表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
hello,family  作者: ユッケ
2/2

一話 新たな人生



――ザフィオン 貴族街




はあ、と男は息を吐いた。

周囲を軽く見渡して、誰の目線もが彼を注目していないのを確認すると、手に持った大きな資材をどさりと地面に投げ捨てた。そして建造物の陰、周囲から死角になる位置に身を寄せると、そこでもう一度、大きな息を吐いた。


(……やってられるかってーの)


本日は実にクソッタレな快晴なり。と言っても、この街――ザフィオンの内部に於いては大概において晴れなのだが。ぎらぎらと降り注ぐ日光は、実に景気よく作業の意欲を減退させてくれる。

絶賛サボタージュ中のこの男――クラトス・エルラインは、額に浮かんだ大量の汗をぐいっと手で拭う。

それと共にぼさぼさの髪が陽光と汗にぬるりと輝き、頬から顎にかけてはまばらに生えた無精髭が汗に映える。一般的な価値観から見てもだらしない、と一目で分かる容姿の男は、しばしのサボタージュを心に決めたのだった。


クラトスは今、街の復興作業に参加していた。無論、仕事と言う立場で。

先日に発生した大規模な戦闘によって、この辺り一帯の建物に被害が出た。

その修復に多くの人出が要求され、それに参加してみればこの有様だ。

彼が今隠れている建造物だって、屋根が吹き飛ばされ、壁には大穴がいくつも空いている。

もう廃墟と言った方がしっくり来るのではなかろうか。


「しっかし…“魔道の徒”どもも、ここまでやらんでもよかろーに」


その無残な建物の様子を見て、クラトスは一人ごちた。

何が不満なのかは知らなんだが、その“魔道の徒”という組織―――有体に言えばテロ集団だが、

その徹底的な破壊の有様は、周囲の廃墟群が雄弁に物語ってくれている。

果たして復興にはどれくらいかかるやら、とクラトスが考えた瞬間だった。


「そこの“ユニオン”の者! 休んでないで、さっさと働かんか!」


あちゃあ、バレたか。

そんな事を考えながら声のした方を見れば、自分が呼ばれた訳ではないという事が分かった。

地面に手を膝を着き、呻く男。そしてそれを酷く叱責する身なりのいい男。


「か、体がだるくて…。喉が酷く乾く、汗も…」


「ふん、なら自慢の“治癒魔法”とやらで直せばいいだろう。下らんことで作業の手を止めおって、魔術師めが」


「う、うぅ…」


周囲の目も顧みず、貴族は尚も男をねちねちと叱責を続ける。

この気温だ、恐らくは呻く男は熱中症にでも罹ったのだろう。

そんな“ユニオン”の男の事情を全く考慮せず、奴隷の様にこき使う“貴族”の男。

――それは、このザフィオンに於いて実にごく当たり前の、実にクソッタレな光景であった。

それを見て、クラトスは特段何も感じる事も無く、はあと息を吐く。

それは他の者も同じようで、嫌悪や憐憫の目でその光景を多くの人間が見ていたが、誰も

止めようともしていない。


「…運が悪かったな、お前さんも」


さて、と。クラトスは服のポケットに手を伸ばした。

こっそりと秘密のお楽しみをしようとした、その時。


