6 難敵③
第2ゲームが終わった直後のことだった。
『あの、与人様』
コンがおずおずと声を掛けてくる。
『どうした?』
『相手の能力なんですが……』
遠慮がちに彼女は言った。
『多分ですけど、変化なんじゃないかと』
『変化か。確かに候補ではあるけど……』
もし変化なら、必要なカードを自由に一枚補えるのだから、あと一枚で完成という状況にさえ持ち込めればそれでいい。澄香がやったように、フラッシュ、フォーカードと二回連続で大物手を作ることも不可能ではないだろう。
『でも、何か確証はあるのか?』
『ないです』
与人の質問に、コンは弱々しくそう答えた。
しかし、何の根拠もないわけではないらしい。
『ただ、相手の雰囲気に近しいものを感じたので、そうじゃないかなと』
『ああ、そうか。狐同士だもんな』
一種の直感が働いてもおかしくはないかもしれない。与人はそう納得する。
だが、コンはきょとんとしていた。
『狐?』
『違うのか?』
『違いますよ』
そう否定したあと、コンは訂正する。
『相手はおそらく狸です』
その言葉で与人は思い出す。
『そういえば、狐と狸じゃあ同じ変化でも得手不得手があるんだったな』
コンは『はい』と頷くと、以前した説明をもう一度行った。
『狐は一度に一つのものしか変化させられないのに対して、狸は複数のものを変化させられます。ただし、狸は狐のように色々な人間に化けたり、ある人間を別の人間に化けさせたりするようなことはできません』
これを聞いて、与人は改めて納得の声を上げる。
『なるほどな。狸なら大物手を連発できたのにも説明がつくってことか。手札のカードの内、複数枚を変化させればいいから』
『はい』
手札をたった一枚変化させるだけでは、必要なカードが五枚のフルハウスや四枚のフォーカードのような役はなかなか作り辛いはずである。だから、与人は狐説に確信を持てなかったのだが、相手の憑き物が狸ならその疑問も解消されるのだ。
それから、与人は茶の湯の席での会話を振り返って言う。
『となると、東条が『狐を斬る』を書いた菊池寛の話をしたのも、偶然じゃなかったのかもな。狐が相手の正体を狸だと見破ったように、狸も相手の正体を狐だと見破っていたのかもしれない』
菊池寛の話題を持ち出したのは、正体を見破っているというアピールであり、また倒してやるという挑発だったのではないか。与人のこの推理に、コンも『そうですね』と同意する。
そのあとで、コンは自信なさげに続けた。
『あまり根拠と言えるようなものがないので、あてにならないかもしれませんが……』
『いや、多分コンの推測は間違ってないと思う。それに、変化なら相手のカードを確認するだけでいいから、たとえ間違いだったとしてもノーリスクだしな』
そうコンの説を補強するようなことを口にしてから、与人は更にこうも言った。
『助かったよ。ありがとう』
『そんな、とんでもない』
お礼の言葉に照れたコンは、大袈裟にそう否定する。
しかし、与人は本当にコンに感謝していた。ここまで二度も大負けを喫したが、コンの助言のおかげで逆転の目が出てきたのだ。
『巻き返しに行くぞ、コン』
『はい!』
◇◇◇
第3ゲームのショーダウン、澄香の手札は、クラブのK、ハートのK、ダイヤのK、クラブの10、ハートの10のフルハウス。
しかし、与人はそれを鵜呑みにはしない。
「フルハウス? 勘違いじゃないか?」
端の一枚を指で叩くと、その瞬間に変化が解けて元の絵柄が露わになった。
ハートの10から、ダイヤのJにカードが変わる。
これで、役もフルハウスからスリーカードに変わった。
ただ、同じスリーカード同士でも、8を三枚の与人とKを三枚の澄香では、数字が大きい澄香の方がまだ勝っている。
だから、与人は更に他のカードも叩いて変化を解いた。
やはり澄香は、化け狸の力を使って、複数枚のカードを変化させていたようだ。
三枚のKの内、クラブのKがスペードのQに、ハートのKがダイヤの9になる。
五枚中三枚ものカードの変化が解けて、もはや最初の手札の見る影もない。澄香のフルハウスは完全に崩壊していた。
「あら、これは失礼」
与人の指摘を受け、澄香はそう謝罪した。
変化を解かれたことで役が崩れ、このゲームは与人の勝利。加えて、澄香の憑き物の正体が狸だと証明されたことになる。
しかし、それにもかかわらず、澄香の顔には驚きや焦りの色は全く浮かんでいなかった。それどころか、彼女は悠然と笑みをたたえてすらいた。
澄香は改めて手札を指して言う。
「ですが、私の勝ちには違いないでしょう?」
「――――ッ!」
与人は瞠目する。
手札の五枚全てをチェックした内で、変化が解けなかったカードは、ダイヤのK、クラブの10。
つまり、澄香の本当の手札は、ダイヤのK、スペードのQ、ダイヤのJ、クラブの10、ダイヤの9。
連続する五つの数字のカードを集める役、ストレートである。
(やられた。二段構えか)
憑き物の正体が狸だと見破られることを、澄香はあらかじめ想定していた。だから、変化を使って役を強化する一方で、変化を解かれても勝てそうな役を用意しておいたのだ。
この結果を見て、コンが尋ねてくる。
『今の、狙ってやったんですかね?』
『だと思う』
与人は頷く。状況を踏まえると、そういう結論にならざるを得なかった。
『二度も大負けしたあとに、また大勝負を仕掛けたからな。こっちにいい手が入ったか、あるいは何か策を思いついたはずだと考えたんだろう。それで、東条は能力に気づかれた可能性を想定して動いたんだ』
そして澄香は、「変化なしでも強い役を、変化で更に強化する」という先述の二段構えの策を取ってきた。
勿論、変化なしでも強い役ができたのは偶然だろう。だが、勝負を受けることを決めたのはあくまでも澄香である。もし変化なしでは弱い役しか作れていなかったなら、彼女は与人が賭け金をつり上げた時点で勝負を降りていたに違いない。
澄香はこちらの一手先を読んで行動していたのだ。
その澄香が微笑んで言う。
「さぁ、勝負を続けましょうか」




