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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第五章 狐士無双
30/61

2 予選②

「…………」


「…………」


 その日、与人とコンは無言で見つめ合っていた。


 部屋の中には、与人たちを邪魔する者は誰もいない。完全に二人きりの空間だった。


 そうして二人はしばらく見つめ合いを続けていたが、その内に覚悟を決めたようにコンは言った。


「こっちです!」


 そんなコンに、与人は意地悪く答える。


「はい、はずれ」


「そんなー」


 カードの絵柄を見て、コンは露骨に落胆していた。


 二人はババ抜きで勝負しているところだった。コンが落胆したのは、勿論引いたカードがジョーカーだったからである。


 ババ抜きのルールは以下のようなものである。まずジョーカーを1枚だけ加えた、53枚のトランプを参加者に分けて配る。次に参加者同士で順番に手札を引いていき、数字のペアができたら手札からカードを捨てる。これを繰り返して、最後までジョーカー(ババ)を持っていた参加者が負けになる。


 ババ抜きは、発祥国のイギリスでは、オールド・メイドという名前で知られている。ただし、そのルールは日本でいうジジ抜きに近い。


 オールド・メイドの基本的なルールでは、クイーンを三枚にした、51枚のトランプを使ってゲームを行う。この状態でペアを作っていくと、最後に女王クイーンが一枚だけ余るから、「Old Maid(行き遅れ)」というわけである。日本でのババ抜きという名称も、おばば抜きという訳が念頭にあるようだ。


 ただ、ババ抜きをしているとはいえ、二人は遊んでいるつもりはなかった。これもギャンブルで勝つ為の修行の一環である。ババ抜きではお互いに相手の表情を見ながら手札を選ぶため、観察力やポーカーフェイスを鍛えるいい練習になるのだ。


「ああ……」


 与人が最後にAのペアを完成させて、コンの負けが決まった。これでコンの何連敗になるだろうか。


「もう、与人様強過ぎます」


「お前が弱過ぎるんだよ。全部顔に出てるじゃねーか」


 自分に何かあって、コンがギャンブルをしなければならない時があるかもしれない。また、イカサマを考えたり、逆に見破ったりする時には、一人より二人の方が上手くいく可能性が高いだろう。だから、こうしてババ抜きを始め色々なゲームをするのには、自分だけでなく、コンを鍛えるという意味合いもあった。


 しかし、コンはギャンブルをするには、あまりに根が素直過ぎるようだ。ババ抜きをしていても、どれがジョーカーで、どれがそれ以外なのか、表情から丸分かりなくらいだった。