「こら!貴様、こんな所で何をやっている!」


今度こそ自分だ、とクラトスは思った。

だがそれも違ったようで、見れば自分とは反対側の死角、その建物の陰で自分と同じく

サボタージュしていたユニオンの男が見張りの男に見つかり、引きずられて

作業の場である広場へと連れられて行った。


「…俺ってば、日頃の行いが良いのかねぇ」


厳しい貴族様に見つからなかった幸運に感謝しつつ。

クラトスは、ポケットの中のお楽しみ――小型の酒瓶を取り出して、ぐぃっと一気に呷ったのだった。







――その日の夕方



「今日の報酬だ」


一日の厳しい労働の対価として手渡されたのは、たったの100ゼルの紙幣だった。


「何だ、たったこれだけかよ」


クラトスは不平を露わにする。貴族の男はそれに対して特に何も感じないように言った。


「貰えるだけ有難いと思え。本来なら、貴様達“ユニオン”の力など借りなくても良かったのだからな」


「……へいへい。じゃあ有難く頂いていきますよっと…クソッタレめ」


言いたいことは色々と有った。なんなら高圧的な態度に拳で語っても良かったのだが、クラトスはぐっと

抑えて、報酬を懐に仕舞って踵を返した。最後にぼそりと呟いた言葉は、幸運にも貴族には聞こえなかった様だ。


「おい見たかよ。この報酬、あり得ないだろ」


「貰えるだけいいよ。ほら、昼間倒れた奴。アレを理由に報酬無しだってよ」


「くそ。ナメやがって、貴族の奴ら――」


耳を澄ませば、報酬と貴族に対する不満の声が絶え間なく聞こえてくる。

この労働にはクラトスの他に多くのユニオンチームが参加していたが、その殆どは大凡クラトスと

同意だったようだ。

クラトス達が所属している組織“ユニオン”は、社会に対して仕事を依頼として受ける事で

団体としての機能を維持している。その内容は所謂何でも屋から商売屋、傭兵まで多岐に渡る。

だがどうにも、貴族からの当たりは悪い。仕事があったとしても、待遇が悪いわ、報酬は酷いわと散々な事も往々にしてある。


「…たったの100ゼルか。…あいつらにどやされるだろうな」


クラトスは今日一番の溜息を吐いた。

一日まるまる働いてこれだけの報酬では、どれだけの不平不満をぶつけられるのだろうか。

嫌でもその顔を思い浮かべて、憂鬱な気分にクラトスが浸かったその時だった。


「親父、親父~」


遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。名前は自分のものでは無かったが、

聞きなれたその単語と、同じく聞き慣れた声にクラトスはそちらを向いた。

ぱたぱたと擬音を立てるように、小さな少年が駆けてくる。


「なんだ、ウィル。慌てた様に」


「ふ、フフ。…如何にもッッ!!」


ビシイッ!っと、またも派手な擬音を立てるかの様に、ポーズをキメるやや金髪交じりの少年。

ウィル・カーティス。まだ12歳のこの少年は、クラトスが立ち上げたユニオンチームの立派なメンバーの

一人だ。複雑な腕の形をしたそのポーズを維持したまま、ウィルはクラトスに言った。


「我が主よっ!冷徹にして狂気の天才魔術師、ウィル・カーティスから言伝がある!

