12 狐士無双
「ロン!」
続いて、忍は勝利宣言する。
「自分の勝ちですね」
これで賭けられていた金や代打ちの権利は自分のものである。それに何より、切子の前で自分の実力を示すことができた。だから、忍は自然と微笑みを浮かべていた。
一方で、振り込んだはずの与人である。
何故か彼の表情には、落胆や後悔の色は浮かんでいなかった。それどころか、まるでこの状況を望んでさえいるかのようだった。
勝ち誇る忍に対し、与人は泰然と答える。
「ロン? 俺が切ったのは北だぞ」
そう言って、切った五萬を指す。
その瞬間にも、五萬は北に変わっていた。
「見間違いじゃないのか?」
「なっ」
忍は慌てて手を伸ばすと、その北の牌を調べる。
が、叩いても、爪を立てても、牌にかかっているはずの変化が解けることはなかった。
(そうか、彼は……)
今になって、忍は与人の策に気付く。しかし、ロンを宣言したあとでは遅過ぎた。
『これは……』
『彼は振り込んだあとで、五萬を北に変化させたのではありません』
忍はタマに状況を説明する。自分の勇み足を悔やみながら。
『彼はあらかじめ北を五萬に変化させておいて、それを振り込んだあとで解除したんです』
『あっ』
はっとしたように、タマはそう声を上げた。
◇◇◇
『どうするかな……』
十四枚の牌を前に、与人は頭を悩ませる。
忍の和了牌の可能性があるから五萬は切れない。しかし、自分が役を作る為には五萬を切らないわけにはいかない。だが、忍の和了牌の可能性があるから五萬は……
そんな堂々巡りの葛藤の末、与人は言った。
『……北を切るか』
『五萬を手牌に入れて、他の役に作り直すってことですか……』
コンは納得したような、納得いかないような、曖昧な声色で答える。
『仕方ないですよね。振り込んだらその時点で負けになっちゃいますから』
この状況で、北を切って振り込むことは考えにくかった。字牌の北で面子を作るには、北を三枚揃えなくてはいけない。だが、北は与人が既に三枚持っている。その為、北が忍の和了牌である可能性は相当低いのである。
だから、コンの言うように、北を切って、五萬で役を作り直すという手もあるが――
『いや、多分それじゃあ相手に先に和了られる』
『えっ』
自分の発言をすぐに翻すような与人の言動に、コンは驚きと戸惑いの声を上げる。
そんな彼女に、与人は言った。
『だから、北を五萬に変化させて切って、相手のチョンボを誘おう』
『あ、なるほど』
今度こそ、コンは本気で納得したような声色で答えた。
『もちろん五萬が相手の和了牌とは限らないけど、変化させた偽物でそれを確かめれば、次は本物の方を切ることができる。そうすれば、また筒子と北のホンイツを狙えるようになる』
その時は北を一枚失うことになるが、四枚目を集めてまた面子を作ってもいいし、手牌の二枚だけで雀頭を作ってもいい。最悪筒子と北で作るホンイツから、筒子だけで作るチンイツに移行するという手もある。
『じゃあ、あとは相手が捨て牌を調べないでくれるかどうかですね』
『そうだな』
期待と不安の入り混じったようなコンの言葉に、与人はそんな相槌を打つ。
『まぁ、調べる可能性は低いだろうけどな』
忍は捨て牌を調べない。与人にはその確信があった。
◇◇◇
『そう。こっちのチョンボ狙い……』
忍の説明を聞いて、タマも状況を理解したようである。
それだけに、彼女の声には後悔が滲んでいた。
『迂闊だったね』
『そうですね』
一度はそう答えてから、忍は更にこうも続ける。
『しかし、それだけではありません』
『?』
確かに、タマの言うように、捨て牌を調べなかったのは自分たちの油断でありミスである。だが、本当にただの油断やミスだったのなら、忍はこれほど悔しい思いはしていなかっただろう。
『リーチに対し、いきなり危険牌を切るなんて、そうそうあることではないでしょう。普段の自分たちなら、彼らが五萬を切ったことに違和感を覚えて、変化でチョンボを狙っていることに気づけたかもしれません。
ですが、先程はオーラスで勝ちを急いでいた為に、自分たちは冷静さを欠いていました。その結果、五萬を調べることなく、ロンを宣言してしまったのです。
ですから、彼らはオーラスまでチョンボ狙いの策を温存することで、策に気づけないように自分たちの思考を誘導していた面もあったのでしょう』
『……なるほど』
そう答えたタマの声には、後悔に混じって相手への賞賛が込められていた。
勝ちを急ぎたくなるオーラスに、捨て牌を変化させて相手のチョンボを狙う。その作戦を見事に成功させて、今度は与人が勝利宣言する番だった。
「チョンボは満貫払いだったな」
誤ロン、誤ツモのような、和了れない状況での和了の宣言は、子なら満貫――8000点を支払うルールである。
結果、二人の得点は、忍が3万4500点、与人が4万200点となった。
「これで俺の逆転だな」
◇◇◇
チョンボのあった局はやり直しとなる為、二人は二度目のオーラスを迎える。
再逆転に望みを懸ける忍だったが、一度目とは状況が逆になった。
すなわち、逆転の為に役を作る必要のある忍は手が遅れ、リードする与人は早々と和了の体勢を整えたのである。
「ツモ」
半荘三回の間にさまざまな駆け引きのあった二人の勝負だったが、幕切れは驚くほどあっけなかった。




