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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第七章 狐の札
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7 逆転劇

 第3ゲームの決着後、ショーダウンで与人が手札を確かめてきたことを受けて、女は――澄香の憑き物は言った。


『やっと気づいたみたいだね』


『そのようですね』


 特に気にした風でもなく、澄香は淡々とそう相槌を打つ。


 一方、相手が相手だから、女は一人語気を荒くしていた。


『だから言ったろう? 狐はアホなんだって』


 そんな風にコンのことを腐すと、今度は自慢げに続ける。


『狸の方が上手なんだよ』


 二ツ岩(ふたついわ)ポンは勝ち誇ったようにそう言った。


 狐とは浅からぬ縁があるから、ポンは京極組の屋敷に来てすぐに相手の正体を察していた。だから、澄香は自分たちが有利になり過ぎないように、茶の湯の席で菊池寛の話を持ち出して、正体が狐だと気づいていることを伝えようとしたのである。


 また澄香が彼らを茶の湯に招いたこと自体にも、こちらの手の内を明かして立場を対等にする意味合いがあった。すなわち、狸が茶釜に化ける昔話、『分福茶釜』を連想させようとしたのだ。


 もっとも、ハンデとして与えたそれらのヒントに、彼らは気づいていなかったようだが……


 そういう理由もあって、ポンは更に狐を腐していた。


『前も〝お前ら狸は人に化けるのが下手なんだろう〟とか調子乗ってるから、〝そんなに言うなら猟師に化けてやる〟って啖呵切ってやったら、すぐに信じちゃってさ。通りがかった本物の猟師を私と思ってのこのこ近づいていくんだもん。おかしいったらありゃしないよ』


『その話はもう何度も聞きました』


 ポンの語る武勇伝に、澄香は苦笑を浮かべる。


『狐と揚げ物のことになると、急に子供っぽくなるんですから』


『そんなこと言われても、私の親も、その親も、そのまた親もそうだったからね。これが狸の性分さね』


 狸と狐が縄張りを巡って化かし合いをしたという話は日本各地に残っている。ポンの地元も同様で、ポンたち狸の一族は先のような嘘をついて、先祖代々狐を退治し続けてきた。その為、現在でも佐渡には狐がいないのである。


 このポーカーでの化かし合いも、変化の性質の違いから、狸に軍配が上がりそうだった。それも、ポンからしてみれば当然の結果ではあるが。


 だから、ポンはもう一人の方について尋ねる。


『ま、狐の方は置いとくとして、坊やの方はどうだい?』


『そうですね……』


 少し考えてから、澄香はこう答えた。


『なかなか見所のある方だと思いますよ』


          ◇◇◇


「ワンペア」と与人。


「ツーペア」と澄香。


 このゲームは澄香の勝ち。それを受けて与人は言った。


「カードをチェックさせてもらえるか?」


「どうぞ」


 澄香はそう笑顔で応じた。


 与人は彼女の手札を調べるが、変化が使われている様子はなかった。もっとも、チェックするのは変化を使わせない為の抑止力の意味が大きいのだが。


 勿論、それは澄香も同様である。


「スリーカード」と与人。


「ツーペア」と澄香。


 すると、澄香がこちらに手を伸ばしてくる。


「失礼しますね」


「ああ」


 このように、与人が勝った時には、逆に澄香が与人の手札を調べている。


 だから、ショーダウンのあとは、負けた方が勝った方の手札を確かめるのが、一種のハウスルールと化していたのだった。


 そうして、二人のポーカー対決は既に17ゲーム目に入っていた。


『この状況は……』


 これまでの勝負を振り返りながら、コンは与人に尋ねる。


『どうなんでしょう?』


『やっぱりチップが少ない分、こっちが苦しいな』


 与人の所持金は、スタート時から420万減らして380万。序盤で大負けした結果、その後は資金力の差でじわじわとリードを広げられていた。


『でも、お互いに能力を使えないなら、技術の差で勝てたりしませんか?』


『ドロー・ポーカーは、クローズド・ポーカーとも言って、クローズドとつく通り、互いがどんなカードを持っているか分からない。だから、技術の入り込む余地があまりないんだよ』


 フロップ・ポーカー(テキサス・ホールデムなど)は共通の場札を手札として使うし、スタッド・ポーカー(セブンカード・スタッドなど)は手札の一部を公開した状態でゲームを行う。


 またゲームの進行に応じて、テキサス・ホールデムは最大四回、セブンカード・スタッドは最大五回もベットラウンドが行われることになる。


 このようにフロップ・ポーカーやスタッド・ポーカーでは、公開されたカードやベットラウンドでの行動から、相手の役をある程度推測することができる。その為、勝負するか、降りるか、といった駆け引きが重要になってくる。