フフフ、汝の真名を呼ぶ外界からの来訪者が現れた!我々の運命に導かれたであろう

その少年は、今は深く永い眠りに落ちている。しかし、その眠りから覚めた時――」


「普通にしゃべれ、お前はっ」


畳みかける様に芝居じみた単語を捲し立てるウィルに、クラトスが拳骨を一撃お見舞いする。

いてっと、ウィルは呻くと、今度は落ち着いた様子で言った。


「あ、えと。外から来たかもって人間がいて、その人が親父の名前を呼んでたって」


「あん? 外から来た人間だぁ?」


そんな“外の世界”に知り合いを作った覚えは無いんだがなぁ、とクラトスは首を傾げた。

それに、外から来たって事は、あの汚染された世界にいたという事なのだろうか。


「そいつは? 今どこにいるっていうんだ」


「えと、えと。ユニオンの人たちが保護してくれてて、親父の名前をうわ言みたいに言ってたから、うちに連れて来られた」


恐らくは、面倒事にこれ幸いとばかりにうちに押し付けられたのだろうと、クラトスは思った。

何で俺の名前を知っているのか、そもそもそいつは何者なのか。そんな諸疑問を差し置いて、クラトスの

頭には、面倒な事になったな、とだけはっきりと浮かんでいた。


「…分かった。じゃあさっさと戻って、ぱっぱと片づけるかぁ」


「う、うん。行こう、親父」


通い慣れた道だと言うのに、先導するようにまたぱたぱたと駆けだしたウィルの背中を追いながら

親父ことクラトス・エルラインはのったりのたりと、気だるげに歩き始めた。













「う、こ、此処は…?」


「あ、起きた」


アイクが目を覚ますと、そこには少女の顔があった。

蒼いロングヘアを腰まで下ろした、整った顔の美少女だった。

同時に、柔らかい感触とほっこりとした温かさを全身に感じた。

どうやら、自分はベッドに寝かされている様だ。

起き上がろうとするアイクを、少女は手で制する。


「だーめよ。まだ怪我が治りきって無いんだから」


「…けど、前よりは痛くなくなっている」


アイクは辛うじて思う様に動く様になった身体を見て、そう呟いた。

まだじんじんと痛む個所はあるが、さっきの様に身体全体に激痛が走る、という

事は無い。そして、その事実を“覚えていられた”事に、アイクは思わず安堵する。


「…さっきの事は、覚えていられてるのか」


「ねえ貴方。名前は?」


「名前?…僕は、アイク・ジョーゼット…って、言うらしい」


「え?『らしい』?」


アイクの名乗りに、少女は首を傾げた。


「記憶が無くて。名前も確かかも分からない。それで、それ以外の事はさっぱり分からないんだ」


「そうなんだ…。辛いね…」


「それより。ここは何処なんだ?それと、君は?」


記憶が無い、というアイクの言葉に、少女は心底心配そうな顔をした。

見ず知らずの奴の記憶喪失を信じて心配してくれるあたり、優しい性格なのだろう。

少しだけ心が落ち着くのを感じながら、アイクは聞いた。


「私はリリーナ。リリーナ・エルライン。それでここはユニオンチーム“エルライン一家”の本部よ。

貴方は街の端っこで行き倒れていた所で、ユニオンに保護されたのよ」


…ユニオンチームに、エルライン一家。

聞き慣れない単語の羅列に若干混乱しつつも、取り合えず現状は把握できた。

少女――エレナを追って、街の中に入る所までは確か行った筈だ。恐らくは、そこで力尽きてしまった

のだろう。


「…それで貴方、ほんとうに外から来たの?それで後、なんでうちの親父の名前を知っていたのか、聞かせて欲しいんだけど」


「あ、それは」


アイクが言葉に答えようとした時、がちゃん、と部屋の扉が開かれた。

ただいまーという少年の声と共に、2人の人間が部屋に入ってくる。

まず部屋に入ってきたのは、金髪交じりの小柄な少年だった。


「あ、その人、お、起きたんだ。リリーナ姉」


「お帰り、ウィル。うん、今起きたとこ。親父は?」


「おう、ここだここ。家主様のお帰りだ」


ウィルを押しのける様にして、一回り大きな体躯の男が現れた。

痛みを感じつつも、上体をベッドから起こしてそれを見る。

ぼさぼさの髪に、まばらな無精髭。だらしない感じだというのが、彼に対する

アイクの第一印象だった。


「そいつが、俺の知り合いか? 外の世界から来たっていう、身に覚えの…」


そこまで言って、男は―――クラトスはぴたりと、止まった。

その少年の…アイクの姿を見て、クラトスはまるで記憶をシェイクされて

深層の記憶を掘り起こされるような感覚に陥った。実にリアルな既視感がまじまじと感じられる。

聞かずには居られないとばかりに、クラトスはアイクに聞いた。


「おい、お前…何処かで、会ったか…?」


「え…?」


「何よ親父。ホントに知り合いだったの?」


「いやぁ…どうだったかな…うーむ…」


必死に思い出そうと、クラトスは頭をひねっている。


「その、どんな事でもいいんです!俺の事何か思い出せるなら、何だって!」


「うーん、何処かでお前の顔を見た事ある様な気がするんだが…」


「ふ、フフ。万年酔っ払いの記憶は信用できない」


「…あぁ? おいウィルよ、リーダーに向かってそんな口利くたぁ、言い度胸してんじゃねーか」


―――お前アタマグリグリの刑な! ―――き、聞こえてた…!


そんなやり取りの後、クラトスは素早くウィルにヘッドロックをかました。逃げようともがくウィルを逃がさず、そのままグリグリと頭の上から拳骨で頭頂部を抉っていく。ぎゃあぁぁと、ウィルの悲鳴が部屋に響き渡った。


