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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第六章 狐の知らせ
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1 勝負の前に

 忍との勝負が決着した直後のことである。与人とコンは、部屋で次の対戦相手についての説明を受けていた。


 切子から渡された一枚の写真を、与人たちは二人で覗き込む。


 そこには着物姿の少女が写っていた。


東条とうじょう澄香すみか


 切子は少女のことをそう呼んだ。


「彼女が今度君たちが戦う相手だ」


 少女は背丈こそ平均並みだが、胸は和装でも目立つくらい大きかった。ただ、だからといって決して淫靡な風ではない。


 それどころか、セミロングほどの長さの髪を髪留めでまとめていて、清楚な印象まで受ける。顔立ちもまだ幼さが抜け切っていないものの、表情は穏やかで落ち着きがあった。着物姿といい、華道や茶道が似合いそうである。


 とてもギャンブル――それも裏賭博をするようには与人には見えなかった。


「随分若いな。いくつだ?」


「今年で十七」


「同い年かよ」


 与人は思わず写真を見返す。本当に、何故彼女はギャンブルをしているのだろうか。


 一方、コンはコンで、写真に釘づけになっていた。


「じゅ、十七でこの胸……」


「お前はどこ見てるんだ」


 相変わらず、耳年増というか、ムッツリというか…… そういう年頃なのかと与人は呆れてしまう。


「それで、この子は一体何者なんだ?」


「何てことはない」


 そう前置きして、切子は平然と続ける。


「ただの東条グループ会長の孫娘だよ」


「何てことあるだろ、それは」


 いくら切子でも、「ただの」で片づけられる相手ではないだろう。与人からすれば、もはや雲上人だった。


 そんな二人の会話を聞いて、コンは首をかしげる。


「東条グループって、もしかして東条銀行の東条グループですか?」


「そうだね。松芝やクラボウの東条グループだよ」


「うえっ、クラボウもですか?」


 知らなかったらしい。切子の補足に、コンは驚きの声を上げる。与人は「そりゃあ、企業グループってそういうもんだからなぁ」と苦笑していた。


 東条グループといえば、戦前の東条財閥の流れを汲んだ、国内最大級の企業グループの一つである。その関連企業は、500社以上を数えるという。


 特に知名度が高いのは、御三家と呼ばれる、東条銀行・東条物産・東条重工あたりだろう。しかし、それ以外にも、電気機器の松芝、食品工業のクラボウフーズなど、東条の名前を冠していないだけで、グループ傘下の有名企業はいくらでもある。


「でも、俺はてっきりヤクザ同士の勝負の代打ちをさせられるのかと思ってたんだけど」


「そういう仕事もあるが、今回は違うね。金持ちの道楽、御令嬢の火遊びのお相手だよ」


 相手が相手だけに、もし粗相があったら大問題だろう。切子の説明を聞いて、与人は改めて確認する。


「これ、接待とかじゃなくて、本気で勝ちにいっていいんだよな?」


「ああ、そうだよ」


 そう頷いてから、切子は皮肉げに付け加える。


「勝てるものならね」


 笑っていないところを見るに、いつものSっ気でプレッシャーをかけようとしているわけでもなさそうだった。だから、与人は顔をこわばらせる。


「……そんなに強いのか?」


「情報は貴重だから、能力みたいな詳しい話はどこも明かそうとしないが、色んな組の代打ちがやられたらしい。それでとうとう裏でも表でも賭博を仕切ってるうちの組にまでお鉢が回ってきたわけだ」


 これを聞いて、与人の緊張はますます高まる。


「じゃあ、体面的にも負けたらまずいよな?」


「いや、それは君が気にすることじゃないよ」


 切子はこちらを気遣ってそう言った――わけではなかった。


「そもそも君を代表に立てたこと自体が一種の保険だからね。負けてもまだ新入りがやられただけだと言い訳できるし、勝てば京極組は新入りですら優秀だということをアピールできる」


