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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第三章 狐存亡の秋
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5 コンと与人

「ダメ元のつもりだったのに、まさか連絡してくるとは思わなかったよ」


 切子はそんな驚きに、更に揶揄を交じえて尋ねてくる。


「仲介料に対する駆け引きのつもりで、あえて一度断ったってわけじゃあないんだろう?」


「状況が変わったんだよ」


 コンたちの暮らす信太山を買う為に必要な額は、安く見積もっても2000万。それを与人が用意しようと思ったら、裏賭博に手を出すしかないだろう。たとえ、どんな危険があったとしても、である。


 与人の説明を聞いて、切子は重ねて尋ねてきた。


「状況とは?」


「お嬢に話す義理はない」


 弱みを明かしたところで助けてくれるとは到底思えない。それどころか、切子の場合はその弱みにつけ込んでくる可能性だってある。


 だから、与人は嫌味も込めて続けた。


「大体、お嬢は金が稼げればそれでいいんだろ」


「私個人の意見で言えば、君が一生かかっても返しきれないような借金を背負って破滅するのでも構わないよ。いや、むしろそっちの方が面白いかもしれない」


「ドS!」


 想像以上に嗜虐的な切子に、与人は思わずそう叫ぶ。


 こうなると、彼女が紹介してくれるというギャンブルに対しても不安が募る。


「裏賭博に言うのも変な話だけど、ちゃんとした勝負を紹介してくれるんだよな? 相手とグルになって俺をはめるとか勘弁してくれよ」


「勿論だとも。言われなくても、フェアにやるさ」


 真剣な口調で、切子はそう答える。


 だが、そのあとで皮肉交じりにこうも言った。


「もっとも、相手がフェアにやってくるという保証はないが、その点については君たちも文句は言えないだろう」


「それはまあそうなんだけど」


 他人の為とはいえ、裏賭博に参加し、イカサマまで行うのだ。誰からも100パーセント肯定される行為だとは思っていない。だが、そのことを客観的に指摘されると、さすがに後ろめたい気持ちになって、与人は歯切れ悪くそう返すしかなかった。


 一方、切子はサマ師を代打ちに立てることに対して、良心の呵責を何ら感じないらしい。早々に次の話題へと移っていた。


「しかし、君たちの実力を疑うわけじゃあないが、いきなり新入りに勝負の機会を回したんじゃあ、他の者が納得しないだろうからね。しばらくの間は、うちの身内と戦ってもらうことになるよ」


「ああ、いいよ、それくらい」


 身内同士の勝負なら、おそらくイカサマがバレてもそこまで大事にはならないだろう。本番のリハーサルにはおあつらえ向きではないか。


 与人はそう判断して了承したのだが、切子には別の考えがあったようだ。


「ま、君たちはどうせタネ銭もろくに持っていないだろうからちょうどいいだろう」


 これを聞いて、与人は不満を漏らす。


「えー、お嬢が貸してくれたりしないの?」


「それは構わないけれど……」


 そう言ってから、切子は真顔で続けた。


「当然利子は取らせてもらうよ」


「じゃあ、いいです」


          ◇◇◇


「ったく、お嬢はがめついなぁ……」


 切子との話し合いのあと、与人はそうぼやいていた。


 先に彼女から2000万前借りすることも考えていたが、あの様子では利子がかさみ過ぎて返済に困りそうだった。ギャンブルに使うのもおかしな表現だが、コツコツと稼ぐしかないようだ。


 そうして切子への不満を呟きつつ、与人は部屋の中を見回してこうも続けた。


「タダで部屋を貸してくれただけでも御の字か」


「そうですね」


 いちいちアパートから行き来するのは大変だろうと、切子が便宜を図って邸内の一室を貸してくれたのである。他にも、頼めば食事も出してくれるし、車でアパートや学校への送迎もしてくれるという。一応それなりの待遇で迎えてくれる気はあるようだ。