「あ、あはは。気にしないで。ここではいつもの事だから」


「え、えーと、元気いっぱいですよね」


精一杯騒がしいということをポジティブに言いながら、アイクは苦笑いを浮かべた。

とどめにコブラツイストまで持って行ったクラトスを横目で見ながら。

…こうなってしまったらもう、彼の記憶には期待できないのかもしれない。


「…で、アイク? 記憶が無いって言ったわよね? でも貴方はうちの親父の事を知っていた。どうしてなのか、私気になるんだけど」


「そうだおめー、ええと、アイクとやら。お前の方は俺の方を知ってるんじゃないのか?」


ギブギブと、腕を叩くウィルを無視してクラトスが言った。

こうなってしまってはできる限りの事を全て話すしかないだろう。


「はい、実は…」




そこからは、自分の知る限りの事を可能な限り分かりやすく説明した。

記憶もなく、いきなりこの街の外に放り出されていた事。エレナという少女が自分の名前を教えてくれて、

更にクラトスを頼る様に言った事。何故か重傷を負っていた事。

そして恐らくは、そのエレナという少女は自分の事を何かしら知っているのだろうという事。




「成程。そういう訳で、お前さんはここを頼りにしてきた、と」


「…はい。自分には知っている物はクラトスさんと、そのエレナと言う女の子の事しか知らなかったので。

多分無意識に口に出してたんだと思います」


「うーん、あてにされて悪いが、俺もその『エレナ』って奴は知らねえな。お前らも知ってはないだろ?」


クラトスの言葉に、リリーナとウィルがうんうんと首を縦に振った。

どうにも、彼女の痕跡は途絶えてしまったらしい。

アイクは僅かに肩を落とした。

その様子を見て、リリーナがまた心配そうに言った。


「…で、親父、どうするのよ。その、アイクは行く当ても無いんでしょう?」


「そうだな。おうアイク。お前さえ良ければ、此処に住み込みという形で働くというのはどうだ」


「ええっ、良いんですか?そんなあっさり」


思った以上にあっさりと、そしてきっぱりと告げられた言葉に、アイクは思わず驚いてしまう。

だが親父ことクラトスはへっと笑いながら言った。


「何言ってやがる、今更1人増えても一緒だ。それに、これを断ろうならお前にはもう野垂れ死に以外の

選択肢は残されていないんじゃねえか」


その言葉にうっと、アイクの言葉が詰まる。確かに彼には持ち合わせも住まう場所も何も無い。

それを見抜いたかのクラトスの言葉は、紛れもない事実であった。


「ふ、フフ。遠慮することは無いよ。仲間が増えるのは、た、楽しいことだし、ね」


「親父が言うなら遠慮はいらないわ。貴方も今日から私達の仲間、ね」


リリーナとウィルも、どうにも温かく受け入れてくれるらしい。

成程と、あのエレナという少女がクラトスを紹介してくれた理由がアイクには分かった

気がした。彼の人柄なら納得できるような、そんな気がした。


「ええと、じゃあ。記憶がはっきりと戻るまででいいので…よろしくお願いします」


「しゃらくせぇ事いうんじゃねえ。仕事さえすりゃあ好きなだけ居ればいいんだよ、好きなだけ!」


笑いながらばんっと背中を叩かれる。暫く忘れていた痛みがそれに呼応して、アイクは軽く悲鳴を上げる。


「こら、親父! 駄目じゃない、アイクはまだ怪我が治りきってないんだから!」


リリーナの叱責にわりぃわりぃと、クラトスが軽く返す。

ごめんね、とアイクに誤ったのち、リリーナはごほんと、咳払いをした。


「さて、と。じゃあ新しい仲間に、改めて自己紹介しなきゃね!