「あ、そうだ」


 やはり、はたから見ても分かりやすく、コンは閃いたという顔をする。


「変化はカードに使わなきゃいいんですよね?」


「え? ああ」


「これならどうです?」


 与人の許可が出た瞬間、コンは与人の姿に変化していた。


「……まぁ、ルール上は問題ないけど」


 ポーカーフェイスの得意な人間に化けたということだろう。最初に禁止したカードに対する変化ではないから、このイカサマは認めざるを得ない。


 しかし、与人からすると、あまり面白い展開ではなかった。


「やっぱり、自分と同じ顔のやつがいるのって気持ち悪いなぁ」


「でも、勝負事は自分との戦いだってよく言いますよね」


「そんな高尚な話をされてもな……」


 与人は思わず呆れ顔をした。


 そうして、コンが変化した状態で、再びババ抜き勝負が始まった。自分の番が来ると、与人はコンの手札を左端から確かめていく。


 すると、3枚目のカードに触れた瞬間、コンは笑みを浮かべた。


「結局、顔に出てんじゃねーか!」


 自分の顔でマヌケな真似をされたこともあって、与人は声を荒げていた。


 そんな風にして、二人がババ抜きしている最中のことだった。


「吉田だけど、ちょっといいかな」


 部屋の外から、不意にそんな声が掛かった。


 与人はすぐにはこれに答えない。先にやらなければいけないことがあるからだ。


「早く変化を解けよ」


「あだだだ。すみません、アホですみません」


 与人は頬を引っ張って、コンを元の姿に戻す。それから、ようやく「どうぞ」と吉田を部屋に招き入れたのだった。


「どうかしましたか?」


「そういえば、勝負の機会をくれたお礼をまだ言ってなかったと思ってね」


 どうやらその為にわざわざ部屋まで来たらしい。ヤクザの代打ちをしているわりに、随分お人よしである。


「この前は助かったよ。ありがとう」


「俺は何もしてないですから」


 何も謙遜しているわけではない。予選を行うと決めたのは切子だった。第一、吉田が不戦敗になったのは自分のせいである。


 お礼を言い終わると、吉田はコンの方に視線を向けていた。


「……その子は?」


「こいつは俺の親戚です。いろいろ事情があって、今は俺が預かってるんです」


 平気な顔で嘘をつく与人。もっとも、コンが「しっ、信太森コンです」と緊張した様子で自己紹介したから、吉田が騙されてくれるかは微妙なところだが。


 実際、嘘をついているのはすぐバレてしまったようだった。


「……ま、ヤクザの関係者なんて、みんな大体訳ありだからね。詮索はしないよ」


 吉田は察したようにそう言った。


 切子によれば、吉田は元奨励会員だという。また、忍には身寄りがなかったのだそうだ。吉田の言うように、「みんな大体訳あり」というのはその通りなのだろう。


 吉田はまた、「詮索はしない」と言った通り、話題を変えていた。


「ババ抜きやってたの?」


「ええ、まぁ」


 頷くと、与人は続けて言った。


「やります?」


「じゃあ、せっかくだからちょっとだけ」


 吉田がそう答えたので、今度は三人でババ抜きをすることになった。


 一番に抜けたのは、今回も与人だった。残った二人の手札は、コンが2枚、吉田が1枚。もう決着が間近という状況で、吉田がカードを引く番になる。


 はたしてジョーカーは右か、左か。吉田が右のカードを引く素振りを見せると、コンはおろおろと不安げな顔をする。


 それを見て、吉田は左のカードを引くのだった。


「やったー、勝ちました!」


 自分の番でハートのQを引くと、コンは無邪気にそう喜んだ。


 コンもコンだが、吉田も吉田だろう。与人は呆れ交じりに言った。


「吉田さん、甘やかさなくてもいいですよ」


「いやー」


 吉田は困ったようにそう笑うばかりだった。やはり、ヤクザの代打ちをしているとは思えないお人よしぶりである。


「それじゃあ、そろそろ行くよ。これから、種目を決めるくじ引きがあるから」


「そうですか」


 切子から聞いた話では、京極組のエースは忍だそうである。素直に考えれば、吉田より忍の方が実力は上だということだろう。


 だから、与人は言った。


「頑張ってください。応援してますから」


「どうも」


 笑顔でそう答えると、吉田は部屋を出て行くのだった。


 吉田を見送ったあとで、コンが尋ねてくる。


「応援するって、与人様は吉田様に勝って欲しいんですか?」


「まあな」


 これまでのことを思い出して、与人はそう頷く。


「手の内が分かってる相手の方がやりやすいからな」


「よ、容赦なし……」


          ◇◇◇


 代打ちの座を賭けた吉田との予選。その種目を決めるくじ引きのあと、忍は借りている部屋に一度戻る。


 すると、突然部屋の襖が開いたという、それだけのことで、中で待機していた少女はひどく驚いたようだった。


「!」


 少女は声も上げなければ表情も変えない。ただそれは、単にすくみ上がったように体を硬直させていたからである。


 とはいえ、彼女が些細なことで驚くのは珍しいことではない。忍は構わず話を進める。


「種目は将棋に決まりました」


「将棋……」


 そう無表情に復唱する。しかし、これでも彼女は残念がっているのだ。


「吉田さんを相手に将棋、ついてない」


「そうですね」


 吉田は元奨励会員で、確定ゲームの中でも特に将棋を得意としている。プロはともかくアマチュアなら、実力勝負で吉田に勝てる人間はいないのではないか。くじ引きの結果は最悪だと言えるだろう。


「ポーカーか何かなら良かったのに」


「ええ」


 そう一度は少女に同意したあとで、忍はすぐにそれを否定する。


「でも、関係ありませんよ。自分たち(・・・・)なら将棋でも勝てます」


 忍はそう断言すると、それから彼女に呼びかけた。


「行きましょう、タマさん」


「うん」


          ◇◇◇


 将棋の勝利条件は、相手の王将を取ることだと説明した。


 しかし、実際の対局――特にプロの対局では、王将を取る場面まで手が進むことはまずない。何故なら、プロの実力なら形勢から逆転の可否を判断できる為、逆転できないと悟ったら、その時点で自分から潔く投了(負け)を宣言するからである。


 そして、吉田と忍の対局もそうなった。


「……負けました」


 吉田が投了を宣言する。


 通常、終局までかかる手数はおよそ百十手前後。それに対し、わずか五十八手という短手数での決着だった。


「…………」


 対局を観戦していた与人は、この結果にさまざまな考えを巡らせていた。

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