 だから、与人が気を揉むのは、やはりこの問題だった。


「問題はタネ銭だよな」


 そう言うと、与人はコンに確認を取る。


「お前、金は持ってるか?」


「そろそろバイトでも始めようかと思ってたくらいなので、正直もうあんまり……」


「そうか」


 信太山の状況を説明した時、コンは「山を買うような金はない」と言っていた。だから、ある程度予想できた答えではある。


 それで、与人はこう言うのだった。


「やっぱり、俺の貯金を下ろすしかないか」


「えっ」


 コンは驚いたような顔をする。


 しかし、与人にすれば分かりきった結論だった。


「だって、それくらいしかまとまった金を用意できないだろ。いや、別に大した額じゃないんだけど」


「で、でも、それじゃあ負けたら与人様まで……」


 負ければ当然貯金はゼロになる。勿論それで即破滅とまではいかないが、収入の少ない与人には相当苦しい。その状態で大きな出費があったら、本当に借金で破滅してしまう。


 また、ルールによっては、タネ銭以上の額を支払わなくてはいけない場合もあるだろう。そうなれば、やはり借金で破滅してしまう。


 だが、与人は何気ないような調子で言った。


「負けなきゃいいだけの話だろ」


「それはそうですけど……」


 与人の言葉を聞いてもまだ不安らしい。コンはこわばった顔で尋ねてくる。


「……大丈夫ですかね」


「まぁ、九分九厘問題ないだろう。コンの力を使えば、大抵のギャンブルで優位に立てる」


 コンとは対照的に、与人は明るくそう答えた。楽観論でコンを勇気づけようとしているわけではなく、変化の有効性を冷静に計算した上での発言だった。


 もっとも、気になることがないわけでもなかったが。


「憑依ができたら、もっと戦略の幅が広がるんだけどな」


 以前聞いた説明によれば、二人の心が通じ合っていると憑依状態になることができ、与人がコンの変化の術を使えるようになるのだという。つまり、与人自身が何かに化けたり、ある物を別の物に化けさせたりできるようになるのだ。これは戦略上、相当のアドバンテージではないか。


 憑依はあくまでコンの力を使えるようになるだけだから、わざわざ憑依状態の与人でなくても、コン本人が戦えばいいようにも一見思える。しかし、ギャンブルに詳しくないコンを、殺気立った裏賭博の場に立たせるわけにはいかないだろう。だから、憑依できるに越したことはないのだ。


 とはいえ、与人が最初に言った通り、仮に憑依できなくても大筋では問題ないはずなのだが、それにもかかわらずコンの顔色は冴えなかった。


「はぁ……」


 そうやって相槌のような、溜息のような声を漏らす。


 見かねて与人は尋ねた。


「何だよ。不安なのか?」


「それもありますけど、また与人様にご迷惑をおかけしてしまって……」


「ああ、そんなことか。いいよ、どうせ乗りかかった船だ」


 まずそう言うと、それから与人は呆れ交じりにこうも続けた。


「まぁ、お前の恩返しって、どう考えても過剰だったからな。俺からも返すくらいでちょうどいいだろ」


 冗談のつもりだったが、コンは笑わなかった。納得いかないという風に食い下がってくる。


「でも……」


「いいって、いいって」


 そう言って、与人は強引にこの話を打ち切った。


 この件について、与人は本当に気にしていなかった。気にしていることがあるとすれば、それは確実に勝つ為にコンを巻き込まざるを得なかったことである。チョボイチの時のような危険な目には極力遭わせたくない。だから、コンの変化でイカサマをするにしても、可能な限り巧妙な手口を考える必要があった。


 変化の力でマジシャンの真似事をして、見世物で金を稼ぐという手段に出なかったのも同じような理由によるものである。化け狐がどんな扱いを受けるかを考えると、目立ち過ぎてコンのことがバレる危険性の高い方法は取り辛い。なるべく目立たずに、しかし短期間で大金を稼ぐことを考えると、やはり裏賭博あたりが落としどころになるのだった。


 そうして、与人がコンのことを考える一方で――


「…………」


 コンは与人のことを考えているのか、複雑な表情のまま黙り込んでいた。

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