初めまして。私はリリーナ、リリーナ・エルライン!」


17歳よ、と言って、リリーナはアイクに手を伸ばした。

握手を求められて、すっと出された手を握り返す。

少女らしくやや小さく、そして温かい手だった。

その光景を見て、クラトスがにやけながら言った。


「気をつけろよ、アイク。そいつ男の拳位なら粉々に粉砕できるから」


「えっ!?」


「失礼ね、そんな事する訳ないじゃない」


「はは、そうだよね、そんな事する…え、できるの!?」


できる訳がないでは無く、する訳がない。

その違いの意味する所にアイクが気が付いた時、リリーナは笑って言った。


「うん。私の魔法は強化属性だから。握力と腕の筋力の強化が得意なの。100㎏位なら割と楽に持てるわ」


「…えーと、その、魔法…とは?」


さらりと少女としてとんでもない事を言われた以上に、さも当たり前の様に出てきた魔法という単語が

アイクは気になって仕方が無かった。やれやれと、クラトスがそれに答える。


「…マジで何にも知らないのか。いいか、魔法ってのは…」


「魔法とは、ある時に人類に目覚めた力の総称だよ!」


クラトスの言葉に、ウィルがこれ以上無いという位に大きな声を上げて割り込んだ。

リリーナが、あーあ、と言った様子になり、アイクはその勢いにきょとんとしてしまう。



「いいよ、ボクが一から教えてあげる!今から26年前に、人類に突如新たな力として目覚めたんだ!その原因は今に至っても

特定されていないんだけど、人類の突発的な潜在能力の覚醒という説が有力視されていたんだけど、でもその一方で人類という種の

広義的的な進化の一環であるという説も根強いんだよね!でもその割には素養的な要素があって、どんな魔法が使えるか、そもそも使えない人間も

いるからボクは進化としては不十分だと思うけど…でも、炎とか雷とかが一般的で、個人の素養によってはそれから遥かに逸脱した力を

行使できるってところが非常に興味深い所で、珍しい能力ならその魔晶石もまた非常に珍しいっていう事がわかってるから…あ、ごめん。魔晶石って

いうのは魔法を使える人間――魔術師って呼ばれてるんだけど、魔術師の心臓付近に例外なく形成されている水晶状の結石で、どうにもヒトの生命力にこの

魔晶石が反応して消費することで魔術を行使するだけの力を人間の身体に形成しているとされているんだ!だから使いすぎは危険で、実際に死亡例も

確認されているんだ。でも病弱だから魔術も弱いとかそういう事は無くて、人間の生命力と魔術の威力に因果関係は無くて、完全に

威力に関しては本人の素養とされているんだ。そうそう、この魔晶石なんだけど―――」





―――その後、どんどんヒートアップしていくウィルをクラトスが拳骨で黙らせて、魔法とは何かと以下のように要約してくれた。


―――魔法とは。


●ある日人類に目覚めた力。原因不明。

●今の世の中では、ごく普通に有り触れた力。

●本人の素養で、威力やどんな魔法が使えるかが決まる。

●なんか体内に石出来てる。これが魔法の源っぽい。

●使いすぎると最悪死ぬ。



「…あはは。ごめんね。ウィルったら、ちょっと魔法おたくっぽい所があって」


「う、うん。いや、好きな事があるっていう事はいいと思うよ、うん」


精一杯ポジティブにフォローするアイクだったが、やはりインパクトに押されてしまう。

どうにも舌足らずな少年だった彼が、あそこまで饒舌に語る姿はアイクの脳裏に強く刻まれることだろう。


「あー、次は俺か。俺はクラトス・エルライン。31歳だ。

一応ここのリーダーやってる。宜しくな、アイク」


よろしくお願いしますと、差し出された腕を握る。

だが、彼の手を握ったアイクは、強烈な違和感を手に感じた。

その感触は、大凡人間のそれでは無かったのだから。


「うわっ!?」


「へへっ、驚いたか? 俺も強化の魔法の使い手だ。俺は全身を硬質化できる。

どうだ、鉄みてぇに硬いだろう」


なるほど、とアイクは思った。握った手は人とは思えない位に冷たく、そして硬かった。

見た目には一切の変化が無い辺りに、魔法の力をまじまじと感じた。


「それで、そこのチビが…」


「フ、フフフフフ…!」


少年は、待ってましたと言わんばかりに不気味な笑い声を上げる。

リリーナとクラトスはまたもやれやれ、といった様子を見せる。


「凡愚なる者達よ!我が壮言を聞くがいい!私は世界の裏側より全てを支配する

冷徹にして狂気の天才魔術師、ウィル・カーティス!時は来た…!我が真名の元、新たなる

同胞として貴様を迎え入れ、ついに我々は最終戦争、ヴァルハラに…」


「普通にしゃべれっ」「凡愚とか言わないっ」


クラトスとリリーナに同時にびしっと頭を叩かれ、冷徹にして狂気の天才魔術師は

あ痛っと、情けない悲鳴を上げる。そして、やや視線をはずし気味に言った。



「え、えと。ウィル・カーティスです。12歳、これからよろ、しく…」


「あ、う、うん。こちらこそよろしく…」


「あー、悪いな。こいつシャイだから、テンション上げないとうまい事喋れないんだよ」


「さっきのはその為のお芝居みたいなものと思ってあげて」


「あ、あはは。ユニークだね…」


若干押されながらも、アイクは精一杯笑ってみる。

