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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第三章 狐存亡の秋
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3 狐存亡の秋

 完成した料理を、コンがちゃぶ台に運んでくる。


「今日の晩御飯はステーキですよ」


「おおっ」


 いつになく豪勢なメニューである。与人は思わず声を上げていた。


 その様子を見て、コンは誇らしげに胸を張った。


「チョボイチでお金ができたので奮発してみました」


 さすがに『慰謝料』の方は返したのだが、切子が「結果は結果」「見世物代とでも思えばいいさ」と、チョボイチで獲得した2万8000円については受け取ろうとしなかった。それで好意に甘えて、その金を二人で山分けしたのである。


 だからこそ、与人はコンの発言に渋い顔をする。


「何だ、お前。自分で稼いだんだから、もっと好きなことに使えよ」


「与人様のこと好きですよ?」


「……まぁ、いいけど」


 何の打算もなさそうな、素直なコンの言葉に、与人はますます渋い顔をしていた。


 だから、照れ隠しの意味もあってすぐに食事に移る。早くステーキを食べたかったということもあるが。


「おお、美味い美味い」


 一口食べると、与人はそう漏らしていた。これを聞いて、コンは嬉しそうな、得意げなような表情になる。


 感想ついでに、与人は質問する。


「結構厚いのに柔らかいなぁ。高かったんじゃないか?」


「いえ、タマネギの酵素で柔らかくしただけなので、それほどでもないです。肉の臭みを取る意味もありますけど」


「へー」


 確かに、サシは少ないようだ。だが、食べやすいように工夫されているから、これはこれで赤身特有の旨味を感じられるようになっていた。


 与人は質問を続ける。


「このソースは? ワイン?」


「はい。信太山しのだやま――うちの山で取れる山ブドウで作ったものです。それにさっきのタマネギを加えて、煮詰めたら完成です」


「へー」


 独特の風味はそのせいだったようだ。しかし、それがサシの少ない肉と合わさって、野趣・野性味を醸し出している。


「そういえば、ワインって結構簡単に作れるんだっけ?」


「ええ。ブドウを潰して、適当な容器に入れておくだけで大丈夫です」


 与人の疑問にそう答えると、コンはこんな説明も付け加えた。


「うちの山では、お祝いやお祭りごとのある日に、みんなでご馳走を持ち寄って酒盛りをするんですよ。父なんてお酒弱いのに飲み過ぎて、よく母に怒られてます」


「そうか」


 一家団欒の様子を想像して、与人は微笑ましい気持ちになる。自分には両親がいないから尚更である。


 それから、山と聞いて、与人には連想するものがあった。


「そうだ。食べ終わったら、チョボイチやらないか?」


「えっ」


 与人の提案に、コンは顔をこわばらせる。


「か、賭けはなしになったんですよね?」


「ああ、そうじゃなくて」


 与人はすぐに否定した。確かに、山の話から山に帰るかどうかの賭けを連想したのは事実である。しかし、何ももう一度あの賭けをしようと思ったわけではなかった。


「賭けをしたり、イカサマをしたりで、まだ普通に遊んだことなかっただろ? だから、どうかと思って」


「そういうことですか」


 コンはホッとしたような顔をすると、今度は嬉しそうな顔をして言った。


「それなら、是非やりたいです」


 そういうわけで、二人は食後、チョボイチで遊ぶことになった。


 親は一回交代の廻り胴。スタート時に所持するチップは20枚。変化は使用禁止……と、賭けをなしにした以外は、夕食前にやった勝負と同じルールである。


 が、しかし、その結果は大きく変わっていた。


「やった! また当たりました!」


「……お前、運いいな」


 喜ぶコンとは対照的に、与人は眉根を寄せる。与人の出した目は2。そして、コンの賭けた目も2だったのだ。


 出る目を次々的中させて、勝負開始からずっとコンの優勢が続いていた。与人も不運というわけではないが、6分の1程度の常識的な確率でしか当たっていない。


 その結果、今回の勝負で、与人のチップは4枚、コンのチップは36枚になった。この枚数差では一発逆転も狙えないから、与人にとっては相当苦しい展開である。


 一方、勝利がもう目前になったことで、コンは得意げな顔をする。


「こんなことなら、賭ければよかったかもしれませんね」


「…………」


 調子に乗ったようなその態度が、与人には面白くなかった。


 だから、次に回ってきた親番で、ちょっとしたイタズラを仕掛けることにする。


 与人が壺を振る。だが、サイコロは壺の外に出てしまっていた。その目は1。


