5 難敵②
『いきなり140万の負けか……』
『きついですね』
内心で歯噛みする与人に、コンも同じような相槌を打つ。
偶然強い役ができたのか、それとも憑き物の能力によるものか。変化でスリーカードを作ったにもかかわらず、与人は澄香にフラッシュを作られ負けてしまった。おかげで、チップは800万から660万まで減ってしまっている。
しかし、与人は既に考えを切り替えていた。
『でも、これで最初に大負けした印象がつくからな。能力を隠すいい煙幕になっただろう』
『じゃあ、次のゲームも……』
『ああ、変化を使おう』
第2ゲームもワンペアができていたので勝負続行。チェンジで強くなった役を、打ち合わせ通り変化を使って更に強くする。
そして、二度目のベットラウンド。最低額の10万をベットした澄香に対して、与人は言う。
「レイズ、50万」
これを聞いて、コンは不安げに尋ねてくる。
『そんな大金賭けて、大丈夫なんですか?』
『やっぱり資金の差はでかいからな。こっちの手の内が知られる前に、できる限り稼いでその差を埋めておきたい』
変化は強力な能力だが、性質を知る相手にはその限りではない。カードをチェックするだけで、簡単にイカサマを防げるからである。そこに、更に何倍ものチップ差というハンデまで加わると、勝利は一気に遠ざかってしまうだろう。
『それに、少額の勝負になったら、相手も能力を使うのを控えるようになって、詳細は分からずじまいのままだろう。そうなったら、仮に今後大勝負を仕掛けられるチャンスが来ても、相手の能力の影に怯えなきゃならないことになる』
『はぁ……』
納得いかないのか、それとも納得した上で不安の方が大きいのか。与人の説明に、コンは曖昧にそう返事をした。
一方、与人のレイズに対して、澄香は動じることなく答えた。
「いいでしょう。それではレイズ、10万でお願いします」
これに、与人は少し考える。
(また少額レイズか……)
相変わらず、10万だけのミニマムレイズ。澄香はあくまで、こちらの出方を窺う姿勢のようだ。
さて、更なるチップ獲得を狙って再びレイズするべきか、それとも負ける可能性も考慮してコールするべきか……
(あまり無理はしない方がいいかな)
相手の能力が分からない以上、大物手でも負ける可能性は否定できない。それに、仮に相手の能力が分かったところで、その時にチップが尽きていたら何の意味もない。直前のコンの発言もあって、与人はそう結論を出した。
「コール」
そう言って、与人は手を明かす。
「フルハウス」
与人の手札はスペードのA、クラブのA、ハートのA、クラブの7、ハートの7。A三枚を使ったフルハウスだから、フルハウス同士の勝負になっても与人が勝つ。この手に勝てる役は、あとはもうフォーカードとストレートフラッシュしかない。
これに対し、澄香の手札は――
スペードのQ、クラブのQ、ハートのQ、ダイヤのQ、ダイヤの5。
「フォーカードです」
「――――ッ」
与人は絶句する。フルハウスで負けることなど、そうそうありえることではない。コンのアドバイス通り、最後のレイズを自重して正解だった。
(二連続で大物手…… まさかただの豪運なわけないよな)
第1ゲームのフラッシュに、第2ゲームのフォーカード。この二つの役が最初に配られた五枚で完成する確率はそれぞれ、約500分の1、約4000分の1である。
チェンジを行うので実際の出現率はこれより高いが、それでもそう易々と作れるようなものではない。チェンジの仕方にもよるが、フラッシュは90分の1、フォーカードは400分の1程度の出現率だと言われている。偶然ではなく能力によるものだと考えた方が自然だろう。
(しかし、一体どんな能力だ……?)
澄香と羽黒の勝負から想定した候補は、透視、予知、念動力、機械操作などである。だが、どの能力も今の状況を説明できそうにない。やはり大小の時は実力勝負で戦っていて、本当の能力は別にあるのではないだろうか。
そうして与人が考え込んでいる時だった。
『あの、与人様』
コンがおずおずと声を掛けてくる。
『どうした?』
『相手の能力なんですが……』
遠慮がちに彼女は言った。
『多分ですけど、変化なんじゃないかと』
◇◇◇
第3ゲームは与人が二連続で早々に降りた為、ゲームが成立したのは三回目のことだった。
そして、その第3ゲーム。二度目のベットラウンドで、与人は再び大金を賭ける。
「ベット、50万」
こうして大きく動いてきた与人とは対照的に、澄香は今回も見の姿勢だった。最低額だけレイズを行う。
「ではレイズ、10万で」
これを聞いて、与人はチップを更に上乗せする。
「レイズ、50万」
「……レイズ、10万」
再び50万もレイズされて、さすがに動揺したのだろうか。少し考えてから、澄香はそう答えた。
対する与人の腹はもう決まっていた。
「よし、受けよう。コールだ」
そうして、互いのチップが計140万ずつで揃い、ショーダウンとなる。
与人の手は、スペードの8、クラブの8、ハートの8、スペードのJ、スペードの5。
「スリーカードだ」
一方、澄香の手は、クラブのK、ハートのK、ダイヤのK、クラブの10、ハートの10。
「フルハウスです」
スリーカード対フルハウス。一見、またしても与人が負けたように思える。
しかし、与人は澄香のカードに手を伸ばしていた。
「フルハウス? 勘違いじゃないか?」
端の一枚を指で叩くと、その瞬間に変化が解けて元の絵柄が露わになった。
ハートの10から、ダイヤのJにカードが変わる。
これで、役もフルハウスからスリーカードに変わった。
ただ、同じスリーカード同士でも、8を三枚の与人とKを三枚の澄香では、数字が大きい澄香の方がまだ勝っている。
だから、与人は更に他のカードも叩いて変化を解いた。