悪い人ではないのだろうが、どうにもウィルのギャップと

インパクトには押されがちになってしまう。


「本当はあと1人居るんだけど。今日はまだ帰っていないみたいだから」


「あー…あいつはまだいいだろ。めんどくさい奴だから、会わせる前に説明した方がいいわな」


どうにも、この3人以外にももう1人居るようだ。

その時、部屋のドアががちゃりと開いた。




「誰が面倒くさい奴だって?」



「げ、ユウ」


扉から姿を現したのは、アイクと同い年位だろうか。

黒髪を一部後ろで束ねた、背が高めの少年だった。

ユウと呼ばれたその少年は、部屋に入るなり、ベッドのアイクに一瞥をくれた。


「…噂には聞いてるよ。こいつが、例の外から来た奴だって?」


「おう、アイクだ。うちで雇う事にしたから、仲良くしてやってくれ」


クラトスの言葉を聞くと、少年――ユウはふん、と鋭い目つきで睨みつけた。


「大丈夫なのか親父?こんな得体の知れない奴を雇って」


「ちょっとユウ! 失礼じゃない!」


がたりと立ち上がったリリーナを、アイクが手を掴んで止める。

アイク自身は彼の言いように思う事が無い訳では無かったが、彼から見ても

自分は信用できないというのは理解できたからだった。


「いいんです。本当の事だから」


「…へえ、謙虚な奴だね。でも知らないよ親父、知らない間に足元掬われるかも知れないじゃないか」


「ユウ、いい加減にしなさい!」


「まあまあ。ユウよぉ、よく聞けって」


怒るリリーナを制すように、クラトスが2人の間に割って入る。

クラトスなら、上手く宥めてくれるかもしれない。

そんな気が、アイクに起こった。


「いいか。アイクがいれば、俺たちの皿洗いだの便所掃除だのの回ってくる順番が遅くなるだろ。

それだけじゃない。うまいこと言い包めれば、それら全部丸々アイクに押し付けられるって寸法よぉ」


「…何だよそれ。馬鹿らしい」


…前言撤回。

宥めるにしても方法がろくでもないし、あまつさえ途轍もなく

クズい事さえ考えていやがる。その顔の悪い事悪い事。

…ていうか、せめて本人には聞こえないようにすべきではないだろうか、クラトスさん。

その提案にユウは呆れたような顔をしたが、ウィルは寧ろノリノリだ。


「フ、フフ。それはいいねぇ」


「だろ? 仕事の時も、安心して俺たちはあいつに家事全般任せていけるって訳さ。ケケケ」


「そうだ、仕事と言えば、親父。今日の報酬は?」


リリーナのその言葉に、クラトスの悪い笑顔が引きつった。

観念したようにポケットから出した100ギルに、今度はリリーナの顔が引きつった。


「…は? 何これ。朝から一日働いて、たったの100ギルしかないの?」


「いや、違うんだよ。貴族のヤロー共がこれまたとんでもないドケチでだなぁー…」


「……親父。今なら骨二本で許してあげる。しょーじきに、言いなさい…!」


「何だよその不吉な単位!ホントだって、今回ばかりは着服なんて…」


「フフフ、親父、墓穴ほった」


あっと、クラトスが気づいた時にはもう遅かった。


「今回ィ…?」


「あ、あの、それはだな…」


まるで角が生えた鬼かの様な気迫で迫るリリーナにどんどんと追いつめられるクラトスを

尻目に、ユウはやれやれと息を吐いた。


「馬鹿だなあ、親父は。ちゃんと稼いだだけ出せば、こんなに怒られなくて済むのに…」


そう言って、ポケットからユウは自分で稼いできた報酬を出そうとする。

…しかし、横で見ていたアイクにははっきりと解った。

がさごそと、ポケットを弄るたびに、ユウが挙動不審になっていくことが。


「あ、あれ。おかしいな…」


「…ひょっとして、ユウさん」


「フフフ、これは、落とした、ね」


「そ、そんな馬鹿な!そんなはずが…!」


そこには、先程まで斜に構えた少年の姿はなかった。

焦りをついに全身に露わしながら、ユウは自分の体中を弄る。

しかし、出てこないものは残念ながら出てこない。

アイクはその姿に少しだけ愛嬌を感じたが、本人にはそれ処ではないようで。

はっと、背後に迫る殺気に、ユウが気づく。


「ユウ…まさかあなた、お金を落としたの…!?」


既にそこには般若と化したリリーナがいた。

先ほどまでリリーナに詰め寄られていたクラトスは、彼女の握力に物を言わせたアイアンクローによって

すでに物言わぬ肉塊と化している…多分生きてはいるだろうけど。


「ま、待ってくれリリーナ。これは何かの間違いで…」


「お金は大切なんだから、扱いには気をつけなさいってあれほど言ったでしょう……!」


「わ、悪かった! 僕が悪かったよ!」


「問答…無用!」


リリーナがユウに襲い掛かる。

そこから先は正に地獄絵図だった。ぎゃあああと、リリーナの制裁に

ユウの苦悶の叫びが上がる。最早断末魔と言ってもいいかもしれない。

その様子をバックにしながら、ウィルはアイクに言った。



「…え、えーと、こんな僕達だけど、どうかよろしくお願いします…フヒヒッ」




…どうやら、これから騒がしい日常になりそうだ。


死期累々と化す部屋の中で、アイクは今日何度目かの苦笑いを浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