 しかし、これを見たコンは6にチップを賭けていた。


「さすがにもう通じないか」


「いくらなんでも、同じ手に二度も騙されるほどアホじゃないですよ」


 コンが威張るようにそう答える。


 それを聞いて、与人は壺を開いた。


「まぁ、こっちのサイコロも1なんだけどな」


「そっ、そんな……」


「お前、ほんとアホだな」


 与人は呆れてしまう。こうまで引っかかりやすいと騙し甲斐がない。


 すると、コンが「もう、普通に遊ぶって言ったじゃないですか」とむくれるので、与人は「悪い、悪い」と彼女をなだめるのだった。


          ◇◇◇


 朝はコンと一緒に、彼女の作った朝食を食べる。以前は節約の意味もあって抜くことが多かったのだが、今同じことをしようとすると栄養バランスがどうのこうのとコンがうるさいのだ。


 学校があるから昼食は弁当になるが、これもコンの作ったものである。一度食べさせたら気に入ったらしく、山口は毎度のようにおかずの交換を提案してくるようになっていた。


 休み時間には、切子と囲碁やバカラやポケモンで勝負する。勝つとコンの変化を使ったイカサマを疑われるようになったのが少々面倒くさい。


 学校から帰ったら夕食を食べ、そのあとはコンと二人で遊ぶ。最近ようやく大富豪の基本ルールを覚えたので、今はローカルルールについて教えているところである。


 コンが家にやってきてから、与人は概ねそんな毎日を過ごしていた。


 そんなある日のことである。


「ただいまー」


 学校から帰ってきた与人は、居間に上がるとそう言った。


 一つは、過去一緒に暮らした両親の写真に向けて。


 もう一つは、現在一緒に暮らしているコンに向けて。


 しかし、彼女の返事はなかった。


「コンー? 買い物かー?」


 呼びかけてみるが、やはり答えは返ってこない。


 その代わりに、与人はちゃぶ台に置かれた手紙を発見した。


(相変わらず長いな……)


 折り畳まれた紙を広げながら、与人は苦笑する。


 が、その笑みも、中身を読むとすぐに消え去っていた。


 コンは山に帰ったらしい。


 緊急の用事ができたせいで、どうしても戻らなくてはいけなくなったそうである。


 他には、事故の際に助けてもらったこと、これまでの生活で良くしてもらったこと、ギャンブルの取り分をくれたことなどに対するお礼。そして、その恩を返せないまま帰ることに対する謝罪が繰り返し繰り返し書かれていた。


 そんな手紙を読み終えて、与人は一言こう漏らす。


「そうか。帰ったのか……」


 与人の胸の内には、お礼の言葉よりも、謝罪の言葉よりも、その事実が最も強く残ったのだった。


 一方で、手紙にはまだ続きがあった。


『追伸 冷蔵庫にお寿司がありますので、よろしければ晩御飯にお食べください。』


「!」


 与人は慌てて冷蔵庫に向かう。


 そして、そのドアを開けるなり、思わず大声を上げた。


「稲荷じゃないのかよ!」


 しかし、いくら叫んだところで、それに対する答えが返ってくることはなかった。


「…………」


 そうして与人が黙ると、部屋はとうとう静けさに包まれたのだった。


          ◇◇◇


 翌日、土曜日。目を覚ました与人は、改めてそのこと(・・・・)を実感する。


(もういないんだったな……)


 今までなら、先に起きて朝食の準備をしているコンと、「おはよう」「おはようございます」と朝の挨拶を交わしていただろう。「今日は何?」「トーストとヨーグルト、それから野いちごのジャムです」なんて会話もしたかもしれない。


 しかし、コンはもう故郷の山に帰ったのだ。


 それで与人は黙ったまま台所に向かう。


(改めて自分で家事をやるとなると面倒だな。一人暮らしが実家から戻ってくると、こんな感じなのかな)


 そのあとで、与人は自分の両親のことを思い浮かべる。


(俺に帰る実家はないけど……)


 与人の両親は中学の頃に二人とも他界している。また、沢村家には親戚と言えるような人間はおらず、両親の死後、与人はずっと一人暮らしをしてきた。つまり、与人には家族と呼べる人間がいないのだ。


 だから、せめてコンは実家で家族と仲良くしていればいいな、と与人はそんなことも思う。


 その時だった。


 静かな部屋に、インターホンの音が鳴り響く。


「…………」


 一転眉間に皺を寄せて、与人は玄関のドアを開ける。


 案の定、コンがそこに立っていた。


「お前、帰ったんじゃ――」


「大変! 大変です!」


 そう言って、コンは与人の話を遮る。


 そして、彼女は血相を変えて叫んだ。


「私たちの山がなくなっちゃうかもしれないって!」

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