 一方、クローズド・ポーカーでは、ショーダウンまでお互いのカードは一切分からない。手札に関する情報といえば、せいぜい何枚チェンジしたかということくらいである。加えて、ベットラウンドも手札が配られたあととチェンジが行われたあとのたった二回だけと少ない。


 この点で、クローズド・ポーカーは他のポーカーに比べて戦略性が低く、運の要素が強いものとなっている。ギャンブル文化の盛んな海外のカジノで、クローズド・ポーカーによる対人戦が行われていないのも、このような性質が原因だとされている。


 また、正攻法で勝てない理由はまだあった。与人は澄香を睨みながら言う。


『それに、技術で俺が勝ってるとはとても言い切れない』


 お互いにイカサマを確かめ合うようになったあとも、資金力の差がネックとなって苦戦しているのは事実である。だが、澄香は賭け金を大きくつり上げて、こちらを勝負から下ろすような露骨な手にはまだ出ていなかった。


 茶の湯の席で、澄香は「勝負の緊張感を味わいたい」というようなことを言っていた。彼女が資金力でさっさと潰しにこないのは、勝負を楽しむ為になるべく対等な条件で戦おうとしているからではないか。


 もしかすると、こちらに憑き物が憑いていなければ、澄香もハンデとして憑き物の力を使ってこなかったかもしれない。実際、羽黒と大小で戦った時には、彼女が変化を使った形跡はなかった。


 そして現在、資金力の差も、憑き物によるイカサマも抜きにした勝負で、澄香は与人を追い詰めていた。


 だから、技術の面でも、澄香が与人を上回っている可能性があるのだ。


 与人の返答を聞いて、コンは焦ったように質問を続けた。


『じゃ、じゃあ、変化以外のイカサマとかないですか?』


『……できそうなのは『すり替え』かな。手札のカードと服や何かに隠したカードをすり替えて、強い役を作るんだ』


『なら、それをすれば……』


『ただ、前もってカードを仕込んできたわけじゃないからな。中座を提案しても不自然でないような理由が欲しい』


 コンの質問に、まずはそう答える。


 それから、与人は澄香を真っ直ぐ見据えて言った。


『それに、まだ手がないわけじゃない』


          ◇◇◇


 勝負は進んで、第27ゲーム。


 これまでの結果から、ポンも与人の実力のほどを理解していた。


 現時点でのチップは、与人が少し盛り返して450万、澄香が5350万。序盤で与人が大負けしたのを除けば、一進一退の攻防が続いていた。


 ドロー・ポーカーは運不運の要素もあるから判断が難しいが、二人の実力は互いに拮抗するレベルだと考えてもいいのではないか。澄香が認めるだけのことはあるようだ。


 そして、今回のゲームで、その与人が動いた。


「ベット、100万」


 二度目のベットラウンドで、与人は大きく賭け金をつり上げてきたのだ。


 ここまでは、せいぜい20万、30万の比較的少額の勝負が続いていた。それだけに、ギャラリーである切子や付き人たちの間にも緊張が走る。


 しかし、当の澄香は淡然としていた。


「……レイズ、10万」


 相変わらず少額のレイズによる見の姿勢。自信があるならレイズしてもいいし、そうでないならコールしてもいい。そう言わんばかりの行動である。


 これに与人が言う。


「レイズ、200万」


 本気か、ブラフか。与人は再び大幅に賭け金を上乗せしてきた。


 すると、澄香もすかさず返す。


「レイズ、10万」


 いくら手札の役に自信があっても、負ける可能性が拭えなかったのだろう。所持金450万の七割以上、340万が賭け金となる与人は、このあたりで勝負を受けざるを得なかったようだ。


「……コール」


 そう言って、彼は手を開く。


 その内訳は、スペードのJ、ダイヤのJ、スペードの9、クラブの9、クラブのQ。


「ツーペア」


 対する澄香の手は、クラブのA、ハートのA、ダイヤのA、ハートの7、クラブの3。


「スリーカードです」


 澄香がそう言いかけた瞬間だった。


 与人がこちらのカードに手を伸ばしてくる。


 そして、彼が指で叩くと、ダイヤのAがスペードの2に変わった。


 これで澄香の手札は、クラブのA、ハートのA、ハートの7、クラブの3、スペードの2。


 つまり、――


「まさかワンペアで大勝負に乗ってくるなんて驚きだな」

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