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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第二章 狐賽
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7 狐賽(きつさい)

「狸が化けているのはないにしても、中に何か仕掛けがあるんじゃないかと思ったんだが……」


 突き立てたドスのその切っ先を、切子は見下ろすように睨む。


「私の考え過ぎか」


 そう言って、彼女はドスを納めた。


 切子によって、斬り割られたサイコロ。しかし、中身はどこまで行ってもただのプラスチックで、イカサマの証拠が出てくるようなことはなかった。


 そして、それは当然、「コンが姿を現すこともなかった」ということをも意味している。


「驚かせてすまなかったね」


 そう声を掛けられたところで、与人はようやく口を利けるようになる。


「いきなり光り物を持ち出すなよ。心臓止まるかと思ったぞ」


「悪かったよ」


 与人の言動は演技のそれではない。そのせいか、おそらくイカサマを疑ったことも含めて、切子は素直にそう謝っていた。


「もう帰るんだったね。私もそのつもりだから、途中まで一緒に行こう」


 正直気乗りしなかったが、断る理由も思いつかなかったので、与人は渋々この提案を受けることにする。


 だが、切子は一度誰かに電話したくらいで、特別変わった行動を取る素振りは見せなかった。道すがらの会話では、イカサマ疑惑を蒸し返すどころか、チョボイチについてさえろくに触れなかったくらいである。


(特に裏があるわけじゃないのか……)


 切子の出す論理クイズに答えながら、与人はそんな風にのんきなことを考える。


 しかし、校舎を出たところで、与人は学校の前に黒塗りの高級車が停められているのを発見してしまう。


 二人を待っていたかのように、その車からは黒いスーツ姿の強面の男が降りてくる。どう見てもカタギの人間ではないから、与人はギョッとしていた。


 案の定、京極組の関係者だったようだ。切子は彼から何かを受け取ると、それをそっくりそのまま与人に手渡す。


 分厚い茶封筒だった。


「さっきの慰謝料だ」


「慰謝料って、こんなにいらないよ」


 厚みからいって、10万や20万ではない。おそらく、キリよく100万というところではないか。


 賭けに使われた1万円ですら、与人にとっては大金だった。100万円ともなると、もはや天文学的金額といっても差し支えない。


 そう怖気づく与人に対して、切子は平然と言い放った。


「いいから受け取ってくれ。サイコロの弁償のこともあるしね」


「いや、でも……」


 いくらなんでも額が大き過ぎるだろう。実際イカサマをしていたのは事実なこともあって、さすがに罪悪感が湧いてきてしまう。


 しかし、切子も譲らなかった。


「私が負けたんだ。こうでもしないと気が済まない」


 語気を強めて、そう金を押しつけてくる。


 切子が大声を出したせいで、二人にはいっそう下校中の生徒の注目が集まった。黒塗りの車、ヤクザの組長の孫娘、分厚い茶封筒、揉め事のような雰囲気…… 周りから遠巻きに、奇異や恐怖の目で見られているのが分かる。このままでは、どんな噂が立つか分かったものではない。


「あ、ああ」


 仕方なく、与人は一旦金を受け取ることにした。とりあえずこの場は取り繕って、また明日にでも返せばいいだろう。


 チョボイチの話題になったせいか、切子は今になって照れたような口を利いた。


「狸がサイコロに化けているなんて、ちょっと発想が突飛過ぎたかな」


「いや、可愛くていいと思う」与人はそう答えてから、更に付け加える。「少なくとも、ドスを持ち出すよりは」


 それから、与人は続けてこうも言った。


「しかし、お嬢って落語が好きなんだな。知らなかったよ」


「何なら、今度一緒に寄席でもどうだい?」


「あー……」


 不意なデートの誘いに、与人は一瞬固まってしまう。


「まぁ、考えとくよ」


 与人は悩んだ末に、結局そうやって曖昧にする形で断った。理由は色々あるが、一番はイカサマをした直後だったから、早くこの場を立ち去りたかったからである。


「それじゃあ、俺はこれで」


「……ああ」


 与人の返事に対し、切子は何か含むところがあるかのように一拍置いてそう答えた。


          ◇◇◇


 学校で切子と別れたあと、与人は真っ直ぐ家には帰らず、近くの公園に立ち寄っていた。


(大丈夫そうだな)


 人の目がないか辺りを見回してから、ベンチの上にチョボイチで使った道具を並べる。その中には、切子に割られたサイコロもあった。


「いやー、びびったなぁ」


 切子がドスを持ち出した時の恐怖が蘇って、与人はコンにそう声を掛ける。


 それから、今回のことについて謝った。一番恐怖心を感じたのは、間違いなくコンだからである。


「悪かったな。危ない目に遭わせて」


「いえいえ」


 コンは怒る素振りもなく答える。全く気にしていないようだ。


 いや、気にしていないどころか、コンは与人のことを讃え出す始末だった。


「結局、与人様の予想通りの展開だったじゃないですか」


「まぁ、そうなんだけど」


「やっぱり、すごいですね、与人様は」


 何のてらいもなく、コンは素直にそう賞賛を繰り返した。照れくさいやら、申し訳ないやらで、どうにも落ち着かない気分になってしまう。


 それを誤魔化すように、与人は反省点を挙げていた。


「でも、イカサマを疑うだろうなとは思ってたけど、ドスを持ち出すのは予想外だったからなぁ」


 切子がサイコロにドスを突き立てたのは、本当に事前の計画で想定していなかった行動だった。だから、今思い出すだけでも、血の気の引くような感覚がぶり返してくる。


 そういう訳で、与人は改めてコンに謝っていた。


「本当に悪かったな」


「何をおっしゃいますか。一度与人様に助けていただいたこの命、与人様の為ならば投げ出す覚悟はできております」


「そんな大袈裟な……」


「大袈裟じゃないです。本気です」


 真剣そのものという口調で、コンはそう言い切った。


 この口振りでは、自分の命令なら何でも聞くのではないだろうか。あまりにも従順なコンの態度に、与人はかえって不安になってくる。これでは迂闊なことは頼めない。


 とはいえ、この程度のことなら提案しても平気だろう。


「……とりあえず、元の姿に戻ったら?」


「あ、そうでした」


 言われて初めて気付いたようで、コンはようやく変化を解く。


 その瞬間、壺がコンへと(・・・・・・)姿を変えていた(・・・・・・・)

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