「ああ、なるほど」


 エースの忍に勝負を任せなかったのには、そういう理由もあったようだ。もっとも、忍からすれば自分の腕を疑われているようなものだから、やはり面白くないのだろうが。


「君がどうしてもと言うのなら、他の奴に回してもいいが……」


 切子はまたそうも言った。こちらを気遣う気が全くないわけでもないようだ。


 しかし、この提案を与人は突っぱねていた。


「令嬢相手の勝負なんだろ? 大金稼ぐチャンスをみすみす捨てられるかよ」


 ことによっては、明日にでもコンたちの山が売られてしまうかもしれないのだ。なるべく急ぐのに越したことはないだろう。


 だから、可能なら、与人はこの勝負の一回で、2000万を稼ぎたいとまで考えているくらいだったのである。


          ◇◇◇


(東条グループの娘か……)


 切子の説明が終わったあとも、与人はずっと対戦相手について考えを巡らせていた。


 本人はどれくらいの技術の持ち主なのか。憑き物はどんな能力を使うのか。こちらが憑き物使いということに気づいているのか……


 思い浮かぶ疑問はいくらでもあるが、与人が最も気になるのは全く別のことだった。


(金なんていくらでもあるのに、どうしてギャンブルなんか……)


 切子から聞いたから、本当のところその理由は分かっている。ただ、与人が納得できないだけだった。


〝金持ちの道楽、御令嬢の火遊びのお相手だよ〟


 子供の頃から借金で苦労してきた与人としては、気に入らない話だった。今は特に金策に困っているから尚更である。


 また、彼女のことが気に入らない理由はそれだけではなかった。


〝東条グループって、もしかして東条銀行の東条グループですか?〟


 京極組が賭場を開いて収入を得る、博徒の系譜を引き継いだ暴力団なら、東条グループは土倉や両替商といった、貸金業から発展した(・・・・・・・・・)企業グループだった。


 両親の自殺には、ヤクザと金貸しが関わっている。その為、たとえ直接の関係がないとしても、与人にとっては許しがたい相手だったのである。


「…………」


 そこまで考えてから、与人は頭を切り替える。冷静さを欠くのは、ギャンブルで負ける典型的なパターンである。私情や私憤は、今は忘れるべきだろう。


 だから、与人は先程までの思考とは、まるで無関係なことを口にする。


「しかし、忍に続いて、また憑き物の憑いてる女の子か。妙な偶然もあるもんだな」


「それは偶然じゃないと思いますよ」


 冗談のつもりで言ったのだが、コンは真面目にそう答えていた。


「傾向として、男性より女性の方が、お年寄りより若い人の方が感受性が鋭く感情も豊かで、他人に感情移入を起こしやすいから、その分だけ憑き物と心を通わせやすいとされているんです」


「そうか。言われてみれば、シャーマニズムって女性性と結びついてることが多いもんな」


 神や死者などの霊的存在を自分の身に降ろし、その言葉を伝えるかんなぎ。その多くは巫女――女性である。恐山のイタコや沖縄のノロなどは、その代表的な例だろう。


 また、シャーマニズムはいくつかの種類に分類されるが、前述のように霊的存在に取り憑かれる形で行われるものを憑霊型と呼び、憑霊型のシャーマンは世界的に見ても女性が多いとされているのだ。


 そう与人が納得する一方で、今度はコンが思案に暮れていた。与人の持つ写真を、横からじっと覗き込む。


「…………」


「どうした、コン?」


「そ、その……」


「そんなに胸が気になるのか?」


「ちっ、違います」


 コンは赤い顔でそう反論した。怒っているようにも興奮しているようにも見えるから、あまり説得力はない。


「じゃあ、何をそう熱心に見てるんだ?」


「相手も憑き物使いということで、一体何が憑いているのか気になって」


 そう答えると、コンは逆に尋ねてくる。


「やっぱり、どんな能力か分からないとやりづらいですよね?」


「そうだな。斎藤の時は最初それでかなり苦戦したしな」


 反対に、忍はすぐにこちらの能力を見破って、優位に立っていた。相手のイカサマの種を掴むことは、ギャンブルで勝つことに直結しうるのだ。


「ま、お嬢ができる限り探ってくれるみたいだから、それに期待するしかないな」


「そ、そうですよね」


 コンはそう相槌を打ったが、本心では納得していないようだった。


「…………」


 緊張した様子で、彼女は再び写真に目を落としていた。


 それを見て、与人も再び考えを巡らせる。


(相手の能力か……)

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