的にこのパターンばかりだった。資金力的にも、実力的にも、自分が優位に立っているという自覚から、あえて相手に付け入る隙を与えているのだろう。
それはつまり格下と侮られているということだが、しかし与人はこれ幸いと賭け金を更につり上げていた。
「レイズ、200万」
これに対し、澄香は予想通り、フォールドどころかコールさえしなかった。
「レイズ、10万」
今回も彼女はそう言って、少額レイズで応じてくる。これでアンティなどを含めた賭け金は計340万ずつになった。
運悪く、偽のカードの変化を解除しても、澄香の役の方が強いという可能性もありえる。その場合は、あえて変化を解除せずにまた紛れ込ませておいて、次のチャンスが来るのを待った方が得策だろう。だから、所持金目いっぱいの450万まで賭けるべきではない。
そう考えて、与人は言った。
「……コール」
そして、運命のショーダウン。
与人の手は、スペードのJ、ダイヤのJ、スペードの9、クラブの9、クラブのQ。
「ツーペア」
一方、澄香の手は、クラブのA、ハートのA、ダイヤのA、ハートの7、クラブの3。
「スリーカード」
ただし、実際のカードは、ダイヤのAではなくスペードの2。つまり、実際の役はスリーカードではなくワンペアということになる。
だから、与人は指でカードを叩いて、その変化を解く。
「まさかワンペアで大勝負に乗ってくるなんて驚きだな」
格下と侮っていた相手からの思わぬ一撃である。たとえば八番バッターのホームラン。たとえば弱小クラブのロングカウンター。たとえば下位ランカーのクリーンヒット。それらと同様に、このショーダウンは衝撃的なものではないか。
しかし、澄香の表情には、ほんの少しの動揺も浮かんでいなかった。
「そうですね」
彼女はそう答えると、逆にこちらの手札に手を伸ばしてくる。
「でも、それはあなたも同じでしょう?」
「!?」
与人は驚愕を隠せなかった。
澄香がカードに触れた瞬間、ダイヤのJがハートの3になり、クラブの9がスペードの6になった。
これで与人の手札は、クラブのQ、スペードのJ、スペードの9、スペードの6、ハートの3に。
つまり、ツーペアだったはずの手が、ただのハイカードになってしまったのである。
◇◇◇
第3ゲームの決着後、ショーダウンで与人が手札を確かめてきたことを受けて、ポンは言った。
『やっと気付いたみたいだね』
『そのようですね』
特に気にした風でもなく、澄香は淡々とそう相槌を打つ。
一方、相手が相手だから、ポンは一人語気を荒くしていた。
『だから言ったろう? 狐はアホなんだって』
そんな風にコンのことを腐すと、今度は自慢げに続ける。
『狸の方が上手なんだよ』
今の今まで相手の正体に気づかなかったとは鈍いにもほどがある。コンより自分の方が――狐より狸の方が勝っていると、ポンは改めて確信していた。
だから、ポンは次に、与人と澄香の比較を行おうとする。
『ま、狐の方は置いとくとして、坊やの方はどうだい?』
『そうですね……』
少し考えてから、澄香はこう答えた。
『なかなか見所のある方だと思いますよ』
その後で、澄香はまたこうも言った。
『しかし、私たちを相手にするにはまだまだ力不足でしょうね』
◇◇◇
(マヌケか、俺は……)
ツーペアからハイカードになった手札。それを見ながら、与人は歯噛みする。
すると、コンが不可解そうに尋ねてきた。
『与人様?』
『単純なことだよ。俺らがやったことを、相手もそのまんまやったってだけ。それも、俺らより多くの枚数のカードを使ってな』
澄香は変化で作った複数枚の偽のカードを、チェンジに出して山札に紛れ込ませてきた。だから、与人の手札には二枚も偽のカードが交ざっていたのである。
与人が思いついたものと同じ作戦を、澄香は更に化け狸の力を使うことで、上位互換とも言えるものにしてきたのだ。
『しかも、多くの枚数のカードを変化させられるってことは、こっちの手を潰すチャンスも何度もあったはずなんだ。それなのに、東条は今の今まであえて動かなかった』
自分の手札に偽のカードが来たら、ショーダウンで相手に調べられてもいいように変化を解除。相手の手札に来たら、調べるふりだけして変化を継続させる。おそらくはそういう方法で、澄香はずっと偽のカードを紛れ込ませ続けてきた。
では、何故澄香はそんなことをしたのか。その意味するところはただ一つだろう。
『ポーカーで稼ぐ為には、ショーダウンで勝つ前に、まず大金を賭けた勝負に相手を乗せなきゃならない。だが、東条が賭け金をつり上げたら、所持金の少ない俺は警戒して降りる方を選ぶ可能性が高い。
だから東条は、作戦が上手くいっていると勘違いした俺が、自分から賭け金をつり上げるのをずっと待ってたんだ』
澄香は偽のカードを相手の手札に送り込むという作戦を思いついた上、与人が同じ作戦を思いつくことまで想定していた。だから、それさえも組み込んで、新たな作戦を立ててきた。
与人は結局、最初から最後まで、澄香の手の平の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。
これにはコンも、『そんな……』と言葉を失っていた。
(資金力も上、憑き物の能力も上、更にはプレーヤーの実力まで上……)
与人は自問する。
(こんな状況で、どうやったら勝てるっていうんだ……?)




